表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
35話 記録:記憶
177/277

#8 忘却のオストラコン

【#8】


「!」


 現実の世界。華の空洞中心部の花畑で、二人は同時に目を覚ます。



「起きた……!」


 二人から離れた場所で立っていたアクセルリスは、そう呟く。

 しかし、未だ何が起こるかわからぬ状況。ただ槍を構え、ゲデヒトニスの動向を警戒するのみ。



「…………終わったね、ゲデ」

「ああ、完敗だった」


 横たわったまま、ふたりは言葉を交わす。


「……楽しかったな」

「うん!」


 その表情は、子供のように。



 そしてゲデヒトニスは、切り出す。敗者の定めを。


「さあ、アカ。私を殺せ」

「…………その前に話がしたいんだ」

「なんだ? 私たちの言葉(おもい)は既に交わしただろう」

「聞いてないんだよ、答えを」


 アーカシャの問う答え。それは言うまでもなく、ひとつ。


「……『あの日』の、ことを」

「────それ、か」


 ゲデヒトニスは、静かに凪いだ目でアーカシャを見つめた。


「ああ。それについても、全て理解できたさ」

「じゃあ、なんで」

「『分からない』」

「え」

「『私には分からない』。そのことが、改めて明らかになった」


 それは無知を知る、真の賢者足る答えだった。


「ただ『何か』に突き動かされるように、『そうしろ』という声が私の中に響いていた。その感情は何にも抑えられない、余りにも強い奔流だった。それだけが私に理解できる全てだ」

「…………なによ、それ」


 アーカシャの声は暗い。追い求めてきた親友の謎が謎のままならば、無理もない。


「だが聞いてくれ、アカ。私があの時『殺せ』と命じられた存在には、お前も含まれていたんだ」

「え? でも私は生きて……」

「私は抗ったんだ。真に愛する友であるお前だけは、手にかけてはならないと。強大な力の中で、私はそれだけを強く祈った──その果てが、今だ」

「そう、なんだ……」


 それは絆の証明。愛と友情の想いは、ふたりを最悪の結末だけからは逃れさせた。


「この事実、必ず何かの光になる。お前がその存在なんだ、アカ。頼んだぞ」

「…………うん!」


 ゲデヒトニスは笑い、アーカシャの手を握った。それはこの場で立ち止まる者と、そうでない者を分水するように。



「じゃあさ、最後にもう一つだけ……答えられないのなら、構わないけど」

「答えるさ。お前のためなら」

「ありがと。じゃあ────」


 アーカシャは、一息置き、その大いなる問いをゲデヒトニスへと。



「《戦火の魔女》について、可能な限り教えてほしい」

「ああ、やはりそれだろうなとはわかっていた」


 目を閉じ、ゲデヒトニスは口を開く。いつか語ろうとしていたのだろう、濁ることなく言葉が流れる。


「以前、彼女が語ったことの中で、気になった言葉があった」

「……詳しく」

「それは──」




「私には、『縁』がある。それがある限り、私の歩みは止められない」

「不可解──我/不理解→『縁』」

「そんなに難しい話じゃないわ、ゲデヒトニス──言うのなら、『使命』のようなもの」

「使命?」

「ええ。私は遥か永く続く、『祖』の意志を継いでいる。それこそが、私が夢に向かって歩み続ける理由であり、力なのよ」

「────不可解←依然」




「『縁』。『使命』──それが、戦火の魔女の行動理由なのか」


 そう問うアクセルリスの目は、銀色に澄み切って、(あか)く濁る。


「恐らくは。だが、彼女の言葉は──なべて超然としていて──私たちとは、何かが致命的に違っていたような……そんな印象もあった」

「だとすれば、尚の事────許せない」


 強く、恐ろしいほど強く握りしめた手には、血が滲むほどに。


「……」


 アーカシャはそのアクセルリスの様子を見て、心がざわついた。

 そして、だからこそ、ゲデヒトニスへと問う。


「じゃあゲデ──もう一個、聞きたい」


 その言葉には、少しの迷いとそれを覆う決断。


「答えられないかもしれないけど……だとしても、いい」

「焦らすな、アカ。お前らしくもない」

「《戦火の魔女》、その真名は、なに?」



 一瞬、世界が沈黙した。

 ゲデヒトニスは、言った。


「私は、それに答える」

「ッ!」


 アクセルリスも、思わず声を上げた。追い求めてきた謎に、仇に、手が届く。


「答えられるのか、ゲデヒトニス!?」

「お前たちが、そう望むのなら。私の持ち得る全ては、冥途の置き土産とするさ」

「なら……なら! 教えて! 誰なんだ、戦火の魔女は!」

「お願い、ゲデヒトニス。私たちのために……アクセルリスのために」


 二つの願いの元、ゲデヒトニスは、ゆっくりと。



「戦火の魔女、それは──」



 その、瞬間だった。




 ゲデヒトニスが、弾けた。




「────」

「え……」

「──な」



 忌まわしき名。それを明かそうとした罰か。

 その名を口にするよりも先に、ゲデヒトニスの下顎が、弾けて消えた。



「ゲデッ!?」

「ァ……」


 もはや、彼女に意味のある言葉を紡ぐことは、できない。

 変わり果て倒れる彼女を、アーカシャは抱き留める。


「…………ッ、ァ」

「ゲデ……! ごめん、ごめんね……!」


 流す涙は後悔か、それとも。


「ィ…………ァ」

「…………!」


 そして虚ろになりゆくゲデヒトニスの眼を見て、アーカシャはすべてに気づいた。


「ゲデ…………わかるよ、あなたの言いたいこと……」

「ゥァ……」

「……うん、そういう約束だったもんね、はじめから」


 その言葉と共に、涙を振り切り、決断を宿す。


「私が、殺す──」

「ゥ」

「……大丈夫。言ったでしょ。私だって、残酷魔女なんだ」

「…………ァ」

「ゲデ」


 アーカシャは、ゲデヒトニスのこめかみに、指を当てた。その指先に、魔力が集まっていく。

 それは魔弾。アーカシャの放つ涙のような一滴でも、これならば、殺せる。


「ァ──ヵ、ッァ」

「……バイバイ、ゲデヒトニス」



 そして、永訣の刻。



「好きだよ」



 雫が記憶を貫いた。 





「…………」


 アクセルリスは、全てを静かに見届けた。

 アーカシャの後ろ姿は、あらゆる感情を宿していた。


 その心を慮り、彼女はそっと。


「先に、戻ってます」


 微笑を浮かべながらそう言って、足早に立ち去った。




「…………」


 ひとりになったアーカシャは、黙ったまま、ゲデヒトニスの亡骸を抱えて、その閉じた眼をじっと見ていた。

 その表情は乾き切っていた──だが、ひとつ、ふたつと涙の粒がゲデヒトニスに落ちた。


「……ゲデ……」


 小さく、声を漏らした。それは我慢し、押し殺されたものだった。

 しかしアーカシャは、堪える必要など、ないことに気づいた。


 そして、彼女は。



「…………う……うあぁ…………! うわああああぁぁぁ…………っ! ゲデヒトニス…………っ! うわああああああっ!」


 友を想い、大声で、泣いた。







 記録と記憶の絡み合う因縁は、ここで終わりを迎えた。

 それが清算されたものであるか、計り知れない怨恨を抱えたままなのかは分からない。


 だが、それでも──ふたりにとっては、『終わり』なのだ。 



【記憶:記録 おわり】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ