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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
34話 空っぽだった棺
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#5 蠢く墟神竜

【#5】



 ──そのときだった。

 赤く強い光が、周囲を包んだ。ラ・オウマリアスの巨体でさえも。


「あ?」

「む……」


 それは鋼と鉄の果し合いを遠ざける。


「これは……?」

「何だというんだ、一体」


 光は、ラ・オウマリアスの進行方向から放たれていた。

 二人は同時に前を向く。その目に映っていたのは──宙に漂い、腕を掲げる一人の魔女。


「あれ、イェーレリー?」

「骸の魔女、イェーレリーだと? 何をしているんだ?」


 アクセルリスは灼銀の右目に魔力を籠める。遠くのイェーレリーの姿が、鮮明になっていく。

 彼女は、何かを掲げていた。右手に掴むその何かから、光は放たれていた。

 手のひらに収まりながらも、辺りを赤く染め上げるほどの光を放っている、それは──


「あれは……師匠の……?」


 ゲブラッヘが驚きに目を見開いた。そしてアクセルリスも、微弱ながら感じていた。


「これは戦火の魔女、その魔力……! でもどうしてイェーレリーが……!?」

〈〈私から説明するわよ、アクセルリス〉〉

「お師匠サマ!」


 首に下げる伝気石から通信が入った。


〈〈あれは戦火の魔力を解析し、実用化したもの〉〉

「実用化って……そんなことできたんですか!?」

〈〈時間はかかったけどね。あの結晶を用いれば、一時的ながら、魔力を極めて増幅させ、強化することが出来る〉〉

「それって──」


 アクセルリスは想起する。以前殺した外道、誕生の魔女バースデイが用いていた赤黒い結晶を。

 今イェーレリーが使っているのも、おそらくそれと大差はない代物だろう。

 しかし、なればこそ、思い出すのは誕生の言葉。



「一歩違えば、この身すら喰らい尽くすような、膨大で邪悪な魔力を秘めたアイテム……」



「イェーレリーは、そんな危険なものを」

 言わずとも、理解できる。それは彼女の決意で、覚悟なのだと。


「なら──私も応えるッ!」

 友の強い意志に呼応され、アクセルリスの身にも覚悟の魔力が満ちていく。

「イェーレリーのためにも! 殺す!」

「美しい友情だね。それを否定したりはしない。ただ、ねじ伏せる」


 灼銀の殺意が籠る熱視線。それを浴びながらも、鉄はただ飄々と語る。

 長刀を逆手に構え、笑った。


「さぁ、来なよ──」





 そして、赤い光に照らされるイェーレリーは。


「く、ううう…………っ!」


 その膨大かつ邪悪なる魔力を浴び、苦悶に顔を歪ませる。

 しかし、その覚悟は、それでも尚真っ直ぐに。


「……私は、『一手、遅れてしまう』…………!」


 呻く。強く立つために、己に再び言い聞かせる。

 碧い瞳が、赤く染まっていく。


「アイヤツバスが用意した策……私の魔法を増幅させ、超龍へと抗う……それは、『一手遅れている』ことを意味する……!」


 骸の魔女である彼女が操るのは残骸。つまり、砦が既に破壊され残骸となっていなければ、動くことが出来ない。ゆえに、『遅れる』。


「──だがそんなこと! 分かってる! 遅れるのなら、遅れてしまうのなら! 私は後の先を仕留める!」


 イェーレリーは叫び目を見開いた。超龍の姿・能力・行動を、余すことなく捕らえる。

 骸の魔女は先手を取れない。しかし、だからこそ、後手を取り『ラ・オウマリアスへの対応に特化した最善』を選ぶことが出来る。


「兵器の使用は封じながら……あの巨体を抑え込む……そのためには……!」


 骸の中で、明確なる答えが、姿を形作り、そして。


「────はぁぁぁぁぁーーーーーっ!」


 赤い光が、己の存在を、世界に刻む。

 砦の骸が軋み、イェーレリーを取り囲む。


 ────生まれ落ちる。




 『それ』は、大地を揺るがしながら、超龍の前に顕れた。


「────」


 低イ音で軋ませながらその身を起こす、人型の竜。超龍を見下ろすほどの、余りにも巨大な、骸の集合体。

 言わばそれは、『墟神竜(きょしんりゅう)』。


「──これが私の選んだ、最適解だ。私は間違えない。魔女として、法務官として、イェーレリー・オストロストとして────!」


 墟神の核に座すイェーレリーは、決然とそう言った。

 ラ・オウマリアスの行く手を阻むには、この姿こそが最善だと選んだ。これならば、力を奪う力を発動させず、ラ・オウマリアスを妨げることが出来る。

 また、元のイェーレリーに近い姿であるため、操作の融通が利かせやすいというのも一つの要因だ。

 本来、これほどの巨体を直立させるのは困難であるが、当初利用するはずだった兵器を骨格に用いることで頑強さを得、可能となっている。塞翁が馬、とはこのことだろう。




「「「────」」」


 この墟神竜を瞳に捉えたラ・オウマリアスは、大きく大きく目を見開き、そしてゆっくりと、後ろ足だけで立つ姿勢へと移った。


「「「──────!!!」」」


 そして、天へ、空へと、咆哮した。


 超龍ラ・オウマリアスが、明確に『外敵』を定めた瞬間だった。




「良し。確実に、私のことを『敵』だと認識したな──竜の外見が有効だったようだ」


 一つ、安堵の息を吐いた。しかし、正念場はこれから始まる。


「さぁ、超龍よ──私が相手だ!」

「「「────!!!」」」


 墟神竜はラ・オウマリアスへと掴みかかった。ラ・オウマリアスもまた、その手を掴み返した。

 巨大なる骸と超越な龍竜が、純粋な力を比べ合い、震える。それは世界をも砕くほどの、力のぶつかり合いだ。


「「「────!!!」」」

「ぐ…………! やはり、とんでもない力だ……だが私とて! 退くわけにはいかない! そう覚悟を決めた!」


 超越的な暴威に苦しみながらも、イェーレリーは自身と墟神竜に、ひたすら魔力を漲らせる。それは愚鈍なほどに、ひたすらに。


「魔女機関は! 必ず護る!」


 己を昂らせるようにそう叫び、目が血走るほどに精神を研ぎ澄ませ──イェーレリーは、戦う。





 そしてラ・オウマリアスの背では、超龍が立ち上がったことによる余波が魔女たちを襲っていた。


「────まったく、こんなバランスの悪いところではあまり戦いたくないな」

 断崖絶壁と化した背面から離れ、尾部へと落下しながら、ゲブラッヘはそう呟いていた。

「ああ、しかし。あの感情は、たまらないものだな──」


 ゲブラッヘはそこで言葉を噤んだ。何故か? こちらに向かって走る、銀に光る殺意の彗星を目に映したからだ。


「──しゃあああああーーーッ!」

「ッ!」


 アクセルリスによる急襲を、ゲブラッヘは紙一重で凌ぐ。


「ちっ! 目敏いやつだ! 私ほどじゃないけど!」

 そう言葉を残し、アクセルリスはゲブラッヘを通り過ぎて行った。


「……オウマリアスの背面を駆け下ってきたのか、あいつ。とんでもない事をするね、相変わらず」

 そう言って、ゲブラッヘは体を捻った。それは、着地先で待ち受ける、アクセルリスを狙うため。

「じゃ、意匠返しといこうか──!」

 薄く笑い、長刀を構える。足元で槍を構えるアクセルリスと、視線が交わされ合う。

「対空──良しッ!」

 アクセルリスが腕を振り上げる。無数の槍が空へ昇っていく。ゲブラッヘはそれらを巧みに躱し、弾く。

「串刺しになれ! アクセルリス!」

 長刀を嫌悪すべき顔面に突き立てんと迫る。アクセルリスはそれを避けず──斬り払い、背後へと受け流した。

 そしてその背中──一瞬だけゲブラッヘが晒した隙に、鋭利なサイドキックを叩き込んだ。視線は向けずに。

「ぐ──」

 超龍の尾を呻き、転がる。


 そしてゆっくりと立ち上がるその顔には、苦痛と嫌悪が入り混じる。

「やってくれるじゃないか──益々、キミのことが嫌いになっていく! 愉快な感覚だ!」

「私は元からお前に興味なんてない」


 鋼と鉄の間には、些細だが大きな擦れ違いが生じているかのようだが。


「さぁ! 死にたまえ!」

 一息。一歩を強く踏み込み、一瞬にして肉薄するゲブラッヘ。アクセルリスも不意の一撃目は防ぐ、が。

「死ね! アクセルリス、死ね!」

 幾度と長刀を走らせる。アクセルリスは槍で防御しながらも──その斬れ味が、格段に鋭くなっていることを感じ取る。


(さっきので吹っ切れたか──『自分のために刃を振る』、それを知ってしまえば、強さを増すのも道理)


 灼銀の目の前で、ゲブラッヘは大きく長刀を振り被る。


(でも、そんなのは──)


 大きく、強く、長刀が振るわれる──アクセルリスは、それよりも早く、強く、殺意と共に斬りかかった。


「私も同じだッ!」

「ぐぅ……うっ!」


 エゴの刃が育ち切る前に阻まれ、ゲブラッヘは表情を歪める。


「自分が特別だと思い上がるなよ。私は生まれてからずっと、生きるために、それをやってきた」


 鍔競り合い。その有利を自分に傾かせ、アクセルリスは重く、言い放つ。


「だからお前は私に勝てない」

「否、だね。キミはボクに何の感情も持たない。でも、ボクには『怒り』がある! この差は、大きいと思うけど」

「……っ」

 その言葉の通り、ゲブラッヘの刃が力を増し、競り合いを互角へと戻す。


 永く続くかと思われた果し合い──それは、空からの介入により瓦解する。


「ッ!」

 先に気づいたのはアクセルリスだった。刃を手放し、身を退く。直後、彼女がいた地点をコフュンが急襲した。


「おっと、躱されたか。やはり機敏な娘だ」

「コフュン、お前……グラバースニッチさんはどうした」

「さぁ、どこだろうね? 駄犬のことだ、己の尾を追い続けてるのやも──」

「ここだッ!」

 雄叫びと共に、グラバースニッチも空よりの襲撃を成す。

「ふッ!」

 野性のままの両爪をゲブラッヘは巧みに受け流す。獲物を仕留め損ねたグラバースニッチは、そのままアクセルリスの側へと着地した。


「生きていたか。あれだけ痛めつけられても尚尽きないその闘志、まさに駄犬だな!」

「よく喋る。死人に口なしって言葉、知ってるか」

「知らないね! 私の辞書には私に都合の悪い言葉は記されていないさ」

「はッ、幸せ者だな!」


 そう吐き捨て、しかし小さく言った。


「……だが、あの死なない体は、余りにも厄介だ」

「あの傷……」


 アクセルリスは見る。コフュンの身体に刻まれた、獣牙・獣爪の痕の数々を。


「ああ。どれだけ撃とうと、奴は表情一つ変えない。薄ら気味悪く、笑い続ける──その癖、急所への攻撃は的確に守る! 厄介極まりない」

「二人がかりで行きましょう。隙を狙って殺すのは、私の魔法の方が適任です」


 灼銀の眼が光る。捕らえたのは、獲物の首元。


「首の装置……あれがコフュンの身体を媒体に、頭を『再現』しています」

「装置を破壊するか、身体を消滅させるか、その二択というわけか」

「選ぶべきは、当然、前者」

「了解した──」


 鋼の武器を得た獣は、死体を棺へと戻すべく、殺意を満たす。


「しゃあッ!」

 一息で間合いを詰め、鋭い一撃を叩き込む──ゲブラッヘがそれを受け止める。

「流石は残酷魔女特攻隊長。重い一撃だ」

 そう評し、長刀をしならせる。グラバースニッチの双拳が受け流され、その胴に隙が出来る。

 そして、横一文字の斬撃を放った。

「どんな時代も、柔よく剛を制す……のさ」

「ぐ……!」

 獣の血が流れる。決して浅くない傷。しかしグラバースニッチは、攻めの姿勢を崩さぬままに。

「しゃらァ!」

「なに……!?」

 刃の後隙を付き、ゲブラッヘに蹴りを叩き込んだ。

「この程度、傷の内にも入らねぇ!」

「く……おっ、と……!」


 ゲブラッヘは転げ、超龍の身から落ちる。咄嗟に鎖を伸ばし、命綱を繋げるが、戦線復帰にはわずかな間が生まれる。


「しゃッッ!」

 そのまま、獣はコフュンにさえも喰らい付いてゆく。

「理解しないか! 私の方が膂力では上回ると!」

 真っ向から組み付き、拮抗するコフュン。彼女の言葉に、グラバースニッチは笑って返す。

「いや、理解したさ! 流石の俺でも、あれだけ戦えば、身に染みる」

「では何故なお挑む」

「私がいるからだッ!」

 声。アクセルリスの、勇壮たる轟きだ。

「行けッ!」

 四本の槍を放つ。弧のような軌道を描き、四方からコフュンだけを狙って走る残酷槍。

「はは、そうかそうか! 何やら懐かしいな、思い出せばあのときもこんな状況だった!」

 最期の刻を想起し、重ね合わせ、コフュンは笑う。

「違うことといえば──」

「しゃあッ!」

 グラバースニッチの双拳を受け止める──否、受け止めてしまう。これで彼女は槍を避けることが出来ない。

 だが、コフュンは笑ったまま、動かずに。


 四本の槍を、その身に受けた。前・後・左・右、十字に貫かれる。

「──私が、死んでいることだな」

 虚を付いたかのように、コフュンは目を細めた。

 だが、鋼と獣は、揺らがずに。

「理解してるんだよ、そんなこと!」

「ああ、その通りだ……ッ!」

 グラバースニッチが力のまま拘束を引き剥がす。

「逃がすものか」

 捕らえた獲物を逃がすまいと、コフュンは再び腕を伸ばす──その腕も、槍が貫いた。

「これは」

「感づいたか? もう遅いけど!」

 アクセルリスは身を低く構え、二連の槍を放った。狙いは当然、コフュンの両脚。


 これで、コフュンの身は鋼によって縫い付けられる。死者の膂力で破られようと、アクセルリスが『殺す』だけの猶予は、獲る。


 しかし、走る二槍は、弾かれた──鉄の鎖によってだ。


「邪魔……っ!」

「邪魔しに来た」

 最()のタイミングで復帰したゲブラッヘに、アクセルリスは過剰なほどの槍を放った。

「おっと、危ないじゃないか!」

 執念く己を狙う槍、それを振り切るため、ゲブラッヘは鎖を伸ばし空を駆け出した。

「あいつは退かした……けど」

「そう! 君たちの術中は既に過去となった!」

 既に灼銀の眼前に、串刺しのコフュンが迫っていた。

「ッ……!」

 アクセルリスが身を退こうとした──直後。

「はァァァッ!」

「ぐおぉ……っ!?」

 グラバースニッチの低いタックルがコフュンを跳ね除けた。

「く……と、と」

 強烈な不意打ち。だが、死体の膂力は、それを受けかつ不安定な超龍の上でも、転倒することなく踏みとどまった。



 だが、それはアクセルリスにとって、何より都合が良い。



「────もらった!」


 灼銀の眼、宿る赤き影法師が、コフュンの首を、確実に捉えていた。


 そして、槍が放たれた。



 そのときだった。



「「「──────!!!」」」


 ラ・オウマリアスが低く嘶いた。

 そして身を捩じらせる──その反動で、アクセルリスの槍はコフュンを外す。


「──ッ!」


 最良のチャンスを逃した。その悔しさに歯噛みする──が、それよりも重い事態に、アクセルリスは目を向ける。


「イェーレリー…………!」


 前方、ラ・オウマリアスと組み合っていた墟神竜。その巨体が歪み、剥げている。

 それが意味するのは、言うまでもなく──『敗北』だった。





「く…………ここまで、だと、いうのか……!」

 墟神竜の中で、イェーレリーは呻く。制御のための魔力は尽き、墟神の肉体も限界を迎えていた。


「「「────」」」


 もはや単なる墟城に成り下がった『敵』。ラ・オウマリアスはそれを見据え、ゆっくりと首をもたげ──


「「「────!!!」」」


 全力をもって、その顎を墟神竜へと、叩き付けた。超越なる鉄槌だった。



 墟城の竜が快音を響かせて崩れ去り、残骸へと回帰する。


「無念────」


 イェーレリーは落下しながら、悔しさに歯噛みした。

 墟神竜は、敗れ去った────





 そして超龍は、生けとし生きるもの全てへ、勝鬨の咆哮を、高らかに上げた。


「「「──────!!!」」」



 夕暮れが、超龍を染め上げる。

 赤黒い甲殻が、朱く表情を変えゆく。



 もはや、常夜は開けるのか。


 誰もが、そう頭に過ってしまった。


【続く】

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