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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
36話 リリース/アインザッツ
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#2 代償のネイディア

【#2 代償のネイディア】



 クリファトレシカ99階、邪悪魔女会議室。

 そこに在るのは、三つの影。


「うんうん。おいしーねこれ」

「そうね。歯ごたえがあるのに顎が全然疲れない、まるで矛盾しているかのような肉肉しさ。文句なしよ」

「だろう。選りに選りすぐって選んだ鶏肉だ」


 おなじみ、パーティーメイカーズだ。


「これならアクセルリスも喜びそうね」

「鶏肉、好きなんだっけ」

「確かそうだ」

「…………アクセルリス」



 沈黙の帳を潜り抜ける。



「──始めようか」


 そして、彼女たちのもう一つの会合が始まる。


「今日は特別ゲストを呼んである。そろそろだと思うけど」


 カイトラがそう言った直後に会議室のドアが開かれ、来訪者が姿を見せる。


「うん。丁度、来た」

「こんばんは、パーティーメイカーズの皆様。ご招待、心から感謝するわ」


 それは、知識の魔女アイヤツバス。


「よく来てくれたわ、アイヤツバス。もう試食会は終わっちゃったけどね」

「気にしないで。気持ちだけで充分よ」


 軽く、会話を交わしたのち──カイトラが、問う。


「……なぜこの場に呼ばれたか理解できるな?」

「ええ、まあ」

「ならば遠慮はいらないな」

「……」

「…………」


 僅かな静寂。生と死の境を漂う幽船の如き。



「《戦火の魔女》について、どこまで知ってる?」

 切り込んだのはケムダフ。宣言通り、遠慮はせず。


「…………そうね。ここまで来たからには、話せること全てを話しましょう」


 アイヤツバスは、静かに、そう答えた。


「ならこちらの質問に洗いざらい答えてもらうよ」

「ええ、どうぞ」

「戦火の魔女、その真名はなんだ」


 根元にして頂点。秘密のヴェールを取り払う、その問い。

 しかし、アイヤツバスは。


「……ごめんなさい、それは言えないわ」


 と、重苦しく。


「それは、私にも口にできないこと。そういう風になっているのよ」

「そう、か」

「理由は、いろいろあるのだけれど……本当に、ごめんなさい」


 致命の一番槍は、当たらなかった。

 しかしパーティーメイカーズは諦めるはずもなく、さらなる問いを投げかける。


「それじゃ――今、奴はどこにいる?」


 ケムダフの問い。アイヤツバスは淀みなく答える。


「彼女は、もうこの世界にいない」

「な」


 予想を遥かに超えた証言。パーティーメイカーズも狼狽える。


「待って――なら、戦火の魔女は既に死んだとでも?」

「『死んだ』――というよりは、『消えた』という表現の方が適しているわ」

「……何が違うのかはここでは問題ではない。やつがいないというのならば、話が合わない出来事が幾つもある」

「バシカルが遭遇した事や、私が魔力を感知したときの事だね」

「これらは貴女の証言と明らかに食い違うのだけれど?」


 問い詰めてくるパーティーメイカーズを相手に、アイヤツバスは変わらぬ態度で。


「そうね──魔女枢軸の構成員、思い出してみて?」

「……判明している時点で、10人。その大半は既に死んでいるが」

「その中に死者を蘇らせる魔法を操る者や、記憶を読み取りそれを再現する魔法を操る者がいたはずよ」


 記録と記憶、そしてアイヤツバスの言葉で、カイトラは恐ろしい仮説にたどり着く。


「──まさか、消滅した戦火の魔女を蘇らせようとしているとでも?」

「そういう事になるんじゃない?」


 アイヤツバスは、否定せず。


「待って――仮にそういう話だったとして、そう都合よく死体の魔女や記憶の魔女が魔女枢軸に所属しているものなの?」

「確かに、話が出来過ぎてる感じもするわ」

「そうね。偶然ではないでしょう」

「となれば……戦火の魔女の復活を目的として、そいつらを仲間に付けた魔女――黒幕、あるいは主犯が存在すると」


 その仮説から導かれる、根源たる存在。それは魔女枢軸の総帥に他ならず。


「そして、おそらくだけど、その黒幕は魔女機関の前に現れたことはないわね」

「なんでそれが分かるの?」

「直感って言うのもあるけど……それらしい魔女枢軸の魔女は見られてないし、黒幕であれば前線にはそうそう出てこないでしょう」

「なるほどな。貴重な意見として記録しておくよ」



 再びの沈黙。明かされた真実や生まれた仮説を各々がまとめた後、次の質問が切り出される。



「じゃあ次――そもそも貴女は戦火の魔女とどういう関係なのかしら?」

「そうね――それを話すと少々長くなるけど」

「構わない。真実を明かすためなら如何なる艱難にも耐え、如何なる代償も厭わない」

「もーカイトラったらホント真面目なんだから。ま、気にしないで話してくれ」

「ではお言葉に甘えて」


 アイヤツバスは一度口を閉じる。その間がこの先の長さを感じさせる。



「……あれは私が魔女機関で働き始めた頃だった」


 自身の記憶を掘り返すように、ゆっくりと噛み締めて言葉を紡ぎ始めた。


「私の工房を建てて、しばらくの後。彼女は現れた」

「工房に訪問してきたと?」

「そして言った。『私を匿え』、と」


 重い静寂。苦い過去を語るように、アイヤツバスは続ける。


「拒めば消される。誰かに助けを求めれば消される。私には選択肢も逃げ道もなかった」

「貴女は、独りで恐怖と戦い続けていたのね──」

「でも、私にも利が無いわけではなかった。彼女は身を隠す対価として、私に様々な魔法や知識を与えたの」

「……待ってくれ、それじゃあまるで」

「ええ。師弟、ね」



 かつて、戦火の使徒ゲブラッヘは言った。『ボクは二番弟子だが』と。



「じゃあ、きみは──戦火の魔女の弟子、なのか」

「みたいなもの、なのかもね」


 アイヤツバスの表情は、色を見せず。だがそれでも、悔恨のような語りは止めず。


「そしてあるとき、彼女は忽然と姿を消した。私の元には、何も残らなかったわ」

「……話が急だな。その時期は《頽廃の岡の大戦火》と同じでいいのか?」

「ええ。丁度それの直後。だから、彼女が今どこにいるかの証言は私にもできない」

「気にしないで。それで、貴女はその後どうしたの?」

「──彼女が消えて、私は計り知れない虚無感を味わった。それは、どこか彼女に惹かれてしまっていたからかもしれないけど──今となっては分からない」


 虚ろに、そう呟く。戦火の魔女の持つ、魔法のようなカリスマ性の証明だろうか。


「だから私は、頽廃の岡の大戦火──その跡地を巡りはじめた。言わば、聖地巡礼のようなもの」

「……そして、彼女と出逢ったのか」

「その通りよ。最後に出向いた《メダリオ村》。そこにいた、たった一人の生き残り──アクセルリス」


 それが出会い、アクセルリスの起源(オリジン)


「私がアクセルリスに手を差し伸べたのも、心の空白を満たすためだったのかも」


 アイヤツバスがアクセルリスの救いになったように、アクセルリスもまた、アイヤツバスにとっての救い。鋼と知識は、互いを求めるように、成るべくして出逢ったのだ。



「…………これが私の全てよ」

「ああ、ありがとう──辛かっただろうに、良く話してくれた」

「本当は、もっと早く伝えたかったのだけれど……クラウンハンズのように、口封じの魔法が残ってるかもしれなくて。問われるまでは、語れなかった」

「いや、この時期がベストなのさ。もう少しで戦火の魔女の正体は掴める。君の証言を含めれば、もう時間の問題だと思うよ」

「それなら、良かった」


 アイヤツバスは笑った。安堵し、債務から解き放たれたように。


「他には何かあるかしら?」

「もう大丈夫。貴重な情報提供、感謝する」

「お役に立てたのなら光栄よ」

「さっきケムダフが言ったように、もうすぐ戦火の魔女のベールは暴かれるわ。そのときは、貴女にもすぐ伝えるから」

「ふふ。それじゃ、楽しみに待ってるわね」

「…………魔女機関の、悲願だ」


 カイトラは、静かに、しかし力を籠めて言う。


「最悪の魔女。楽園の蛇。必ず暴き、そして罰を。われわれパーティーメイカーズも、その為にここまで来た」

「……うん。長かったけど、やっと実る」

「必ず──必ずね」


 三者の表情には、高く険しかった道のりが垣間見える。アイヤツバスはそれを見て、ただ無感情にいた。



「……じゃ、私はお暇するわね」

「ああ、今日は来てくれてありがとう。次は試食会に招待しよう」

「それは楽しみ。期待して待ってるわ。では御機嫌よう、さようなら」



 そして、姿を消した。




「…………」


 あとに残るのはパーティーメイカーズの沈黙。それが語るのは、僅かに掴みかけた真実だ。


「シャーカッハ、ケムダフ」

「ええ、分かってるわ」

「皆まで言うな、だよ」

「…………蛇め」



 煮える、感情。

 邪悪の窯に執念の薪をくべ、そして熱を吹くのは戦火を殺す怨毒。


 その色は、黒か、(にび)か、灼銀(ざんこく)か。



【代償のネイディア おわり】

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