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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
39話 たったひとつの変わらないもの
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#2 いま、私にできること

【#2】



 死んだ妖精の森、アイヤツバス公房──家主は戻らない。


「────」


 紫色の空よりも淀んだ空気がその部屋を包んでいた。

 言うまでもなく、アクセルリスの自室たるその空間を、だ。


「────」


 力なくベッドに腰かけ、曇った銀色の目は何も見ない。そして、夢見言のように一つの言葉を繰り返す。


「──殺す」


 日がな、この様子だ。



(アクセルリス……)


 そんな濁りきった彼女を、アディスハハは隣に寄り添いながら見守っていた。

 無気力に投げ出されたアクセルリスの手。それを握る──恐ろしいほど冷たい。


(今度は……私がアクセルリスを救うんだ)


 そうして蕾の中で固まっていくのは、強い決心。


「アクセルリス、ごはん食べよ? 何も食べてないんでしょ、おなか空いたままじゃ何も始まらないよ」

「──ごめん、食欲ないんだ」

「……そっか」


 事態の深刻さを端的に示す言葉だった。


「食べたくなったらいつでも言ってね。私はアクセルリスのためならなんでもするから」 

「──なんでも、ね」

「うん! なんでもだよ!」

「だったらさ」


 言うも早く、アクセルリスはアディスハハの手首を掴み、そのままベッドへ押し倒した。

 二人の身体が重なり合う。


「……っ!?」

「いいんだよね。こういうのも」


 組み伏せる。片手で手首を掴んだまま、アディスハハの頬を指でなぞった。


「このまま乱暴に、力任せに、この躰を貪っても」


 舌なめずり。覗く牙に理性の影は映らない。

 アディスハハは息を呑んだが──なお、心は強く。


「…………いいよ」

「……」

「アクセルリスが救われるなら、体も、純潔も、命も──全部、捧げる」


 彼女の瞳には強い決意の焔が猛る。それは淀んだ灼銀に、僅かな熱を帯びさせた。


「────冗談だよ」


 ひょいと身を退かし、再びベッドに腰かけ、視線を落とした。


「ばか」


 アディスハハに聞かれぬほどの小さな声で、そう呟きながら。




 再び、静寂が世界を支配する。


「……」


 乱れた髪を整えながらアディスハハも体勢を戻す。


(アクセルリス──冗談でも、あんなことはしないはず)


 鋼の魔女を一番知るアディスハハだからこそ、抱く違和と不和が残っていた。


(先の一件は間違いなくアクセルリスにとってあまりに重い出来事……だけどそれは、精神の根源を歪ませるほどなの?)


 『己の眼に映るアクセルリスは、果たして今までと同じなのだろうか?』

 生まれてしまったその疑念が、アディスハハの心を掴み離れない。


 そして、その渾沌を見透かすように──突然アクセルリスが口を開いた。


「変わらないよ」

「え……」

「私はもう、変わらない」


 その言葉に澱みは無く。純粋たる銀の意志。


「何よりも己の命を優先する。大切な存在は命を賭してでも守る。そして、復讐は果たす──それが今の私」


 刻む三つのエゴ。アクセルリスは鋭く言い切った。


「変わらない──変えない。決して変わることはない──!」


 しかし、その覚悟は、悲しいほどの二律背反を孕んでいた。


「だから分からない」


 守るべき存在と、殺すべき存在と。その二つが重なり合ったとき、彼女が選び取るべきものは。


「私は──どうすればいいの?」


 銀色は、悲しく輝いていた。



「…………アクセルリス」


 気圧され息を詰まらせていたアディスハハが声を振り絞る。


「今のアクセルリスの中では、どの気持ちが一番強いの」

「……どれなんだろうね」


 呆けたようにアクセルリスは言う。


「『復讐』。それがあった。だけど、『大切なものを守る』っていうのが混ざってきちゃって──ぐちゃぐちゃになってる。そんな感じかな」


 乾き切った笑顔で取り繕うその身は、哀れさに満ちる。


「わかんないや。こんなことなら、ずっと自分のことだけを考えて生きていればよかったのかな──」

「それは違うよ!」


 アディスハハが思わず声を荒げた。


「あなたに救われた私が言うんだもん、それは絶対違う……!」

「……」


 懇願するようなアディスハハの姿に、アクセルリスはひとつの命の形を思い出した。


「……トガネ」


 右目を抑え項垂れる。

 相棒。弟。彼の存在は、アクセルリスの在り方に最も強く影響を与えていただろう。


「……アディスハハ」


 目を向ければ、アディスハハは変わらず熱い視線を向けている。


「私は……」


 『変われ』。『変わるな』。旅路の中で突きつけられた矛盾。

 変化か。環境に合わせ、世界に合わせ、友に合わせ──進化してきた己こそが真実なのか。

 不変か。惑わず、動じず、自己だけを正しいものとする──固執し続ける己こそが真実なのか。


「本当の私は……どれなの……!」


 深く、深く、項垂れる────




「…………」


 目の前で深き絶望に沈む、愛する友。

 それを目の当たりにしたアディスハハ──その中で、一つの可能性が芽生えた。


(……!)


 それはとても悲しく、とても辛い選択であった。

 しかし、アディスハハは、迷わなかった。



【続く】

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