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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
外伝:THE DOOM MAGIA/戦火の傷痕
202/277

#3 命の音色を絶やす戦歌

──魔女暦5552年 10月10日 《命の音色を絶やす戦歌》──



 一年の大半を霧に覆われた、昏き町──それがここ、キリノ町。

 余りにも濃い霧にも関わらず、アイヤツバスの歩みは真っ直ぐに──たった一つの道標、強く光る『赤』を目指して。


「……ここね」


 成るべくして成る。辿り着いたのは一つの建物。看板には、《プレルード医院》と。


「急がなきゃ──」


 看板によれば、現在は診察時間外。しかしアイヤツバスは迷いなく足を踏み入れる。ある一つの、性急な目的のために。



 当然、医院の中には人は居らず──しかし、人ならざる一つの命はあった。

 それは影の中に住まう赤い光の使い魔。


「トガネ」

〈うん……? あれ、創造主!? どうしてこんなところで〉

「話はあとよ。アクセルリスはどこ?」

〈主ならあっち……あの部屋に、医者と一緒に入ってったぞ〉


 トガネが示す先には『診察室』と。


「どれくらい時間が経ってる?」

〈そこまでではないと思うけど……〉

「……ついてきて」

〈ちょ、オイ!?〉


 トガネを己の影に宿らせ、アイヤツバスは診察室──そのドアを開いた。


〈あれ……あれ?〉


 がらんどう。その部屋の中には、アクセルリスも、『医者』もおらず。


〈主!? どこ行ったんだ!?〉

「遅かった、わね」

〈創造主、なんか知ってるのか!?〉

「その答えを今から見せるわ」


 アイヤツバスが両腕を広げる。彼女の足元に、ドス黒い魔法陣が生まれる。そして。


「────ッ!」


 盛大に、弾ける。渾身の衝撃波魔法だ。

 節理、豪快な音と共に床が派手に壊れる。



「っ何!?」

「あ、あ……?」



 崩落した床の下からは、二つの声が聞こえた。


〈な、なんだってんだー!?〉


 混乱を続けるトガネを置き去りに、アイヤツバスは黒コートをなびかせ降り立つ──磔にされ、痛苦を与えられ続けていたアクセルリスの側へと。


「アクセルリス、大丈夫?」

「お、ししょう……サマ……?」

「お前は……ゴグムアゴグ……!」


 プレルード医院の主、レキュイエムの声。それには全く耳を傾けず、アイヤツバスはアクセルリスの身体を診る。


「これは酷いわね……」


 赤紫に変色した腹部。容赦のない打撃の痕──それも複数回。さらには刺さったままのメスからは絶えず血が滴っている。

 さらに右脛は綺麗に肉が裂け、おびただしく血が流れ出ている。

 見るも痛々しい、苦痛の向こう側。


「……」


 アイヤツバスの心の奥から沸き上がる──それは赤黒く、悍ましく、煮えたぎる感情。

 彼女はアクセルリスの腹に刺さったままのメスを引き抜き、レキュイエムへと投げつける。レキュイエムは別のメスでそれを弾いたが、全て些事。

 そのわずかな間に、アクセルリスに手を当てた。すると、輝きながら傷痕が塞がってゆく。


「う……あ……?」

「応急処置よ。逃げなさい」


 刃となっている魔法陣の縁を用いて、拘束具を簡単に壊す。アクセルリスの身体が自由となる。

 それと同時に赤い光がその影に入り込む。出遅れこそしたが、状況を判断したトガネの行動だ。


「トガネ、アクセルリスをよろしくね」

〈合点承知! 主、行くぞ!〉

「お師匠サマ……トガネ……? なんで……?」

「話は後。今は早く逃げなさい」


 レキュイエムの攻撃を魔法陣で防ぎながらアイヤツバスは言う。


〈そうだ! 行くぞ!〉

「う……ありがとう、ございます」


 そしてアクセルリスはトガネの助けを受けながら、アイヤツバスが空けた穴から逃げ去っていった。


「……さて」


それを見送ったアイヤツバスは改めて憎むべき敵──レキュイエムを赤黒の眼に映した。


「……なるほどね。戦火の魔女(あなた)の弟子か、あれは。道理で魔法陣なんて古惚けたものを使う訳だ」


 レキュイエムは苛立ちを露わに机を蹴り飛ばす。


「古惚けたとは失礼な。由緒正しき魔法の基礎よ?」

「なぜここに?」

「弟子の窮地を救う。理由としてはそれで充分でしょう?」

「……本当の事を言えよ」

「たまたま近くに来ていたら、何か嫌な予感がして、気付いたらここにいただけよ」

「意味わからん……」


 頭を振るレキュイエム。


「……なあ」

「何?」

「見逃してくれないか。戦火の魔女(あなた)と戦って勝てるわけなど無いから」

「駄目よ」

「どうしてもか」

「どうしても、駄目よ。貴女は私の愛弟子を傷つけ、命の危機にまで追い詰めた。そんな魔女を許すわけにはいかないでしょう」

「……だよなあ」

「それに。そもそも。私は魔女機関の幹部である邪悪魔女。貴女は魔女機関に背き叛逆する外道魔女。であれば、私が貴女を殺すのは誰にだって理解できる道理よね?」

「そうなんだよなあ……やれやれ」


 真実の前では余りにも矛盾に満ちたその言葉たち。レキュイエムは皮肉を吐き出すこともなく、諦めと共に聞き流す。

 そして彼女は瓦礫の中から楽器を探し出す。


「私のコレクションもめちゃくちゃだ。もう駄目みたいだね、こりゃ」

「そうね」

「ま、私は抗うけどね」


 一本、ヴァイオリンの弓を拾い上げ、剣のように構える。


「……そう、抗ってやるさ。死ぬまで」

「やめた方が身のためよ」


 アイヤツバスの周囲に無数の魔法陣が展開される。

 そこから放たれる光を浴びながら、レキュイエムは静かに微笑んだ。


「──いくよ」


 一拍。空白なる空気が弾け──レキュイエムが駆けた。




「はぁッ!」

 鎮魂の魔力によって補強されたヴァイオリンの弓は、鍛えられた刀のような鋭さを秘める──が、アイヤツバスの魔には遠く及ばず。

「レキュイエム──だったわね。貴女の名前」

 その弓を魔法陣で遮りながら、アイヤツバスは語りかける。

「ふん、バズゼッジから聞いたか?」

「──ええ。惚気話を、飽きるくらいに」

「だからどうしたと言う!」

 力を籠め、圧し込む──しかし、一寸とも揺らがず。

「レキュイエム。私は今──『怒り』を覚えているわ」

 赤黒の眼が、鎮魂の魔女を映した。


 それは、恐ろしいほどに鋭く、狂おしいほどに透明で。

「──ッ」

 渦巻く悪意の極みを察知し、レキュイエムは身震いする。

 同時に本能が囁いた。そしてそれに従い、間合いを開こうと──



「逃げられるとでも」



 陰惨なる呟き。レキュイエムはそれを聞いてしまった──故に、もう、逃げられなかった。

「あ」

 アイヤツバスが、レキュイエムの身体を両断した。



「──ぐ」


 どさり。その上半身が無様に墜落し、その下半身は力なく膝を付いた。


「私の愛しい愛しい弟子──それを汚そうとした罪、その重さが『それ』よ」

「…………狂っている」


 僅かな余力を絞り、レキュイエムは語る。


「貴様は……貴様はいつか、滅ぶ」

「ええ、滅ぶでしょう。この世界と共に──それが私の悲願なのだから」

「…………魔女、め」


 ドス黒い怨嗟を残し、レキュイエムは旅立った。その表情は、どこまでも満ちる憎悪と恐怖に満ちていた。



「……」


 既に去ったものにアイヤツバスは興味を示すことはなく。

 やがて、その場に生の息吹は一つとして無くなった。



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