表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
38話 戦火はただ、殺伐と
196/277

#6 殺し伐つ

【#6】



「──しゃああアアッ!」

 殺伐。拳撃は何者にも捉えられず、ただ白銀の帯と化す。

「ふふ。流石は強いわね」

 アイヤツバスはその連弾を赤黒い魔法陣で凌いでゆく。穿つ一撃に対し、妨げるのは一つの魔法陣。

 それは、複数打を受ければ魔法陣が砕けることを悟ってのことだ。

「まだ、力を取り戻したばかりとはいえ──」

 本人の言葉の通り、かの戦火の魔女の力をも脅かす。それこそが殺伐、それこそがシャーデンフロイデ。

「追い縋るか、これに──!」

 しかし、アイヤツバスもまた、殺伐極まる攻速を妨げ続ける。最高速を保ったままのシャーデンフロイデに、対応しているのだ。



「……すごい」

 領域外のアクセルリスは、ただ無意識のうちにそう零すしかできなかった。



 そして極限の攻防は、殺伐たる状況判断により不意の終焉を迎える。

「はあッ!」

「おっ、とと……」

 強力な蹴撃。アイヤツバスは変わらず魔法陣で防ぐ──が、シャーデンフロイデはそれを踏み付けた反動で間合いを広げた。


「一先ずの小手調べは終わりだ」

「小手調べ? その割には全力だったように感じたけど」

「当然だ。私は常に総ての力を以て闘う。残酷魔女隊長としての矜持だ」


 臆することもなく言い放ち、両の拳を開いた。


「立派なものね。どこまでも曇りのない、素晴らしい鋼の精神。私好みよ」

「今の貴様に好かれてもいい気持はせん」

「それで? そんな貴女は今の小手調べで何を見出したのかしら?」

「このまま続けても状況は動かない──その事実だ」


 シャーデンフロイデはそう言い、拳を握り直した。


「故に。流れを断つ」


 玉石のように固い拳を構えた。静かに息をし、アイヤツバスを睨む。


「──なら見せて貰おうかしら。その快刀乱麻を!」


 アイヤツバスが動いた。一息に言い切りながら、地這う刃の魔法陣を放つ。


「──!」


 シャーデンフロイデの輪郭が青白く仄光る。

 行使される殺伐の魔法──世界が、それを刮目する。



「はッ!」



 次の瞬間、魔法陣は大地より顕現した青白い結晶に阻まれ、消散した。


「へぇ──」

「──これは」


 灼銀と赤黒、師弟の眼は同時に細められた。


「結晶……いや、これは……《宝玉》」


 アクセルリスはその正体を見抜く。

 銀の慧眼はその通り、シャーデンフロイデの魔法によって生み出されたのは《宝玉》である。

 なれば、それが意味することとは。


「私にすら隠し続けた、貴女の魔法──それがこんなものを生み出すだけな訳、ないわよね」

「明察とだけ言っておく」

「じゃあ、なんのつもりなのかしら? これは」

「己で考えてみろ、知識の魔女」


 唸るように言葉を紡ぐシャーデンフロイデの体からは、溢れ出すほどの魔力が青白い粒子となり立ち上る。


「……元、だけどね」


 挑発を聞き流しながら、アイヤツバスは更なる魔法陣を生み出す。その数六つ、異なる軌道で同時に放たれた。

 狙うは、シャーデンフロイデの心臓。


「ひとつ、ふたつッ!」

 初撃。眼前、二つの刃を先程と同じように宝玉で打ち消す。

 その間に双の刃が左右から迫る。だが、シャーデンフロイデは既にそれらを捉えている。

「みっつ、よっつッ!」

 後方宙返りで躱し、刃を相殺させる。これで四つ。残す二つは──

「背後、だろう!」

 振り返るよりも早く、足元に生み出した宝玉を踏み付け、高く跳躍した。

 直後、宝玉が砕ける衝撃に呑まれ、最後の二つの刃も消滅した。


 僅か、瞬き一度の間の攻防だった。


「お見事──だけど、全て想定内」


 そう言うアイヤツバスの指先には、黒色の焔が産み出されていた。


「残酷魔女はみんなそう。愚者の一つ覚えのように跳び上がり、空からの急襲を狙う。進歩しないのね、昔から」


 嘲笑いながら火球を放つ。手のひらサイズのそれは、しかし異常なほどの熱と速度をもって、シャーデンフロイデを焼き焦がそうと奔った。


「────」


 《戦火》の体現たるそれが迫る中、シャーデンフロイデの身体に青白い魔力の粒子が収束していた。



 その直後、シャーデンフロイデの様子が変わる──例えるならばそれは、魂が入れ替わったかのように。


「──ッ!」


 唸り声と共に身を捻る。熱が身を掠める──が、その身は燃えず。

 そして躱された火球が結界に触れ爆発するのと、シャーデンフロイデがしなやかに着地するのと、そのままアイヤツバスへと襲い掛かったのは、全て同時だった。


「しゃああああッーーーー!」

「あら、あらあら」

 先程までとは大きく異なる、荒々しい怒濤の連撃。

 アイヤツバスは同じように魔法陣でそれを防いでいく──その中で、すぐ気付く。

「強い──わね。さっきよりも、一際」

 それは重さ。シャーデンフロイデの拳に宿る剛が、さらに鋭く牙を剥いていた。


 まさに野性を解放したような、その様相。アイヤツバスは何かを感付く──それは、アクセルリスもまた同時に。


「でもその分、守りが甘くなってるわよ」

 そしてアイヤツバスが見抜いたのは、その捨て身の代償。手薄となった防御を見抜き、一手を打つ。

 生み出されたのはごく小さい魔法陣。投げナイフめいて放たれたそれは──

「ッ!」

 シャーデンフロイデの肩口に決して浅くない切傷を残した。

「まず一つ。そこから、貴女を崩していく──」



 迸る殺伐の血は戦火の侵略、その魁に────ならない。



「この程度ッ! 傷になるとでもッ!」

「っ!」

 シャーデンフロイデの攻め手は、全く衰えることを見せない。変わらぬ波濤のまま、野性の牙を奔らせ続ける。

「ヤンチャね、もう……!」

 耐えぬ殺伐の炎に呆れながらも、アイヤツバスは二度、三度と小さな魔法陣を放ち続ける。

 それらによって、シャーデンフロイデの体には無数の傷跡が生まれていく。小さな傷だが、積み重なればいつかは致命を招く──アイヤツバスがそう考えたとき、その耳に異様な呼吸音が聞こえた。


「──スゥーッ! フゥーッ! スゥーッ!」

 

 それは魂に熱をくべる音。具体的に言うのならば、『魔力を超高速で生成し、過剰に体内に循環させる』音である。

 アイヤツバスの目に映る。呼吸に合わせ、傷口が塞がっていく光景が。

「え」

 一瞬浮かぶ疑念。それはほんの一瞬だったが、強く尊き《獣》である今のシャーデンフロイデにとっては。


「隙、余りにもッ!」


 遂に強烈極まる掌打がアイヤツバスの鳩尾を穿った。

「ぎッ、あああああああッ!」

 水平に吹き飛び、結界の壁に叩き付けられる。そのままふらり倒れ込むが、寸でで持ち堪え、体勢を保った。


「ぐ……! 痛い、じゃない…………!」


 彼女の表情と声色は苦痛に歪む。あの戦火の魔女に、確かな一撃を叩き込んだのだ。



「あの音……やっぱりそういうことなのか……!」


 アクセルリスの耳にも呼吸音は聞こえていた。そして彼女は、アイヤツバスよりもそれをよく知っていた。


「『魔合身獣』……グラバースニッチさんの使う呼吸法……! だけどあれはグラバースニッチさんにしか使えないはず……だから、つまり」

「その通りだ。良く気付いた、アクセルリス」


 今のシャーデンフロイデに野性の影はなく、また傷の一つもなく。ただ殺伐に構え、語る。


「こうまですれば、気付くだろう。私の魔法が何なのかを」

「……ええ、分かったわ。痛いほどにね」


 身を整えながらアイヤツバスはシャーデンフロイデを見る。そして、その魔法を暴く。


「貴女の魔法は『再現』ね」

「正解だ」


 『再現』。それが意味するものは、シャーデンフロイデ本人の口から語られる。


「私の《殺伐》の魔法。それは私の記憶に存在する魔女の力を『再現するもの』だ」


 透明なペンダントが揺れる。


「魔女の力──それは戦闘スタイルや技能、武芸、そして魔法に至るまで。それが何であろうと、私の魔法は『再現』する」


 《宝玉》はジェムジュエルを、《獣》めいた身のこなしと魔合身獣はグラバースニッチを、それぞれ再現したものだ。

 残酷魔女の隊長であれば、その朋友たちの戦いを全て見届ける。であれば《殺伐》の魔法によって如実に再現できるのも道理なのだ。


「それが私。それがシャーデンフロイデ。それが残酷魔女隊長なのだ」

「ええ──面白いわね。とても興味深い。だけど──可哀そう」


 対してアイヤツバスが向けた感情は憐憫だった。


「誰かを模倣することでしか存在を証明できない魔法なんて、とても哀れだわ」

「構わない。構うものか。喜びも怒りも哀しみも私にはいらない。私が求めるのはただの糧だ」

「糧……」


 アクセルリスは無意識のうちにその言葉を反復する。


「私が私であるために、私は全てを私の糧にする。そう誓い、殺伐に──ただ殺伐に、ここまで来た」


 あらゆるものを糧として果たすべきもの。彼女は今、それに手が届いているのだ。


「だから、お前を殺す」


 宣告。青白い粒子が再びシャーデンフロイデに集う。それは戦いの再開を示す合図となり、両者の命を残酷の元に晒し出す。


「────さぁ、詰めるぞ」



 シャーデンフロイデの透明なペンダントが揺れた。



【続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ