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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
35話 記録:記憶
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#3 闇黒のテルプシコラ

【#3】


 その直後だった。


「────」


 耳をつんざく程の風切り音を、アクセルリスは捉えた。


「何!?」


 思わず工房を飛び出す──灼銀の眼は、花畑の中央に立つ、二つの人影を見る。


「あれは────」


 片や、背が高く、小奇麗な洗礼服を纏った女。片や、小柄で、淡い光のような少女。


「──ッ!?」


 本能が叫び、アクセルリスは考えるよりも先に槍を握っていた。穂先が震えるほど、強く。

 その姿が彼女の記憶を、深く深く呼び起こしていたからだ。

 負わされた傷。奪われた魔女。刻み込まれた、苦痛の記憶を。


「プルガトリオに、シュガーレス……!」


 劫火の魔女プルガトリオ、光の魔女シュガーレス。魔女機関に仇成した、恐るべき二人組の魔女だ。


 だが、二人共に、アクセルリスによって殺されているはずの存在でもある。

 死者は蘇らない。これは天地に刻まれた理である。

 ひとり、その理から外れた魔女も存在したが、彼女は既に理解を終えた。


 となれば──答えは一つ。それは二人を覆い尽くす青白いノイズも、また然り。



「でも、そんなことを考えるのは二の次だッ!」


 槍を構える。今やるべきは、この眼前の脅威を排除すること。それに他ならない。


「「「──」」」


 シュガーレス再現態がアクセルリスを指さす。


「ッ!」


 直後、収束した光が、頬を掠めた。

 光線だ。かつて経験していたアクセルリスでさえも、完全な回避は成せない。驚異の速度だ。


(これを先に打ってきたという事は、ヤバいほうの光はないっぽい──辛うじて、助かった)


 アクセルリスの考えは正しい。かの魔女であろうと、特異の極限ともいえる悪しき光は再現しきれなかった。

 しかし、最大の脅威がないとはいえど、シュガーレスが危険な魔女であることに変わりはない。


「だから先にこっちを叩きたい──んだけどッ!」

 動かないシュガーレス目指し駆ける。しかし銀の疾駆を、遮るものあり。


「「「──」」」

「やっぱ邪魔しに来るよな……ッ!」

 ノイズの炎を両手に纏わせ、プルガトリオ再現態はアクセルリスの真っ向に立つ。

「上等! あのころの私とは違う──それを味わわせてやる!」

「「「──!」」」

 互いに揺らぐことなく、鋼と劫火は衝突する。


 槍に信念を籠め、圧し迫るアクセルリス。シュガーレスを護るべく、焼き阻むプルガトリオ。

「ぐぅ……熱っ……!」


 純粋な力ではアクセルリスが勝る。しかし、かの劫火はノイズであっても残酷の鋼を溶かす力を誇っていた。

 ゆえに、押し退けるよりも先に、アクセルリスが身を退かざるを得ない。


「っと……!」

 再現の炎といえど、熱は本物。劫火に苛まれた身を冷やす──その隙を、シュガーレスは穿つ。


「「「──」」」

「あっぶね!」

 狙撃の光線。掠めた銀髪が細やかに散る。

「よくも私の髪を! お返しだッ!」

「「「──」」」

 追撃の光線と交錯するように、銀槍が走る。

 三度目の光線は遂にアクセルリスに触れることは叶わず。しかし槍も、劫火壁によって消滅する。

「キリがないなぁ、もう!」

 快活に苛立ちを吐き捨てながら、アクセルリスは忙しなく動き回る。

「でもチームワークなら、こっちも負けてない! そうだよね!」

 我を、そして彼を鼓舞する言葉。呼応して灼銀の眼が燃え上がり、灼い残光を残す。

「「「──」」」

 シュガーレスはそれを穿つことが出来ない。そのスピードに、幼き光は追いつけない。

 だが、それを補うのが煉獄。プルガトリオは己を取り囲む円状の劫火を広げ、攻め手を阻む。


 しかし──それすらも、計算内だとしたら。

「そう! そうするしかない! お前はそうする──私はそれを記憶している!」

「「「────」」」

 ノイズの劫火が視界を隠す。唯一クリアなのは、頭上。見上げたプルガトリオとシュガーレスが見たのは、アクセルリスの影。

 その背後からは槍が生まれ、驟雨のように降り注ぐ。

「「「──!」」」

「「「────」」」

 銀の夕立を辛うじて凌ぎ続ける二人の再現態──その二人に、更なる脅威が極み襲う。

「こっちだッ!」

「「「──ッ!!!」」」

 鋼の雨に紛れ、アクセルリスはプルガトリオの背後を取る。反応も追いつかず、槍のようなサイドキックが突き刺さる。

「もう一発ッ!」

「「「──!」」」

 続けて放たれた回し蹴りはシュガーレスに。先に攻撃を受けたプルガトリオよりも強く吹き飛び──追いつき、諸共に劫火の壁を抜ける。



 槍の雨と劫火壁が同時に消える。



「さて、と」


 灼銀の右目は、身を寄せ合いながら這いつくばる二人の再現態を、残酷に捉えた。


「ちょっとビビったけど、なんてことはない。お前たちはもう、私の生きる『糧』になった」


 プルガトリオとシュガーレスは、アクセルリスにとっては既に遥か過去の存在。

 かつて彼女を苦しめたといえど──それもまた、『過去』なのだ。


「「「──、────」」」

「何言ってるかわかんないし、遺言は聞かないよ」


 無感動にそう言い捨て、手を翳す。

 強い魔力が渦巻き、アクセルリスは鋼の元素を貪る。


「じゃあ、消えろ」


 あれから幾度とない死線を潜り抜け続けたアクセルリスにすれば、この二人など──余りにも古い。


「「「────」」」

「「「──!」」」


 故に。残酷極まるアクセルリスの前では、障壁にも、ならない。




 無尽蔵の槍が走り──二人の再現態を、纏めて串刺しにした。


「「「────」」」


 呻きのようなノイズだけを僅かに吐き、二人は消滅した。





「──よし、と」


 眼前の脅威を排除し、アクセルリスは一息つく。


「槍の跡残っちゃったな……アディスハハに謝らないと」


 言葉にするは想い人。既に消え去った敵には、意識を向けることもなく。



 そして工房に戻ろうとしたとき──ひときわ強いノイズと共に、青白い光が瞬いた。


「うっ……今度は何……!?」


 眩みながらも、身構える。

 また新たな再現態か、次はどいつが来るか。そんな思考を巡らせていたアクセルリスの前に現れたのは──


「…………」

「──ゲデヒトニス」


 再現態の創出者、記憶の魔女ゲデヒトニスであった。


「意外と早かったな。てっきりあと5回は再現態を相手する気持ちでいたよ」

「……」


 そう言いながらも、警戒は怠らない。魔女枢軸においての数少ない生き残りであり、最も腹の底が読めない魔女。


「で、何の用?」


 残酷な殺意をわずかに、しかし確実に漏らしながら、アクセルリスは問いかけた。





 ゲデヒトニスは、返す言葉を開いた。



「────御機嫌よう。鋼の魔女アクセルリス」



 澄んだ声だった。


「…………え」

「君と顔を合わせるのは、これで何度目だろうか」


 呆けた表情をするアクセルリスを置き去りに、ゲデヒトニスは己の言葉だけを続ける。


「だが、これが最後だ。それが初めて出会ったこの地なのは、不思議な巡り合わせだろう」

「ゲデヒトニス、お前は」

「心配するな。君には用は無い。あるのは──」

「──私でしょ、ゲデ」


 気付けば、アーカシャが立っていた。

 彼女は決然とした眼差しで、ゲデヒトニスを真っ直ぐに見つめる。

 ゲデヒトニスもまた、応えるように、その眼を見下ろす。

 互いの表情には、覚悟が宿っていた。それは即ち、『生きるか死ぬか』の覚悟。


「……ああ。よく分かってるじゃないか」

「当然よ。私とゲデは、パートナーだったんだから」


 悠然と歩み、二人の距離が縮まる。アクセルリスは一歩、身を退いた。


「『パートナーだった』、か……嗚呼。懐かしいな、あの日々も、すべてが」

「私はこの関係を、過去のものにしたくはないんだけど」

「きっと私もそうだ。そうだったのだろう」

「……ゲデ、あなたは」

「言うな! 何も言うな……分かっているんだ。分からない。それが分かる」


 そうして、二人は遂に、互いの手が届くほどに。


「アカ……私は、私は……なぜ? なぜなのだ?」

「それを今から決めるんだよ、ゲデ。私たちは、私たちのやり方で」


 どこか混乱するゲデヒトニスとは対照的に、アーカシャはどこまでも、落ち着いて。


「受け入れよう。その提案を」


 そう言って、ゲデヒトニスは青白い触腕を生み出した。


「これが、最後だ」


 言葉を返し、アーカシャは赤黒い触腕を生み出した。

 二人は薄く笑い、互いに触腕を伸ばし合う──




「待って!」

 それを、アクセルリスの声が妨げた。


「アーカシャさん、危険です……!」

 強く、そう主張する。長い因縁を持つ二人を妨げるのは、野暮だと分かっていながらも──残酷魔女として、使命が彼女を動かす。


 その姿を見て、アーカシャは笑った。


「うん。残酷魔女としては満点だよ。でも──」

「う……っ!?」


 素早く、触腕をアクセルリスの首元に伸ばし、刺した。


「ごめん。これから公私混同する。だから少し──眠ってて」

「アーカ、シャ、さん────」


 アーカシャの、懺悔ともとれる言葉。それだけを耳に抑え、アクセルリスは倒れ込んだ。




「さて。じゃ、心置きなく」

「ああ、行こう。私たちの終わりへと」


 そして、二人は互いの触腕を、互いのこめかみに刺した────


【続く】

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