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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
42話 決別の朝
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#1 False memory

【決別の朝】



 ある朝。


「…………」


 アクセルリスが佇むのは、一つの村──既に滅び去り、捨てられた村。

 彼女の故郷、《メダリオ村》であった。


「…………」


 無表情を沈黙に携え、アクセルリスはただ歩く。

 かつてこの地を襲った凄惨なる運命は、消えない轍となり村とアクセルリスに残っていた。


「…………」


 表情がわずかに揺れ、立ち止まる。

 灼銀が映したのは、一見では他と変わりない廃屋──だが、それこそがアクセルリスの生家だったもの。

 そしてその前に立てられた小さな木の板は、家族たちの墓標に他ならない。


「みんな……」


 声を漏らす。楽しかった家族との時間が、アクセルリスの中を駆け巡る。


「待っててね。もうすぐ、終わらせるから」


 それは残酷なる誓い。愛する者たちが眠るその前で、固く結んだ。







「……それで、何?」


 ゆっくりと振り向いた。そこにはいつの間にか一つの影があった。


「こんな所に私を呼び出して何のつもり? 相変わらず趣味が悪い」

「あら、そんな風に思ってたの?」

「思い返せば、ですけどね」


 一触即発といった雰囲気でアクセルリスと言葉を交わすのは──言うまでもなく、かの存在。


「用があるなら手短に済ませてください。私は忙しいんです、お師匠サマ」

「それはそれは。私がいなくなって魔女機関は大騒ぎでしょうね」

「話を逸らすな」

「そうね。とりあえず、戦うつもりはないってことは分かると思うけど」


 確かに、今のアイヤツバスから殺気は感じられない。言わば穏やかな師であったころの彼女と同じ様相であるともいえる。


「……まぁ、そっちがそのつもりなら合わせてやる。私とて、お前を殺すには万全を期す必要があるって知ってるからな」

「あら、あなたが私を前にしてそんな慎重な選択をするなんて。変わったのね」

「ああそうだ。私は変わった。おかげさまで」


 皮肉を込めてアクセルリスは言い捨てる。


「いつもそうだ。私が『変わる』とき、そこには決まってあなたの影響がある──まったく有難い話ですよ」


 遠くを見つめ、そう漏らした。その言葉はまぎれなく、本心からのものだった。


「さあ、話すことがあるならとっとと話せ。私に時間を食わせるな」

「──単刀直入に言うわ」


 声色をがらりと変え、アイヤツバスは言う。



「近いうち、シャーデンフロイデが奪った私の力を奪い返す」



 それが戦火の宣言だった。


「……理由は?」


 アクセルリスは表情を変えずに問い返した。


「不足しているのよね。私の魔力が」


 赤黒い目を細めながら、続ける。


「先に戦火の魔力についての説明をした方がいいかしら」

「手短にやれ」

「バシカルに追い詰められた私は、戦火の魔力をこの世界に解き放った──そこまでは話したわね」

「はい。それこそが戦火の魔力を感じさせなかった理由だと」

「私が戦火の魔女に戻るには、散らばった魔力を再び集める必要があった。そして苦労の末、力を取り戻すことに成功した」


 それこそが戦火の存在証明だ。


「力を取り戻した私は、再び世界の滅亡へと動き出そうとした──そのとき最初に私の前に立ちはだかったシャーデンフロイデ。あなたも見ていたように、彼女は死に際に私の魔力を一部奪っていった」

「私に託した、あのペンダント──」

「あのときは消耗が激しかったのもあって気付かなかったけど……どうやらそのとき、結構な量の魔力を持っていかれたみたいでね」

「……!」


 アクセルリスが想起するのは、アーカシャによるペンダントの解析結果。

 曰くそれは、『上質な魔吸石で作られたものであり、かなりの容量の魔力を貯蔵している』というもの。

 あのときは有力な情報が得られず。聞き流していたが──その実、それこそが最も重要な事実だったのだ。シャーデンフロイデは、確かな楔を打ち込んでいた。


「それで思うように力が使えなくって、戦争を起こすことすらもできない始末。このままじゃ世界滅亡まで程遠い──だから奪い返すことにした」

「そんなことをさせるとでも」

「良い答えね。それでこそ私の愛したアクセルリス──でも無駄よ」

「無駄かどうかは私が決める」

「全力ではないとはいえ、たかだか数百年を生きただけの魔女たちでは私には及ばないわ」

「時も関係ない。私の道は私が決める。私の選択は私が決める。だから、私が殺す」


 揺らぐことなく、決然と──銀色は、ただ殺意だけを鍛える。


「…………」


 煮えたぎるような大気に包まれた、かつての師と弟子──その雰囲気に似つかないトーンで、不意にアイヤツバスが言った。


「はぁ。ゲデヒトニスがいればまた変わったのかしら」

「……ゲデヒトニス?」


 名が挙がったのは記憶の魔女ゲデヒトニスだった。かつて魔女枢軸に属し、戦火の手駒として動いていた魔女。最期には旧き友との対話の末、口封じに命を散らされた。


「あのタイミングで私の正体を明かされると面倒だったから殺したけど、ちょっともったいなかったのかも」

「待て。ゲデヒトニスがどう関係してくる?」

「知りたい?」

「私はお前のやったこと全てを知っておく必要がある。だから教えろ」


 強い残酷の圧。しかし戦火は揺らぐことなく。


「そうね。なら隠しておく理由もない──話しましょう」



 余裕と共に一息の間を開け、アイヤツバスは記憶の真相を語り始めた。



「ゲデヒトニスは私が直々に魔女枢軸へ()()()唯一の魔女」

「直々に? あなたにしては珍しい」

「ええ。そうするだけの価値があったのよ、あの娘には」


 追懐。赤黒の瞳が、虚ろを映した。


「《戦火》を分離し、魔女機関で働くようになって、彼女と出逢った。私はそのとき直感的に『記憶の再現』という魔法は役に立つと感じた」

「はい。私も嫌というほど苦しめられましたから」

「だから私はゲデヒトニスを『こちら側』へ招待することにしたの」

「……話が急ですね。誘い方によっては戦火の魔女だということが知られる可能性もあるというのに? つくづくあなたらしくない」

「まさか。私が何の手もなしに動くとでも」


 不気味に微笑むアイヤツバス。アクセルリスの残酷な勘が不穏を囁いた。


「私の魔法をちょっと応用させたのよ」

「魔法? 戦火の魔女の?」

「そう。以前にも話したわよね、私の魔法は『運命を操る』と」

「…………まさか」


 映りだした真実に灼銀の目が開かれていく。


「勘付いたかしら。流石はアクセルリスね」

「ゲデヒトニスの運命を歪ませた、とでも……!?」

「その通り」


 瞬間、アクセルリスの全身に鳥肌が立った。



「私はゲデヒトニスを外道魔女にしてあげるために、彼女の運命に介入した。それにより彼女はその場にいた同僚を皆殺しにして魔女機関から離れた──これが、アーカシャとゲデヒトニスが求め続けた『答え』よ」




 かつてゲデヒトニスは今際の際にて、このような『答え』を導いていた。



「ただ『何か』に突き動かされるように、『そうしろ』という声が私の中に響いていた。その感情は何にも抑えられない、余りにも強い奔流だった。それだけが私に理解できる全てだ」



 と。その『何か』こそが──己がために運命を捻じ曲げる戦火の魔法だったのだ。

 記憶と記録。道を違えてしまった二人が探し続けたその真実は、余りにもおぞましく利己的な戦火のエゴによる狡猾だった。




「────」


 凄惨極まる種明かしを受けたアクセルリスは、最早声にならない感情を露わにする。


「許せない? それならそれでいい。前にも言ったように私はこうするしかなかった、だから許してもらおうとも思わない」

「許すとか、許せないとかじゃない──私はあなたが怖い」

「あら、珍しいこと言うのね」

「ずっと──私と暮らしていた間もずっと、それほどまでの邪悪を腹に抱えていたなんて」


 歪むその瞳は恐怖、憐憫、嘲笑の三色を彩る。


「自分でもらしくないことを言ってるのはわかる。でも我慢できないくらい──お前はおかしい」

「なんとでもどうぞ。世に回ってる戦火の魔女()の評判の数々からしたら、他愛のない意見の一つよ」

「それを語るのが私であっても、か?」

「──」


 不意の一瞬、アイヤツバスの呼吸が止まった。


「……そう言われてしまえば、少し重さが変わってくるわね」

「そうでしょう。私はあなたの望む全てを携えた完璧な弟子なんですから」


 自負と皮肉が混ざり合った言葉。アイヤツバスはただ微笑むのみ。


「そうね、その通りよ。やっぱりあなたは私の──知識の魔女の全てと言ってもいい」


 その言葉に影はなく、全てが本心から綴られているものだった。



【続く】

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