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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
41話 今までと、今と、これからと
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#3 ガイダンス・トゥ・フネネラル

【#3】



 とある墓地。

 心地よさすら感じられる静謐に包まれたそれは、一目でこの地がただの墓地ではないことを知らしめている。


「……」


 厳かに並ぶ墓標の間をアクセルリスは進んでいく。



 彼女の存在からも察せられるだろうが──この地は『魔女機関関係者の共同墓地』である。

 魔女機関の他に身寄りがないもの、遺族が誉れとして望んだもの、あるいは生前に直接望んだものがここに眠っている。



「……ん」


 ふと目に留まった墓標たち。《フロンティア・フロントライナー》。そして或いは《ブルーメンブラット・ヴィルベルヴィント》。

 みな、アクセルリスが死を見届けた先人たちだった。


「──」


 灼銀がそれを映したのち、ゆっくりと前を見た。


(たとえ命が潰えたとしても、その遺志が確かに引き継がれているのなら──なんて、バカバカしい話だ)


 それには残酷なる独我が宿る。


(でも私は託された)


 そして辿り着く。彼女が求めていた墓標──《シャーデンフロイデ・フィンスターニス》。


「…………」


 刻まれた名を指でなぞる。ひんやりした感触が伝わり、アクセルリスの魂を研ぎ澄ます。


「託されたものは必ず成し遂げます、隊長──」


 鋼の魂を宿らせ、眠るシャーデンフロイデへと宣言した。

 それが彼女なりの弔いの儀だった。




「……あれ、アクセルリス」


 ふと、背後から声がした。気配は感じられなかった──理由は、その来客を見れば分かった。

 嘲るような表情をした悪魔の面を被り、黒いボロボロの外套を纏った不気味な魔女。


「フネネラルさん」

「久しぶりだね、うん」


 執行人フネネラル。魔女機関の裏切り者を始末することを専門にした、その名を呼ぶことすら不吉とされる存在──といっても、その評判自体フネネラル自身が広めたものではあるが。


「アクセルリスもシャーデンフロイデさんのお参りに?」

「はい。丁度済んだところです」

「おっと、そうだったんだね」


 仮面を外し、透き通る白い瞳でシャーデンフロイデの墓を見た。


「シャーデンフロイデさん。悔やまれるばかりだね」

「そう、ですね」

「……」

「…………」


 互いに腹を探り合うような沈黙。互いの瞳が視線を交わす。

 しかしやはり性に合わぬのか、アクセルリスが口を開いた。


「フネネラルさんも殺すんですよね、アイヤツバスを」

「そう、だね。君の口から言われるとは思ってなかったけど」

「私はもう決断しましたから」

「やっぱり強いね、君は。すごいよ」


 屈託のない笑みでアクセルリスを称えたのち、返答する。


「うん。私が執行人(わたし)である限りやることは変わらない。例えそれが戦火の魔女であろうと、魔女機関からの謀反者であれば私は殺す。そういう存在」


 これまでも幾度となく()()してきたのだろう。言葉から、酷い深刻さは感じられない。


「私が懸念するのは彼我の力量だけだ。そしてその点でいえば、非常に憂慮している」


 フネネラルの瞳が再びシャーデンフロイデの墓碑を映した。


「あのシャーデンフロイデさんですら殺し伐つことの出来なかった存在──正直な所感では、私は勝てないと思う」


 葬送の魔女は己の弱さを隠すことなく語る。しかしその言葉に、濁ったような諦めは感じられなかった。

 しかし同時に──残酷のアクセルリスは、『生』への執着が手放されていることも悟っていた。


「故に私にとって最後の仕事になるかもしれない」

「それは」

「わかるだろう。一方的な始末は最早望めない。だから私は戦火の魔女へ確実な傷を与えることを優先する」

「自分の命を引き換えにしても、ですか」

「そうだ。その後のことは──君に託す、アクセルリス」


 虚ろな笑顔でアクセルリスに手を差し伸べた。


「君の復讐の轍となれれば嬉しいよ」


 その言葉に、アクセルリスは目を閉じた。



「…………」



 暫しの沈黙を抜け、アクセルリスが口を開いた。


「嫌です」

「え」

「元から命を捨てるつもりの者から託されるものなんて、私の魂を濁らせるだけ」


 灼銀が、フネネラルを睨み映した。


「シャーデンフロイデさんは最後まで生きる執念を見せ、希望を託した」


 彼女が遺した赤い灯火こそが、それだ。


「そこには何よりも強く輝く『命』の遺志がある。だから私はそれを受け継いで戦っていける。だけど──貴女がやろうとしてることは違う」

「──」

「だからそんなものは、いらない」


 繰り返す。拒絶(シェリダー)の意思を強く見せ、フネネラルを睨んだ。



「────」



 残酷なる眼光を受けたフネネラルは、背筋が冷え切るのを感じた。

 そして震えた声で言葉を紡いだ。


「……すまない。私が間違っていたようだ」


 先ず、謝罪を。


「君はそういう魔女だったな、失念してしまっていた。君の言う通りかも、だな」


 アクセルリスは黙ったままにフネネラルを見続ける。


「そして感謝だ。私は執行人としての職務に固執するあまり、己の身を鑑みずに戦火の魔女へ傷を穿つことしか考えられていなかった──そのことに気付かせてくれて、ありがとう」

「私は私が思う命のあるべき姿で生き続けてるだけです」

「それこそが天啓になるんだ。私のような存在には」


 フネネラルは目を閉じ、自嘲めいた笑みを浮かべた。


「先の宣言は撤回するよ。命の限り生きながら、戦火の魔女と闘い生き延びてみせよう」


 アクセルリスも穏やかに頷いた。




「……まさか君に諭されるとはね。以前共に戦ったときは想像していなかった。私とて『命』には機敏なつもりだったから」


 執行人。昨日まで同僚だったような魔女を狩る職務、命の扱いに稀薄なはずもなく。


「師との──戦火の魔女(アイヤツバス)との決別を経て、成長したようだね」

「そう見えますか?」

「私にはそう見えるよ」

「なら、きっとそうなんでしょうね」


 アクセルリスは真意を見せず、悪戯そうに微笑んだ。

 その表情もまた、フネネラルにとっては意外なものだった。


「……ほんとに変わったね、色々と」

「ありがとうございます。そう言って頂けたのなら幸いです、色々と」


 不敵な笑みを交わす──悪魔の面がそれを遮った。


「じゃ、行くよ」

「はい。どうか、お気をつけて」

「勿論。君に浮かされたんだ、そう簡単には曲がらないさ」

「それなら何よりです」


 そしてフネネラルは去った。


 この鋼と葬送の交わりは、互いの残酷へ鋭い輝きを与える確かな兆となっただろう──



【続く】

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