表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
34話 空っぽだった棺
163/277

#3 巨大龍の侵攻

【#3】



「…………」


 ラ・オウマリアスが進行を始めてから、3日が経った。

 世界のヘソに最も近い、第三砦の指令室にて、バシカルは黙していた。

 容易にヴェルペルギースを離れることのできないキュイラヌートに変わり、彼女がこの作戦の総指揮を執る。重圧も当然、大きいだろう。


「調子はどうッスか、師匠」


 副司令官を務めるシェリルスが、心配そうにそう声をかけた。

 しかし、バシカルはただは冷徹に。


「問題ない。お前こそ気を休めるな」


 と返した。


「慣れておけ。ゆくゆくはお前がこの立場になる」

「アタシが……ッスか?」

「私は1iの後任にお前を指名するつもりでいる」

「な……えっ!?」


 邪悪魔女1i。執行官。それは、魔女機関において総督に次ぐ役職である、誉れ高き数字。


「本気ですか……!?」

「無論だ。その数字に恥じぬようにお前を育ててきた」

「それは嬉しい、嬉しいッスけど……アタシには荷が重い気がするというか……師匠の後を継ぐのは複雑というか……」


 突然に明かされた事実に、シェリルスは淀む。


「とにかく、それは師匠が引退するときの話ッスよね? いつになるンスか、それ!」

「まぁ、当分先だろう。私も死ぬまで現役でいるつもりだ」

「なら、そンときはそンときッスよ!」


 そうして、話をうやむやにかき消した。



「────そろそろ、かしら」


 ここで、座していたアイヤツバスが口を開いた。しきりに時計を見る。


「失敗は許されない」

「分かってるわよ、そんなこと」

「落ち着いているな、アイヤツバス」

「そう? これでもかなりそわそわしているのだけれど」


 アイヤツバスはそう口にする。事実は、わからない。


「──師匠、伝令ッス」


 シェリルスは手元の伝気石を見下ろし、言った。


「《魔砲》の用意が完了したそうッス。超龍の姿が確認でき次第、発射できると」


 魔砲。魔力を動力とし、魔石にエネルギーを満たし放つ兵器。今回用意されたものは、魔女機関が有するなかでも最大級のもの。直撃すれば、大都市ですら一撃で陥落せしめる。


「そうか。ではこれで」

「ええ、時を待つのみ──」


 そのときだった。

 今度はアイヤツバスの伝気石に、連絡が入った。


〈〈お師匠サマ、聞こえますか!〉〉


 それは最前線の砦にて待機するアクセルリスからのものだった。


〈〈超龍が現れました!〉〉

「────」


 それは、超越の到来を告げる銀の鐘。


「いよいよね」

「ああ──」


 バシカルは立ち上がり、拡声装置を手に取る。一つ、小さく息を吐き、そして──



「全員に告ぐ! これよりラ・オウマリアス迎撃作戦を開始する!」


 冷徹は粛々に響く。


「総員配置につけ! 全力を以て超龍を退かせろ! 魔女機関を、護るのだ!」


 冷たいその声は、魔女たちの士気を昂らせる。

 そして、バシカルは叫ぶ。この作戦の──この戦いの、火蓋を落とす、一撃を。


「──魔砲、発射!」


 その鬨から程なくして──爆音と共に、煮えたぎるほどに赤熱した魔石が、放たれた────



「──」



 一秒。二秒。



 彼女たちの砦からは、ラ・オウマリアスの様子は伺えない。

 故に、最前線からの通達を待つ。



 三秒。四秒。



 未だ来ない。魔砲は命中したのか。超龍は動きを止めたのか。

 彼女たちには、わからない。



 五秒。そして、アクセルリスからの連絡が、届いた。



〈〈──魔砲、防がれました〉〉

「…………状況を、可能な限り詳しく」


 非情の通告が届いても、アイヤツバスは最善の手を打つ。防がれたのならば、その要因を明かし、敵の能力を暴く。


〈〈はい、報告します──〉〉





 時はわずかに遡り、視点はアクセルリスへと移る。

 四足で這い進む超龍。その出現を司令部に報告し、作戦開始の号令が響いた。

 そして、その一番槍となる魔砲を、緊張の面持ちで待っていた。


「……来た!」


 背後から轟音が響いた。見上げると、巨大な魔石が魔力と熱を迸らせながら、超龍へと迫っていた。


(アレを食らえば、あの超龍といえど……!)


 信頼のような祈りと共に、その行く末を見届ける。

 そして魔砲はラ・オウマリアスへと肉薄し────



 その動きを、唐突に、停止させた。


「…………え?」


 不自然な挙動で飛行を止めた魔石は、そのまま垂直に落下した。

 アクセルリスは、目を疑った。


 周囲にいた他の魔女たちも、皆一様に声を失っていた。

 しかしアクセルリスは、誰よりも先に、この現実を伝えるべく、通信を入れた──





「──以上が、現場の報告です」

〈〈…………不自然すぎる。あまりにも〉〉


 伝気石越しのアイヤツバスも、また頭を悩ませる。


〈〈魔砲弾の魔力は?〉〉

「それが、残っているんです。それも満タンで」


 灼銀の右目が輝き、魔力を捉える。


〈〈となると、魔力に影響を及ぼす能力ではない、のかも〉〉

「……行けっ!」


 アクセルリスは鋼で槍を生成し、ラ・オウマリアスへと発射した。

 だがその槍もまた、前触れもなく空で静止し、垂直に落ちた。


「私の槍も同じ結果です。槍が消滅しないところを見るに、やはり魔力を奪ったりしているわけではなさそうです」

〈〈確認ありがと。それで、ラ・オウマリアスの様子はどうかしら?〉〉

「現在、何らかの行動を起こそうとする様子も見られません」


 灼銀が超龍を捉え続ける。

 砦から放たれる大砲や大型弩砲(バリスタ)の悉くも、先の魔砲や鋼槍のような末路を辿っていく。


「ゆっくりと、前進を続けているだけ」

〈〈謎を解くには、こちらからアクションを起こす必要があるわね〉〉

「なので」


 言うも早く、アクセルリスは砦から身を投げ出した。


「直接、私が、確かめますッ!」

〈〈信じてるわよ、アクセルリス〉〉


 銀の弾丸は大地に喰らい付き、真っ直ぐに超龍を目指す。





「精が出るな、アクセルリス! 感心感心」


 疾駆するアクセルリスに、真横から声がかかる。

 それはグラバースニッチ。獣の権能は、全力疾走の残酷にも追いつく。


「グラバースニッチさん、どうしてここに」

「シャーデンフロイデからの指令が出てな。お前と一緒に直接オウマリアスに接触して来いと! まったく、無茶を言う」


 呆れるように首を振るが、その表情と声色は嬉しそうだ。


「心強いです! グラバースニッチさんは一度コフュンを討伐した実績もありますし!」

「それはお前もだ、アクセルリス。今回も頼りにしてるぞ」

「お任せを! あのときの私とは、経験の差がありますから!」


 信頼と信頼を交わし、二人はラ・オウマリアスの足元へと辿り着いた。

 右の前足。その指一本が、アクセルリスの背丈と同じほどの長さ。


「こうして間近で見ると、本当に呆れるくらい大きい──」

「今更驚きもしまい。取り掛かるぞ」

「了解!」


 アクセルリスの手に、鋼の剣が産み出され──


「せいッ!」


 ──そのまま、一閃する。

 ラ・オウマリアスに、引っ掻き傷が刻まれる。


「あれ、普通に傷が……」


 その傷は超越的な大きさからすれば、あまりにも小さな傷。しかし、確かに手応えはあった。


〈〈一切の攻撃を無力化する、というわけでもない。何かの基準がありそうね〉〉

「とはいえ、このペースで攻撃してちゃ間に合わない。グラバースニッチさん」

「ああ。直接、コフュンを叩く!」


 鋼と獣は、ゆっくりと、しかし大きく動く龍の身体を、登っていく。





「────」


 指令室のアイヤツバスは、沈思黙考の境地にいた。


(直接の攻撃は通り、遠距離からの攻撃は通らない。それは確かなこと──だけど、そんな単純な話なわけが、無い)


 指揮を執るバシカルとシェリルスは、慌ただしく動き続ける。しかし、アイヤツバスの思考は妨げられない。


(相手はあの超龍。何があっても、何をしても、おかしくはない存在。だとしたら──)


 段々と、答えが明瞭な輪郭を得ていく。


 ふと、バシカルが声をかけた。

「何か見えそうか、アイヤツバス」

「もうちょっと。難しい問題ね。でも、自分で言い出したことだから、自分で何とかするわ」

「信じている。お前は魔女機関の頭脳として──この世界を、護る力になると」

「──貴女にそう言われちゃ、頑張らないとね。ふふっ」


 そして微笑んだ。

 笑みの裏には、バシカルの言葉が反復する。


(この世界を。護る力。悪くない──でも、私はそこまでいい魔女じゃないのよ。ごめんね)


 その眼の色は、誰にも解らず。





「っと!」


 そしてアクセルリスとグラバースニッチは、ラ・オウマリアスの背面に至った。

 彼女たちに、労いの声がかかる。しかしそれに、安らげるような感情は無かった。

「よくぞここまで登ってきた! 流石は熟練の残酷魔女なだけあるな」


 声の主はコフュン。その横で静かに侍るゲブラッヘとともに、ラ・オウマリアスの頭部から二人を見下ろしていた。


「この程度ワケもない。お前たちを処分するのは、それよりもだ」

「おや、君は懐かしい顔だね。生前の私と戦った獣臭い魔女じゃあないか」

「覚えてたか。知らないままの方がよかったかもしれないな」

「吠える、吠える! でも君には痛い目を見させられてるからね、用心はするさ」


 コフュンは侮蔑交じりに挑発しながらも、警戒は怠らず。そして言葉を続ける。


「君たちの行動は理解できる。ラ・オウマリアスへの攻撃が意味をなさないことを悟り、中枢である私を仕留めに来た、といったところだろう」

「あァ、そうだ。それを知ったところで、お前の末路は変わらないがな」


 駆け出そうと魔力を全身に滾らせるグラバースニッチ。しかしコフュンはそれを大げさに制した。


「おっと、やめておいたほうがいい。今は、特にだ」

「聞き入れるとでも」

「理解しろ、駄犬。私は君たちのことを気遣っているんだ」

「何を……?」


 アクセルリスがそう訝しんだ直後だった。

 彼女たちの立つ足場──ラ・オウマリアスが、大きく動き始めた。


「うお、お……っ!?」

「忠告はしたよ。精々必死こいてしがみ付くといい」


 大きく傾く。アクセルリスとグラバースニッチは、コフュンの言葉通り、その外殻に全力でしがみ付く。


「超龍が体勢を変化させているようです! これは……身を縮こませてる……?」

「何だ。何の予備動作だ、これは──!」


 そのとき。ラ・オウマリアスが大きく首をもたげた。


「「「────!!!」」」


 咆哮と共に、両翼を限界まで広げた。

 そして。



「「「────────!!!」」」


 

 全ての魔女が、それを見た。見てしまった。

 ラ・オウマリアスが、超越なる巨龍が、その力を解き放ち、宙へと跳躍したのを。



「────うそ」

 ゼロ距離でその行動を目の当たりにしたアクセルリス。不思議と恐怖は無く、抱いたのはただ純粋な驚愕だった。



 長い一瞬だった。

 ラ・オウマリアスはその跳躍を以て第一の砦を軽く飛び越え、第二の砦のすぐ目の前に着地した。



「──────!!!」


 言うまでもなく、ラ・オウマリアスは超が付く巨体だ。それが堕ちてきたとなれば、その余波はあまりに大きくなる。

 事実、超越的存在の落下を至近距離で見届けてしまった第二の砦は──一瞬で、崩壊した。


 魔女たちは、その暴威を、言葉を失ったまま見届けるか、あるいは身をもって味わうか、二つしか選べなかった──



【続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ