#5 蠢く墟神竜
【#5】
──そのときだった。
赤く強い光が、周囲を包んだ。ラ・オウマリアスの巨体でさえも。
「あ?」
「む……」
それは鋼と鉄の果し合いを遠ざける。
「これは……?」
「何だというんだ、一体」
光は、ラ・オウマリアスの進行方向から放たれていた。
二人は同時に前を向く。その目に映っていたのは──宙に漂い、腕を掲げる一人の魔女。
「あれ、イェーレリー?」
「骸の魔女、イェーレリーだと? 何をしているんだ?」
アクセルリスは灼銀の右目に魔力を籠める。遠くのイェーレリーの姿が、鮮明になっていく。
彼女は、何かを掲げていた。右手に掴むその何かから、光は放たれていた。
手のひらに収まりながらも、辺りを赤く染め上げるほどの光を放っている、それは──
「あれは……師匠の……?」
ゲブラッヘが驚きに目を見開いた。そしてアクセルリスも、微弱ながら感じていた。
「これは戦火の魔女、その魔力……! でもどうしてイェーレリーが……!?」
〈〈私から説明するわよ、アクセルリス〉〉
「お師匠サマ!」
首に下げる伝気石から通信が入った。
〈〈あれは戦火の魔力を解析し、実用化したもの〉〉
「実用化って……そんなことできたんですか!?」
〈〈時間はかかったけどね。あの結晶を用いれば、一時的ながら、魔力を極めて増幅させ、強化することが出来る〉〉
「それって──」
アクセルリスは想起する。以前殺した外道、誕生の魔女バースデイが用いていた赤黒い結晶を。
今イェーレリーが使っているのも、おそらくそれと大差はない代物だろう。
しかし、なればこそ、思い出すのは誕生の言葉。
◇
「一歩違えば、この身すら喰らい尽くすような、膨大で邪悪な魔力を秘めたアイテム……」
◇
「イェーレリーは、そんな危険なものを」
言わずとも、理解できる。それは彼女の決意で、覚悟なのだと。
「なら──私も応えるッ!」
友の強い意志に呼応され、アクセルリスの身にも覚悟の魔力が満ちていく。
「イェーレリーのためにも! 殺す!」
「美しい友情だね。それを否定したりはしない。ただ、ねじ伏せる」
灼銀の殺意が籠る熱視線。それを浴びながらも、鉄はただ飄々と語る。
長刀を逆手に構え、笑った。
「さぁ、来なよ──」
◆
そして、赤い光に照らされるイェーレリーは。
「く、ううう…………っ!」
その膨大かつ邪悪なる魔力を浴び、苦悶に顔を歪ませる。
しかし、その覚悟は、それでも尚真っ直ぐに。
「……私は、『一手、遅れてしまう』…………!」
呻く。強く立つために、己に再び言い聞かせる。
碧い瞳が、赤く染まっていく。
「アイヤツバスが用意した策……私の魔法を増幅させ、超龍へと抗う……それは、『一手遅れている』ことを意味する……!」
骸の魔女である彼女が操るのは残骸。つまり、砦が既に破壊され残骸となっていなければ、動くことが出来ない。ゆえに、『遅れる』。
「──だがそんなこと! 分かってる! 遅れるのなら、遅れてしまうのなら! 私は後の先を仕留める!」
イェーレリーは叫び目を見開いた。超龍の姿・能力・行動を、余すことなく捕らえる。
骸の魔女は先手を取れない。しかし、だからこそ、後手を取り『ラ・オウマリアスへの対応に特化した最善』を選ぶことが出来る。
「兵器の使用は封じながら……あの巨体を抑え込む……そのためには……!」
骸の中で、明確なる答えが、姿を形作り、そして。
「────はぁぁぁぁぁーーーーーっ!」
赤い光が、己の存在を、世界に刻む。
砦の骸が軋み、イェーレリーを取り囲む。
────生まれ落ちる。
『それ』は、大地を揺るがしながら、超龍の前に顕れた。
「────」
低イ音で軋ませながらその身を起こす、人型の竜。超龍を見下ろすほどの、余りにも巨大な、骸の集合体。
言わばそれは、『墟神竜』。
「──これが私の選んだ、最適解だ。私は間違えない。魔女として、法務官として、イェーレリー・オストロストとして────!」
墟神の核に座すイェーレリーは、決然とそう言った。
ラ・オウマリアスの行く手を阻むには、この姿こそが最善だと選んだ。これならば、力を奪う力を発動させず、ラ・オウマリアスを妨げることが出来る。
また、元のイェーレリーに近い姿であるため、操作の融通が利かせやすいというのも一つの要因だ。
本来、これほどの巨体を直立させるのは困難であるが、当初利用するはずだった兵器を骨格に用いることで頑強さを得、可能となっている。塞翁が馬、とはこのことだろう。
「「「────」」」
この墟神竜を瞳に捉えたラ・オウマリアスは、大きく大きく目を見開き、そしてゆっくりと、後ろ足だけで立つ姿勢へと移った。
「「「──────!!!」」」
そして、天へ、空へと、咆哮した。
超龍ラ・オウマリアスが、明確に『外敵』を定めた瞬間だった。
「良し。確実に、私のことを『敵』だと認識したな──竜の外見が有効だったようだ」
一つ、安堵の息を吐いた。しかし、正念場はこれから始まる。
「さぁ、超龍よ──私が相手だ!」
「「「────!!!」」」
墟神竜はラ・オウマリアスへと掴みかかった。ラ・オウマリアスもまた、その手を掴み返した。
巨大なる骸と超越な龍竜が、純粋な力を比べ合い、震える。それは世界をも砕くほどの、力のぶつかり合いだ。
「「「────!!!」」」
「ぐ…………! やはり、とんでもない力だ……だが私とて! 退くわけにはいかない! そう覚悟を決めた!」
超越的な暴威に苦しみながらも、イェーレリーは自身と墟神竜に、ひたすら魔力を漲らせる。それは愚鈍なほどに、ひたすらに。
「魔女機関は! 必ず護る!」
己を昂らせるようにそう叫び、目が血走るほどに精神を研ぎ澄ませ──イェーレリーは、戦う。
◆
そしてラ・オウマリアスの背では、超龍が立ち上がったことによる余波が魔女たちを襲っていた。
「────まったく、こんなバランスの悪いところではあまり戦いたくないな」
断崖絶壁と化した背面から離れ、尾部へと落下しながら、ゲブラッヘはそう呟いていた。
「ああ、しかし。あの感情は、たまらないものだな──」
ゲブラッヘはそこで言葉を噤んだ。何故か? こちらに向かって走る、銀に光る殺意の彗星を目に映したからだ。
「──しゃあああああーーーッ!」
「ッ!」
アクセルリスによる急襲を、ゲブラッヘは紙一重で凌ぐ。
「ちっ! 目敏いやつだ! 私ほどじゃないけど!」
そう言葉を残し、アクセルリスはゲブラッヘを通り過ぎて行った。
「……オウマリアスの背面を駆け下ってきたのか、あいつ。とんでもない事をするね、相変わらず」
そう言って、ゲブラッヘは体を捻った。それは、着地先で待ち受ける、アクセルリスを狙うため。
「じゃ、意匠返しといこうか──!」
薄く笑い、長刀を構える。足元で槍を構えるアクセルリスと、視線が交わされ合う。
「対空──良しッ!」
アクセルリスが腕を振り上げる。無数の槍が空へ昇っていく。ゲブラッヘはそれらを巧みに躱し、弾く。
「串刺しになれ! アクセルリス!」
長刀を嫌悪すべき顔面に突き立てんと迫る。アクセルリスはそれを避けず──斬り払い、背後へと受け流した。
そしてその背中──一瞬だけゲブラッヘが晒した隙に、鋭利なサイドキックを叩き込んだ。視線は向けずに。
「ぐ──」
超龍の尾を呻き、転がる。
そしてゆっくりと立ち上がるその顔には、苦痛と嫌悪が入り混じる。
「やってくれるじゃないか──益々、キミのことが嫌いになっていく! 愉快な感覚だ!」
「私は元からお前に興味なんてない」
鋼と鉄の間には、些細だが大きな擦れ違いが生じているかのようだが。
「さぁ! 死にたまえ!」
一息。一歩を強く踏み込み、一瞬にして肉薄するゲブラッヘ。アクセルリスも不意の一撃目は防ぐ、が。
「死ね! アクセルリス、死ね!」
幾度と長刀を走らせる。アクセルリスは槍で防御しながらも──その斬れ味が、格段に鋭くなっていることを感じ取る。
(さっきので吹っ切れたか──『自分のために刃を振る』、それを知ってしまえば、強さを増すのも道理)
灼銀の目の前で、ゲブラッヘは大きく長刀を振り被る。
(でも、そんなのは──)
大きく、強く、長刀が振るわれる──アクセルリスは、それよりも早く、強く、殺意と共に斬りかかった。
「私も同じだッ!」
「ぐぅ……うっ!」
エゴの刃が育ち切る前に阻まれ、ゲブラッヘは表情を歪める。
「自分が特別だと思い上がるなよ。私は生まれてからずっと、生きるために、それをやってきた」
鍔競り合い。その有利を自分に傾かせ、アクセルリスは重く、言い放つ。
「だからお前は私に勝てない」
「否、だね。キミはボクに何の感情も持たない。でも、ボクには『怒り』がある! この差は、大きいと思うけど」
「……っ」
その言葉の通り、ゲブラッヘの刃が力を増し、競り合いを互角へと戻す。
永く続くかと思われた果し合い──それは、空からの介入により瓦解する。
「ッ!」
先に気づいたのはアクセルリスだった。刃を手放し、身を退く。直後、彼女がいた地点をコフュンが急襲した。
「おっと、躱されたか。やはり機敏な娘だ」
「コフュン、お前……グラバースニッチさんはどうした」
「さぁ、どこだろうね? 駄犬のことだ、己の尾を追い続けてるのやも──」
「ここだッ!」
雄叫びと共に、グラバースニッチも空よりの襲撃を成す。
「ふッ!」
野性のままの両爪をゲブラッヘは巧みに受け流す。獲物を仕留め損ねたグラバースニッチは、そのままアクセルリスの側へと着地した。
「生きていたか。あれだけ痛めつけられても尚尽きないその闘志、まさに駄犬だな!」
「よく喋る。死人に口なしって言葉、知ってるか」
「知らないね! 私の辞書には私に都合の悪い言葉は記されていないさ」
「はッ、幸せ者だな!」
そう吐き捨て、しかし小さく言った。
「……だが、あの死なない体は、余りにも厄介だ」
「あの傷……」
アクセルリスは見る。コフュンの身体に刻まれた、獣牙・獣爪の痕の数々を。
「ああ。どれだけ撃とうと、奴は表情一つ変えない。薄ら気味悪く、笑い続ける──その癖、急所への攻撃は的確に守る! 厄介極まりない」
「二人がかりで行きましょう。隙を狙って殺すのは、私の魔法の方が適任です」
灼銀の眼が光る。捕らえたのは、獲物の首元。
「首の装置……あれがコフュンの身体を媒体に、頭を『再現』しています」
「装置を破壊するか、身体を消滅させるか、その二択というわけか」
「選ぶべきは、当然、前者」
「了解した──」
鋼の武器を得た獣は、死体を棺へと戻すべく、殺意を満たす。
「しゃあッ!」
一息で間合いを詰め、鋭い一撃を叩き込む──ゲブラッヘがそれを受け止める。
「流石は残酷魔女特攻隊長。重い一撃だ」
そう評し、長刀をしならせる。グラバースニッチの双拳が受け流され、その胴に隙が出来る。
そして、横一文字の斬撃を放った。
「どんな時代も、柔よく剛を制す……のさ」
「ぐ……!」
獣の血が流れる。決して浅くない傷。しかしグラバースニッチは、攻めの姿勢を崩さぬままに。
「しゃらァ!」
「なに……!?」
刃の後隙を付き、ゲブラッヘに蹴りを叩き込んだ。
「この程度、傷の内にも入らねぇ!」
「く……おっ、と……!」
ゲブラッヘは転げ、超龍の身から落ちる。咄嗟に鎖を伸ばし、命綱を繋げるが、戦線復帰にはわずかな間が生まれる。
「しゃッッ!」
そのまま、獣はコフュンにさえも喰らい付いてゆく。
「理解しないか! 私の方が膂力では上回ると!」
真っ向から組み付き、拮抗するコフュン。彼女の言葉に、グラバースニッチは笑って返す。
「いや、理解したさ! 流石の俺でも、あれだけ戦えば、身に染みる」
「では何故なお挑む」
「私がいるからだッ!」
声。アクセルリスの、勇壮たる轟きだ。
「行けッ!」
四本の槍を放つ。弧のような軌道を描き、四方からコフュンだけを狙って走る残酷槍。
「はは、そうかそうか! 何やら懐かしいな、思い出せばあのときもこんな状況だった!」
最期の刻を想起し、重ね合わせ、コフュンは笑う。
「違うことといえば──」
「しゃあッ!」
グラバースニッチの双拳を受け止める──否、受け止めてしまう。これで彼女は槍を避けることが出来ない。
だが、コフュンは笑ったまま、動かずに。
四本の槍を、その身に受けた。前・後・左・右、十字に貫かれる。
「──私が、死んでいることだな」
虚を付いたかのように、コフュンは目を細めた。
だが、鋼と獣は、揺らがずに。
「理解してるんだよ、そんなこと!」
「ああ、その通りだ……ッ!」
グラバースニッチが力のまま拘束を引き剥がす。
「逃がすものか」
捕らえた獲物を逃がすまいと、コフュンは再び腕を伸ばす──その腕も、槍が貫いた。
「これは」
「感づいたか? もう遅いけど!」
アクセルリスは身を低く構え、二連の槍を放った。狙いは当然、コフュンの両脚。
これで、コフュンの身は鋼によって縫い付けられる。死者の膂力で破られようと、アクセルリスが『殺す』だけの猶予は、獲る。
しかし、走る二槍は、弾かれた──鉄の鎖によってだ。
「邪魔……っ!」
「邪魔しに来た」
最悪のタイミングで復帰したゲブラッヘに、アクセルリスは過剰なほどの槍を放った。
「おっと、危ないじゃないか!」
執念く己を狙う槍、それを振り切るため、ゲブラッヘは鎖を伸ばし空を駆け出した。
「あいつは退かした……けど」
「そう! 君たちの術中は既に過去となった!」
既に灼銀の眼前に、串刺しのコフュンが迫っていた。
「ッ……!」
アクセルリスが身を退こうとした──直後。
「はァァァッ!」
「ぐおぉ……っ!?」
グラバースニッチの低いタックルがコフュンを跳ね除けた。
「く……と、と」
強烈な不意打ち。だが、死体の膂力は、それを受けかつ不安定な超龍の上でも、転倒することなく踏みとどまった。
だが、それはアクセルリスにとって、何より都合が良い。
「────もらった!」
灼銀の眼、宿る赤き影法師が、コフュンの首を、確実に捉えていた。
そして、槍が放たれた。
そのときだった。
「「「──────!!!」」」
ラ・オウマリアスが低く嘶いた。
そして身を捩じらせる──その反動で、アクセルリスの槍はコフュンを外す。
「──ッ!」
最良のチャンスを逃した。その悔しさに歯噛みする──が、それよりも重い事態に、アクセルリスは目を向ける。
「イェーレリー…………!」
前方、ラ・オウマリアスと組み合っていた墟神竜。その巨体が歪み、剥げている。
それが意味するのは、言うまでもなく──『敗北』だった。
◆
「く…………ここまで、だと、いうのか……!」
墟神竜の中で、イェーレリーは呻く。制御のための魔力は尽き、墟神の肉体も限界を迎えていた。
「「「────」」」
もはや単なる墟城に成り下がった『敵』。ラ・オウマリアスはそれを見据え、ゆっくりと首をもたげ──
「「「────!!!」」」
全力をもって、その顎を墟神竜へと、叩き付けた。超越なる鉄槌だった。
墟城の竜が快音を響かせて崩れ去り、残骸へと回帰する。
「無念────」
イェーレリーは落下しながら、悔しさに歯噛みした。
墟神竜は、敗れ去った────
そして超龍は、生けとし生きるもの全てへ、勝鬨の咆哮を、高らかに上げた。
「「「──────!!!」」」
夕暮れが、超龍を染め上げる。
赤黒い甲殻が、朱く表情を変えゆく。
もはや、常夜は開けるのか。
誰もが、そう頭に過ってしまった。
【続く】