#7 斬罪のエルガレイオン
【#7】
「ふッ!」
グラバースニッチは回転しながら着地する。片膝を付き、魔合身獣で呼吸と魔力を整える。
彼女は永い間空を跳ね回り、飛竜を斃し続けた。
しかし、未だその数は限りを見せることなく。コフュン=オウマリアスは、超越なる龍の力を得た死体の魔女は、どれだけの力を誇るというのか。
「キリが……スゥーッ……ねぇ……フゥーッ」
魔合身獣は揺らぐ様子を見せない。しかし、どちらが力尽きるのが先かと問われれば──
「AAGGGGGHHHHHHH!!!」
「GGGGYYYYYHHHAAAAAA!!」
「ッ!」
そんな彼女を目掛け、四方、八方から飛竜が迫る。
「上に」
見上げる──しかし、頭上からも。骸の竜は九方を統べる。
「ちィ……!」
歯牙を構えた。逃げ場がないのなら、迎え撃つのみ。たとえそれが、圧倒的な物量の差がある状態でも。
黒き鎧の獣は、心身を研ぎ澄ませる──
──直後、迫っていた全ての飛竜が吹き飛んだ。
グラバースニッチは目を見開く。
「──」
それは獣の爪によるものではない。高貴なる薔薇の風によるものだ。
「待たせましたわね、グラバースニッチ!」
それは薫風の魔女ロゼストルムの風だ。残酷魔女の中で最も多数戦に強い彼女の実力が、遺憾なく発揮される。
「ロゼストルム、お前」
「ロゼだけではない。私もだ」
「シャーデンフロイデからのお達しが来たからね。当の本人はヴェルペルギースの防衛から離れないみたいだけど」
イヴィユ、そしてミクロマクロも姿を現す。残酷魔女の実動隊が、ここに揃う。
「……ああ、助かった。また俺が一人無茶させられるモンかと」
「それを望んでいるのは君自身だろうに」
「ははっ、まァな。残酷魔女の特攻隊長として、頑張ってるだけだ」
「……マゾなのかい?」
「あァ!?」
軽い言葉を交わし合うグラバースニッチとミクロマクロ。二人が気を許し合っている証拠だ。
そしてそんな二人には気を向けず、イヴィユは淡々と現状を伝える。
「アクセルリスの報告だ。超龍を止めるには、あの黒き核を停止させなければならない」
「その為に、私たちが来たのですわ。イヴの完璧な作戦と共に、ね」
「イヴィユの作戦なら信用できるな。内容は?」
「それは──」
そのとき、ミクロマクロが声を上げる。
「おっと! 話の途中だが飛竜だ!」
「ッ!」
四人は散り散りになる。イヴィユは目を細めた。
「伝えられなかったか──まぁ、グラバースニッチなら言わずとも問題ないだろう」
そして彼女が取り出したのは、《魔女機関謹製魔力吸収薙刀杖》──通称《魔吸刀》だ。以前の戦いで取れたデータを基に、試作品から完成品へと進化を遂げている。
「邪魔をするな。私は進化に横槍を入れられるのが嫌いだ」
群がる骸飛竜を薙ぎ払いながら、イヴィユは遠くへ目を向けた。
「さて、ミクロマクロは──遠いな。だが届く」
そのまま魔吸刀を構え──ミクロマクロの方角へと放り投げた。
「上手くやれよ」
そして彼女が受け取ったことを確認するより先に、飛竜との闘いへ戻っていった。
「──うわっと!」
突然の飛来に驚きながらも、ミクロマクロは魔吸刀を受け取った。
「合図してくれよな、まったく……」
そう呟きながらも、魔吸刀をしっかりと握り、魔力を注ぎ始める。
しかし、それは隙を晒すこととなる。鉄輪の投擲を封じられたミクロマクロは、飛竜から逃げ始める。
「頼むからこっち来ないでくれマジで、武器が無いとへなちょこなんだぞ私は!」
と、口では言うが──実際のところ、彼女は残酷魔女の内でも一、二を争うほどの武芸者である。
「AAHHAAHHGGGGGGGGGG!!!」
「あっ」
そのとき。彼女の眼前に、一体の飛竜が迫る。
だが、その飛竜は空より落ちた銀槍の彗星に貫かれ、斃れた。
「危なかった。あとでご飯をおごってあげなきゃ……っと、おかげで準備オーケーだ」
魔吸刀に魔力が満ち──その規格が、倍になる。ミクロマクロの倍は軽く超えるほどの規格だ。
「よし! じゃ、後は頼んだよロゼストルム!」
そう叫びながら、魔吸刀をロゼストルムの方角へと放り投げた。
「──来ましたわね」
風の魔法で飛竜を纏めて退けたロゼストルムは、飛来した巨大魔吸刀をも風で受け止めた。
「さぁ、私の高貴なる風の魔法、貴女にお譲りいたしましょう!」
魔吸刀へとそう語りかけ、ありったけの魔力──風の魔法を、注ぎ込む。
「…………思ったより健啖家ですわね。想定していたよりも時間が──」
倍加した魔吸刀、当然ながらその容量規格も倍になる。それに魔力を満たせるのには、やや時間がかかってしまう。
そして、それだけの暇があれば、飛竜たちの第二波がロゼストルムを襲うに至らせてしまう。
「AAGGGHHHHHHHH!!」
「GGGGHHHHYYYYYYYYYY!!!」
「厄介ですわ!」
魔吸刀への給餌をひととき止め、再び魔法を構え直した。
しかし、彼女が魔法を放つ必要はなかった。
天空から降り注ぐ槍の雨が、飛竜だけを的確に穿ち始めたからだ。
「あら。本物の健啖家に助けられてしまいましたわね」
ロゼストルムは微笑み、空を見上げた。その手の中には、彼女の魔力が満ちた魔吸刀。
「では──最後、しっかりと決めてくださいまし!」
風の勢いに乗せ、魔吸刀をグラバースニッチの方角へと放り投げた。
「──っと! これは……イヴィユの魔吸刀?」
グラバースニッチは飛竜を斃し続ける中、風纏って飛来せし魔吸刀をしっかりと掴みとった。
「にしてはデカいし、ロゼストルムの魔力が満ちてる…………」
見下ろし、眺め──獣の直感で、仲間たちのを意図を理解する。
「そうか。そういうことか。良し、任せとけ!」
ニヤリと牙を見せ、呼吸を綿密に整える。
この大得物を巧みに操るには、魔合身獣を最大まで引き出すことが不可欠だ。精神を研ぎ澄ませ、極限へと手を伸ばす。
「スゥーッ! ハァーッ!」
「AGHHHHGAHHHHHHH……!!」
「GGYYAAAAYYYYY…………!」
グラバースニッチは極度の集中に沈み、魔吸刀で飛竜を矢継ぎ早に薙ぎ斃しゆく。
獣の手によって振るわれれば、それはまさしく生ける暴風だ。軟な生命は、災禍から逃れる術はなく。
「良しッ!」
牙剥く嵐、骸の飛竜は吹き荒び、その姿を絶やす。
そして、獣は吠える。
「せい────」
魔吸刀、その魔石部分を地に突き刺す。
そして──貯蔵されていた膨大なる風の魔力を、一挙に、放つ!
「はァーーーーーッ!!」
解き放たれた風は、爆発の如き颶風を起こし、グラバースニッチの身体を高く高く舞い上げる。
その勢い破竹の如し。一息の間に、グラバースニッチはコフュン=オウマリアスの核へと到達した。
「捕らえたぜ……心臓をッ!」
叫び、構える。高度も、角度も、速度も、強度も、全てが十全に整った。
なれば放たれるのは、巨竜の心臓を喰らうもの。
「喰らえェーーーッ!」
一撃。穿つ。
「「「オ、オオオ、オオオオオオオ────!?」」」
黒く輝く核に、深い傷跡を、確固たるものとして刻み込む。
そして、獣は決して慢心をしない。
「まだ、だァッ!」
全身のあらゆる筋肉と魔力を脈動させ、放つ両掌底。それは巨大な魔吸刀の全てを核にめり込ませた。
「「「オ、オ────グ、グアアアアアアアア!!!」」」
コフュン=オウマリアスが、遂に苦悶の悲鳴を上げる。同時に核の光が失われ、全身を巡る黒色の魔力も断絶された。
「良し──アクセルリス、後は頼んだぞ──!」
グラバースニッチは己らの役目が終わったことを悟り、全てをアクセルリスに託し、落下していった。
◆
そして、コフュン=オウマリアスの絶叫を聞き届けたアクセルリス。その表情は、満足そうに笑む。
「成し遂げてくれた……! このチャンス、掴み取らないわけにはいかない!」
黒龍を一瞥する。その宝石のような瞳と視線を交わす。互いに、想いは伝わった。
「「「────」」」
「「「凍る──凍る凍る凍る──バカな────!」」」
黒龍が唸り、コフュン=オウマリアスの身体が凍てついてゆく。最早それを振り払う力は、ない。
「さぁ! 決めよう!」
「「「────!!!」」」
灼銀と黒、二色の咆哮が重なり合い、拓くのは希望。
「はっ!」
アクセルリスが飛び立つ。宙を回りながら、己の身体に鋼を纏わせてゆく。
足先は鋭く。そこから広がるように生み出される鋼は、アクセルリスを一つの槍に鍛え上げるかの如く。
「「「────」」」
黒龍はアクセルリスを追うように宙を舞い、彼女に向けて口を開く。
開かれた口元には、世界を刺し穿つほどの冷気が満ちていた。
そして、両者の動きが、調律する。
「今ッ!」
「「「────!!!」」」
黒龍が、充填された冷気を撃ち放つ。それはアクセルリスを乗せ、彼女の背を押す力となり──コフュン=オウマリアスへと、迫る!
「はぁぁぁぁぁ──────」
鋼と氷、極み殺す存在へと昇華したアクセルリス。灼銀の眼を輝かせ、コフュン=オウマリアスを見据え、そして。
「せいやぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!!」
着弾、衝撃──コフュンを。ラ・オウマリアスを。死を超えた存在を────貫いた。
「「「────ぐオ、おおおオオオオアアアアアアあああッッッーーーーーーーー!!!」」」
全て凍り付き、胸に穴の開いた身で、ラ・オウマリアスは奈落の底より呻吟を零す。
「「「我は────我は────!!!」」」
世界に残すように、己の存在を繰り返し声にする。
だが、もはやすべては遠い地の底に。
「「「お、オオオ────オオオオオオオオオ──────」」」
超龍ラ・オウマリアスは、遂にその生を、終えた。
残ったのは、大いなる氷像だった。
【続く】