#1 ざわめく火
【THE DOOM MAGIA】
これは、隠され続けてきた戦火の足跡である。
──魔女暦5552年 9月3日 《ざわめく火》──
「……」
クリファトレシカ85階、研究部門長室。アイヤツバスは窓の外を眺めていた。
夜闇の景色が眼鏡に反射し、ぽつぽつとした光を生む。
「……」
何とはなしに眺めているだけ──自身にはそう言い聞かせていたが、しかしその深層には消せないざわめきが巣食っている。
それはだんだんとアイヤツバスの心を蝕み、彼女の身体さえも不快感に支配させる。
そして、実る。
「──緊急の通達だ」
響き渡る声。それは緊急の連絡──発したのは、邪悪魔女8i:防衛部門のケムダフだった。
「邪悪魔女は至急会議室に集まって欲しい、緊急の夜会を行う。繰り返す──」
鬼気迫るその声色を受け取り、アイヤツバスはゆっくりと腰を上げた。
「……なにか、良くない予感はする」
不思議な確証を持ち、彼女は部屋を出た。
◆
数刻後。クリファトレシカ99階、邪悪魔女会議室。
「バシカルとシェリルスは任務、シャーカッハは遠征……か。まあ仕方ない」
集まった魔女を見渡しケムダフは呟いた。
「緊急の話とは一体なにごとだ」
「今から説明する。覚悟して聞いてね」
「……」
不穏なものを感じ取り皆強張る──たったひとり、アイヤツバスを除いて、だが。
「ついさっき、《戦火の魔女》の魔力を感知した」
会議室がとんと静まる。同時に、アイヤツバスの中をも恐ろしい静寂が包んでいた。
(────)
世界の時が止まったかのような沈黙──アイヤツバスは鈍化した脳裏上の中、あらゆる可能性を『真実』と照らし合わせ、結論に至った。
「────ありえない」
その場の誰よりも早く。一言、そう零した。
その場の誰もその言葉に違和を覚えることはなかった。なぜなら、《戦火の魔女》とは『ありえないもの』だから。
だがアイヤツバスだけは、『ありえないもの』が『ありえないもの』である理由を知っていたのだ。
その答えは、彼女こそが。
「残念ながら事実だよ。私の感知に────」
ケムダフが言葉を続け、他の魔女がさらに口を挟む。そのやり取りに、アイヤツバスは耳を傾けていなかった。
(……ゲデヒトニスね。恐らくは《戦災の宝珠》の再現実験。感知にかかったということは上々の成果……なのだろうけど、一つ分からないことがある)
導かれたのは手駒たち。アイヤツバスはこの場でただ一人、点と点を線で繋いでいた。
そして、現のアイヤツバスへケムダフが声をかけた。
「アイヤツバス、君は」
「…………」
見渡せば、二人以外の魔女は皆すでに立ち去っていた。
アイヤツバスも、その場を取り繕う。
「データベースから情報を集め、戦火の魔女の行動傾向を探ってみる。何か有力なものが掴めたら報告するわ」
「うん、ありがたく。それじゃ私ももう行くね」
それを聞いたケムダフは足早に退出した。
残されたアイヤツバスは、座ったまま呟く。
「──おかしい。何かが」
瞳の奥、疑念が渦になっていく。
「確かめる必要があるわね──」
まもなくアイヤツバスも姿を消し、会議室は静寂に包まれた。
◆
──それからさらに、しばし後。
某所。
薄暗いが内装は小奇麗に片づけられている『拠点』。広さはそれなり。
「私よ」
アイヤツバスが躊躇もなく踏み込むそれは、もはや言うまでもなく魔女枢軸のアジトである。
「おかえりなさいませ、我が真の主──アイヤツバスさま」
「我/挨拶→アイヤツバス」
迎えたのは側近カーネイルと参謀ゲデヒトニス。
「ゲデヒトニス、聞きたいことがあるわ」
「我/回答←なんでも」
「戦災の宝珠の再現実験。何故それをヴェルペルギースの中で行った?」
「理由→二つアリ」
アイヤツバスはゲデヒトニスの言葉を完全に理解する。カーネイルもまたそれを知っているため、余計な口を開くことはない。
「ひとつは?」
「目印/新拠点←引っ越したばかりで他の構成員が迷子になる可能性→大」
「そんな理由だったの……魔女機関に発見されるリスクを負ってまでやることだったのかしら?」
「我/失念→謝罪:故に」
「いいわ。元か貴女たちを『完全に』制御できるとは思ってないわ」
それは諦めに似た信頼。そして、もう一つの真意が眠る言葉だった。
「もうひとつは」
「要望←強い/ゲブラッヘ」
「……ゲブラッヘが差し向けたと?」
「肯定/理由←不明」
「いえ、それが分かれば充分よ。ありがとう」
アイヤツバスは眉をひそめた。脳裏を過ぎる顔は──
(余計なことを──とまではいかないけれど、少し目に余るようになってきた。これは私への反抗なのか、それとも──)
──しかしゲブラッヘではなく、アクセルリスだった。
「カーネイル。ゲブラッヘに注意を、そして今後の監視を強めてくれるかしら」
「了解致しました」
「ゲデヒトニス。再現実験に励んでくれてありがとう。でも今後は魔都ヴェルペルギース内での実験を禁じるわ。二度目以降は厄介なことになる予感が強い」
「了解/我」
「──さて、それじゃ」
そしてアイヤツバスはおもむろに、玉座に腰かけた。
「このまま『刻』を迎えることにしましょう──魔女枢軸の、真なる黎明の」
静かに微笑んだ。