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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
40話 進化の収束点
211/277

#2 霊峰にて

【#2】



 霊峰スィンカー。北部に聳えるその嶺は白く静まり返り、重く厳かな雰囲気で来迎者を歓待する。


「──ああ、やはり此処は静かで、強く、美しい」


 溜息交じりにそう漏らすイヴィユの側で、アクセルリスは訊ねた。


「……それで、ここは結局なんなんですか?」

「霊峰スィンカー。遥か昔より聳える旧き山。山自体が神聖なものとして扱われ、信仰の対象にもなっている」


 ここまでが一般的な認識。そして、イヴィユの個人的な繋がりこそは。


「そして即ち私の故郷だ」

「故郷、ですか? この山が?」

「正確に言えば、この山に存在していた里だな」

「存在して「いた」……?」

「ああ。今はもう無い」

「……ッ」


 イヴィユの言葉にアクセルリスは身を強張らせる。


「その名は《スタアゲイズの里》。集落でありながら、自分たちが住まうこの霊峰スィンカー山そのものの神として崇め、深い敬意を払っていた」

「……土地に根付いた信仰ってやつですね」


 特定の界隈では興味深い事例なのだろうが、残念ながらアクセルリスにとってはそうでなかった。


「彼らは『山からの恵み、神からの施し』として山中での自給自足を信条として生き、何世代も暮らしていた。だが、長い時の中で歪みは確実に生まれていたようでな」

「というと……?」

「山にだけ頼った生活も、やがて限界が来たというわけだ。食料をはじめとした資源は目に見えて減り、生活にも苦しさが見えてきた──そのころだったな、私が魔女となったのは」



 イヴィユは遠く空を見、追想に身を委ねる。


「山から下りようという提言も出たのだが、『神聖な山を離れるということは最大の背信に当たる』と聞かなくてな。大半の住人が山と共に殉じることを望んでいた」

「……バカばっかりですね」

「だろう? だから私も言ってやったんだ」

「なんと?」

「『死ねばそこで道は途絶える。たとえ神聖なる地を離れようと、その命を持ち続け生き続ければ、スィンカーは我らを護ってくれる。それこそが進化だ』とな」


 かつてのイヴィユが残した言葉。そこに見える『進化』への意志は、今も変わらず宿ったまま。


「……いい言葉ですね……」

「だろう。我ながらずっと覚えているほどだ」

「じゃあそれで、里の人たちは」

「ああ。これでやっと納得してくれて、山から下りた。今は麓の町に里ごと移住し、みんな元気に暮らしている」

「よかった……滅ぼされたわけじゃなかったんだ……」


 アクセルリスは深く安堵する。ここ最近、衝撃的な過去を知る機会が多かったため、気が気でなかった。


「故郷であり土地勘があるからこそ私が選ばれたのだろう。しかし罪を犯して逃げ延びた地がこことは、許し難いな」


 小さく、イヴィユは言った。




「さて、思い出話はここまでだ。任務を始めるぞ」

「はい。では(トガネ)が魔力を『視』ます」


 言うも早く、灼銀の右目に魔力を籠める。段々とその色が赤一色に染まり、そしてアクセルリスの視界に魔力が可視化されていく。


「ん? うーん……?」

「どうした?」

「見えるには見えるんですが……『薄い』ですね。気を抜けば見逃しそうなほどの薄さです」

「ほう。《隠密の魔女》だけあって、魔力の痕跡を隠すのも得意なのだろうか」

「ま、私たちが見失うわけはないですけど──あっちに続いてます、付いてきてください」

「承っただ。周囲の哨戒は私がこなす、アクセルリスは追跡に集中してくれ」

「了解です!」


 そして二人は荒れ果てた山道を進み始めた。





 それから、すぐ。


「ん、ちょっと強くなってきました」

「確実に近付いているようだな。ハイデンジークの魔法のこともある、要警戒だろう」


 警戒の色を強めながらも、足を止めず、魔力を辿っていく──




 ──その、瞬間。



「────ッ!?」


 アクセルリスが目を見開く。同時に、その肌で感じ取るものもあった。


「イヴィユさん」

「ああ、私も感じている──これは」


 二人が同時に感じたもの。世界に敵意を向ける、どこまでも悍ましい『魔力』。


「しかもこれ、近い──」

「急ぐぞ。確実に緊急事態だ……!」

「はいッ!」


 駆け出す。進むたび、身体で感じる『それ』が強くなり、顔をしかめる──だが、鋼と進化は残酷に踏み越え、そして至る。




「────ッ」


 飛び出した二人。

 その眼で見たのは──また別の、二人の魔女。



「……ァ、ぐぁァ……ぐゥ…………!」


 片や──地に臥し、絶えず苦しみに呻き続けている魔女。黒い礼装のような魔装束に身を包む彼女こそが《隠密の魔女ハイデンジーク》だった。


「……」


 そしてそれを赤黒い眼差しで見下ろす、もう一人の魔女。邪悪極まりない魔力を放ち続けるその正体は、言うに及ばず──



「お師匠サマ……」

「ん。おはよ、アクセルリス」


 戦火の魔女アイヤツバス。アクセルリスの到来に気付き、気さくに手を振った。


「変わらず元気そうで安心したわ。私がいなくてもちゃんとご飯食べてるみたいね」

「どうして! あなたが! ここにいるッ!!!」


 最早、師弟の言葉は噛み合わず。

 一瞬にして『憎悪』に塗替えられたアクセルリスは、周囲に無数の槍を生み出し、アイヤツバスへ向けた。


「──答えろ」

「んー、難しい質問ね。理由は無いわ。ただの気分」

「そうですか。あなたに中身のあることを聞いた私がバカだった──死ね」


 残酷な声の元、全ての槍がアイヤツバスを狙い奔った。


「ふふ、アクセルリスってば……また一段とかっこよくなって、私好みになったわね」


 アイヤツバスは愉快そうに笑いながら、己の背後に巨大な魔法陣を生み出し、より濃い戦火の魔力を放った。

 その奔流を受けた鋼の槍はたちまちに錆び、朽ちる。


「あ──ア────ぁ」


 そしてその傍、至近距離で戦火の魔力を受けたハイデンジークの身体も、同様にして──消えた。


 しかし、それはアクセルリスの視界に映りもしない。残酷な眼光が映すのは、戦火の魔女(アイヤツバス)たったひとつ。


「──結局、あなたは何がしたい? 何の目的で私の前に姿を見せた」


 戦火の風を受けても動じないまま、アクセルリスは尋ねた。


「強いて言うのなら──愛しい弟子が、元気にやってるかどうか、気になって」

「──それで?」

「その様子を見て安心したわ。私の見込み通り、あなたはあらゆる困難を乗り越え、その度により輝きを増していく。素晴らしい、素晴らしいわ」


 恍惚に酔うアイヤツバス。それこそが異常極まる戦火の魔女の姿。


「……お師匠サマが嬉しそうで、私も嬉しいです」


 アクセルリスはそう返した。無邪気な笑みで、かつての二人の関係を見せるように。



「アクセルリスの顔が見れて嬉しかった。今日はここまでにしておきましょう」

「逃げられるとでも思っているんですか?」

「あら、勘違いしないで。『見逃してもらえる』の間違いでしょ」

「私が? 冗談でしょ」

「まさか。アクセルリスの強さは私が一番知ってるもの。私が言ってるのはあなたのことじゃなくて」


 指さす。アクセルリスの背後を。


「彼女よ」

「──ッ」


 それはイヴィユ。見れば彼女は地に膝を付き、怯えたように身を縮めていた。


「私がその気になれば彼女はここで死ぬけど、それでもいいの」

「────」


 天秤。アイヤツバスを討つ機会を得る代わりに、イヴィユの命を見捨てるか。

 アクセルリスの眼がイヴィユを見た。

 どこまでも冷たく、残酷に満ちた眼差しだった。



(──死ぬ)



 イヴィユは一瞬そう感じた。



 しかし、アクセルリスはアイヤツバスへ向き直り、言った。


「その口車に乗りますよ、今日は」

「ふふ、お利口ね。やっぱりあなたは唯一無二の私の弟子」

「私の気が変わる前に消えろ」

「じゃあ、バイバイ。またね」


 笑いながらアイヤツバスは消えていった。



 残ったのは悍ましき残滓と、その渦中で研ぎ澄まされる残酷、そして折られた進化の意志だった。







「イヴィユさん、戻って報告しましょう。ハイデンジークは戦火の魔女によって殺害されてしまったと」


 どれだけの時が経ったか。イヴィユには分からなかった。

 差し伸べられたアクセルリスの手を見て、彼女はやっと我に返った。


「あ、ああ」

「大丈夫ですか? お師匠サマの魔力、もろに喰らってましたけど」


 先程までとはまるで別人のような口ぶりで、アクセルリスはイヴィユに声をかける。


「私はもう慣れちゃいましたけど、慣れてないと相当しんどいと思いますが……」

「…………だ、大丈夫だ。体に問題もない」

「流石イヴィユさんです! さ、早く本部に戻りましょう」


 軽い足取りで進むアクセルリス。その背を見ながら、イヴィユは己の中で吐き出した。


(嘘だ──私は嘘を吐いた。戦火の魔力を浴びた私は、何もできずに屈するのみだった)


 辛うじて取り繕ったその奥の、本当の自分。それをイヴィユは目の当たりにしてしまった。


(アクセルリス……一瞬見せたあの目には、確実に私を殺す意志が見えた。そして私は──それに勝てない)


 焼き付いていたのは彼女を見下ろしたアクセルリスの眼差しだった。あの残酷な眼が、常に自らを見ている──そんな感覚がイヴィユを苛めていた。


(私は……私は弱い。私の進化は……なんだったんだ)


 生まれてしまった。それは『イヴィユ』そのものに対する疑念。今の彼女は、己の存在証明すらも淡く浮いてしまっている。


(私、は────)




 そして、溺れていく。




【続く】

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