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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
36話 リリース/アインザッツ
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#1 黙するあなたに花束を

【リリース/アインザッツ】



【#1 黙するあなたに花束を】



 クリファトレシカ85階、研究部門長室。


「邪悪魔女5i、アクセルリス・アルジェントと」

「邪悪魔女4i、アディスハハ・デドウメドウ、ただいま到着いたしました」


 アクセルリスとアディスハハの二人は、研究部門長──アイヤツバスに呼び出され、この場に来た。


「ええ、よく来たわね」

「……それで、急にかしこまってどうしたんですかお師匠サマ?」

「あなたたち二人に、私から直々に任務を言い渡すわ」

「アイヤツバスさんから?」

「任務ですか?」


 予想外の言葉に、訝しむ二人。しかしアイヤツバスは遠慮もせず、ただ率直に、伝えるのみ。


「ブルーメンブラットの居場所が判明した。あなた達にはそこへ向かって貰いたい」

「!」


 アディスハハの目が大きく開かれる。


「師匠が……! それって本当ですか!?」

「ええ。貴女の工房から持ち帰った資料を参考に花暗号を解読、彼女の潜伏先を突き止めることに成功したの」

「やった……!」

「良かったね、アディスハハ!」


 親友の喜びを祝い、アクセルリスも笑顔になる。


「それで、なぜ私たちなんですか?」

「アディスハハは言うまでもなくブルーメンブラットと最も縁深い関係者として、アクセルリスは邪悪魔女と残酷魔女を兼任している貴重な人員として、ね」

「二人だけなのは……例によって、重要性の高い任務だからですね」


 脳裏に思い出すのはアラクニーやシェリルスの捜索任務。


「そうよ。今回は加えてもう一人、信頼できる人員──カーネイルも同行するわ」

「カーネイルさんですか! それは頼りになりますね」


 アクセルリスは環境部門長として、カーネイルの手腕を誰よりも知っている。心強いことこの上ないだろう。


「それで、すぐに向かって欲しいのだけれど、準備は出来てる?」

「ぜひ……! 私、もう待ちきれないです!」

「私も! このアクセルリス、常にエマージェンシーです!」

「うんうん、やる気に満ち溢れてる。若いっていいわね」


 アイヤツバスは静かに、しかし満ち足りた風に微笑みを浮かべ、そして資料を二人へ手渡した。


「今回の任務に必要な諸々を纏めたものよ。魔行列車の中で確認してね」

「了解です!」

「北区テテュノーク駅4番ホームでカーネイルが待っているわ。目的地などの詳しい説明は、そこで彼女から」

「分かりました!」

「私からはここまで。さぁ、行ってらっしゃい」

「はい! このアディスハハ、邪悪魔女として……ブルーメンブラットの弟子として、必ず成し遂げます!」

「アディスハハは私が守るからね!」


 そうして二人は足早に部屋を後にした。華々しい活力の残り香が、アイヤツバスを包んでいた。



「──全てを超えた先で見たものを、あの子たちはどう受け止めるのかしら」







 時は移り、魔行列車に揺られるは三人の魔女。アクセルリス、アディスハハ、そして合流したカーネイル。


 カーネイルは先んじて把握していた任務の概要を、二人に語る。


「この魔行列車は、南部クーノスーペ地方へと向かっています」

「クーノスーペ地方というと……自然が豊かで観光地としても有名な地方ですよね」

「はい。そこに存在する名もなき小さな森。それがブルーメンブラット様の居場所だという結論が出されています」

「確かに師匠が好みそうなところだ」

「だけど……そんな何年も見つからないものなのかな」


 アクセルリスは一瞬だけ訝しんだが、その疑念を自ら振り払う。


「……ま、それはこれから確かめることだ!」

「だね! あぁ、ドキドキしてきた……!」

「アディスハハ様、逸るお気持ちは分かります。ですが、くれぐれもお気を付けて下さいませ──」


 諫めるカーネイル。その様子に、アクセルリスの残酷な勘は呻く。

 魔行列車はあらゆる感情を乗せたまま、走っていく──





 そしてアクセルリスたちは、辿り着いた。


「ここが……」


 クーノスーペ地方、名もなき森。

 森を守護する存在である、エルフですら住まわぬ地。それほどまでに、忘れられた森。


「確かに、辺りに人影は──というか、私たち以外の命が感じられない」


 見回す。ここに至るまでの道中には、常に人が見受けられた。観光地らしい賑わいもあった。

 しかし、この森が見え始めてからは──ぱったりと、命が消えたのだ。


「ある種の不気味ささえ、感じますね」

「……とはいえ、とんでもない辺境にあるわけでもなし。魔女機関が調査しないはずもないけど……カーネイルさん、その辺りどうです?」

「はい。間違いなく、この森も環境部門の調査・保護の対象であり、幾度も魔女が派遣されています──が、ブルーメンブラット様の痕跡は、一つとして報告されていません」

「それほどまでの隠密力ってことか」

「師匠なら、頷けるよ」

「見つけるのも苦労しそうだけど……何はともあれ、動いてからだね」



 そして、一行は森に足を踏み入れた。



「…………」


 アクセルリスの右目が、灼く光る。

 絶え間なく周囲を見回し、魔力の痕跡を探る。


 しかし、成果は芳しくなく。


「……ダメだ、何も見えない……トガネの力でも見えないとなると、相当だぞこれは」

「私も魔力感知を行っていましたが、何も掴めておりません」

「うーん……」


 苦く目を細めるアクセルリス。それとは対照的に、アディスハハは目を見開いていた。何かに浮かされているかと思わせるほどに。


「────」

「ア、アディスハハ? だいじょぶ……?」

「──あ、うん。私は大丈夫だよ! うん!」

「どしたの? なんか、おかしな感じだったけど」

「なにか……感じるんだ、今」

「感じる? それって魔力とか?」

「うーん……近いけど、ちょっと違うような……変な感じ」

「……?」


 アクセルリスには理解不能。しかしアディスハハは、その『何か』に魅かれるように、ふらふらと進み始めた。


「こっち……な気がする……」

「ちょ、アディスハハ」


 それを制止しようとしたが、留まる。

 八方ふさがりなこの状況。何かが動いているのなら、それに縋るべきだと、残酷は判断を下した。


「……ここは頼るしかないかぁ」

「私も同意見です。行きましょう」


 二人も、ゆっくり進むアディスハハに従い、歩みを進める。







「…………ん」


 しばらく進んで、アディスハハが立ち止まった。


「アディスハハ?」

「この辺……」

「え、でも」


 辺りは変わらず深く静かな森の中。一見、変わり映えはしていない。


「変わった様子は──」


 アクセルリスの言葉は止まった。その右目が、咎の音を立てていた。


「──見える。ほんの少しだけど、魔力が充満してる」

「はい、私にも感じ取ることができました」

「いる。師匠が……この近くに……!」


 顔を上げ、一息ついたのち──アディスハハは走り出した。より深く生い茂る、森の木々の中へと。


「アディスハハ!」

「大丈夫、もう迷わない──付いてきて!」


 強く自信に満ちたその言葉。アクセルリスとカーネイルは、不安がることもなく、急ぎ続いた。




 そして、程なくして──辿り着く。


「…………あった」


 森の奥底に存在した小さな広場。ぽつねんと小屋が建っていた。


「ここがブルーメンブラットさんの隠れ家とみて、間違いはなさそうだ」

「うん。はっきりと師匠を感じる」

「では、お二人は小屋の中へ。私は周囲を監視しておきます故」

「ありがとうございます、カーネイルさん! アクセルリス、行こう!」

「りょーかい!」


 


 足を踏み入れた小屋の中。外観通り、広くはない。

 玄関を開けてすぐ、リビングルームがあった。といってもそれは狭く、一人用の隠れ家にふさわしい。

 この空間に生命の息吹は無い。しかし、その奥──もう一つ、ドアがあった。


「あの中、だろうね」


 そう言いながらアクセルリスは横目でアディスハハを見る。

 黙ったまま、しかし確かに高調を示していた。


「アディスハハ、大丈夫?」

「──すぅー…………っはぁ」


 大きく深呼吸し、そして笑った。


「うん、大丈夫! 心の準備もできた──行こう!」



 大きく一歩を踏み出し、ドアに手をかけ──そして、躊躇わず、一挙に開け切った。



「…………?」


 灼銀の眼に映る、小部屋。それはアディスハハ工房地下にあった部屋に似ていたが、それよりも狭い。

 壁には本棚。しかし、収められている書はごくわずか。

 また、一本の樹が部屋の右側を覆うように育っているのも見える。

 そして中央にはこれまた小さな机──そして、そこに伏す人影。


「ッ!」


 アディスハハが思わず駆け寄り、その人影に触れる──が、しかし。


「…………え?」

「……これは」


 アクセルリスの目はしっかりと『ソレ』を見ていた。


「樹で作られた、人形……?」


 枝や幹、根で編まれたヒトガタ。儀礼などに用いられるようなもの、それだった。


「な……えっ? 師匠……?」


 アディスハハも困惑を隠せない様子、だったが。


「うーん……いま出かけてるのかな?」

「この人形は?」

「身代わりのダミー、とか? ほら、師匠は用心深いから」

「そう──なの?」

「わからないけど……可能性があるならそれしかない……」


 それがアディスハハの至った結論だった。二人はその場に立ち尽くす。


「ただ待ってるのも味気ないし、何か手掛かりかないか探してみない?」

「いいねアクセルリス、それ賛成!」


 そうして二人は部屋の中を物色し始めた。



 本棚の中にあったのは、花暗号の調査表。ブルーメンブラットはこの地で新たに見つけた植物の研究をしていたようだ。

 部屋を覆っていた樹からはブルーメンブラットの魔力が感じられた。彼女の魔法によって育てられたもので間違いないという。

 そして、最後にたどり着くのは──机。


「といっても、人形が突っ伏して隠しちゃってるけど」

「師匠には悪いけど、ちょっとどかそうか」


 そういってアディスハハが触れた──途端、人形は枯れて崩れ、消えた。


「うわ、わ! びっくりした……」

「案外もろかったね……と、やっぱり何かあるよ」

「どれどれ」


 四つの目が見たのは、二本の花。


「これは……《マジョソウ》と《キルショウブ》だね」

「花言葉は? これも暗号かもしれない」

「マジョソウは『魔女』、キルショウブは──『殺す』」

「超物騒じゃん……」


 思わずアクセルリスは身震いする。こんな物騒な花言葉があるのか、と。


「でも、これじゃ意味があんまり分からないね。まだ作ってる途中だったのかも?」

「だとしても、物騒なことに変わりない……ブルーメンブラットさん、大丈夫かな」


 アクセルリスが一抹の不安を覚えた、そのときだった。



「アクセルリス様、アディスハハ様、こちらへ!」



 外から、カーネイルの声が聞こえた。どこか焦っているようにも感じた。


「カーネイルさん……?」

「アクセルリス……なんか、まずそうだよ」

「うん、早く行ったほうがいいかも!」

「だよね……!」


 増していく不安に引き摺られ、アディスハハは駆け出した。

 アクセルリスもそれに続こうとしたとき──ふと、視界の隅に、一輪の花が落ちていた。


 花には疎い。だがそんなアクセルリスでも、その花には、よく見覚えがあった。



(ドクヤダミ────)



 なにか、引っかかった。

 だが、それを明かすだけの余裕はなく──その場に疑念だけを残し、アクセルリスも小屋を出た。





「カーネイルさん、一体何が──」


 駆け付けた二人。カーネイルへと問うが──彼女の答えを待つ必要は、なかった。


「────」


 カーネイルが示すのは、倒れている一人の、魔女。


「あ……ああ…………!」


 その姿を、はっきりと見、そしてアディスハハが──


「──師匠っ!!!」


 駆け寄り、その顔を見る。

 色と生気を失った、冷たい顔の魔女。それは、間違いもなく──花弁の魔女ブルーメンブラットだった。


「師匠、起きて! 師匠っ!」


 激しくその身を揺する。だが、力なく揺れるだけで、ブルーメンブラットはものを言わず。


「師匠、ねぇ師匠!」

「──アディスハハ」

「師匠…………」

「それ、もう──」

「っ……!」


 それ以上は言わなかった。否、言えなかった。


「……ぅ、うああぁぁ…………っ!」


 全てを、悲しい色の現実を受け止め、アディスハハはすすり泣く。

 アクセルリスはその悲哀と共に、枯れた花びらを灼銀に映した。


(見たところ、血は流れてない。あの様子を見るに、死んでから数日は経ってそうだけど……)


 しかしアクセルリスは検死人ではない。今の彼女にやるべきことは、ひとつ。


「…………アディスハハ、おいで」

「うわあああぁぁぁーっ!」


 アクセルリスの胸に飛び込み、泣きじゃくるアディスハハ。

 その背を優しく撫でて慰めながら、カーネイルへと目を向けた。


「カーネイルさん」

「後の始末は、私が行います。魔女機関本部に応援の要請も済ましてあります故、お二人はヴェルペルギースへお戻りください」

「……ありがとうございます、よろしくお願いします」

「どうか、寄り添ってあげて下さいませ。アディスハハ様の心を癒せるのは、アクセルリス様だけです」

「……はい」


 親友の悲しみに寄り添うこと。それが今のアクセルリスの使命だ。


「アディスハハ──大丈夫。泣いていいんだよ」

「う……ああああ…………!」


 大切な人を失うこと。それがどれだけ悲しいか、アクセルリスはよく知ってしまっているから。


「大丈夫、大丈夫……私が付いてるから、ね」

「う……ううう……!」


 優しく、何度も、語りかける。


「さ、今日はもう戻ろう。工房に戻って、ゆっくりドクヤダミ紅茶でも飲もうよ」

「…………うん」


 アディスハハも落ち着きを取り戻してきた。


「よし、よし。ほら、行こ?」


 アクセルリスは彼女をゆっくりと支えながら、歩き始めた。

 アディスハハを守る。その使命を、再び強く、心に誓いながら。







 その後、ブルーメンブラットの遺体はクリファトレシカへ運ばれ、葬儀が執り行われた。

 アディスハハはとても大きなショックを負っていたが、アクセルリスの力もあり、立ち直ることができた。


 また、彼女の隠れ家から手に入った資料を基に、花暗号が更なる発展を遂げるなども起こったが、それはまた別の話となる。



「んー…………」


 想起し、アクセルリスは想う。

 何か、何か大きな違和感が、残ったままだと。



 彼女がそれに気付くことはない──だが、その必要もない。

 なぜならば、やがて全ては明かされるからだ。


 楽園の蛇。禁断の果実を唆した、災禍の化身が。


 時は満ちる。もうすぐに。



【黙するあなたに花束を おわり】

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