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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
34話 空っぽだった棺
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#4 天涯のゲガルド

【#4】



「──そんなバカなことが……!」

 ラ・オウマリアスの跳躍、そして第一砦の突破、崩壊並びに第二砦の崩壊。その知らせを受け、シェリルスは強く狼狽していた。

「あんなのが跳べるなんて分かるわけ……!」

 惑うその眼にバシカルが映った。


「人員は? 過半数が無事か、よし。第一、第二砦の残存兵器を全て運び出し、背後からラ・オウマリアスを取り囲め」


 あくまでも焦らず、吠えず、冷徹に、次の指示を下していく、黒き執行官の姿。それがシェリルスに冷静さを取り戻させる。


「──いや、いや違う。落ち着けアタシ! 今は、今できる最善のことをするんだッ!」

「その通りだ。わかったのなら、お前もさっさと指示を出しに行け」

「了解ッス!」


 彼女もまた、強い心で、拡声装置を握りしめた。


「──しかし、状況は芳しくない。次にまた跳躍を行われれば、確実にこの第三砦も崩落する」

「師匠! 魔砲の次弾、準備できたそうです!」

「良し、ならば──」

「待って」


 それを止めたのはアイヤツバスだった。


「魔砲を撃ってはいけない。いえ、他の兵器による攻撃も、全て中止させて」

「正気かテメェ!? もう後がねェんだぞ!?」

「……理由を、聞かせてもらう」


 理不尽への怒りの熱を帯びたシェリルスと、対照的に静かなバシカル。二人は、アイヤツバスを問い詰める。


「超龍の能力が推察できたわ。考えられる可能性の中で、最も有力なもの」

「それは何だ。時間は無い、はっきりと言え」

「『物体の力を奪うこと』よ」


 知識の眼が見出した答え。そこへ至るまでの道のりが、明かされる。


「ここで言う『力』っていうのは、物体がもつ魔力のことではなく、物体が動くためのもの──『運動のための力』のことね」

「……だとすれば、魔砲に魔力が残っていたのも、不自然な垂直の落下も、説明がつく」



 知識が見通した答えは、まさに深淵たる真実そのものだった。

 古文書に記されていた『全ての力は超越され』という一節は、解き明かしてみればあまりにも直球なものである。

 力を奪う力。ラ・オウマリアスの力。成程それは超越を司る存在らしいものだろう。



「直接の攻撃が効いたのは、外部からの力が与えられ続けていたから。逆説的に、一つの物体に対して一瞬しか力の奪取は行えないと考えられるわ」

「同時に、力を奪えるのは無生物からのみ、というのもわかるか」

「……なる、ほど?」


 相槌は打つが、正直シェリルスにはよくわかっていなかった。


「じゃあさっきのジャンプは」

「魔砲や大砲から奪った運動の力を解放したもの、でしょう。だからこそ、これ以降それらの兵器の使用は封じなければならないわ」

「──我々の手で奴の行動を促進していたわけか。味なことを」


 バシカルは無表情のまま、皮肉を吐き捨てた。珍しい姿だ。


「ではどうする。我々が手を休めども、超龍は足を休めない。世界のヘソに至るのは時間の問題になってしまうが」

「狙うは本体──コフュンね。彼女を討てば、超龍もまた沈黙する。加えて──」


 そのとき伝気石が光った。短い通信が入る。アイヤツバスは不敵に笑み、バシカルとシェリルスも納得するような表情を浮かべた。


「──このような秘策も、用意済みよ」

「……味方ながら恐ろしいな、その周到さは」

「うふふ、ありがと」


 そしてアイヤツバスは、アクセルリスへと通信を繋げた。





「────今、のは…………」


 超躍を凌いだアクセルリスは、ただその超自然への恐れを抱くのみ。


「ははは! 理解が追い付かないかね! 無理もないだろう。私ですらはじめは驚いたからな!」


 虚ろな骨身にコフュンの声が響く。そんな彼女を引き戻したのは、伝気石から聞こえてくる師の声。


〈〈アクセルリス、聞こえているわね?〉〉

「お師匠サマ!」

〈〈こちらのことも、これから起こることも気にしなくていいわ。貴女はコフュンとの闘いに集中して〉〉

「──了解しましたッ!」


 師の声は、鋼に残酷さを取り戻させる。一瞬にして、アクセルリスは戦闘態勢へと移った。


「いい気概だ、アクセルリス! 俺も少しビビっちまったが、許可が下りたンなら好きにやらせてもらう」


 グラバースニッチも姿勢を低くし、獣のように呼吸を繰り返す。


「まったく底なしの闘志だね、呆れを超えて感心するよ。ここまで来たなら仕方ない、私も当事者となろう。ゲブラッヘ、準備はいいか?」

「…………」


 そう言ってゲブラッヘに目を向けた。

 しかし当の彼女はコフュンの言葉に耳を向けず、ただ前を、まっすぐ前を見ているだけだった。


「おや、ゲブラッヘ?」

「……ああ、すまない。少し考え事をしていたよ」

「はは。君はそういう年頃だからな。多く悩み、多く育つといい」

「精進するよ。で、戦闘かな?」

「そうだ。君はアクセルリス狙いだろ?」

「当然さ。彼女を殺すことが、ボクの師への捧げだからね」


 峻厳の悪魔、その望みは不動にある。


「ではそちらは任せよう。私は──」

「しゃあアアッ!」

 コフュンがグラバースニッチに視線を向けたとき。その獣は、既に眼前にいた。

 不意の一撃。死した存在は、動じず、それを防ぐ。

「急く、急く! やはり君は駄犬だ、待てもできないか」

「飼い主以外の命令は聞かねえよ!」

 双拳の乱舞。以前は封じられていた、グラバースニッチの本懐。

「調子も万全だ、とっととその喉笛喰いちぎってやる!」

「全く度し難い!」

 しかしコフュンはそれを適切に受け流していく。


(……さて、ゲブラッヘはどうだろうか)


 戦いの最中、コフュンは視線を遠くに向ける。

 目に映ったのは、アクセルリスと刃を交えるゲブラッヘの姿だ。


「うん、うまくやってくれてるみたいだな」

「余所見か? 随分と余裕だ……なァッ!」

「ああ、余裕だとも」

 走るグラバースニッチの腕を、コフュンは強く掴んだ。

「ッ……!」

「君を御することなど、余りにも、他愛ない」

 そして、力のまま、(オウマリアス)へと叩き付けた。

「ぐ、あッ……!」

「理解できないかね、駄犬。我々亡者は、生という鎖から解放されたがゆえ、身体の力を限界を超えて行使できるのだよ」

 腕は離さず。グラバースニッチを引き摺り上げ、再び叩き付ける。

「ああァッ!」

「さあ……いつまで持つかね、君は」

 コフュンは、気味悪く笑った。




 そして、生という鎖に雁字搦めにされた魔女が、ここに一人。


「しゃあッ!」

「はあ……っ!」

 鋼の槍と鉄の長刀による激しい斬り結びが、超龍の背に甲高いメロディーを奏でている。

 共に一歩も譲らず──しかし、大局的に見下ろせば、アクセルリスに若干の優勢が傾いている。

「いい加減、お前の顔にも飽きてきた」

 防戦一方のゲブラッヘに激しい槍撃を浴びせる。

「生憎だがボクも譲れないものがある!」

「黙れ! 潰れろッ!」

 鋼を纏わせた踵落としがゲブラッヘを襲う。長刀で防ぐも、激しい震えが彼女を苛む。

「……っ。相も変わらず、重い一撃だ……!」

「折れろッ!」

「だが、慣れた」

 回し蹴りを躱しながら、その脚に斬撃を入れる。纏った鋼が細切れになった。

「そしてボクも、強くなってるのさ」

「残念だけど、いくらお前が鍛錬を重ねても──私の方が強い。永遠に」


 身を立て直しながらアクセルリスはそう吐き捨てる。


「戦火の魔女の弟子? くだらない。師がどれだけ強大な力を持っていようと、弟子がこれじゃ聞いて呆れる」

「流石、あのアイヤツバスの弟子は言う事が違うね。でも、一つ勘違いをしている」


 じりじりと間合いを詰めながら、その顔に性悪な笑みを浮かべ、言う。


「そこに差はないんだよ。キミもボクも」

「同じに語るな。お師匠サマと、戦火の魔女を」

「語るよ。キミは戦火の魔女を知らない。ボクは知っている。その上で、ボクもキミも同じようモノだと断言する」


 そう言った直後、高速で槍が放たれた。籠る感情は《憎悪》。ゲブラッヘはそれを危なく躱す。


「それ以上は許さない。お師匠サマの侮蔑は、私が憎しみをもって潰す」

「素晴らしい師弟愛だね」

「お師匠サマは──私を救ってくれた。私を育ててくれた。(トガネ)を生んでくれた。そして、私たちを導いてくれた」


 指折り数え想起する。これまでの己を創り上げてきた、その存在を。


「今のアクセルリス・アルジェントは、お師匠サマによって存在している。侮辱など、許すはずもない」

「…………師匠(アイヤツバス)によって存在している、か」


 何か、何かが引っかかるように、ゲブラッヘはその言葉を反復した。

「確かにそうだろう。しかし、それならば」

 納得したように小さく息を吐き、目を閉じた。


 そして激しく目を見開き叫んだ。


「ボクも同じ、だ!」


 これまでに見せなかったゲブラッヘの様子に、アクセルリスも沈黙する。


「キミだけが苦難の道を辿ってきたと、思い上がるのも甚だしいぞ! アクセルリス・アルジェント!」

「お前の境遇に興味はない」


 熱を帯びるゲブラッヘとは対極に、アクセルリスの鋼は冷たい鋭さを宿していく。


「例えお前がどんな過去を持っていようと──それが私よりも過酷なものだったとしても──私は私の道を邪魔する者に容赦はしない」

「ならば試してみるか。キミとボク、どちらが正しいのか定める闘いを。今。ここで!」

「そんなのは無駄でしかない。私の道において、私は常に正しいから」


 アクセルリスはハッキリとそう言い切る。


「…………そういうところだ。キミのそういうところが──本当に嫌いだ。ああ、初めての感情だ、これは」


 生まれて初めて抱いた『嫌悪』の感情。その感覚はゲブラッヘを内側から蝕み、そして快楽を齎す。


「嫌いだ。大嫌いだ! だから、だから殺す────ああ、決めた。師匠のためだけじゃない。これからは、ボクのためにも、キミを殺す」

「やってみろ」


 残酷と峻厳が、互いのエゴを露わにしながら、睨み合った。


【続く】

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