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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
38話 戦火はただ、殺伐と
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#5 『敵対者』

【#5】



 その言葉を絞り出した、瞬間。



「────ッ!!!」


 青白い彗星がアイヤツバス目掛けて飛来する。


「なに?」


 戦火はそれを赤黒い魔法陣で防いだ──だが、それには確かなヒビが入っていた。

 力を取り戻した戦火の魔女の力に、傷を刻み込めるほどの彗星。

 初撃を防がれ、アクセルリスとアイヤツバスとの間へ着地した、その正体は──


「シャーデンフロイデさん……!?」


 残酷魔女隊長、殺伐の魔女シャーデンフロイデであった。


 彼女は青白い瞳でアイヤツバスをしっかりと睨み、そして口を開く。


「アイヤツバス──いや、戦火の魔女。貴様は私が斃す」


 それは純粋なる宣戦布告そのものだ。


「ふふ……」


 真っ直ぐな殺意を浴びたアイヤツバスは、しかし微笑みのまま言葉を返す。


「驚いたわね。残酷魔女の隊長が、この機に動くとは」

「不思議なことはない。これが、私の真の任務であるがゆえだ」

「真の任務……?」


 そのフレーズをアクセルリスは逃さなかった。

 想起してみれば、これまでシャーデンフロイデは滅多なことではヴェルペルギースを離れることがなかった。それは彼女が『とある任務に備え続けているため』だと聞いてはいたが……


「何なんですか、シャーデンフロイデさんの任務って……」

総督(キュイラヌート)から私に与えられた使命──それは『戦火の魔女の抹殺』だ」

「──!」

「へぇ──」


 アクセルリスは目を見開き、アイヤツバスは目を細めた。


「戦火の魔女の正体が明らかになり次第、迅速にその場に駆け付け、残酷に殺害・討伐する。それこそが、私が私である理由なのだ」


 強くそう言い切った。その眼には、一点の曇りなく。


「そうだったのね。そうとは知らず、貴女とはそれなりに仲良くしちゃっていたわ」

「気にするな。私も気にしない──例え誰が戦火の魔女だったとしても支障なく殺せるように、私は覚悟をして過ごしてきた」


 それが殺伐の道。使命のため、己を捨てることも厭わない、決意の道。


「シャーデンフロイデさん……」


 己とは違う、しかし等しいほどの覇道。それを聞き届けたアクセルリスは、ただ彼女の名をこぼすのみ。


「……それに私とて、貴様に縁がないわけでもない」

「へぇ? 私は覚えがないけど」

「だろうな──滅ぼした村の一つや二つなど、覚えているはずもないだろう」


 シャーデンフロイデのその言葉。指し示す意は、一つしかない。


「それってまさか」

「ああ。私の生まれ育った村も、戦火の魔女によって滅んだ」

「…………ッ」


 アクセルリスは思わず言葉を呑み込む。

 己の怨嗟だけを心に秘め、進み続けていたが──改めて認識すると悪寒が走る。

 自分以外にも、戦火の魔女によって狂わされた生はあるのだと。それもきっと、数えきれないほど。

 それはまさしく『運命』を歪ませる魔女に相応しい影響力だと。



「すまないな、アクセルリス。お前の復讐相手を私が奪うことになる」

「あら、随分自信がある口振りね。私の逃走さえ止められないというのに?」

「安心しろ。逃がしはしない」


 アイヤツバスよりも早くシャーデンフロイデは動いた。

 彼女は腕を振り上げる──「それら」を、辺りに撒くために。


「これが、私の決意の終点だ」


 撒かれたもの。それは青白い結晶で、アイヤツバスとシャーデンフロイデを取り囲むように円を成し並んでいた。

 そして、シャーデンフロイデが魔力を放つ。


「はッ!」


 殺伐の魔力に呼応して結晶は輝き出し、光の帯で互いを繋げる──その一瞬後、青白い障壁が戦火と殺伐だけを包み込んだ。

 アイヤツバスの行く手を阻む殺伐なる結界。彼女の使命が果たされるための堅牢なる壁だ。



「これは……」


 外側に取り残されたアクセルリスは障壁に触れる──その魔力は、恐ろしいほどの生命力に満ちていた。

 その結界の中から、明瞭なシャーデンフロイデの声が聞こえてくる。


「今のお前に戦える力はない。私はそう判断した。悪く思うなよ、アクセルリス」

「そんな、私は……っ!」


 思わず放たれた抗議の言葉──それは冷静に自己判断したアクセルリスによって、すぐに掻き消される。


「…………」

「その沈黙の意味を問うことはしない。ひとりの魔女として、見届けるといい」



 アクセルリスから返す言葉はなかった。シャーデンフロイデもそれ以上は言わず、アイヤツバスへと向き直る。



「──魔力の結界とはまた面白いものを用意したものね」


 そこでは、赤黒い眼が青白い結界を見渡していた。


「この程度の結界、私が壊せないとでも──と、言いたいところだけど」


 その言葉はそこで途切れる。代わりにシャーデンフロイデを見て、こう続けた。


「貴女ほどの魔女が用意したものなのだから、きっとそうではないのでしょう」

「聡い。知識の魔女は名ばかりではなかったようだな」


 油断ならないアイヤツバス。シャーデンフロイデはそれを称賛したのち、結界に手を触れた。


「この結界を作り出しているのは私の『命脈』──すなわち命だ」

「命……?」

「生命の根源。そこから溢れる魔力を直に引き出し、利用している。故に、非常に強固な障壁を生成している」

「へぇ! 面白い原理ね。私の知らないところでそんなものが発明されていたとは」

「無論、生命に直結する危険な機構でもある。だからこそその存在は隠され続け、真の有事の際にのみ用いられることとなっていた」


 そしてそれこそが、今なのだ。


「結界が消滅する条件は二つ。私が魔力を止めるか、私の命が潰えるか。そのどちらかだ」

「つまり──どちらかが死ぬまで、結界を超えることは許されない、と」

「そしてそれは貴様だ」



 シャーデンフロイデの人差し指が、真っ直ぐにアイヤツバスを指した。それはこれから狩る標的に照準を合わせるように。



「素晴らしい台詞ね。加えて貴女の実力も、それを虚仮威しに終わらせないもの。啖呵としてはほぼ満点」


 アイヤツバスは数回だけ拍手をしたのち、依然とした不敵を宿したままに。


「……だけど、一つだけ。たった一つだけ、貴女は大きな見落としをしているわ」

「ほう? 言ってみろ」

「貴女の前に立っているのは、アイヤツバスではなく戦火の魔女であるということ」


 赤黒い眼を歪ませて笑う。既に知識の魔女は消えたことを確かめさせる、その言葉だった。


「笑わせるな。私は戦火の魔女を殺す。その為の道が、此処で終わる」



 そう言って、シャーデンフロイデは構えを取る。

 足を肩幅に開き、右の手は自然に開いた状態で前に出し、左の手は握り拳を作り腰に当てる。

 まるで壁画のように、がっちりとした隙の無い厳かな構え。



「行くぞ──!」


 シャーデンフロイデの透明なペンダントが揺れた。



【続く】

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