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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
41話 今までと、今と、これからと
217/277

#4 よみがえる伝説

【#4】



 また別の日。



「……ん?」


 工房を出ようとしたアクセルリスは、玄関のドアに一通の手紙が挟まっていることに気付いた。


「手紙? なんだ……?」


 手に取る。しっかりとした装丁からは、送り主の身分が窺い知れる──が、裏を返せばそれ以外の情報は無い。アクセルリスに宛てられたものなのかも、わからない。


「ふーん……」


 しかしアクセルリスは迷わず封を解いた。この程度の些事に彼女が動を止めるべくもなく。

 そして内より出でたのは、これまたしっかりとした装飾の成された一枚の手紙と、二枚の紙切れ。

 手始めに、手紙へと目を通す。




『鋼の魔女アクセルリス・アルジェントへ──


御機嫌よう。以前の約束を果たすため、我が城への招待状を送らせてもらったよ。都合のよい時に来てくれれば幸いだ。


──調律の魔女リバラヘッド・サーティスリィより』




 最後に記された差出人の名と文面から、この手紙の正体を悟り──そしてアクセルリスは目を見開いた。


「リリリリ、リバラヘッドさんからの手紙──!?」


 そう。伝説のコック・リバラヘッド直筆の手紙である。それだけでも一部のマニアたちには非常に価値が高いものとなるが──


「それも、招待状付き!?」


 今回はさらに、かの伝説のコックが支配するレストランへの招待状までも付属していた。まぎれもなく貴重極まる一品だった。


「う……うれしすぎる……」


 流れる涎と高鳴る動悸、決して止まらぬものが二つアクセルリスに生まれていた。





 かつてアクセルリスは外道魔女の横暴に巻き込まれたリバラヘッドを救出し、その際に。



「本当に食いしん坊なんだね、きみは。うん。助けてもらったお礼だ、いつかきみにはわたしの自信作をご馳走してあげよう」



 との言葉を受けていた。しかしそれは軽い口約束のようなもので、アクセルリスは正直真に受けていなかった。

 加えれば、それから程なくして魔女枢軸が宣戦布告をし、かの抗争が激化していったことで記憶から薄れていったことも要因である。


 だがリバラヘッドはその約束を遵守し、そしてこうしてアクセルリスに招待状を送ったのだ。



「はぁ……楽しみ……!」


 アクセルリスは買い出しの予定を蹴り、恍惚とした顔でその招待状を眺めていた。


「いつ行こうかな……! やっぱりたくさん食べたいし、一……いや二日は断食してから行くべきだよね……!」


 止め処ない涎と共に、至福の算用を企てていた。


 ふと、そのとき。


「……二枚か」


 眺めるその招待状。それは二枚ある。

 一枚はアクセルリスへ。ではもう一枚は──


「そっか。知らないよね」


 先程までの熱量とは対照的に、静かな溜息を吐いた。


「お師匠サマと……一緒に行きたかったな」


 アイヤツバスへと向ける数多の感情。浮かんでは消え、そして弾けてゆく。


「──過ぎたことだ、考えるのは止そう!」


 アクセルリスは強く目を閉じ、絡み付く過去を振りほどいた。

 しかし、そうなれば新たに選択肢が生じる。


「誰を誘おうかな」


 真っ先に浮かぶのは、恋仲であるアディスハハの顔──

 しかし、アクセルリスの脳裏には彼女よりも同行させたい人物が浮かんでいた。


「……うん、そうだ。そうしよう!」


 そして、刻が過ぎる。





 数日の後。


「嗚呼……嗚呼……!」


 並んで歩く二つの影。ひとつは無論、アクセルリス。

 そしてもう一つ──彼女の横で、恍惚の声を上げながら連れ添うその人物は。


「私などがアクセルリスさまのお誘いを受け会食とは……! これほど幸せなことがあっていいのでしょうか……!? もしや私、明日死ぬのでは?」

「そんなこと言うものじゃないよ、タランテラ」


 アクセルリスもその腕を認める敏腕料理人、タランテラである。


「それも二人きりでとは……! これは最早我々は結ばれたといっても、過言ではないのでしょうかアクセルリス様!!!」

「ごめんね、私にはもう心に決めた人がいるから」

「略奪愛ですか! このタランテラ、そういうものも嫌いではありません!」

「ふふ……話が通じない」


 と、仲睦まじく言葉を交わしながら進み続け、やがて目的地に辿り着く。


「《リストランテ・リバラヘッド》……間違いない、ここだね」

「これが──伝説のコックの、本居地」


 外観は決して派手に飾られたものではなく、あくまでも落ち着いた様相で構えられている。

 しかしそこから漂う重厚な雰囲気と香ばしい匂いは、間違いなくこの建物がリバラヘッドの居城であることを見る者の脳に焼き付ける。


「こんな場所にあったんだ」

「これでは地図がなければ辿り着くのは難しいでしょう」

「これも伝説が故、なんだろうね」


 伝説のコックのレストランともなれば、圧倒的な人並みに包まれていてもおかしくはない。しかしその周囲に人影は見られず、なればこそその城は驚くほど静かに佇んでいた。

 それはリバラヘッドが所在を隠しているからに他ならない。故に、場所は伏すこととする。


「場所を隠すほどすごいお店……そんなところに、私たちは今から」

「……不肖このタランテラ、震えが止まりません」

「それは武者震い?」

「然りです……! さぁ、行きましょうアクセルリスさま!」


 二人は目を輝かせながら、重い扉を開けた。




「──ようこそいらっしゃいませ。リストランテ・リバラヘッドはあなた方をご歓迎致します」


 流麗なる第一声。同時に目に映る内装もまた、外観と同じように落ち着きに徹した表情を見せていた。


「招待状を受け取って……」

「はい、確認いたしました。アクセルリス様、どうぞこちらへ」


 極めて効率化されたそのやり取りは、まさに超一流の気品を漂わせる。

 畏怖すらも覚えながら、アクセルリスとタランテラは案内に従った。



「こちらでお待ちください」


 導かれた席に座る──だが、その心は休まらず。あまりに高尚な雰囲気が二人を押し付けていた。


「……さすがに緊張するね」

「です、ね」


 気を紛らわせようと見渡す。客の数はそれなりといったところ。不思議なことに、客層はまちまちな様子だ。


「それにしても、どういう形式なんだろう」

「メニューなども見当たりませんし、事前に予約したわけでもありませんよね」

「その質問にはわたしが答えよう」


 新たな声は、二人の死角から。


「……!」


 同時に振り返り、同時に目に映す。

 オレンジ髪の魔女。薄い微笑みを浮かべ、掴み所のない雰囲気を漂わせる。


「ようこそ、我が城へ。このリバラヘッド、城主としてきみたち二人を歓迎する」


 伝説のコック・リバラヘッド。満を持して、表舞台へ姿を見せた。


「リバラヘッドさん……! お久しぶりです、お元気そうで何よりです!」

「体が資本だからね、私たち料理人は──と、何にも言える話ではあるかな」


 変わらず飄々とした余裕を纏うリバラヘッドは、改めて二人の来客を俯瞰した。


「アクセルリスと……君は確か、狂信者(サーディン)を宥めてくれた」

「覚えていてくださったのですか、私などのことを……!」

「ああ、勿論。揺るがぬ誇りで、わたしだけでなく狂信者までも救った素晴らしい料理人さ。忘れるべくもない」

「……っ! 光栄です……!」

「ははは。まあその割にはきみの名前は聞いていなかったけどね。丁度いい、余りに遅いタイミングだが教えてもらえるかな」

「──タランテラです。私の名前は、タランテラ」

「タランテラ、だね。うん、もう忘れないよ」

「ありがとう、ございます……!」


 重畳──感極まったタランテラ、今にも涙が溢れそうな表情で笑った。


「それでアクセルリス」

「はい、なんでしょう?」

「正直わたしはきみが同行者に選ぶのはきみの師──アイヤツバスだと思っていたんだけど」

「──」


 不意に撫でられる深層。だが、覚悟はしていたことだ。


「というよりも、わたしはきみが師を連れてくることを見越して招待状を二枚送ったところもある──単刀直入に聞くよ」


 リバラヘッドの包丁が光る。


「魔女機関で何かあったのかな?」

「それは」



 言い淀む。

 僅か一瞬、アクセルリスの中で数多の葛藤が渦巻いた。

 それは遥かに短い刹那だった、だが。



「……いや、答えなくていいよ」


 有耶無耶の中に答えを消したのは、意外にもリバラヘッドだった。


「え」

「だいたいの事情は読めた──実際には、わたしの想像を超えているだろうことも含めて」


 その慧眼、まさに伝説だった。


「それにこれから料理を楽しもうってときにそんな顔されちゃね」

「あ……ごめんなさい」

「気にしないでくれ、意地の悪い質問をしたのはわたしの方だからね。気も熟した──宴の幕を上げようじゃないか」


 リバラヘッドが手を掲げると、すぐに料理が運ばれてきた。


「宣言通り、私の自信作たちを用意した。胃袋は分からないが、舌は間違いなく満足するだろうと保証しよう」


 そう言うと、リバラヘッドは自ら料理を二人の前に並べた。伝説のコックが直々に手を動かすことの重大さを、アクセルリスとタランテラは知っていた。

 初めに姿を現したのは、大振りな肉の塊だった。


「まずは一品め。『バジリクックのステーキ』だ。シンプルなものだが、故にこそ本来の味が際立つものさ。今回はその血を使ったソースも添えてある」

「お……おお……!」


 見る、圧倒的なサイズ感。嗅ぐ、香ばしく欲望を刺激する香り。聞く、熱された鉄板が肉を燻る音。

 あらゆる感覚に訴えかけるそれは、もはや極まった『料理』の概念そのものとすらも言えよう。


「では──召し上がれ」

「いただきます!」







 数刻後。


「────ごちそうさまでした」


 リバラヘッドの自信作。その全てを完食し、手を合わせるアクセルリスとタランテラ。見れば、そのテーブルに料理の痕跡は存在せず。


「すごい……すごすぎる……!」

「最高……でした……!」


 恍惚に浸る二人。今にも涙がこぼれそうな勢いである。


「うん、すごい良い食べっぷりだったね」


 リバラヘッドも嬉しそうに頷きを繰り返していた。


「自分の料理をこんなに美味しそうに食べてくれることがこんなに嬉しいとは。慣れ切ってしまったことだとは思っていたが」


 微笑みのまま二人を見つめ、そして遠くに視線を移した。


「自分のルーツを思い出せた気がするよ。ありがとう、二人とも」

「そんな、お礼を言うべきはこちらのほうです!」

「はい……感動は勿論、いち料理人として……魂が、疼いています……!」


 胸を抑えるタランテラ、鼓動が高鳴る。


「私も、いつかは……!」

「出来るさ、きみなら」

「え」


 リバラヘッドは迷わずに言った。


「君の腕前と誇りがあれば辿り着ける。わたしが保証しよう」

「リバラヘッドさま……!」


 感極まる。


「……ありがとうございます! このタランテラ、その言葉を胸に精進を続けていきます!」

「うん。楽しみにしているよ」


 二人の料理人は想いを交わし合い、互いに笑みを浮かべた。

 それはまるで一つの師弟のように。その様相をかつての自身と重ね、ふとアクセルリスは哀愁を覚えた。


「──」





「今日は本当にありがとうございました!」

「リバラヘッドさまの料理を何品も口にできるなど、全ての料理人が憧れることです……!」

「はは、喜んでもらえたのなら何よりさ」


 エントランスにて、三人は顔を合わせる。


「光栄です! この体験、活かさねば……店に戻って研究せねば!」


 情熱に浮かされ、それでもなお真っ直ぐな足取りでタランテラはレストランを出た。


「私も──」


 アクセルリスもまた、タランテラに続こうとしたそのとき。


「っと、待ってくれアクセルリス」


 リバラヘッドが不意に呼び止めた。


「ひとつ『君にしか』伝えなきゃいけないことがある」

「……?」


 真剣なその眼差しに、アクセルリスが覚えたのは訝しみだった。


「わたしは《伝説のコック》と呼ばれ、この世界に知られている──だが、料理人である以前に魔女だ。そのことは理解してるよね」

「はい、良く存じ上げていますが……」

「わたしの称号は《調律の魔女》。あらゆるものの『音色』を聴き、二つ以上の『音色』を『調律』する魔法を得意とする」


 明かされるリバラヘッドの魔法。


「これは専ら料理に活かしているが──普通に過ごしていても耳に入るんだ、『音色』ってやつは」

「それは、つまり……?」

「『音色』ってのはおしゃべりなやつでね。たとえどんなことを隠していても、それとなく囁いてしまうのさ。そしてわたしはそれを聴いてしまう」



 すなわち──リバラヘッドは、他者がおくびにも出さず隠し通すような秘密でも、知ってしまうということ。

 彼女の優れた洞察力・理解力も、全てはこの《調律》の魔法がもたらした恩恵だったのだ。



「そんな感じ」

「じゃあ、まさか」

「ああ。アイヤツバスのことも、私は聴いてしまった」

「──っ」


 息を呑んだ。情報が漏れたことよりも、かの伝説のコックがそれを知ったとき、どんな表情をするのかに揺さぶられたからだ。

 そして、リバラヘッドは。


「わたしは何も言わないよ」

「え」


 予想していなかった答えだった。


「驚きはしたけどね。わたしが口を挟むようなことじゃないのも『聴こえた』から」


 音色が囁いていたのはアイヤツバスの正体だけでなく──それに対するアクセルリスの決意もまた、同様に伝えていたのだ。


「わたしにできることはこれくらいさ」


 そう言って手渡すものがあった。

 それは丸い宝玉。透き通るようなオレンジは、リバラヘッドの髪と同じ鮮やかさを誇っていた。


「これは……」

「《調律の音玉》とでも呼ぼうか。わたしの魔力が込められたお守りみたいなだと思ってくれれば幸いだ」


 調律。異なる音色を繋げる希望の筋──それが何を指すかは、まだ誰も知らない。


「いつになるかは分からないけど、きっといつか役に立つ。それの《音色》はそう言ってるよ」

「リバラヘッドさん──ありがとうございます」


 アクセルリスはそれを優しく握りしめる。どことなく、鼓動しているかのような温もりを感じた。



「全てが終わったらまた招待状を送るよ。そのときのきみがどんな顔になってるか楽しみだ」

「本当ですか……! それは楽しみです!」

「ああ、約束だ」


 リバラヘッドは笑った。そしてアクセルリスの背を押した。


「ほら、タランテラを待たせてるだろう? 早く行ってあげるといい」

「わかりました! リバラヘッドさんも、お元気で!」

「また会おうね、アクセルリス」


 別れを済ませ、アクセルリスは快活に城を後にした。





「さて。これからこの世界は、どこへ向かっていくんだろうね」


 独り、リバラヘッドは呟く。


「ハッピーエンドを迎えるか、業火に包まれ燃え尽きるか、はたまた全てが凍って止まるか」


 指折り数える、結末たち。


「ま、どうなろうと──わたしのやることは変わらないか」


 そう言って笑う。

 その言葉の通り──たとえ世界が歪もうと、彼女は歪まない。

 彼女が伝説のコックである限り、彼女がリバラヘッドである限り。




【今までと、今と、これからと おわり】

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