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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
34話 空っぽだった棺
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#2 魔女と龍と、伝説と

【#2】



 それから。

 その日のうちに準備は開始された。


 世界のヘソを中心とし、砦をはじめとした大規模な迎撃拠点の建設が始まっていた。


 魔女機関に所属するほぼすべての魔女が急ピッチで準備を進める。それは邪悪魔女でも例外ではなく。

 加えてアクセルリスは元々雑用係としての色が強い環境部門。人一倍の作業量に忙殺され、あっという間に一度目の日が落ちていた。



 夜。

 アクセルリスは休憩所で空を見上げている。


「……つかれたぁ…………」


 心からの一言、絞り出す。

 横に侍るアイヤツバスも、表情こそ変えないが、その実多忙に追い立てられ、沈んでいた。


「……そうだ、せっかくだし今のうちに確認でもしとくか」


 ふと、アクセルリスが取り出したのは、小さな冊子。

 それはラ・オウマリアスに関して記された古文書──の写しだ。情報管理室に存在していた、数少ない文献。アクセルリスはそれに目を通す。


「『山そのものの如き、赤黒き巨躯。大空を天蓋せし、広大なる両翼。星の核を穿つ、鋭き双角』」


 外見に関する記述。おおむね、先日アクセルリスが見たラ・オウマリアスの姿と一致する。


「『超龍。全てを超え、従える存在としての墓碑銘。かの存在が日の元に顕れしとき、全ての力は超越され、全ての世界は過去となる』……抽象的すぎるなぁ」


 数少ない、縋れる藁。しかし、その内容はあまりにも漠然としている。加えて、そもそもどこまでが真実なのかも、わからない。


「お師匠サマはどう思います? これ」

「そうね……ラ・オウマリアスが死んだ、つまり竜たちの大戦が起こったのは魔女暦紀元前──それこそ、私が生まれるよりも前の話になる。何が正しいのかは、私にも」


 知識の魔女にも限界はある。しかし、そこで全てを諦めるほど、魔女は愚かではない。


「ただ、この文献に記されているラ・オウマリアスの外見は私たちが見たものと同じだった。なら多少なりとも信頼はできるんじゃないかしら」

「なるほど。ないよりはマシ、って感じですね」

「一通り目を通して損は無いと思うわよ」

「お師匠サマがそう言うのなら! あとでもう一度読み返すことにします」


 そうして冊子をしまい、力を抜いて夜空を見上げた。


「明日、明後日とどんどん大変になるわ。休めるときは、ゆっくり休みなさい」

「そうします!」


 目を閉じ、静かな世界に身を置くアクセルリス。アイヤツバスもその横で、黙する。



 それから少し経って──ふと、思い出したように、アイヤツバスが口を開いた。



「アクセルリス、起きてる?」

「ん、起きてますよ? どうしました?」

「少し興味深い話があるのだけれど、聞く?」

「それはぜひ! どんな話ですか?」

「魔都ヴェルペルギースの守り神、のことよ」

「守り神……?」


 訝し気にその言葉を反芻する。聞き覚えのないものだ。


「東西南北にいる守護聖獣、とはまた別の?」

「ええ。『ヴェルペルギースそのもの』、あるいは『中央・クリファトレシカ』を護る存在のこと」

「知らない情報です」

「竜種に関する文献を探しているときに見つけたのよ」


 アイヤツバスは一呼吸置き、言った。


「それは『黒龍』」

「『黒龍』──」


 名前だけで、どこか畏怖を感じさせるような。そんな雰囲気をアクセルリスは覚えた。


「それは、どんな存在なんでしょうか……?」

「正確な名前は伝わっていない。ただ『隠されし運命』を意味する、とだけ」


 隠されし運命。その名の奥には、黒き真実が眠っているのか。


「かつては御伽話に残っていたとされてるけど、今では廃れてしまっているわね」

「他には記述が?」

「まばらに。けれど、私が一番気になったのは『巨大龍の絶命により、伝説はよみがえる』という一節」

「巨大……龍……」

「あくまでも古い文献。信憑性の根拠もない以上、鵜呑みにすることはできない。でも、私は何か、関係を感じてしまう。研究者としてのサガ、かもね」


 笑った。どこか、嬉しそうに、楽しそうに。



 アクセルリスは、訊ねた。


「黒龍は……実在するんでしょうか?」

「それはわからない」


 アイヤツバスはそう言う。そして同時に、こうも付け加える。


「でも──ロマンがあるじゃない?」


 アクセルリスは言葉に詰まる。そう言ったアイヤツバスの姿が、とても幼く──自分の妹のように、思えてしまったから。


「……そうですね!」

「さて、お話は終わり。邪魔して悪かったわ」

「いえ、興味深い話でした!」

「ふふ、ありがと。さ、明日からまた大変よ。休みましょう」


 今度こそ、夜は更けていく。




 翌日も、その翌日も。

 魔女機関は持てる全てを迎撃拠点の建設に注力した。

 そして、何もなかった平野に3つの大砦が完成し、無数の兵器も備えられた。魔女機関の総力、プライド、そして意地である。


「やれることは全部やった」


 アクセルリスは呟く。


「あとは殺すだけ。コフュンを、ラ・オウマリアスを、もう一度死に至らしめる──!」


 心の中、鋼の如き決意を固め。




 ────そして、時は満ちる。



【続く】

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