#5 『敵対者』
【#5】
その言葉を絞り出した、瞬間。
「────ッ!!!」
青白い彗星がアイヤツバス目掛けて飛来する。
「なに?」
戦火はそれを赤黒い魔法陣で防いだ──だが、それには確かなヒビが入っていた。
力を取り戻した戦火の魔女の力に、傷を刻み込めるほどの彗星。
初撃を防がれ、アクセルリスとアイヤツバスとの間へ着地した、その正体は──
「シャーデンフロイデさん……!?」
残酷魔女隊長、殺伐の魔女シャーデンフロイデであった。
彼女は青白い瞳でアイヤツバスをしっかりと睨み、そして口を開く。
「アイヤツバス──いや、戦火の魔女。貴様は私が斃す」
それは純粋なる宣戦布告そのものだ。
「ふふ……」
真っ直ぐな殺意を浴びたアイヤツバスは、しかし微笑みのまま言葉を返す。
「驚いたわね。残酷魔女の隊長が、この機に動くとは」
「不思議なことはない。これが、私の真の任務であるがゆえだ」
「真の任務……?」
そのフレーズをアクセルリスは逃さなかった。
想起してみれば、これまでシャーデンフロイデは滅多なことではヴェルペルギースを離れることがなかった。それは彼女が『とある任務に備え続けているため』だと聞いてはいたが……
「何なんですか、シャーデンフロイデさんの任務って……」
「総督から私に与えられた使命──それは『戦火の魔女の抹殺』だ」
「──!」
「へぇ──」
アクセルリスは目を見開き、アイヤツバスは目を細めた。
「戦火の魔女の正体が明らかになり次第、迅速にその場に駆け付け、残酷に殺害・討伐する。それこそが、私が私である理由なのだ」
強くそう言い切った。その眼には、一点の曇りなく。
「そうだったのね。そうとは知らず、貴女とはそれなりに仲良くしちゃっていたわ」
「気にするな。私も気にしない──例え誰が戦火の魔女だったとしても支障なく殺せるように、私は覚悟をして過ごしてきた」
それが殺伐の道。使命のため、己を捨てることも厭わない、決意の道。
「シャーデンフロイデさん……」
己とは違う、しかし等しいほどの覇道。それを聞き届けたアクセルリスは、ただ彼女の名をこぼすのみ。
「……それに私とて、貴様に縁がないわけでもない」
「へぇ? 私は覚えがないけど」
「だろうな──滅ぼした村の一つや二つなど、覚えているはずもないだろう」
シャーデンフロイデのその言葉。指し示す意は、一つしかない。
「それってまさか」
「ああ。私の生まれ育った村も、戦火の魔女によって滅んだ」
「…………ッ」
アクセルリスは思わず言葉を呑み込む。
己の怨嗟だけを心に秘め、進み続けていたが──改めて認識すると悪寒が走る。
自分以外にも、戦火の魔女によって狂わされた生はあるのだと。それもきっと、数えきれないほど。
それはまさしく『運命』を歪ませる魔女に相応しい影響力だと。
「すまないな、アクセルリス。お前の復讐相手を私が奪うことになる」
「あら、随分自信がある口振りね。私の逃走さえ止められないというのに?」
「安心しろ。逃がしはしない」
アイヤツバスよりも早くシャーデンフロイデは動いた。
彼女は腕を振り上げる──「それら」を、辺りに撒くために。
「これが、私の決意の終点だ」
撒かれたもの。それは青白い結晶で、アイヤツバスとシャーデンフロイデを取り囲むように円を成し並んでいた。
そして、シャーデンフロイデが魔力を放つ。
「はッ!」
殺伐の魔力に呼応して結晶は輝き出し、光の帯で互いを繋げる──その一瞬後、青白い障壁が戦火と殺伐だけを包み込んだ。
アイヤツバスの行く手を阻む殺伐なる結界。彼女の使命が果たされるための堅牢なる壁だ。
「これは……」
外側に取り残されたアクセルリスは障壁に触れる──その魔力は、恐ろしいほどの生命力に満ちていた。
その結界の中から、明瞭なシャーデンフロイデの声が聞こえてくる。
「今のお前に戦える力はない。私はそう判断した。悪く思うなよ、アクセルリス」
「そんな、私は……っ!」
思わず放たれた抗議の言葉──それは冷静に自己判断したアクセルリスによって、すぐに掻き消される。
「…………」
「その沈黙の意味を問うことはしない。ひとりの魔女として、見届けるといい」
アクセルリスから返す言葉はなかった。シャーデンフロイデもそれ以上は言わず、アイヤツバスへと向き直る。
「──魔力の結界とはまた面白いものを用意したものね」
そこでは、赤黒い眼が青白い結界を見渡していた。
「この程度の結界、私が壊せないとでも──と、言いたいところだけど」
その言葉はそこで途切れる。代わりにシャーデンフロイデを見て、こう続けた。
「貴女ほどの魔女が用意したものなのだから、きっとそうではないのでしょう」
「聡い。知識の魔女は名ばかりではなかったようだな」
油断ならないアイヤツバス。シャーデンフロイデはそれを称賛したのち、結界に手を触れた。
「この結界を作り出しているのは私の『命脈』──すなわち命だ」
「命……?」
「生命の根源。そこから溢れる魔力を直に引き出し、利用している。故に、非常に強固な障壁を生成している」
「へぇ! 面白い原理ね。私の知らないところでそんなものが発明されていたとは」
「無論、生命に直結する危険な機構でもある。だからこそその存在は隠され続け、真の有事の際にのみ用いられることとなっていた」
そしてそれこそが、今なのだ。
「結界が消滅する条件は二つ。私が魔力を止めるか、私の命が潰えるか。そのどちらかだ」
「つまり──どちらかが死ぬまで、結界を超えることは許されない、と」
「そしてそれは貴様だ」
シャーデンフロイデの人差し指が、真っ直ぐにアイヤツバスを指した。それはこれから狩る標的に照準を合わせるように。
「素晴らしい台詞ね。加えて貴女の実力も、それを虚仮威しに終わらせないもの。啖呵としてはほぼ満点」
アイヤツバスは数回だけ拍手をしたのち、依然とした不敵を宿したままに。
「……だけど、一つだけ。たった一つだけ、貴女は大きな見落としをしているわ」
「ほう? 言ってみろ」
「貴女の前に立っているのは、アイヤツバスではなく戦火の魔女であるということ」
赤黒い眼を歪ませて笑う。既に知識の魔女は消えたことを確かめさせる、その言葉だった。
「笑わせるな。私は戦火の魔女を殺す。その為の道が、此処で終わる」
そう言って、シャーデンフロイデは構えを取る。
足を肩幅に開き、右の手は自然に開いた状態で前に出し、左の手は握り拳を作り腰に当てる。
まるで壁画のように、がっちりとした隙の無い厳かな構え。
「行くぞ──!」
シャーデンフロイデの透明なペンダントが揺れた。
【続く】