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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
35話 記録:記憶
176/277

#7 Lucifer

【#7】



「……互いにこれが、最後となろう」


 ゲデヒトニスの背後に現れたのは──黒塗りの、人影。

 それは、魔女枢軸の総裁にして戦火の魔女の側近を務める、正体不明の魔女だ。


「だが、彼女の正体を明かすことはできない。だから、こうする」


 そう言ってゲデヒトニスは、青白い触腕をその影に突き刺した。


「「「──」」」


 影はノイズの呻きを上げながら、ゲデヒトニスへと吸収されていった。


「彼女の技能だけを、私の中に読み込んだ」

「器用なことするね、相変わらず」

「さあ、お前も呼べ。最後の一人──残酷魔女の隊長を」

「…………」


 アーカシャは返答をせず、無言のまま、呼び出す。

 残酷魔女隊長、殺伐の魔女シャーデンフロイデを。


「シャーデンフロイデ」

「「「言うな」」」


 アーカシャの言葉を切り捨て、シャーデンフロイデは構える。

 足を肩幅に開き、右の手は自然に開いた状態で前に出し、左の手は握り拳を作り腰に当てる。

 まるで壁画のように、がっちりとした隙の無い厳かな構え。


「「「来い」」」

「──」


 その姿に、ゲデヒトニスも一瞬息を呑む。隙も揺らぎもない、完璧な『静』がそこにはあった。

 だが、彼女とて、臆している間はない。


「ふッ!」

 5本のナイフが投擲される。それらは真っ直ぐに、血に飢える刃を満たそうと奔る。


 シャーデンフロイデは、動かずに、じっとそれらを見る。

 そして彼女のすぐ目の前に迫った、その瞬間。


「「「──」」」




 シャーデンフロイデの瞳が、輪郭が、青白く光った。




「ッ!?」


 次の瞬間には、5つの刃全てがゲデヒトニスの身体を掠めていた。


「な……」


 狼狽える。彼女ですら。まったく見切れなかった、殺伐の魔。

 その様子を静かに見下ろして、そしてシャーデンフロイデは。


「「「成程。この程度か」」」


 そう言うと、ゲデヒトニスに背を向けてしまった。


「「「私が出る幕ではない」」」

「だよね」

「「「お前ひとりで対処できるだろう。やれ」」」


 それは、残酷魔女隊長の鑑識眼だった。

 アーカシャに向けてそう言うと、彼女は一瞬でノイズと消えてしまった。



「厳しいねぇ、うちの隊長は」


 アーカシャはお道化たように呟き、そして友を見た。


「ま、そんなわけだから」

「……お前が全ての残酷魔女を使い終えたとて、私は加減しない」


 ゲデヒトニスは逆手の長刀と数本のナイフを構える。確固なる意思表示だ。


「うん、いいよ別に。私も──譲らないから」


 両手に鋼の槍を構え、周囲にも無数の槍を生み出し、アーカシャは言葉を返した。


「終局は近い。ならば私の──私たちの手で、この場に引き寄せる」

「いいね、それ! 面白そうじゃん。聞かせてよ、ゲデの想いを!」


 そして二人は駆けた。対話のために。互いの想いを、覚悟を、決意を、刃に乗せて。



「はぁア!」

 急く長刀を鋼が受け止め、火花が鈍く散る。

「ああ、感じるよ! ゲデの想いが! でも足りない! あなた自身の声で、語ってよ!」

「望みを言え。私はそれに答えるだけだ──!」

「決まってるじゃん! ゲデと、私の、そのことだ!」

 アーカシャは飛び退き、槍と共に言葉を投げかけた。

 返すゲデヒトニスの言葉は、刃と共に。

「言うまでもなく、お前のことは愛している」

「じゃあなんで! あの日──あんなことを」


 『あの日』。それはいわば、ゲデヒトニスの『起源(オリジン)』。


「なんで──私以外の同僚を皆殺しにして、魔女機関に謀反したの」

「それ、は」


 言葉が淀み、その刃も鈍る。槍の数本が彼女を掠める。しかしなお、揺らがずに──混迷の末、答えを。


「…………分からない」

「またそれだ。いつもいつも、結局はその答えになる」

「誰かが私の頭の中を掻き回したように。何かが私の身体を操ったかのように。私には、まだ、分からない」

「キリがないね……なら、見つけようよ。私と一緒に」


 槍を構え直した。それは挑発的に、かつ歩み寄るように。


「それはいい提案だな。お前を斃し、この問いに決着をつけるとしよう──!」

 そう言って、ゲデヒトニスは数本のナイフを投げた。揺れる彼女とは裏腹に、揺らぐことなく真っ直ぐ飛ぶ。

「じゃあ、私の話も聞いてもらおうかな」

 エゴに近しい想い。それを乗せた鋼は、一振りで全ての刃を弾く。

「アカの想いか。それには私も興味がある」

「じゃあ話すよ。あなたと決別した、その後の私の話を──」


 想いの刃を携え、アーカシャは語り始めた。


「ゲデがいなくなって、私はしばらく何もできなかった。そのときに初めて、私にとってゲデがかけがえのない存在なんだと、気付けた」

「……皮肉なものだな」

 二人の刃が拮抗する。それは対話の象徴でもあった。

「でも、たった一つの感情だけは、初めから私の内に存在してたんだ」

「それは」

 銀色、アーカシャの刃が圧し込まれた。言葉と同時に、彼女の想いも伝わる。

「私の手で、ゲデヒトニスを殺す。それが、私たちを救うたった一つの手段──」

 一見は冷たい言葉だが、そこに宿っていたのは『愛』だった。

「そうして、私は残酷魔女になった」

「虫も殺せないほどいたいけだったお前が、そこまで……」

「覚悟は必要だったよ。でも」


 感情が、迸る。


「ゲデが、好きだから!」

「アカ……っ!」


 アーカシャの昂りに呼応し、エゴの象徴たる鋼の槍が重くなってゆく。

 このままでは圧し潰される。そう状況判断したゲデヒトニスは、あえてその槍を受け流し、転がりながら距離を取る。その合間にもナイフを放つが、やはりすべてが弾き落された。


「……お前の想いは、痛いくらいに伝わってきた」

「ゲデのも、ね」


 互いを深く愛し合っている。だからこそ、心の剣は研ぎ澄まされ、純粋なる愛から生まれる殺意が鎧のように体を満たすのだ。


「結局──私たちは、根本的に変わってないんだね」

「ああ、そうみたいだな」

「……どこで、おかしくなっちゃったんだろうね」


 悲しそうに呟くアーカシャに対し、ゲデヒトニスは平静のまま。


「あるいは、何も変わっていないのかもしれない」

「……どういうこと?」

「『私たち自身』は、何も変わらず──あの頃の、無垢なままで。ただ何かが、悍ましいほど大きな何かが、私たちを包み込んでいる──」

「──それが、『あの日』の答えなの?」

「分からない。まだ。だがあと少しだ」

「なら、見つけようよ」

「ああ。そうしよう」


 二人は同時に構えた。


「……アカ、お前も感じているだろう」

「うん。これが……正真正銘の、最後になる」

「私が死ぬか、それともお前が死ぬか」

「それは、分からない。でも、どっちになっても──悔やまないように」

「ああ。悔やまぬように──」

「私たちの──」


 盲目的な言葉が、終に、重なる。



「「すべてを!!!」」



 幕は下り始めた。

 アーカシャとゲデヒトニスは、今ここで、すべてを終らせ、そして始めるのだ。



「ゲデヒトニス──!」

「アーカシャ……アーカシャ!」

 互いの名を呼び合い、互いの心臓を狙い合う。

 最早守りは捨て、傷つくことも厭わずに、二人は斬り合う。


 アーカシャの槍がゲデヒトニスを穿てば、アーカシャの言葉が響く。

 ゲデヒトニスの刀がアーカシャを斬れば、ゲデヒトニスの感情が伝わる。

 それが追録される追憶の世界。

 この世において、傷は身を苛めるものでなく、想いを伝える最も単純な手段なのだ。


「伝わってくる、伝わってくる! ゲデヒトニスの、全部が!」

「ああ、私もだ……! なんと心地よい! もっとだ! もっと……!」


 二人の心は裸のまま、求め合い、そして愛し合う。


 なれば、相手を想う力の強さが、力へと直結するのだ。


「ゲデヒトニス!!!」

「アーカシャ!!!」


 ほぼ、互角──しかし、一瞬だけ、傾いた。


「──ッ!!」


 ゲデヒトニスの一撃を受けたアーカシャの身が、揺らいだ。


「これが──これが私の! 想いだッ! アーカシャ!」

「ゲデヒトニス…………」

「嗚呼、嗚呼! 私の勝ちだ────!」



 高く高く吠え、ナイフを振り被る──




 ──その額に、風穴が開く。



「え」

「……残念だったね、ゲデヒトニス」


 その穴は、銃創。放たれた弾丸が、穿ったものに違いなく。


「な、ぜ……なぜ」


 倒れ込みながら、疑問に呻く。


「ごめんね。残酷魔女には、もう一人いるんだ」

「もうひとり……だと……」


 優しい声で語ったアーカシャ、その背後には人影。

 駅員服を纏ったその魔女。手には銃が握られている。


「彼女の存在は、本当は秘密なんだ。ゲデが知らないのも、無理はないよ」

「「「……任務は達成した」」」


 兵器の魔女ディサイシヴ。彼女はその一言だけを呟き、姿を消した。





 仰向けに倒れているゲデヒトニス。その傍に、静かに座るアーカシャ。

 ふたりはしばし、静寂の中に会話をしていたが、ゲデヒトニスが口を開いた。


「…………私の負けだな」

「ん、認めるんだ。いつもは結構ゴネてたじゃん」

「私とて、そこまでは執念くはない」

「……じゃ、お言葉に甘えて」


 アーカシャは立ち上がり、手を掲げた。


「私の、勝ち────」




 そして、追録される追憶の世界が、崩れる。


【続く】

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