#3 巨大龍の侵攻
【#3】
「…………」
ラ・オウマリアスが進行を始めてから、3日が経った。
世界のヘソに最も近い、第三砦の指令室にて、バシカルは黙していた。
容易にヴェルペルギースを離れることのできないキュイラヌートに変わり、彼女がこの作戦の総指揮を執る。重圧も当然、大きいだろう。
「調子はどうッスか、師匠」
副司令官を務めるシェリルスが、心配そうにそう声をかけた。
しかし、バシカルはただは冷徹に。
「問題ない。お前こそ気を休めるな」
と返した。
「慣れておけ。ゆくゆくはお前がこの立場になる」
「アタシが……ッスか?」
「私は1iの後任にお前を指名するつもりでいる」
「な……えっ!?」
邪悪魔女1i。執行官。それは、魔女機関において総督に次ぐ役職である、誉れ高き数字。
「本気ですか……!?」
「無論だ。その数字に恥じぬようにお前を育ててきた」
「それは嬉しい、嬉しいッスけど……アタシには荷が重い気がするというか……師匠の後を継ぐのは複雑というか……」
突然に明かされた事実に、シェリルスは淀む。
「とにかく、それは師匠が引退するときの話ッスよね? いつになるンスか、それ!」
「まぁ、当分先だろう。私も死ぬまで現役でいるつもりだ」
「なら、そンときはそンときッスよ!」
そうして、話をうやむやにかき消した。
「────そろそろ、かしら」
ここで、座していたアイヤツバスが口を開いた。しきりに時計を見る。
「失敗は許されない」
「分かってるわよ、そんなこと」
「落ち着いているな、アイヤツバス」
「そう? これでもかなりそわそわしているのだけれど」
アイヤツバスはそう口にする。事実は、わからない。
「──師匠、伝令ッス」
シェリルスは手元の伝気石を見下ろし、言った。
「《魔砲》の用意が完了したそうッス。超龍の姿が確認でき次第、発射できると」
魔砲。魔力を動力とし、魔石にエネルギーを満たし放つ兵器。今回用意されたものは、魔女機関が有するなかでも最大級のもの。直撃すれば、大都市ですら一撃で陥落せしめる。
「そうか。ではこれで」
「ええ、時を待つのみ──」
そのときだった。
今度はアイヤツバスの伝気石に、連絡が入った。
〈〈お師匠サマ、聞こえますか!〉〉
それは最前線の砦にて待機するアクセルリスからのものだった。
〈〈超龍が現れました!〉〉
「────」
それは、超越の到来を告げる銀の鐘。
「いよいよね」
「ああ──」
バシカルは立ち上がり、拡声装置を手に取る。一つ、小さく息を吐き、そして──
「全員に告ぐ! これよりラ・オウマリアス迎撃作戦を開始する!」
冷徹は粛々に響く。
「総員配置につけ! 全力を以て超龍を退かせろ! 魔女機関を、護るのだ!」
冷たいその声は、魔女たちの士気を昂らせる。
そして、バシカルは叫ぶ。この作戦の──この戦いの、火蓋を落とす、一撃を。
「──魔砲、発射!」
その鬨から程なくして──爆音と共に、煮えたぎるほどに赤熱した魔石が、放たれた────
「──」
一秒。二秒。
彼女たちの砦からは、ラ・オウマリアスの様子は伺えない。
故に、最前線からの通達を待つ。
三秒。四秒。
未だ来ない。魔砲は命中したのか。超龍は動きを止めたのか。
彼女たちには、わからない。
五秒。そして、アクセルリスからの連絡が、届いた。
〈〈──魔砲、防がれました〉〉
「…………状況を、可能な限り詳しく」
非情の通告が届いても、アイヤツバスは最善の手を打つ。防がれたのならば、その要因を明かし、敵の能力を暴く。
〈〈はい、報告します──〉〉
◆
時はわずかに遡り、視点はアクセルリスへと移る。
四足で這い進む超龍。その出現を司令部に報告し、作戦開始の号令が響いた。
そして、その一番槍となる魔砲を、緊張の面持ちで待っていた。
「……来た!」
背後から轟音が響いた。見上げると、巨大な魔石が魔力と熱を迸らせながら、超龍へと迫っていた。
(アレを食らえば、あの超龍といえど……!)
信頼のような祈りと共に、その行く末を見届ける。
そして魔砲はラ・オウマリアスへと肉薄し────
その動きを、唐突に、停止させた。
「…………え?」
不自然な挙動で飛行を止めた魔石は、そのまま垂直に落下した。
アクセルリスは、目を疑った。
周囲にいた他の魔女たちも、皆一様に声を失っていた。
しかしアクセルリスは、誰よりも先に、この現実を伝えるべく、通信を入れた──
◆
「──以上が、現場の報告です」
〈〈…………不自然すぎる。あまりにも〉〉
伝気石越しのアイヤツバスも、また頭を悩ませる。
〈〈魔砲弾の魔力は?〉〉
「それが、残っているんです。それも満タンで」
灼銀の右目が輝き、魔力を捉える。
〈〈となると、魔力に影響を及ぼす能力ではない、のかも〉〉
「……行けっ!」
アクセルリスは鋼で槍を生成し、ラ・オウマリアスへと発射した。
だがその槍もまた、前触れもなく空で静止し、垂直に落ちた。
「私の槍も同じ結果です。槍が消滅しないところを見るに、やはり魔力を奪ったりしているわけではなさそうです」
〈〈確認ありがと。それで、ラ・オウマリアスの様子はどうかしら?〉〉
「現在、何らかの行動を起こそうとする様子も見られません」
灼銀が超龍を捉え続ける。
砦から放たれる大砲や大型弩砲の悉くも、先の魔砲や鋼槍のような末路を辿っていく。
「ゆっくりと、前進を続けているだけ」
〈〈謎を解くには、こちらからアクションを起こす必要があるわね〉〉
「なので」
言うも早く、アクセルリスは砦から身を投げ出した。
「直接、私が、確かめますッ!」
〈〈信じてるわよ、アクセルリス〉〉
銀の弾丸は大地に喰らい付き、真っ直ぐに超龍を目指す。
「精が出るな、アクセルリス! 感心感心」
疾駆するアクセルリスに、真横から声がかかる。
それはグラバースニッチ。獣の権能は、全力疾走の残酷にも追いつく。
「グラバースニッチさん、どうしてここに」
「シャーデンフロイデからの指令が出てな。お前と一緒に直接オウマリアスに接触して来いと! まったく、無茶を言う」
呆れるように首を振るが、その表情と声色は嬉しそうだ。
「心強いです! グラバースニッチさんは一度コフュンを討伐した実績もありますし!」
「それはお前もだ、アクセルリス。今回も頼りにしてるぞ」
「お任せを! あのときの私とは、経験の差がありますから!」
信頼と信頼を交わし、二人はラ・オウマリアスの足元へと辿り着いた。
右の前足。その指一本が、アクセルリスの背丈と同じほどの長さ。
「こうして間近で見ると、本当に呆れるくらい大きい──」
「今更驚きもしまい。取り掛かるぞ」
「了解!」
アクセルリスの手に、鋼の剣が産み出され──
「せいッ!」
──そのまま、一閃する。
ラ・オウマリアスに、引っ掻き傷が刻まれる。
「あれ、普通に傷が……」
その傷は超越的な大きさからすれば、あまりにも小さな傷。しかし、確かに手応えはあった。
〈〈一切の攻撃を無力化する、というわけでもない。何かの基準がありそうね〉〉
「とはいえ、このペースで攻撃してちゃ間に合わない。グラバースニッチさん」
「ああ。直接、コフュンを叩く!」
鋼と獣は、ゆっくりと、しかし大きく動く龍の身体を、登っていく。
◆
「────」
指令室のアイヤツバスは、沈思黙考の境地にいた。
(直接の攻撃は通り、遠距離からの攻撃は通らない。それは確かなこと──だけど、そんな単純な話なわけが、無い)
指揮を執るバシカルとシェリルスは、慌ただしく動き続ける。しかし、アイヤツバスの思考は妨げられない。
(相手はあの超龍。何があっても、何をしても、おかしくはない存在。だとしたら──)
段々と、答えが明瞭な輪郭を得ていく。
ふと、バシカルが声をかけた。
「何か見えそうか、アイヤツバス」
「もうちょっと。難しい問題ね。でも、自分で言い出したことだから、自分で何とかするわ」
「信じている。お前は魔女機関の頭脳として──この世界を、護る力になると」
「──貴女にそう言われちゃ、頑張らないとね。ふふっ」
そして微笑んだ。
笑みの裏には、バシカルの言葉が反復する。
(この世界を。護る力。悪くない──でも、私はそこまでいい魔女じゃないのよ。ごめんね)
その眼の色は、誰にも解らず。
◆
「っと!」
そしてアクセルリスとグラバースニッチは、ラ・オウマリアスの背面に至った。
彼女たちに、労いの声がかかる。しかしそれに、安らげるような感情は無かった。
「よくぞここまで登ってきた! 流石は熟練の残酷魔女なだけあるな」
声の主はコフュン。その横で静かに侍るゲブラッヘとともに、ラ・オウマリアスの頭部から二人を見下ろしていた。
「この程度ワケもない。お前たちを処分するのは、それよりもだ」
「おや、君は懐かしい顔だね。生前の私と戦った獣臭い魔女じゃあないか」
「覚えてたか。知らないままの方がよかったかもしれないな」
「吠える、吠える! でも君には痛い目を見させられてるからね、用心はするさ」
コフュンは侮蔑交じりに挑発しながらも、警戒は怠らず。そして言葉を続ける。
「君たちの行動は理解できる。ラ・オウマリアスへの攻撃が意味をなさないことを悟り、中枢である私を仕留めに来た、といったところだろう」
「あァ、そうだ。それを知ったところで、お前の末路は変わらないがな」
駆け出そうと魔力を全身に滾らせるグラバースニッチ。しかしコフュンはそれを大げさに制した。
「おっと、やめておいたほうがいい。今は、特にだ」
「聞き入れるとでも」
「理解しろ、駄犬。私は君たちのことを気遣っているんだ」
「何を……?」
アクセルリスがそう訝しんだ直後だった。
彼女たちの立つ足場──ラ・オウマリアスが、大きく動き始めた。
「うお、お……っ!?」
「忠告はしたよ。精々必死こいてしがみ付くといい」
大きく傾く。アクセルリスとグラバースニッチは、コフュンの言葉通り、その外殻に全力でしがみ付く。
「超龍が体勢を変化させているようです! これは……身を縮こませてる……?」
「何だ。何の予備動作だ、これは──!」
そのとき。ラ・オウマリアスが大きく首をもたげた。
「「「────!!!」」」
咆哮と共に、両翼を限界まで広げた。
そして。
「「「────────!!!」」」
全ての魔女が、それを見た。見てしまった。
ラ・オウマリアスが、超越なる巨龍が、その力を解き放ち、宙へと跳躍したのを。
「────うそ」
ゼロ距離でその行動を目の当たりにしたアクセルリス。不思議と恐怖は無く、抱いたのはただ純粋な驚愕だった。
長い一瞬だった。
ラ・オウマリアスはその跳躍を以て第一の砦を軽く飛び越え、第二の砦のすぐ目の前に着地した。
「──────!!!」
言うまでもなく、ラ・オウマリアスは超が付く巨体だ。それが堕ちてきたとなれば、その余波はあまりに大きくなる。
事実、超越的存在の落下を至近距離で見届けてしまった第二の砦は──一瞬で、崩壊した。
魔女たちは、その暴威を、言葉を失ったまま見届けるか、あるいは身をもって味わうか、二つしか選べなかった──
【続く】