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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
38話 戦火はただ、殺伐と
197/277

#7 沈め掻臥せ戦火の沼に

【#7】


「せいやァッ!」

「っ、速い……」

 青く輝くシャーデンフロイデ、放つのは神速の猛打。宿すのは《規格》──即ち、鉄輪を外したミクロマクロを『再現』している。

 アイヤツバスは尚も追い縋っている。だがそれは辛うじてであり、先刻までの余裕は見受けられない。

「崩す。確実に」

 その速度はじわじわと、しかし確実にアイヤツバスから余裕を奪い、その挙動に隙を生じさせていくためのもの。


 そして至る。

「穿つ──しゃアアッ!」

 不意の隙間、シャーデンフロイデの瞳に獣性が満ち、同時に放たれるのは鋭牙の一撃──アイヤツバスの胸に突き刺さる。

「ぎ、あああっ!」

 それは身に風穴が空いても違和のない拳。魔力を漲らせることで耐えるが、踏む千鳥足は追撃を導かせる。

「く……手厳しいのね」

「言った筈だ。詰めると。そこに貴様の反撃の余地は無い」

 淡々、粛々と。捉えられぬ速さの蹴りがアイヤツバスを襲う──しかし、空を斬った。

「転移魔法──」

 即座の状況判断、振り向きざまにもう一撃の蹴りを放つが、再び空しく。

 見ればアイヤツバスは領域の片端へ。充分な距離を取り、身を整える算段なのだろうが。

「だが、そこも私の間合いだ」

 足元で青白い粒子が渦となり、暴風を巻き起こした。《薫風》がもたらす速さに乗り、一息の間に距離をゼロへと。

 吹き飛ぶ最中、その両腕は既に獣の牙と化し。

「しゃあああッ!!」

 二段の掌撃。それが噛み痕を残すのはアイヤツバスでなく、大地だった。

「再びか。無様な姑息、何処までもつ──!」

 シャーデンフロイデは振り向く。勢いのまま颶風に乗り、再度アイヤツバスの元へと飛ぶ。

「しゃッッッ!!!」

「ぐぅ……っ!」

 三度目、遂に手応えがあった。防御ごと力任せに蹴り飛ばされ、アイヤツバスが揺らぎながら後ずさる。

「面倒だ。これ以上逃げることは許さない」

 そう言ってシャーデンフロイデが向けるのは、青白く形作られた銃口──《進化》の操る兵器。

「銃まで……すごいのね、貴女の魔法は」

 追い込まれながらも軽口を叩くアイヤツバスへ、感情のない弾丸がみっつ放たれる。

「だけど、充分な時間は取れた」

 振り払う魔法陣で銃弾を逸らし、そして迫り来る四つ目の弾丸──シャーデンフロイデ。その殺伐宿す目を、戦火の邪悪な瞳が見つめ返した。



「──ッ!」



 刹那、シャーデンフロイデは急停止し、アイヤツバスから飛び退いた。

 岡目のアクセルリスからみても不自然な挙動。その真相は、直ぐに明かされる。


「──流石、カンがいいのね」


 シャーデンフロイデのいたその場所を、切り裂いたものがあった。

 アイヤツバスの握る変哲もない杖──その先端から迸る、赤黒い魔力の刃だった。


「……剣? いや、違う……」


 紙一重で死を免れたシャーデンフロイデ。背に冷や汗を残したまま、その『刃』を凝視する。

 そして、その腰で一際強く光る《戦災の宝珠》をも見、シャーデンフロイデは正体に辿り着く。


「魔力そのもので形作られた刃か」

「その通り」


 アイヤツバスは微笑みのまま刃を一度、二度と振り、構える。


 その刃の正体は、『戦火の魔力』である。

 杖を媒介させることで刃の形に整えられた魔力。それこそがアイヤツバスが持つ『剣』。

 言うまでもなく、それは邪悪極まる戦火そのもの。なれば考えられぬほどの熱量を宿し、触れるもの全てをゼロへ還す光となる。


「なに……あれ」


 アクセルリスは怯える。未知なる脅威に警戒を示す、残酷な本能。


「ああ、アクセルリスには初めて見せるわね。こんな形になるなんて──まあ、薄々思ってた」


 具象化された己の力を向け、ゆっくりと歩む。 


「さぁ。どこからでも」

「……」


 シャーデンフロイデはただ無言のまま、魔力の鉄輪を放った。

 二つ、迫る──アイヤツバスは刃を振るい、それらに触れる。直後、鉄輪は解けるようにして消えた。


「成程。触れれば滅ぶ。分かりやすい」

「じゃあ見せて貰おうかしら。貴女の戦いを」

「ああ、焦らずとも──直ぐに!」


 再び鉄輪を放った。それはアイヤツバスへではなく──天空へ。

 空を目指し弧を描いた鉄輪たち。しかし重力の枷からは抜け出せない。理のまま落下する先は、言うまでもなくアイヤツバス。


「あら、この程度?」


 戦火は軽く振るわれる。造作もなく鉄の雨を滅ぼし、挑発的に視線を向ける──迸る殺意と共に迫るシャーデンフロイデが映った。


「な、訳ないわよね」

「シャアッッッ!!」

 降り注ぐ鉄輪は捨て石に過ぎず。本命はこの鋭き一撃。寸分違わず、獲物の喉を噛み千切る──



 には、至らない。

「──」

 空を斬る。考えるまでもなくそれは転移魔法。そしてその行き先は。

「ここよ」

「ッ」

 声はシャーデンフロイデの真後ろから──彼女は近付く『死』を感じ取る。振り向いてからでは間に合わない、それを。

「ふッ──!」

 瞬間の状況判断。足元に水流が迸り、滑るようにシャーデンフロイデを運んだ。一拍の後、刃が世界を横切った。

 《海》の魔法を利用した緊急脱出。それに『焦り』を見出し、アイヤツバスは邪悪に笑みを浮かべる。

「いいわね。いいわよ。貴女が感情を露わにするのを見ると気分が良くなる」

「私のことを無感情な仮面か何かだと思っているようだな。無理もない──不要な感情は殺伐を妨げる。故に廃棄した」

 体勢を整える。その瞳から殺伐は消えないままに。


 そして、その眼はアイヤツバスの悪戯心が疼かせた。

「それは、故郷を奪われたことも?」

「──否だッ!!!」


 激情、震撼する。


「世界のため? 魔女機関のため? 残酷魔女隊長として? 否、否、否ッ!」


 拳を強く強く握る。全身から立ち昇る青白い魔力の粒子が、その数を著しく増やす。


「私を動かす根源は、決して消せない復讐の焔だッ!」


 剥き出しの憤怒。獣めいて身を屈め、左手に銃を、右手には憎しみの拳を握る。

 そして殺伐が牙を剥く。


「天は定まれり────殺すッ!!!」



 シャーデンフロイデの姿が消える。


「後ろ──」

 戦火の力はその影を捉える──だが、その身が追い付くには、速すぎる。

「シャアアッ!」

「ぐぁ……!」

 防御も追いつかず、無防備な背に重厚な掌底が叩き込まれた。

 よろめくアイヤツバス──彼女はそのまま、大地へ倒れ込んだ。その側を銃弾が掠める。

「苦し紛れに躱すか。ならばより苦しむこととなる!」

 鉄槌の如き拳が大地を穿つ。深くヒビ割れるが、アイヤツバスは身を転がし、尚も逃れた。

「無様に転がり、地獄まで往くか! アイヤツバスよ!」

「……!」

 立ち上がろうとするアイヤツバスを、四方から鉄輪が襲う。

「く……」

 戦火の刃が振るわれ、それらは消滅する──しかし当然、既にシャーデンフロイデは動いている。

「貴様の全てを砕く!」

 天頂より強襲せし拳。アイヤツバスが取るべき行動は一つ。

「っ!」

 武器を手放し、緊急の離脱をすることのみ。

「危ないわね、もう……!」

 紙一重、身は躱す。しかしその脅威である得物の杖は、獣の顎が木端微塵に噛み砕いてしまった。


「…………ふぅ」


 極限の中、体勢を立て直し、辛うじて一息つく。

「遊ばれてる感じ……好きじゃないわ」

「戦場に好き嫌いを持ち込むとは。私の想像以上に腑抜けていたようだな、アイヤツバス!」

 呆れ交じりの嘲笑と共に肉薄する。

「それはもちろん。元々戦闘員じゃないから、私は」

 速度を乗せた一撃こそ防がれる──しかし、戦局は殺伐にこそあり。

「安心しろ。その痛苦ももうじき消える。その命と共に!」

 その言葉を成就させるべく、殺伐極まる攻撃の雨が襲い掛かる。

「はああああああーーーーッ!!!」

 最早不可視なほどに。神速に辿り着いた連撃は、僅かな隙すらもなく。

「────っ!!」

 アイヤツバスは身を縮ませ、自身の周囲全方位に防御の魔法陣を生み出し続けるしか、手は残されていなかった。

 直撃こそは免れている。しかし致命を宿す一撃は、防いでもなお重々しい衝撃をアイヤツバスへと伝える。

「くぅ、う、うう…………!」

「恐るべき執念だ。我が全力をもってしても埒が明かないとは!」

 快活に吐き捨てた。シャーデンフロイデ本人も気付かぬうちに、笑みを浮かべていた。

「故に、更なる全力で打ち砕く……!」

 両腕を後方へ引き絞り、異常なまでの膂力を蓄え、そして解き放つ。

「はあアッ!!!」

 それは極みを滾らせた掌打の挟撃。瞬間のうちに、全ての防陣を叩き割った。

「っ!」

 間髪入れずに振るわれる断頭の手刀。しかしそれが断つのは虚空──砕けた魔法陣に身を隠した刹那、アイヤツバスは身を退いていた。

 「はぁ、はぁ……」

 その呼吸は激しく乱れる。




 極限たる戦いの中──知らずのうちにアクセルリスが声を漏らした。

「すごい……あれが、シャーデンフロイデさんの全力なんだ……」

 まるで逆鱗に触れられた龍。持てる権能を十全に発揮させ、殺し伐たんとする隊長の勇姿──アクセルリスはそれを見ていた。




「しつこいわね……!」

 呻くアイヤツバス。激しく消耗しているのが一目で分かる。

「私は油断はせん──此処で殺す。此処で伐つ。覚悟はいいか、アイヤツバス──!」

 シャーデンフロイデが一気に距離を詰める──アイヤツバスの対処は、遅きに失する。

「はぁ──アァッ!!!」

「ぐぅ……!」


 放たれし、残酷を籠めた両の掌底。激しくアイヤツバスを撃った。

 絶大なる衝撃が伝わり、その身が大きく揺らめく。


「く、う…………」


 なおも立ち続ける──が、覚束なく、隙を見せる。


「これで殺す。これで伐つ」


 周囲に無数の槍を生み出した。それは残酷に毅然と輝く、《鋼》の再現。



 アクセルリスは反射的に息を呑んだ。

「……っ」

 そして同時に、謂れの無い不穏をも、感じ取ってしまった。



「貴様の運命はここまでだ、アイヤツバス────ッ!!!」


 叫び駆け出す。無尽の槍、その全てと共に、戦火の魔女の心臓を貫くべしと。


「…………」


 アイヤツバスは沈黙のまま。数多の槍が、その身に迫り──── 




 その全てが、虚を穿った。


 解は単純である。アイヤツバスが全ての槍を紙一重で躱したからだ。神業に等しいそれは、彼女だからこそ成し遂げられたもの。

 そして二人の魔女が相対する。


「──ねえ、シャーデンフロイデ」

「ッ!?」


 己を最後の槍と定めたシャーデンフロイデ。彼女は一瞬、凍り付くほどの恐怖を味わった。


「ッ、うおおおおおお──!」


 尚、殺伐なる意志でそれを掻き消し、吠える──それに、戦火の魔女が語りかけた。


「知ってる? この世界には『やっていいこと』と『悪いこと』がある──んですって」

「っ」


 境界は既に。

 とん、とアイヤツバスの拳がシャーデンフロイデに触れた。





 その直後、シャーデンフロイデの身体は凄まじい勢いで吹き飛び、反対側の障壁へ強く叩き付けられた。


「────か、ハ…………ァ」


 苦し気に、鮮血交じりの吐息を吐き捨てる。

 見ればその身は無惨に弾けて潰れ、頭から足先まで赤く染まってしまっていた。


「……例えばそれは、私の愛する弟子の下らない模倣を見せびらかすこと」


 アイヤツバスはそう言った。その表情に、遂に微笑みは消えていた。


「身をもって反省なさい。どんな気分?」

「ァ……う、ぐォ…………!?」


 点滅する意識の中、シャーデンフロイデに浮かぶのは『理解不能』だけ。

 一瞬だった。瞬き一つの間に、それは起こったのだ。



「ッ…………」


 アクセルリスは喉を震わせる。彼女の灼銀は、全てを見届けていた。


「衝撃波魔法……それも、ありえないくらい大量に……!」

「素晴らしい、素晴らしい慧眼よアクセルリス。それでこそ私の愛しき弟子」


 アクセルリスが見たもの。シャーデンフロイデに触れた瞬間に、その身を埋め尽くすように浮かび上がった夥しい数の魔法陣。

 それがもたらすのは『衝撃波』──アイヤツバスがアクセルリスに教えた、最初の魔法。


「威力。アクセルリスなら分かるわよね?」


 答えるまでもない。アクセルリスの残酷の旅路で、幾度となく活用されてきたのだから。

 加えて言えば、アイヤツバスの使ったそれは、質も量も桁違いだろう。



「ァ…………ぁ」


 シャーデンフロイデが崩れ落ちる──それをアイヤツバスが許さない。

 脱力したその体を黒い魔法陣が捕らえ、無理やりに立たせる。


「底は見えた。これ以上、貴女に期待することはない」


 それが戦火の宣告。

 アイヤツバスが指を鳴らす。魔法陣が動き出し、シャーデンフロイデの体をアイヤツバスの元へと引き戻す。


「まさか」

「ええ。これを続ける」

「ぅ……!」


 一度目でシャーデンフロイデは既に『敗北』した。しかし戦火の魔女は、尚も。


「そして、完全に消す」


 拳が触れた。数え切れないほどの魔法陣が浮かび上がり、全てが同時に弾けた。


「ッッッ────!!!」


 再びシャーデンフロイデが吹き飛ぶ。叩き付けられるのは障壁ではなく黒き魔法陣。

 アイヤツバスが指を鳴らす。魔法陣が動き出し、シャーデンフロイデの体をアイヤツバスの元へと引き戻す。


「やめて……お師匠サマ」


 拳が触れた。魔法陣が浮かび、弾けた。


「────ッ!!!」


 三度、シャーデンフロイデのようなものが吹き飛ぶ。魔法陣に叩き付けられる。

 アイヤツバスが指を鳴らす。シャーデンフロイデだったものが引き戻される。


「もう……もう……!」


 拳が触れた。魔法陣が弾けた。


「────!!」


 『それ』が吹き飛ぶ。叩き付けられる。指を鳴らす。『なにか』が引き戻される。

 拳が触れ、魔法陣が弾ける。




 吹き飛ぶ。


 もう魔法陣は生まれなかった。

 人型のくず肉が障壁に叩き付けられ、地に臥した。



 恐ろしい静寂が辺りを包んだ。戦火の魔女にとっては、心地よいものだ。


「……」


 赤黒い眼差しが見るのは魔力障壁。その力がほとんど消えたことを悟る。


「これくらい弱まれば、もう誰にでも壊せるわね」


 存在の意を失ったそれに引導を渡そうと、掌に魔法陣を生み出す。



 ──その刹那、視界の端で動いたものに気付く。


「……あら」


 それは、シャーデンフロイデだった肉塊。

 蠢き、腕だった部分を伸ばす。まるで、まだ戦えると言わんばかりに。


「シャーデンフロイデさん……!」

「驚いた。凄まじい頑丈さね」


 呆れの混じった賞賛でそれを見下ろした。

 その表面に、青白い魔力の粒子が濃縮されていくのが見える。


「この期に及んで魔法? 今更何を再現するというの」

「…………『私』、だ」


 声を発したのはくず肉であり、それは同時に、シャーデンフロイデだった。


「『私』──『シャーデンフロイデ』、だ……!」

「っ……!」

「へぇ……!」


 ゆっくりと、立ち上がる。青白い魔力が形作るのは、『シャーデンフロイデ』本人の姿に他ならない。


「素晴らしい……! その体が滅んでもなお、『自分自身』を再現することで立ち続けるのね! なんて素晴らしい執念なの……!」

「私は……私は……! シャーデンフロイデだ……!」


 己に言い聞かせる言葉。己をこの世に留まらせるための言葉。青白いシャーデンフロイデが鮮明になってゆく。


「私は……殺す……! 戦火の魔女を……! それが私、シャーデンフロイデ……!」


 一度気を緩めれば、その存在は霧散して消えてしまう。それほどまでに稀薄な自我を、殺伐が繋ぎ止めている。


「私は……!」


 シャーデンフロイデは構えを取る。

 足を肩幅に開き、右の手は自然に開いた状態で前に出し、左の手は握り拳を作り腰に当てる。

 まるで壁画のように、がっちりとした隙の無い厳かな構え。


 そしてその右手に、透明なペンダントを握りしめた。



「もう……もう! 私には……!」

 アクセルリスは呻く。見るのも辛いシャーデンフロイデの現状──しかし、目を離すことは許されない。

 全てを見届けなければならない。銀色は、決然と輝いた。



「……感服したわ」


 ゆっくりと拍手するアイヤツバス。そこに籠る感情は裏の無い称賛だけ。


「その輝きに答えなければいけないわね」


 腕を大きく広げる。それは無防備さえ感じさせるほどに。


「貴女に、最後まで私を殺すチャンスをあげるわ。私は逃げも隠れもしない──さぁ、どこからでも」

「アイヤツバス……ッ!」


 一歩。一歩。シャーデンフロイデは歩み寄る。一歩。踏み出す度に、その存在は薄れる。

 しかし。それでも。彼女は止まらない。一撃を──報いを、アイヤツバスに叩き込むまでは──!



「はぁ────」



 右の拳。遠く、遠く、振り被り──



「──あッ!」



 撃ったのは──《戦災の宝珠》だった。



「──」


 呆けたようなアイヤツバス。その眼で見たのは、殺伐の執念が、戦災の宝珠を穿つ瞬間。

 理のまま、宝珠は砕け散った。赤黒い破片が飛び散り、世界を染める。


 これが、シャーデンフロイデの最後の希望だった。


「これ、で……!」


 魔力の根源たる宝珠を破壊された戦火の魔女は、その力を失い、アイヤツバスへと戻る────





 ──ことは、ない。


「あら、あらあら」


 アイヤツバスは微笑んだ。それは愉快と嘲笑と。


「流石の判断力ね。うん、あからさまに弱点みたいだったからね、宝珠(これ)

「…………」

「これを壊せば力は消える──誰でも思いつく、突破の手段」


 語るのはシャーデンフロイデの脳裏、その思考。

 それを破り捨てるように、言い放つ。


「そんなものを、私が残してるとでも?」


 シャーデンフロイデの表情が、止まった。


「────」


 その体から完全に力が抜ける。

 身が崩れ、膝を付く。見上げるのは、戦火の魔女の微笑み。

 そんなシャーデンフロイデへ、アイヤツバスは語りかける。


「悔やむことはないわ。貴女は誇り高く戦い続けた。最後まで……希望を失わずに、ね」


 最期を看取る優しい声。その色は赤く黒い。


「言い残すことがあればなんでも。私が言い伝えるわ──世界が終わるまでの、僅かな間だけ」

「…………」


 もはや死に食い破られるまで間もなく。そしてシャーデンフロイデが遺す、最後の心。



「…………アクセルリス」



 それは、銀色へ。



「後を頼んだ」



 静かにそう言うシャーデンフロイデと、アクセルリスは視線を交わした。


「──」


 そして微笑んだ。


 終わりゆく者の全てを、灼銀は映した。




「……あら、あらあら」


 アイヤツバスの笑みには不満の感情が宿っていた。


「思っていたよりつまらない幕引きね。貴女の生は華々しかったけど、その最後は余りにも味気ない。ま、人生ってそういうものよね」


 彼女は膝を付き、そしてシャーデンフロイデの肩にそっと手を乗せた。


「お疲れさま」

「────」


 シャーデンフロイデが──青白く再現されていた《殺伐》が、命と共に霧散した。

 後に残ったのは人型の肉塊だけだった。




【続く】

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