#4 斬滅の剣
【#4】
「……誰?」
洞窟を抜けた途端、アディスハハの声色が変わる。冷たく威圧するものに。
その目線の先には一つの人影。花畑の真ん中でしゃがみこんでいる。
「おお、おお。てめーらがここの住人か」
魔女だ。何かを咀嚼している。
「それは……」
「お、気付いたか? ここの花、喰わせてもらったぜ」
その魔女はそう言いながらまた花を引きちぎり食べる。
「あー、やっぱただの花だな。まずい」
「なんて……事をッ!」
激高するアディスハハ。
今にも飛び掛かりそうな彼女を制しながら、アクセルリスは言う。
「名乗れ」
落ち着いた口調ではあるが、彼女もアディスハハと同じくらいの怒りを秘めていた。
「バズゼッジ」
それがその魔女の名。アクセルリスは耳に覚えがあった。
「《剣の魔女》、バズゼッジか」
「そうだ。なんだよ、アタシも結構有名人なのか?」
「知ってるの?」
「外道魔女バズゼッジ。これまでに四つの村で殺戮を働いてきた。それも一人一人丁寧にバラバラにして殺してる」
「……酷い、なんでそんなことを」
「悲鳴は最高の音楽だ。身体を裂かれながら発する声こそがアタシの心を滾らせるのさ」
「それだけじゃない。奴は犠牲者の死体を持ち帰り、それを材料に楽器を作っている」
「あー、それは同居人の趣味だ。アタシは生きた人間の悲鳴にしか興味がねえ」
「いずれにせよ、同情の余地なしのド外道。今この場で処分する」
「そうだね。私の庭を踏み荒らした罪、命で払ってもらう」
「ハッ、面白え」
三者ともに臨戦態勢。
火蓋を切ったのはアクセルリス。
三本の槍と五本の剣がバズゼッジ目がけて迫る。
勿論、牽制。避けたところを狙う、本命の槍を既に二本生成。
しかし。
「うグァ!」
バズゼッジは避けなかった。全ての攻撃を受け、身体から血を流す。
「あァ……あああァァ!」
「な──に!?」
想定外の事態。
「キッ……ヒヒヒ! ヒヒヒヒハハハハハハ!! コレだよ、コレぇー!」
自らが流す血を顔に塗りながら、バズゼッジは狂喜の声を上げる。
「痛い……痛い痛い痛い痛い!! この痛み! これこそ生きてる実感! 悦び! 存在証明ッ! キハハハハハハハーッ!」
その狂気的な様に二人は後ずさりする。
「何──こいつ」
「……こういうのは相手にしちゃ駄目」
「ハーハッハッハア! お前らにも生命の悦びを教えてやるよ!」
そう言うとバズゼッジは傷痕に手を当てる。そしてその内より剣を生み出した。
「ヒーハハハァ!」
斬りかかるバズゼッジ。正気を持たないその太刀筋は予測不可能。
「く!」
鋼の手甲で防御を試みるが、全ては防ぎきれない。
ならば仕方ない、肉を切らせて骨を断つほかない。
未だ止まぬバズゼッジの剣戟を無理矢理押し切り、そのみぞおちに拳を叩き込む。
「ッグオオオ!」
吹き飛ぶバズゼッジ。アクセルリスは腕から垂れる血を舐め取る。
「ちょっとアクセルリス、無茶しすぎないでよ?」
「なんの。この程度じゃ無茶には入らないよ」
「そういうのを無茶って言うんだよ!?」
アディスハハが手当てを行っている間に、バズゼッジは起き上がっていた。
「第二ラウンドだ」
「上等だ」
バズゼッジは二本の長剣を太ももの傷から引きずり出す。
一方のアクセルリスは自らの背後に七本の槍を生み出し、穂先を敵に向ける。
「…………」
「ハーッハァ!」
今度はバズゼッジが先に動いた。
急激に距離を詰める。
アクセルリスも狙いを定めて一本ずつ槍を放つが、弾かれる。
敵はあっという間に懐まで潜りこんでいた。
「キヒャハハァ!」
二本同時に振り下ろす。アクセルリスは再び手甲で受け止めるが、二本の重みが彼女を苛む。
「ぐっ……!」
競り合い。アクセルリスが耐えていると、目の前の地面から生えた太い根がバズゼッジを殴り飛ばす。
「グアアアッ!」
吹き飛ぶバズゼッジ。今度は空中で体勢を取り直し、うまく着地する。
「ほらまた無茶する……」
「ごめん、助かったよ!」
「キハハハハハ! ハハハハハ! 面白え面白え!」
バズゼッジは脇腹の傷から四本の剣を引きずり出し、構える。
アクセルリスとアディスハハも襲撃に備える。
睨み合い。
今回動いたのは、バズゼッジでもアクセルリスでも、ましてアディスハハでもなかった。
それは突然出現した。
「制止/バズゼッジ&邪悪魔女5i」
「あん?」
「何?」
続くと思われたぶつかり合いは、介入者によって止められた。
「バズゼッジ/独立行動→不許可」
「おお、中将!」
「反省の色←なし」
「ああ、悪い悪い。ついいい匂いがしていたんでな」
「反省の色←なし/継続」
現れたその者は不可解な言葉でバズゼッジと会話する。
体は何らかの魔法によるものか、数センチ宙に浮いている。
「今度は誰なの……!?」
「我→ゲデヒトニス/記憶の魔女←称号/外道魔女←カテゴライズ」
「外道魔女ゲデヒトニス……!?」
「知ってるの、アクセルリス」
「うん。あいつが自分で言ってる通り、外道魔女。それも、結構ヤバい部類の」
ゲデヒトニスは二人を見つめた。光のない目は感情が読み取れず、恐ろしい。
声も同じように無感情で、まるで合成音声のようだ。
「謝罪/邪悪魔女4i&5i」
「謝罪……って?」
「バズゼッジ/侵入←不法←想定外←不注意←我」
「……駄目、何言ってるか全然わかんない……」
「私は……なんとなく分かる」
「アクセルリスすごいね……」
「我&バズゼッジ/退去→早急」
「……いや待って」
「我/疑問」
「バズゼッジがここにやって来たのはお前の不注意なんでしょ、ゲデヒトニス」
「肯定/管理不足→我」
「ならその対価として何か情報を頂こうか」
何という事か。アクセルリスは外道魔女、それもゲデヒトニスに対して取引を持ち掛けたのだ。
「テメエ! 足元見てるんじゃねえぞ。またここでひと暴れしてやっても──」
声を荒げるバズゼッジ。それを手で制してゲデヒトニスは言う。
「承認/取引」
「中将!? トチ狂ったか!?」
「黙れ/元はといえば→原因=バズゼッジ」
「う……そうだが……」
バズゼッジを黙らせたゲデヒトニスはアクセルリスに向き直り、告げた。
「外道魔女→集める/同盟結成←外道魔女」
「……それ、本当なの?」
「真実←ゲデヒトニス嘘つかない」
「……わかった。情報提供感謝するよ」
「礼←及ばない/我&バズゼッジ、帰投」
「ハッ! 命拾いしたなぁてめえら。だが次は容赦しないからな。覚悟をしてお──」
「バズゼッジ/捨て台詞←長→割愛」
二人の姿が一瞬にして消えた。
残された二人の警戒心が解けるまで、少し時間がかかった。
◆
数分後。
「いてて、しみる」
「ほら大人しくしてなさい」
アクセルリスは小屋の中で手当を受けていた。
「たまたま外傷用の薬草が余ってたけど……運が良いのか悪いのか」
呆れながらも傷を一つ一つ処置していく。
「いやぁだって、アディスハハを守らなくちゃいけないと思うとね、体が勝手に」
「……もう。アクセルリスったら本当に行動しちゃうタイプなんだね」
「だねー。昔からそうだったよ。だからさ……」
「ん?」
「アディスハハが私の側にいてくれたら安心できるよ」
アクセルリスは笑う。眩しすぎる笑顔にアディスハハは目を背け、頬を染める。
「え、そ、それって、つまり?」
「これからも親友としてよろしくってこと!」
「ああ……そういう……」
アディスハハの目から光が抜ける。
「あいたたた!? な、いきなり雑になってない?」
「別にー」
「……怒ってる?」
「怒ってない!」
「怒ってるじゃーん! ごめーん! っていうか何でー!?」
「ふーんだ!」
アディスハハは胸に秘めた思いを語らない。
(恋人……にはまだ早いかな)
今はまだ、その時ではない。
【トレジャーハンターA&A おわり】