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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
33話 死がふたりを分かつまで
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#6 破滅のキリエ

【#6】



「……っと」

「アクセルリスー!」

「アディスハハ──」


 駆け寄り抱き着くアディスハハ。アクセルリスもそれを、優しく抱き返す。


「よかった……よかったぁ……! 私、がんばったんだよ……!」

「聞こえてたよ、全部。ありがとね。やっぱりアディスハハは、私の──」


 言いかけて、アクセルリスは直感で何かを感じ、振り返った。


「ア……アア…………! レ、キュイエム……!」


 そこには、崩れ往く体のバズゼッジが剣を振り下ろす姿が。


「──」

「斬ッ!!!」

「ア────!」


 だがそれよりも早く、ロストレンジがその身体を横に両断した。


「レ、レキュ、イエム────」

 枯葉のような体が、倒れ臥す。


「バズゼッジ────!!!」

 レキュイエムはそれを見た。見てしまった。

「安心して、貴女もすぐに、同じようになる」

「貴様、せ────!」


 

 その隙は、致命なものだった。

 アイヤツバスが、レキュイエムの身体を両断した。それはバズゼッジのように、あるいは生前のレキュイエムの最期と同じように──


「ぐ、ぁ」


 下半身はその場に堕ちる。上半身は虚空を舞い、何の因果か、バズゼッジのそばに辿り着いた。

 それは竜骨洞の中央だった。




「────バズゼッジ、私が、分かるか」


 レキュイエムは死なない。彼女は一度死んだ身だ。身体が分断された程度では、死に永らえる。

 しかし、バズゼッジは。


「レキュイエム──わかる──まだ」

「──ごめんな」

「謝る──なんで──?」

「おまえを、ひとりにしてしまったから、だ。おまえは、ひとりで、死んでいったんだよな」

「──ちがう、ちがうぞ、レキュイエム」

「え」

「アタシのそばには、いつもレキュイエムがいたんだ──アタシは──レキュイエムと出会ってから──ひとりぼっちだったことは、なかった」

「バズゼッジ──おまえ────」


 レキュイエムは手を伸ばす。バズゼッジもまた、手を伸ばす。


「でも──ああ、やっぱり──いまは、ほんとうに、ひとりぼっちじゃない」

「ああ──私もだ」


 やっと、手が繋がれた。永く、遠く、離れていた手が。



「……じゃあ、殺すか」

 センチメントを裂き、アクセルリスは槍を構えた。

「そもそもお前たちみたいなやつらに、こんなキレイな別れの時間をくれてやること自体ヤだったんだけど」

「まぁまぁ、いいじゃない。最後くらいは、少し」

「お師匠サマがそういうんだから仕方ない。感謝して死ねよ」


 そしてアクセルリスが一歩、踏み出そうとしたそのとき。



「素晴らしい! 素晴らしいものだ!」

 瞬時に降り立ったコフュンが手を叩き、称賛した。

「私の理解をはるかに超えた! いやはや、素晴らしい────ゆえに、私たちの目的は果たされた」


 その発言に、アクセルリスは何か不穏なものを感じ取る。


「少将……?」

「何を言って……?」


 そう言う足元の二人には目をくれず、コフュンは両手を掲げる。

「全ての用意は整った! ゲデヒトニス! ゲブラッヘ!」


 呼び声に応じ、その二人もコフュンの側に降り立つ。


「何をする気だ」

 バシカルはロストレンジを構える。アクセルリスもまた、4本の槍を生成し、備える。


「畏れ見よ。私たちが、ここに来た理由を! 主、憐れめよ!」


 コフュンの魔力が解き放たれる──それは、残存していた剣と鎮魂の極まる魔力と反応し合い、一瞬で竜骨洞を覆い尽くす。


「な、なに……!?」

「これ……ヤバい、確実に……!」

 アディスハハを庇うように立つアクセルリス。


 その直後、巨大な地鳴りが起こる。


「これ、シンデレリアの宮殿の時と同じ──!」

「──いえ、あのときよりも大きい。これは、《超龍》──」


 アイヤツバスが口にしたその名に、コフュンが反応を示す。

「なんだ、知っていたのか! ならもっと早く教えてくれてもよかっただろう!」


 返す言葉を用意せずに、アイヤツバスは背を向けた。


「ここから出ましょう。取り返しのつかないことになる前に」

「私も同意見だ。これは規格外が過ぎる」

「はい! 急ぎましょう、外のみんなも危ないかも!」


 そして四人はこの場を去った。

 その姿を見送ったゲブラッヘが言う。


「ボクらもいったん避難したほうがいいんじゃないか? 巻き込まれて死んだら元も子もないだろう」

「我/同感」

「ふむ、そういえば君たちには命があるんだったな。ならばその意見は取り入れるべきだろう」


 コフュンは指を鳴らす。骸飛竜が生まれ、三人を背に乗せて上空へ飛び立った。




 そして残された、レキュイエムとバズゼッジ。


「何が起こるんだろうな」

「──どうでもいい」

「──だな。こうして、おまえとふたりでいれれば、なにがどうなっても」

「そうだ──そうだろ──」

「なんにせよ、私たちにはもう関係のない話だ」


 もう、二人は夢幻泡影の中。

 彼女たちが憎んだ世界は、もう彼女たちの中にはない。

 今、この場所、この瞬間が、彼女たちの全てで、彼女たちの世界だから。


 地鳴りが強まる。何らかの、『おおいなるもの』が、すぐそこにある。


「──バズゼッジ」

「なんだ?」

「最後に、何か言うとしたら、なんだ?」

「──決まってるだろ」

「じゃあ、せーので言ってみないか」

「いいぞ。じゃあ──」

「せーの──」



 静寂になる。



「「愛してる」」


 

 世界が、終わった。






 アクセルリス達が竜骨洞から脱出する。只ならぬ様子に、外にいた面々も息を呑むばかりで。


「一体何が起こってるんだ? ゲブラッヘたちが撤退したと思ったら、急に地鳴りがして」

 ミクロマクロのその謎は、すぐに解き明かされる。


「う…………っ!?」


 轟音。世界を揺るがすような──否。事実、顕現するそれは、世界をも脅かす存在。


「これ、は────」


 竜骨洞の壁が砕け、地面が崩落し、一切合切を呑み込みながら、《ソレ》は姿を見せた。


「──────────!!!!!」

 全てを超える、冥府の咆哮。世界の存在そのものを揺るがし、轟かせる。



「──なに、あれ」


 高く見上げるアクセルリス。銀の瞳が映したのは──あまりにも、巨大な、龍の骸。

 コフュンの魔力が見える。ゆえに、ソレは間違いもなく死体。

 しかし、深い地中に眠っていたからか、あるいは死してなお残るソレの力か、ソレの体は腐敗の兆候をほとんど見せていない。


 ゴツゴツとした赤黒の甲殻に全身を覆った巨大な姿は、一切の誇張なく、岩山と見紛う。

 広げれば空を覆うような翼。その翼膜は朽ち落ち、二度と空を舞うことは無い。

 世界の核をも穿つような二本の角、その左の角は半ばで折れ、三叉に捻じれて伸びている。

 その全てが、まさに、超越的な姿。


「アイヤツバス、あれは一体なんだ」

「《超龍 ラ・オウマリアス》。竜骨洞の由来となった竜種同士の戦いを終わらせた、名前通りの超存在よ」

「コフュンはそんなヤバいやつも操れるんですか!?」

「いや、流石の彼女も、本来なら手に余る存在のはず……だとすれば、何らかの手段を踏んでいると考えられるけど」

「もしかして、さっきまでの戦いが、何かしらの儀式だったんじゃ……」


 アディスハハがそう零した。


「じゃあ、全部、掌の上だったってことか。レキュイエムも、バズゼッジも……」


 それ以上は、誰も何も言わなかった。




 超龍が、一同の方を向いた。

 その頭部に乗るコフュン、ゲブラッヘ、ゲデヒトニスの姿が見える。


「ハハハ! 悪いね、私たちの目的は果たされた!」


 コフュンの声に合わせ、一同が身構える。この生きる(死した)災禍との戦いは、過酷極まるものになる。誰もがそう考え、覚悟を決めた。




 しかし、超龍は見当違いの方角を向き、そのままゆっくりと、しかし力強く確実な歩みを始めた。



「え…………?」

 全く予想していなかったその行動に、アクセルリスは拍子抜けしてしまう。


 その背後、ミクロマクロとロゼストルムはラ・オウマリアスの背を見て。


「あの方角は」

「北、ですわね。一体、何を目指しているのでしょう……?」


 北、とロゼストルムは言った。

 その言葉で、アイヤツバスが、バシカルが、カーネイルが、何かに気づいた。


「北──ね」

「──まずいことになった、か」

「ええ、とても」


 そしてバシカルは一向に向き直り、言った。


「至急帰還し、魔女機関にこの事象を報告する。撤退だ」

「撤退って……アレ、追ったほうがいいんじゃ」

「繰り返す、撤退だ。急を要する。これは執行官としての命令でもある」


 どこか焦りを感じさせるその様子に、違和感と底知れない恐怖を覚える。アクセルリスも、アディスハハも、イェーレリーも。




 そして一同は性急に、崩れて消えた竜骨洞を後にした。

 そこには何も残らなかった──否、一つだけ、途方もない不安だけが、残されていった。







 超龍ラ・オウマリアス。

 それはまさに災害の化身。

 触れてはいけないはずの禁忌。


 それが今、解き放たれた。




 世界の行方は、どちらを向いているのだろうか。



【死がふたりを分かつまで おわり】

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