#2 妖精と魔女のランデヴー
【#2】
「懐かしくない? 二人でこの森を散策する、この感じ」
「言われてみれば、そうかもね」
薄桃色の木漏れ日差す森を二人はゆっくり歩いていた。
「色々思い出すなぁ。アクセルリスと初めて会ったときのこととか」
「あのときはまだちょっと尖ってたころだっけ」
「今の方が尖ってるでしょアクセルリスは」
「……言い返せない」
ばつが悪そうに目を背ける。
「私が《死んだ妖精の森》に定着してから数年ちょっと経ったある日、アイヤツバスさんがあんたを連れてやってきたんだよね」
「お師匠サマとは元から知り合いだったんだっけ」
「うん! 何なら私よりも先にこの森に住んでたからね、なんならあちらの方が先輩ともいえる」
「ふーん…………ん?」
ふと、アクセルリスが一つの違和感を覚えた。
「『私よりも先に』って、それより前は別の森に住んでたってこと?」
「そういうことだね」
「それで、私が来る数年前にここに移ってきた、と」
「うん」
「で、私が来たのが大体15年前……」
「うん」
「……おかしいな」
「なにが?」
「ファルフォビアって去年ぐらいに『18歳』って言ってなかったっけ……」
「お、よく覚えてたね」
それは目の前に佇むこのエルフの年齢だ。
確かにファルフォビアは自己紹介の際に『18歳』と名乗った。それが1年半ほど前の話だ。
であれば、逆算すればアクセルリスと出逢った頃、ファルフォビアの年齢は『3歳』となる。
「おかしいよね絶対!?」
「えっ今更気になったの!?」
「エルフも老い方が人間とは違うだろうなとは思ってたけど、考えてみれば誰かの年齢とか気にしてなかったし……魔女だし……」
「……はぁ、なるほどね」
やれやれと首を振り、そしてファルフォビアは謎を紐解く。
「実はあれ、エルフの価値観に合わせた場合の話なんだ」
「え」
「エルフは森と生きる種族。だから『森に定住したとき』から年齢を数え始めるって文化があるんだよ」
「知らない情報──!?」
仰天。これまで抱き続けていた親友への認識が歪むのだから無理もない。
「ならファルフォビアの実年齢って」
「うーん……まぁプラス100ってところかな」
「うそでしょ……」
衝撃の真実に声を漏らすばかりであった。
「でもだからといって態度変えたりしないでよね! 私は私でアクセルリスはアクセルリス! この友情は揺るがないものなんだからさ!」
「そりゃ当たり前でしょ!」
前提が変わろうとも友情は変わらない。二人はそれを確認し合い、不敵な笑みを交わした。
「ちなみにファルフォビアはどうして死んだ妖精の森に移住してきたの?」
「一言でいうなら……『引継ぎ』かな」
「それまでは別のエルフがこの森にいたってことか、なるほど」
「前任者が突然消息を絶って……その代理として私が選ばれた」
「……いきなりキナ臭い話だね、それ」
アクセルリスは話の筋から不穏の予兆を感じ取り──すぐに、実を成してしまう。
「そして、それは私の母親だったんだ」
「……え」
その言葉によって急転直下がもたらされた。
「《フィルファレルロ》。それが母の名前──って、そんなことはどうでもいいか」
諦めに渇いた言葉だった。
「身内の引継ぎっていうのもあったけど、それ以上に母の手掛かりを探すために私はここに来たんだ」
「……そう、だったんだ」
「ま、結局何一つ成果はなかったんだけどね」
俯くその顔に笑みが浮かぶ。それは己への嘲りが全てだった。
「アクセルリスが来た頃にはもう諦めて、適当な毎日を過ごしてたんだ。『勤勉』──自分にはそう言い聞かせ続けてね」
彼女の言葉の裏には、重く苦しい感情が眠っていたのだ。
「どうせ私には何も見出せない。せいぜい森の警備しかできない『勤勉』なエルフだったんだから」
「じゃあ私が見てきたファルフォビアは、ずっと」
「…………そうだね」
たった一言、途切れる言葉。潜んでいたファルフォビアの葛藤や苦悩を、アクセルリスはこの一時で呑み込んだ。
そして、自然に漏れ出した言葉があった。
「……ファルフォビア」
「なに? 笑うなら笑ってよ、そっちのほうが面白いでしょ」
「────がんばったんだね」
それは静かで深い、労りの言葉だった。
「私にも言わないで、ずっと一人で抱え込んで、それを誰にも見せないようにして──すごいよ、ファルフォビアは」
家族を喪った悲しみ。孤独の苦しみ。アクセルリスはそれを誰よりも強く知っている。だからこそ、それと戦ってきたファルフォビアの心が分かるのだ。
「本当に──がんばったんだね」
それを聞いたファルフォビアは──
「────」
呆けたような顔を見せ──一瞬のうちにあらゆる感情が彼女の内を巡り──そして、微笑んだ。
「…………当たり前でしょ。私はこの森を守る『勤勉』なエルフなんだから、ね!」
吹っ切れたように、快活に。それが彼女を精算する全てだった。
◆
程なくして、二人はファルフォビアの住処の前で向き合っていた。
「今日はありがとね。アクセルリスのおかげでなんかすっきりした!」
「え? 私なんかしたっけ……ま、役に立てたのならよかったよ!」
「やっぱりアクセルリス、変わったよ」
それは始まりの問いへの答え。
「いや、多分根本的では変わってないけどね? それはアクセルリスの良さだから変わったら困るし」
「結局何が言いたいの」
「前までのアクセルリスはどこかアイヤツバスさんに近い雰囲気になってた気がするんだ。でも今は違う──アイヤツバスさんとは別の道を進んだというか、そんな感じ」
ファルフォビアが掴んだアクセルリスへの評。真実の奥では、驚くほどに的を得ているものだ。
「少なくとも、私から見れば──あんたはアイヤツバスさんを超えてる。これだけは確かに言えるよ」
それが彼女が見出した結論だった。それを耳にしたアクセルリスは──
「────」
沈黙に。
しかし心臓の鼓動は、脈打つたびに加速していた。
「あー……ごめんね、なんか微妙なこと言っちゃって……困るよね、そりゃ」
「……いや、違うよ」
「お?」
アクセルリスの眼光が変わったことに、ファルフォビアは気付いた。
「その言葉が今の私には必要だった。ファルフォビアが言うんだったら間違いないよね、それ」
「そこまでの自信はないけど……」
「ありがとう……ありがとう……!」
段々と、熱帯びていく。
「ありがとねファルフォビア!!!」
「よ、よくわかんないけど役に立てたのならなにより……」
アクセルリスの勢いは最高潮に達した。今にも爆発寸前の銀色を抑え込んでいる。
「うおお、テンション上がってきたらお腹空いてきた……!」
「どういうこと!? さっき食べたばっかりじゃん!」
「我慢できないから帰るね! 今日はありがとう、色々と!」
「こ、こちらこそありがとね!」
異常なほどの熱に包まれたまま、二人は言葉を交わす。
「じゃあまたねー!」
「うん、ばいばーい」
そして燃え盛る銀色に包まれてアクセルリスは去っていった。
「……元気さもすごいことになったなぁ」
◆
「さて」
アクセルリスを見送り、ファルフォビアは決意を新たにした。
それは『母親の手掛かりを今一度探し出す』という意思。
「ここはアクセルリスの熱に浮かされちゃったってことで……いっちょ私もやったりますか!」
明朗に、そう宣言した。
それが悲劇の引き金になるとは、知らずに。
【続く】