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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
42話 決別の朝
219/277

#2 始まりのレペティツィオン

【#2】



「…………ねぇ、アクセルリス」



 そして、問う。



「私のところに来ない?」



 それは二人の記憶──その始まりに存在する言葉でもあった。



「……どういう意味だ」

「そのままよ。私と共に世界を滅ぼしましょう」

「────」


 灼銀の眼が、大きく開かれた。



 かつてと同じ言葉。かつてと同じ地。かつてと同じ二人。

 歪んだ起源(オリジン)が、ここに再現された。



魔女機関(あなたたち)がどう抗っても無駄に終わるだけ。それなら私と共に世界最後の時間を過ごしたほうが、あなたのためにもなる」


 歪み切った思想。しかし言葉は真っ直ぐに。

 

「きっと楽しいわ。今までみたいに二人で、笑って過ごせる時間が帰ってくる──家族のようだった、あの時間が」

「────家族」


 その言葉を虚ろに反芻する。なぜならそれは、アクセルリスが何よりも心の拠り所としていたものだから。

 加えるのならば、今彼女が立っているこの地も、彼女が愛した家族たちとの時を刻む。故に、その言葉の重みはアクセルリスの決意を超えて圧し掛かる。


「私はあなたのことを家族として愛していた。私の夢を否定した、つまらない『本当の家族』よりも尊いものとして」


 語る言葉からはアイヤツバスの過去が垣間見える。


「あなたは? どうだったの?」

「……言うまでもない。私もお師匠サマやトガネのことを家族として愛していましたし、その時間は代え難く輝いていた」


 アクセルリスのこの言葉も、紛れない本心だった。

 たとえそれが仇の正体だったとしても──あの時間は、本当のものだった。



「なら一層私たちは殺しうべきではない。あなたもそれを望んでいるでしょう?」

「それは」


 アクセルリスは言葉を呑み込み、アイヤツバスは一歩を踏み出す。


「今ならまだ、やり直せる──私たちはやり直せるのよ」


 その手は、もう届くほど近くに。


「────」


 アクセルリスの瞳にその手が映る。

 アイヤツバスの手。『お師匠サマ』の手。戦火の魔女の手。一つの存在であるはずのそれは、目まぐるしく表情を変える。



「…………」


 アクセルリスは俯き──すぐに顔を上げた。



「わかったよ」


 悠然とアイヤツバスを見つめる。


「お前……いや、あなたにそこまで言われたのなら、仕方がない」


 一歩を踏み出した。

 風が吹き、アクセルリスの銀色の髪が揺れた。


「私は」



 アイヤツバスの手を────払い除けた。


「──」


 そして、アイヤツバスの首に人差し指を当てた。


「あなたを殺す」


 殺伐とした強さを携え、そう宣言した。


「ふふ……いい答えね」


 アイヤツバスは優しく、妖しく、微笑んだ。まるで全てが思い通りであるかのように。




 今のアクセルリスの手に殺意はない。本気で殺すつもりであるのなら、即座にその喉元に刃を突き立てているだろう。

 そしてアイヤツバスもまた、抗う意思を見せていなかった。魔法陣での防御もせず、ただアクセルリスの指を言葉と共に受け入れた。


 それは即ち、このやりとりが儀礼的な意味であることを示す。

 そしてその意は──『決別』に他ならなかった。




「……こんな小芝居を打つなんて、あなたも相当ヒマなんですね」

「それは違うわよ。あなたのためだからできたことなの」


 二人は間近のまま言葉を交わす。


「私のため? 何がですか? 今更私に決意をさせるためだったら大ハズレですよ──まあ、『家族』のくだりはちょっと心に来ましたけど」

「あなたに『私』という存在を強く植え付けるためよ。そうすれば、世界が滅ぶその瞬間に、あなたは私のことを思い浮かべ、そして悔やんで死んでいくから」

「……趣味が悪いですね、つくづく」

「ほんとは分かってたでしょ、初めて会ったときから」


 無邪気な頃のように笑い合った。

 だが、その時間は二度と戻らないと──そう決めたのは、二人自身だ。





「さて、そろそろ」


 アイヤツバスがアクセルリスから離れる。


「帰るんですか?」

「ええ。だけどその前にやることがある」


 言うも早く、アイヤツバスは掌に黒い炎を生み出した。

 瞬間的に、不穏なる空気が張り詰める。


「何を」

「絶対動かないでね。危ないから」


 そして、焔滾らせるその手を掲げた。


「ちょっとしたサプライズよ」


 瞬間、黒炎が空へ向かって駆け、中空で留まり──弾けた。


「な」


 それは頽廃なる火花の追想だった。

 戦火の魔力を漲らせる黒き炎の数々が、朝雨のごとく地上に降り注ぐ。

 それらは並みの火炎よりも激しく燃え滾り──滅びたメダリオ村を、舐めるように焼き尽くし始める。


「何をして──!」

「同じことよ。私たちが袂を分かつための儀礼、その一つ」

「これが、こんなことが」

「こうしたほうがあなたははっきりと私を敵視してくれるでしょう?」


 語るアイヤツバスの顔に、表情は無く。


「繰り返すけど、動いちゃだめよ。あなたには触れないようにしてあるから。動いたら命の保証はない──死にたくはないでしょう?」

「あなた、は──ッ!」


 強く睨みつける銀色の眼光には、憎悪、憤怒、絶望、恐怖、そして殺意が満ち溢れる。


「ああ……その眼よ。あなたがいつも殺すべき相手に見せていたその眼光を、私に向けている……名残惜しくもあるし、総てが実ったような充実感もある。素晴らしいわ」


 アイヤツバスは恍惚に身を委ね、甘美なる感覚を享受し続ける。


「それじゃ私はこの辺で。またね、アクセルリス」

「────ッ!!!」


 そして姿を消した。アクセルリスは炎に阻まれ、動くこともできず──ただ全てが燃え盛るのをあらゆる感覚で味わうことしかできなかった。







 やがて黒い炎は消え失せた。

 メダリオ村だったその地は全てが黒く焦げ落ち、もはや『廃村』ですらなくなっていた。

 焼けた痕からは戦火の魔力が幽かに立つのみ。その感覚が、ただ一人立ち尽くすだけのアクセルリスを包みこんでいた。


「…………」


 渦中、静かに目を伏せて。


「一度ならず、二度までも」


 言葉と共に顔を上げる。その眼からは、たった一筋だけ涙が伝っていた。


「私の故郷を──私の家族を──私の、全てを」



 涙を拭う。その眼には依然と変わらぬ──否、これまでの全てよりも強く輝く残酷が宿っていた。

 息を深く吐き、思考を澄み渡らせる。その決意を固め直し、そして己の魂に埋め込む準備として。



「父さん、母さん、アズール、ギュールズ、パーピュア──トガネ。ごめんね」



 槍を生み出し、目の前の大地に深く深く突き立てる。

 祈るように目を閉じ、自分で自分に語り聞かせる。



(口にするのが怖かった。心では覚悟していたとしても、口にしたら()()()に言ってるような感じがしたから。でも、もう決めた)



 そして、目を開き──言った。



「私は──家族を殺す」



 影の中、光を失った残酷な眼が、世界を睨んだ。





 ここに、決別は成った。





【決別の朝 おわり】

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