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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
38話 戦火はただ、殺伐と
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#1 不安定のアイヤツバス

【戦火はただ、殺伐と】

【#1】





「戦火の魔女。それが私、アイヤツバス・ゴグムアゴグよ」





 アイヤツバスが、笑っていた。




「────」


 一瞬にして世界が凍り付く。

 アクセルリスはゆっくりと振り返り、アイヤツバスを見た。アイヤツバスの赤黒い瞳を見た。


「お……お師匠、サマ…………?」


 その表情は困惑と混乱が綯交ぜになり、青白い色を見せている。


「こ、れ…………どういう、ことで……す、か?」


 彼女の背を嫌な汗が伝う。心臓の鼓動は恐ろしいほどに昂り、呼吸は荒く。


「お師匠サマ…………っ!」


 そしてフラフラと歩み始める。アイヤツバスの元へ、救いを求めるように。


「待てアクセルリス、危険だ!」

「わた、し、は──私は」


 制止も届かず、ふらり手を伸ばし──アイヤツバスへと、戦火の魔女へと、届く。

 半ば倒れ込むようになる彼女を、アイヤツバスは愛をもって抱き留めた。


「お師匠サマ──」

「ごめんね、アクセルリス。辛いわよね。でも大丈夫よ。ほら──」

「あ────」


 優しく頭を撫でた。銀色の髪が艶めいた。

 そしてアクセルリスの中で、あらゆる感情が、想いが、言葉が溢れ──そのまま気を失った。


「おやすみ」



 アイヤツバスはアクセルリスを抱いたまま、その赤黒い視線を邪悪魔女たちに向けた。


「──さて」

「アクセルリスに何をした」


 バシカルは既に剣を構え、その切っ先をアイヤツバスへと向ける。


「勘違いしないで。寝ちゃっただけよ。この子、とても疲れていたみたいだから」


 その言葉からは、ただ純粋なる母性だけが満ちていた。

 だが、しかし──彼女はあの、戦火の魔女なのだ。


「生きて逃げられると思うな。ここは魔女機関本部クリファトレシカ。数々の精鋭たちが、既にお前を包囲している」

「手際がいいわね。流石は魔女機関。ずっと間近で見てきた価値があるわ」

「…………あの日、取り逃した戦火の魔女──まさか、これほどまでに近くに、いたとは……!」


 極めて強い感情に駆られ、バシカルの言葉には熱が籠る。今すぐにでも肉薄し、斬撃を叩き込まんとする殺意。


「ふふっ」


 しかしアイヤツバスは、対照的に冷静なまま、黒い魔法陣を生み出した。


「来るぞ、皆備えろッ!」

「……ッ!」


 バシカルは叫ぶ。戦火の魔女の魔法が行使されようとしている。

 その規模は計り知れない。皆一様に身構え、脅威に備える──




 ──だが。


「…………なんだ?」


 どれだけ待とうと、彼女たちを暴威を襲うことはなかった。

 ただ、その場からアイヤツバスとアクセルリスの姿が消えている。ただそれだけだった。


「消え……」

「転移魔法かッ!」


 即座に状況判断を下し、忙しなく周囲を見渡すバシカル。



 通常の転移魔法は、その転移先を非常に強くイメージしなければ成功しない。

 従って、転移する先は視認できる範囲であるというのがセオリーだ。

 だからこそバシカルは自分たちの周りへと警戒の目を向けたのだ。


 だが、しかし。



「いない……?」


 アイヤツバスの姿は、何処にもなかった。忽然と姿を消していた。


「ありえない──どこか遠くに消えたとでも?」


 静かに、しかし確実に狼狽を見せるのはカイトラだ。攻撃に備え伸ばされていた触腕が縮む。


「いや……それがどうにも、ありえそうだ」

「ケムダフ?」


 答えたのはケムダフ。神妙な顔で、ヴェルペルギースの夜空を見上げる。


「今、ヴェルペルギースの魔力が歪んだのを検知した。それはまるで、一つの存在が時空を超えたかのような──」

「──待って、それじゃあまさか」


 シャーカッハが言う。他の皆も、口にはしないが、一つの可能性に思い当たっていた。


「アイヤツバスは転移魔法でヴェルペルギースから脱出したってこと……?」

「そうなるね、どうにも」

「よもや、そんなことが──」

「可能なのだろうな、戦火の魔女ならば」


 バシカルのその言葉に、誰もが口を噤むしかなかった。


「でもだとしたら、彼女は何処に? 転移が可能なほど強く想起できる場所なんて限られると思うけど」

「それは────」


 そしてバシカルは気付いた。かの敵が逃れ果てた場所を。


「──シェリルス、行くぞ!」

「ッ、了解!」


 その鬼気迫る様子に、シェリルスは息を呑んだ。邪悪魔女の誰もが、彼女を止めることはできないと悟る。

 そして剣を収め、駆け出した。一刻も早く、戦火の魔女に追いつかねばならないと。


「アイヤツバス────!」



【続く】

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