#4 戦火種
──魔女暦5553年 2月2日 《戦火種》──
魔女機関本部クリファトレシカ。
そこは今、大いなる混乱の渦中にあった。
要因は、つい先刻大都市ニューエントラルで勃発した大規模な破壊活動──その真実は、魔女枢軸から魔女機関への宣戦布告であったとされる。
「……」
であれば、魔女枢軸を統べる正体であるアイヤツバスが、この事態を予見していなかったはずも、なく。
「首尾よくやってるかしら」
彼女は現在本拠地である研究部門部門長室に。本来戦線と縁のない研究部門であるアイヤツバスは、おいそれと前線へ出向くことも出来ず。
故に、彼女が現場の事態を知るのは、腹心であるカーネイルからの連絡を待つことになる。
そしてその手に握る伝気石が煌めいた。
〈〈──聞こえますか、我が主よ〉〉
「問題ないわ。連絡を繋げてきたってことは、報告を期待していいのね? カーネイル」
〈〈はい。お伝え致します──〉〉
◆
ニューエントラル。燃え盛る建物、焼け付く空、立ち上る悲鳴。まさに地獄変の渦中にカーネイルはいた。
その視線の先には魔女枢軸の朋友、ゲデヒトニス。
「こちらカーネイル、ゲデヒトニスと現地にて合流致しました」
「我/同じく→合流」
〈〈状況の把握は?〉〉
「問題なく。ゲデヒトニスより報告を受けております」
どこまでも冷静に。揺らぐ精神に身をやつす普段のカーネイルは此処には無い。
「バースデイによる空襲、ソルトマーチによる鼓舞、クラウンハンズによる虐殺、メラキーによる呪縛──全て滞りなく」
舞い踊る魔女たち。秩序を歪ませる、外道の筋。
「ただ、ゲブラッヘ及びアントホッパーの活動は明確な確認が取れておりませんが」
〈〈問題ないわ。その二人は初めから計画の頭数にないから〉〉
「では、全く完璧なほどに進んでおります」
〈〈うん、よかったよかった〉〉
アイヤツバスは胸を撫で下ろした。そして、核心を問う。
〈〈──それじゃあ、『回収』の方は〉〉
「無論、済ませてあります──ゲデヒトニスが」
「我/回収済み→《戦災の欠片》」
《戦災の欠片》。それこそが、魔女枢軸がニューエントラル襲撃を起こした最大の理由に他ならない。
その名からして予想は出来ようが──その通り、正体は『世界の各地に散らばった、戦火の魔女の力』である。
戦火の魔女の手から解き放たれ、常世にて眠りに付いていたそれらは、極めて精度の高い魔力感知を用いなければ発見することは不可能。
だからこそアイヤツバスは、ゲデヒトニスを『招いた』のだ。
〈〈お手柄よゲデヒトニス。この欠片が一番手間がかかるものだったから〉〉
「我/がんばった」
〈〈となれば、もうその地に用はないわね〉〉
「はい。我々はこの後適度な破壊を行った後、現地にて解散する手筈となっております」
〈〈現場の判断に任せるわ。くれぐれも証拠は残さないように──カーネイル、貴女は特にね〉〉
「承知しておりますとも。私はアイヤツバス様の忠実な僕です故に」
〈〈ふふ、そうね。じゃあ、切るわ〉〉
連絡が途絶えた。カーネイルは一息吐き、ゲデヒトニスに向き直る。
「ではゲデヒトニス、後は──」
その瞬間だった。
「姉ちゃんッ!」
飛び出したのは、冷徹の魔女バシカルだった。その黒い眼が二人を捉える。
「バシカル」
カーネイルが振り向く。
同時に、ゲデヒトニスは姿を消した。一瞬の状況判断による撤退だった。
「無事だった!?」
バシカルがカーネイルに駆け寄る。
「うん、問題ないよ」
「そうか、よかった」
その言葉は、驚くほどに白々しく、感情の籠らないもの。
しかし、バシカルが気付くことはない。
「今のは……」
「うん。外道魔女ゲデヒトニス」
既にカーネイルは『バシカルの姉にして魔女機関環境部門秘書』の仮面を纏っていた。
「睨み合いになったから、いつもみたいに隙を見つけてブスリと行きたかったんだけど……あの魔女、瞬きどころか身じろぎ一つしないの! キモい!」
「ゲデヒトニス……どこまでも不気味な魔女だ」
二人してゲデヒトニスのいた虚空を眺める。
すると、その空の向こうから青い人形が飛んでくるのが映った。
「あれは、アガルマトの」
「ああ。どうやら頃合いのようだ。戻ろう」
「そうだね!」
火の手が苦しいほどに盛り始めた街を、冷たき姉妹は共に駆け抜けた。
その心は、初めから共にはなかったというのに。