表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
35話 記録:記憶
173/277

#4 遠いあの日の夢

【#4】



「はっ」


 闇黒から解放され、アクセルリスは目覚める。即座に起き上がり、己の存在を確かめる。


「異常なし……で、ここはどこだ」


 見渡す限り、闇──ぽつりと置かれている、質素な扉を除けば。


「扉? めちゃめちゃ怪しいけど……」


 その扉は、どこかアクセルリスの心をくすぐる。誘っているかのように、思い出の奥底に触れるように。


「でも、他に道はない」


 アクセルリスは迷わず扉を開いた。



「う────」




 光が雪崩れ込む。一瞬、視界が奪われ──



「え」



 気付けばそこは、民家だった。

 リビングルーム。大きめのテーブルが置かれ、その周りには『六つ』の椅子。

 それは残酷の記憶、その最も深いところに、残っていたもの。


「わたしの、いえ──?」


 戦火によって滅び去る前の──アクセルリス・アルジェントの生家に他ならなかった。


「──」


 目の前に広がる光景に、言葉を失うしかない。そんなアクセルリスの耳に、声が。


「おかえり、アクセルリス」

「え」


 聞こえるはずのない、聞けるはずのない、その声。ゆっくりと、灼銀の眼を向ける。



「…………父さん」

「大きくなったな」



 オーア・アルジェント。アクセルリスの父。優しく、金色の目をアクセルリスに向けていた。


「みんな、おまえのことを待ってたんだ」

「────ええ、ずっと」


 声が、増える。それは。


「あ……ああ…………!」


 アクセルリスの声が震える。彼女が見ているのは、もう二度と会えない──家族の姿だから。


「アクセルリス……久しぶり、だね」

「母さん……!」


 シルヴィア・アルジェント。アクセルリスの母。澄んだ銀色の目で、アクセルリスを迎え入れる。


「う、う……ああぁ…………!」


 アクセルリスは涙を流し、二人の胸に飛び込んだ。

 オーアとシルヴィアは、静かに微笑んで、その背を撫でた。



 そして、また、声がする。


「────姉さん」

「…………!」


 両親の胸から顔を上げ、振り返る。碧色の目の、少女だった。


「アズール……アズール!」

「姉さん……っ!」


 次女、アズール・アルジェント。アクセルリスと強く抱き合う。


「姉さん……わたし……わたし……!」

「うん……ごめんね……ごめんね……!」


 言葉にならない声を漏らしながら、姉妹は再開を噛みしめる。


「……ふたりは…………?」

「うん……みんな、いますよ……!」

「っ……!」


 顔を上げた。双子がいた。

 赤色の目をした少年と、紫色の目をした少女だった。


「ねーちゃん……だよな……」

「おねえちゃん……!」

「ギュールズ……パーピュア……!」


 長男ギュールズ・アルジェントと三女パーピュア・アルジェント。アクセルリスの姿を見るや、駆け寄り、胸に飛び込む。


「うわああああああっ!」

「おねえちゃあああん!」

「ふたりとも……!」


 二人を強く抱きしめたまま、アクセルリスは静かに、泣いた。




 幾星霜──アクセルリスは、遠いあの日と、再会を果たした。




「こうやってみんなが揃うのはいつぶりだろうか」


 オーアは嬉しそうに言う。

 見れば、アルジェント家の六人は、食卓を囲んでいた。


「……ホントに、ね」


 小さくそう呟くアクセルリス。眼前には、懐かしい母の手料理が並ぶ。その温度、その匂い、そしてその味は、まぎれもなく記憶に残るそれそのものだった。


「うん。やっぱり母さんの料理はおいしいよ」

「でもアクセルリスも上手になったんでしょ? ほら、お料理対決とかしてたじゃん」

「え……そのことも知ってるの?」

「少しは、ね。大事な娘のことだもん」

「……そうなんだ」


 覚える違和感。知るはずのないことを知っている家族。だが、その振る舞いも、雰囲気も、声色も、全て紛れもないもの。


「今日の料理、私も手伝ったんですよ」


 アズールは笑顔でそう言った。


「どうですか、姉さん」

「とってもおいしいよ。私よりも上手いかも」

「えへへ、嬉しいです!」

「そりゃ、私の娘だもん。料理くらい簡単に極めちゃうよ」


 シルヴィアは不敵な笑みを浮かべる。その仕草は、彼女がアクセルリスの母親であることを強く知らしめるものだ。


「ギュールズとパーピュアにも教えなくっちゃね」

「え、オレもやるのか? パーピュアだけでいいんじゃねえか」

「だめだよ、ギュールズ。みんなやるんだから」

「えー。でも父ちゃんは料理しねえじゃんか?」

「おっ、父さんだって料理はできるんだぞ。今度作ってやろうじゃないか」

「いえ。あなたはキッチンに立たないで、オーア」


 シルヴィアは食い気味にそう言った。


「でも」

「でもじゃない!」

「はい……」

「あはは、父さんってば」


 アクセルリスは笑う。心の奥から。かつてあった、紛れもない日常だ。それを感じれば──笑顔も自然と生まれる。



「……なんか、ごめんね」



 そして口から零れたのは謝罪だった。


「みんなは昔のままなのに、私だけ一人で行っちゃって」

「気にするな、アクセルリス。それはおまえが私たち家族の誇りである証拠だよ」

「父さん……」

「そうですよ、姉さん。私たち、姉さんが成長した姿を見て、すごく嬉しかったんです」


 アズールは言う。ギュールズとパーピュアも頷いて。


「今のねーちゃん、すげーカッコいいぜ! マントひらひらで、なんかトガってて!」

「うん、とってもきれい! ぎんいろにかがやいて、すてき!」

「二人とも……」


 そして、シルヴィアは変わらず不敵なまま。


「当然だよ。私の娘なんだから」

「ちょ、母さんまで」

「でも、まだ私の方が上手だね」

「どうかな。もうすぐに、母さんも超えるよ」

「うんうん、その自信、忘れないようにね」


 母と娘は、互いの銀色の瞳を交わし、微笑んでいた。




「──さて、せっかくこうして会えたんだ」


 一息つき、オーアが口を開く。


「アクセルリス。聞かせてくれないか、おまえのこと」

「私のこと?」

「そうだ。お前がどんな道を歩いて、どんな人と出会って、今に至るのか」

「私も気になります、姉さん! 詳しく聞きたいです」

「うん、いいよ……っつっても、どこから話すべきかな……?」


 切り口に悩むアクセルリスに、シルヴィアが手を打つ。


「魔女になったんだよね、アクセルリス」

「ああ、うん。まず話すならそこからだよね、やっぱり」


 深呼吸し、記憶をひとつひとつ辿る。はじめに至るのは──『あの日(オリジン)』。


「私は……偉大な魔女に救われて、その人の弟子になったんだ。そうして魔女になった」

「姉さん、すごいです……凄い魔女の人に見出されたってことですよね……!」

「ぜんぜんそんなのじゃないよ。私はただ……みんなより、優しくなかっただけだから」

「なぁ、魔女になるのってどのくらいたいへんなんだ?」

「そりゃもう、とんでもないよ。私は三年修業した。辛いこともあったけど……みんなのことを思い出して、頑張った」


 今日ここに至るまで、彼女を支え続けてきたのは、『家族』との思い出に他ならないのだ。


「で、魔女になってから十年間。その師匠の元で、手伝いとかしたりお使いとかしたりして、過ごしてた」

「……それは、楽しかったか?」

「うん。師匠と過ごした日々は──私にとって、かけがえのないものだったよ」


 優しく、笑う。その笑顔に、残酷は、どこにもない。


「で、転機が来たのは割と最近。その師匠の推薦で《邪悪魔女》……《魔女機関》の幹部になったんだ」

「凄いじゃないか。魔女機関というと、魔女社会を統治する組織だろ?」

「最初は私も実感なかったんだけどね……ま、なんとかやってるよ」


 口では軽く、そう流した。秘められた苦労の坂道は、言わずもがなである。


「そんでまぁ、あっちこっち行ったりして、仕事してる……って感じかな」

「なるほどなぁ。漠然とは知っていたが、我が子が実際に働いていると聞くと……どこかこみ上げるものがあるなぁ」

「だね……」


 オーアとシルヴィアは、そう静かに感慨に耽る。

 その隙に、ギュールズが訊いた。


「なぁねーちゃん、その右目どうしたんだ?」

「わたしも気になる! おねえちゃんの右目、ぎんいろなのに赤くてきれい!」

「これはね、私の使い魔だったんだ」


 右目に手を当てる。痛いほどに、熱い。


「熱っ……?」

「使い魔!? すげー!魔女っぽい!」

「あ、うん。使い魔だけど、頼れる相棒で、弟みたいな存在で、家族で────あ」



 ぎょっとして、アクセルリスは口を紡ぐ。

 彼女にとって、その右目はなによりも大切な、永遠の絆の証。

 故に、語り過ぎる。そしてそれは、己で抑えていた境界線を破ってしまうに至る。


「──ごめん、ね」

「いいや、嬉しいさ。おまえが新しい家族とともに幸せでいられるなら、それが一番だ」

「うん。あなたは『今』を生きなければならないんだ、アクセルリス」

「でも」

「…………おまえも、気付いているんだろう」

「ここにいる私たちは──」

「──本物じゃない」


 自分の言葉で、自分に突き刺す。


「当たり前でしょ……! だってみんなはあの時……死んだんだから……!」


 その言葉は辛く、重く。


「今ここにいるみんなは、私の記憶を基に作られたマボロシ……だから、完璧に再現されてる。でも……『ニセモノ』なんだ」



 それが、答えだ。

 かの大戦火に巻き込まれ、アクセルリスを除くアルジェント家のものはみな死んだ。なれば、今ここにいる五人は虚像の存在。それはすぐにわかる。

 しかし、その虚像を構築しているのは、他ならない『アクセルリスの記憶』である。

 だからこそ、アクセルリスにとって、『間違った』言葉や振る舞いを見せることはない。



「ニセモノ……だけど、みんなの存在は、ホンモノ……そう言っても、おかしくはない……」

「……アクセルリス。本当は分かっているんでしょう。あなたがやるべきことは」

「分かってる……そんなの、初めから」



 瞳に、残酷が宿った。



「でも私は……ほんのちょっぴりでいいから、みんなとの時間を味わっていたかった。それだけなんだ」

「──姉さん……っ!」

「ねーちゃん!」

「おねえちゃん!」

「アズール……ギュールズ……パーピュア……! ありがとう……ごめんね……! ありがとう……!」


 涙と共に押し寄せるきょうだいたちを、アクセルリスは愛をもって抱きしめた。その眼に涙は浮かばない。彼女は、姉だから。



 そしてひとしきり三人を愛したのち、彼女は凛として立ち上がった。



「…………そろそろ、だ」


 アクセルリスは、オーアを見た。


「父さん。これまでありがとう。照れくさいけど、今になって言うのも遅いよね……」

「いや、いいさ。おまえの言いたいことは、昔からずっと分かってたからな」

「私がみんなのところに行くのは──もうちょっと、ほんのちょっと後だと思うから、それまで待っててね」

「ああ。もしそのときが来たら、またおまえを迎えに行く。でも急ぐなよ。ゆっくりでいい、いつまでも待つから」

「うん、ありがとう」


 アクセルリスは、シルヴィアを見た。


「母さんも、ありがとね。母さんのおかげで、今も私は生きてるんだと思う」

「……まさか。私の娘が、そんなわけないよ」

「どういうこと?」

「あなたが生きてるのは、他でもないあなた自身のおかげだ。自分の強さを胸に、これからも進んでいけ」

「……そう、なんだ」

「うん。私が言うんだから間違いないよ」

「最後まで、背中押されちゃった……やっぱり母さんには敵わないや」

「……あなたはもう、私よりも強いでしょ」

「……ありがと」


 アクセルリスは、アズールを見た。


「アズール、ごめんね。私がいないせいで大変だと思うけど」

「気にしないでください、姉さん! 私も、シルヴィア・アルジェントの娘ですから!」

「……頼もしくなったね、アズール。じゃ、みんなのことはアズールに任せよう!」

「はいっ! アズールがんばります!」

「私の代わりに、お姉ちゃんとして、ふたりの面倒を見てあげるんだ。頼んだよ」

「任せてください! 私も、姉さんみたいな立派な姉になってみせますから!」

「お願いね、アズール!」


 アクセルリスは、ギュールズを見た。


「ギュールズ、強くなるんだよ。強くなって、みんなを──パーピュアを、護ってあげて」

「任せとけ! オレもねーちゃんくらい強くなってやるぜ!」

「これからは、ギュールズがこの家を護っていくことになるんだ。そのことを、忘れないようにしてね」

「……分かってるよ。オレだって、もう子どもじゃないんだからな」

「わかった。信じてるよ、ギュールズ」


 アクセルリスは、パーピュアを見た。


「パーピュア、みんなのことを──ギュールズのことを、愛してあげて」

「あいする……? わたしが?」

「うん。これからきっと、大変なことがある。みんなも、ギュールズも。そんなとき、パーピュアが必要なんだ」

「わたしに、なにができるの?」

「支えてあげて。みんなを護るのが、ギュールズの役目。ギュールズを護るのが、パーピュアの役目だよ」

「うーん……まだよくわかんないや」

「いつかきっと……ううん、すぐに分かるようになるよ」

「ほんと? なら、わたしもがんばるね!」

「うん! 頼んだよ、パーピュア」



 全員に、伝えたい思いを、言葉にして、届けた。

 アクセルリスの表情は、吹っ切れたように澄んでいた。


「…………よしっ!」


 笑顔で気合を入れた。


「もう、行くね」


 誰も、言葉を返さなかった。交わすべき言葉は、もうないからだ。

 ただ皆、微笑んで、アクセルリスを見守るだけ。


「またしばらくお別れになるけど……もう、大丈夫。私がそっちに行くには、まだ早いから」


 右手に槍を握った。

 強い熱を感じて、右目を抑えた。


「…………熱いってば」


 聞こえないように呟いた。その熱は現世への道を照らす灯火か、あるいは小さな嫉妬の炎か。



「よし、それじゃ」


 熱を抑え込み、家族へと向き直り──槍を構えた。


「────いってきます!」


 そして、槍を己の心臓に、突き刺した。



 痛みはない。溢れ出るのは、血ではなく、想い。


(────)


 アクセルリスの意識が薄れゆく。温かく眩い光に、視界が覆われていく。


 その意識が溶けて消える直前──声が、重なって、聞こえた。



「────いってらっしゃい!」



 と。







「はっ」


 白光から解放され、アクセルリスは目覚める。即座に起き上がり、己の存在を確かめる。


「異常なし。戻ってきたね、現実に」


 見渡せばそこは華の空洞。超現実的な風景は見られない、正真正銘のうつつである。


「……あれが、アーカシャさんの魔法」


 思い出す。感覚全てが現実と錯覚するほどの、夢の世界。

 記憶の魔女ゲデヒトニスは、『記憶を再現し、この世界に解き放つ』。

 対する記録の魔女アーカシャは、『記録を再現し、その世界に閉じ込める』。


「記録……思い出のことだったんだ」


 その称号に秘められた意味を遂に知り、アクセルリスは呟いた。


「なんて──恐ろしい魔法だ」


 その魔法の主──アーカシャへと、目を向ける。


 彼女は、ゲデヒトニスと互いの触腕を接続したまま、倒れていた。

 おそらくは、二人の魔法を掛け合わせ、記録と記憶の交錯する世界にて、戦っているのだろう。


「アーカシャさん……どうか、勝って」


 アクセルリスはただそう祈るしかなかった。


【続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ