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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
37話 戦火の魔女
188/277

#1 峻厳、神を見る者

【#1】



 常夜の都、魔都ヴェルペルギース。


 その一角。とある広場で、アクセルリスは立っていた。


「…………」


 無論、何の理由もなく、彼女が立ち尽くす筈もない。復讐のため、残酷に進み続ける彼女を留まらせるだけの理由が、ここにはある。


 それは、鉄の魔女ゲブラッヘ。


「アクセルリス。キミのことを──待っていた」

「私はお前に会いたくないんだけど」


 ゲブラッヘを視界に入れることすらなく、アクセルリスは言葉を返す。


「ボクもだ。ホントなら、キミの顔も見たくないくらい憎い」

「なら消えろ。世界の果てまで逃げて、二度と私の前に現れるな」

「だがそれでも、ボクはここにいる。その理由、わかるかい」

「分かりたくもない。お前のような狂人の考えなんて。だから消えろ」

「キミを殺しに来たんだよ」


 対話を拒むアクセルリスと、己の言葉だけを連ねるゲブラッヘ。


「……何としてでも、何をしてでも、キミを殺さなければいけない。その理由が、ボクにはできてしまった」

「達成できない目標を掲げるの、いい加減やめたら? お前は私に勝てないんだから」

「ボクはキミを恨み、妬み、憎み、嫌う。ボクの心の奥で……殺意がドス黒く、煮えているんだ」


 その声が震えているのに、アクセルリスは気付いた。

「……?」

 目を細めながら、灼銀の瞳だけを向けた。


「だから……だから、もう手段は選ばない──いや、選べないんだ……!」


 ゲブラッヘは、押し殺したように叫び、目を見張る。

 その左目は──黒く、どこまでも黒く染まっていた。その真闇の中に、赤い幾何学の図形が、瞳の代わりに刻まれていた。


「──なんだ、それ」


 アクセルリスでさえも恐怖を覚える、その姿。


「呪い──あるいは、祝福さ。我が師の純粋な力を、この眼一つに集束させた」

「……おぞましい。そんなことをすれば、お前の身も」

「キミに心配されるなんてね。だが、気にしないでくれ。この力は確かにボクの身を著しく貪る。だけどそれは、師匠がボクのことを見てくれている証明なのだから!」


 そう叫ぶゲブラッヘに、もはや正気は影すらもなく。


「哀れだな。そこまで行くと」


 本心のままに、アクセルリスは言った。もはや与える言葉もなく。


「それはボクが決めることだ! キミを殺し、そして、師匠に……!」


 強い想いと共に、長刀を逆手に構えた。



「──なら、やってみろ」

 アクセルリスが仕掛ける。残酷な指令の元、敵を圧殺せんと槍の群れが走る。

「ハハ、ハ! いや──なぜだろう、懐かしいじゃないか!」

 ゲブラッヘが手をかざす。虚空から鎖が現れ、槍を阻む。

「相変わらず芸のない魔法だ」

「もうよそ見はさせない──キミはボクを見るんだ。そしてボクは、キミの後ろの──師匠を見る」

「わけのわからないことを、つらつらと」

 無感情は苛立ちに変わる。アクセルリスは、対話の出来ない相手を嫌う。それが拒んでいる相手ならば尚の事だ。

「さっさと死ぬか消えるかしろ!」

 飛び退きながら五本の槍を放つ。その全てが敵の頭を狙う、殺意の顕現。

「嫌だね! ボクは再び師匠に認めてもらうんだ! 憎きキミを殺して!」

 想い籠めた一閃。一太刀で五つの残酷を斬り捨てる。

「どうして……どうしてキミなんだ、キミばかりなんだ!」


 感情の蠢きと共に、ゲブラッヘは肉薄する。それは退くアクセルリスよりも速く──直ぐに二人は衝突した。


「どうして! どうしてだ!」

「…………」

 なぜ? という問い。返す言葉は、無く。

「ボクは、あの日師匠に救われて……生まれ変わったんだ!」

 ゲブラッヘの叫び。それは謎に包まれる彼女の過去を、垣間見せる。

「だからボクは師匠のために、その理想を神格に崇めるために、動いてきた……なのに!」

 刻々と、長刀が重さを増す。優勢がゲブラッヘに傾きゆく。

「どうして師匠は! キミだけを見ているんだ!」

「──知るか、そんなもん」


 舌打ち。灼銀の瞳が、ギロリと睨んだ。


「そんな理由、私が知ったことじゃない。だから私に聞くな、鬱陶しい」

 鋼の肉体に、決意の力が満ちる。

「でも、戦火の魔女が私のことを見ているなら、好都合だ」

「アクセルリス、キミは……っ!」

「殺しやすい」


 残酷が光った。ゲブラッヘは恐怖した──ほんの一瞬だけ。

 しかしそれは、アクセルリスにとって充分な間だった。


「──ッ!」


 激しい土埃が、二度立った。

 一度は、後退し敵から離れる際のもの。

 二度は、前進し敵の背後を取る際のものだった。


「アク──」

「黙れッ!」


 振り返るゲブラッヘの横腹へ、鋼の強烈極まるサイドキックが喰らい付く。


「うがぁッ────!」


 激しく吹き飛び、地を転がる。骨が哭き、鈍い痛みが全身を蝕む。


「う……痛い、じゃないか……! く……」


 よろよろと、その身を起き上がらせる。立ち上がるが、辛うじてだ。


「面倒だ。本当にお前は面倒な奴だ。だけどもう限界。今、ここで、お前も殺す。そうすれば私は少しラクになるし」


 一本、鋭い槍を生み出し、それを敵に向ける。

 灼銀の右目が、しっかりと対象を捉える。

 アクセルリスが、ゲブラッヘを「見た」。



 その表情────笑っている?



「……ああ、やっとだ。やっとキミは、ボクを見た」



「ッ──!」

 一瞬にして、全身を悪寒が駆け巡った。即座に殺すべし、と槍を放つ。


「遅い──!」


 吠えるゲブラッヘ。直後、彼女の全身から悪逆なる魔力が迸った。

 赤黒く可視化されるほどの、その魔力──戦火の魔女のものに、違いはなく。

 そしてそれはアクセルリスの槍に喰らい付き、一息の間に鋼の元素へと分解してしまった。


「…………」


 アクセルリスは無言のまま。しかしその心の奥底では、本能的な恐怖を抱く。

 だが、そんなものは嚙み潰すまで。


「ハ、ハハハ……どうだい? すごいだろう。これが師匠の魔力──その一端さ」


 躰に赤黒い瞬きを宿しながら、ゲブラッヘは立ち上がる。左目からは、血の涙が。


「存分に目に焼き付けろ。キミではなく、ボクを見る師匠のことを」

「ああ、慣れさせてもらう。戦火の魔女を殺すときに役立ちそうだ」

「ほざけ! キミにそんな機は来ない! ボクが殺すからだ!」

 ゲブラッヘは叫び、二本の鎖を伸ばす。それらは赤黒き雷を纏ってアクセルリスへと襲い掛かる。

「やっぱりお前は鬱陶しい」

 華麗な槍捌きで迫るそれらを弾く──だが、宿る戦火の力が、やはり鋼を元素へと返した。


 その銀色の残滓を見て、アクセルリスは状況判断する。

(このまま続ければ元素切れの可能性もある──だったらブン殴るほうがいいかも、だけど……)

 強固なはずのアクセルリスの魔法を無に帰す力。それに直接触れた際のリスクは、計り知れない。

 迷い、惑う。やがて仇を討つに至るまで、冷静に見極めるべしと。


 だが、ゲブラッヘは迷わない。

「どうした! この期に及んで尻込みか!」

 彼女は、アクセルリスを殺すその一心に、走る。

 強い雷を纏わせた右腕をアクセルリスへと伸ばす。

「ッ!」

 その腕を、アクセルリスもまた掴み返す。

 直後。

「ッ!? ……うぐ……あァ……ッ!」

 苦悶を零したのはアクセルリスだ。

 彼女に流れ込む戦火の魔力。それは無差別に世界を貪る力だ。

「ぐ、うう、うううう……!」

「キミもボクと同じ苦しみを味わうといい」

「ぐあああああッ!」

 抵抗するが、その身は意志に応えない。

 ゲブラッヘが圧し込み、アクセルリスの姿勢が歪んでいく。

「苦しいかい? それとも喜んでいるのかな?」

「ほ……ざけ……!」

「そうだね、折角だからもっと味わわないと! これこそがキミの家族を滅ぼし、キミもを滅ぼす力なのだから!」

「…………!」

 アクセルリスの目付きが変わった。


 その切欠は、『家族』という言葉だった。


「…………お前が」

「……ん?」

 ゲブラッヘは眉を細めた。確実に、アクセルリスの力が増している。いつしか両者の競り合いは、拮抗勝負に至っていた。

「お前が、語るな。私の家族のことを──お前がッ!」

 咆哮。逆鱗に触れられた龍のごとく、アクセルリスは怒り狂う。

「しゃアァッ!」

 抑え切れない感情に任せた頭突きがゲブラッヘを打った。

「ぐ──!」

 強い衝撃にその意識が眩む。当然、この局面においては致命的な隙であることは言うに及ばず。

「お前如きがッ!」

「ぐはぁッ!」

 ハイキックが顎を穿つ。そして膝から崩れるゲブラッヘに、更なる追撃が襲い掛かる。

「私の家族を語るなッ!」

「ぐ、ああああッ!」

 鋼の如き掌底──憤怒の連撃を受けたゲブラッヘは、倒れ臥すほかない。


「かッ──は、あァ…………」


 呻き、顔を上げる。尚も起き上がらんと闘うが、その四肢は地から離れようとせず。


「殺す……殺す殺す殺す!」


 そしてアクセルリスの殺意は今だ止め処なく溢れ出す。その本流のまま、無尽蔵に槍を生み出し、その全てでゲブラッヘを狙う──



【続く】

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