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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
33話 死がふたりを分かつまで
158/277

#4 殲々響々、最恐コンビ

【#4】



「キィーハッハッハハーッ!」

 両腕の肘から先を刃に変え、バズゼッジは襲い掛かる。バシカルは小振りな剣でそれを防ぐ。

「おぉ? あのヘンピな剣は奪われたんじゃないのか?」

「剣士たるもの、予備の剣は忍ばせておくものだ。脇差、とも言う」

「どうでもいい! そんな剣で生まれ変わったアタシとやり合えるのか、ァーッ!?」

 再び、三度、バズゼッジは命を刈るべしと走る。一つ一つが揺るぎない必殺の刃。

 バシカルの頼りないようにも思える剣は、しかし的確にそれを受け流し続ける。

「やるな! やっぱりそうじゃなくちゃなァ! キィーハッハァ!」

 喜びを高らかに謳い、真上に跳ぶバズゼッジ。

「それでこそ殺りがいがァ────あるッ!」

 空を舞うバズゼッジの四肢が、鋭き刃へと変わる。

 そして、急降下と共に、全ての刃を突き立てた。

「ッ──ッ!」

 ひとつ、ふたつ、みっつと、バシカルは降り注ぐ刃を跳ね除ける──が、四つ目の凶刃がその腕に傷を刻んだ。

「キハハハ! まず、一撃!」

 回転ししなやかに着地したバズゼッジ、間髪を入れずに飛び掛かる。

「キィーハハハ!」

 大振りな斬撃は受け止められる。しかしそれもバズゼッジの計略。

「死ね! この場所で!」

 先の刃は捨て石。逆サイドからの小さな刃、これこそが致命の本命。



 しかしバズゼッジは、吹き飛んでいた。



「────」

 驚愕に浮いた表情で、地面を転がった。

「おも……しれェ……」

 ゆらり立ち上がる。彼女の眼はしっかりと映していた。己を襲う、冷徹な拳を。


「剣こそ私の本懐。だが、邪悪魔女執行官として、残酷魔女特別顧問として、あらゆる術を心得なければならない」

 そう言いながら傷を撫でた。傷口は黒く輝き、そして瞬く間に塞がった。


「治癒魔法か? えらく早いな?」

「当然だ。私の得意とする魔法は、これだからな」

「へェ! 意外だな……おっと、失礼だったか?」

「気にするな、よく言われる」

「なら失礼ついでに死んじまえ! キハハハーッ!」


 不意打ち気味に飛び掛かるバズゼッジを、やはりバシカルはいなした。

「キハハハ! ハハハハハーッ!」


 刃で刃を受け流しながら、冷徹な思考は巡らされていく。

(しばらくは持つが、このまま続けば、徐々に不利。早急に現状を打破したい、が)


 バシカルは、ひたすらに、受け流す。一度も攻勢に移ることなく。

 むろん、その隙が無いわけではない。

 確かに生まれ直したバズゼッジの太刀筋は以前よりも極まっているが、そこから隙を見出すことは、バシカルにとっては容易なこと。


 であれば、そこには理由がある。それは単純で明快なもの。

(奴の内にはアクセルリスがいる。不用意な刃は、アクセルリスを傷つけてしまう──)


 それは、骸に捕らわれ素体とされているアクセルリスの存在に他ならない。


(打開できる術は、ここにはない──で、あれば)


 バシカルは一瞬、目を逸らした。その視線の先にはアイヤツバスがいた。

 二者の視線が交錯した。アイヤツバスは、頷いた。


(頼んだぞ)


 魔女の知識に光を託し、バシカルは果て無き防衛線へと戻っていく──



(伝わったわよ、バシカル)

 レキュイエムの攻撃を躱しながら、アイヤツバスはバシカルとコンタクトしていた。

「銀の弾丸は私が作る。それが知識の魔女としての使命」

「わけの分らんことを!」

 触れずして、ロストレンジが振り下ろされる。蔦がそれを絡め取る。

 それはアディスハハの指先から伸びたものだ。

「邪魔するな……アイヤツバス以外に用はない」

「私は用があるんだよ! アクセルリスを解放して!」

 強引に引き千切ろうと、ロストレンジを圧し込む。しかし、魔力で編まれた蔦は、驚くほどの強度を誇る。

「離さない……!」

「お前──!」

 憤るレキュイエム。その足元で、真紅の魔法陣が広がる。

「しまっ」

 即座に放たれる衝撃波。レキュイエムの身体が高く打ち上げられる。

「ぐ、ぁ──! おのれ、おのれ、おのれ──!」

 強い怒りを露わにしながらも、空で身を構え、着地する。

「アイヤツバスッ! 貴様ッ!」

「聞きたいことがある」


 対照的に、アイヤツバスは極めて冷静に問う。

「アクセルリスを助け出すには、どうすればいい? 答えないのなら、もう一度」


 再び魔法陣が広がる。赤い光が、脅すようにレキュイエムの輪郭を染める。


「そんなこと、私が知ったことではない!」

「強情なぁ……!」


 そう逸るアディスハハを、アイヤツバスは諫めた。

「いえ。おそらく──本当に何も知らないのね」


「……どう、だか」

 魔法陣が弾ける寸前、レキュイエムはその領域から逃れ出た。


「なら、考えるしかない──のだけれど」

「そんな間は与えない!」

「私が作る!」

 アディスハハが、迫る骨を両腕から伸ばした蔦で叩き落す。

「私は、アクセルリスみたいに強くないけど……誰かを護ることなら、誰にも負けない!」

 アクセルリスが残酷な槍ならば、アディスハハは全てを護る大樹になる。彼女の決意には、銀色の輝きが滲んでいた。


「ありがと、アディスハハ。でも、不要よ」

「え」

 訝しむアディスハハの後ろで指を鳴らした。

「……!」

 静かに、とても静かに無数の魔法陣が現れ、レキュイエムの四肢を拘束する。

「こんなものが通用するとでも」

「思ってないわ。でも導いた答えを分け合うだけの時間は、充分に用意できた」

「貴様、アイヤツバ──」

 叫びの最中、魔法陣が猿轡のように現れた。

「口も塞ぎましょう。うるさいから」

「──! ─────!」

 己の心臓を狙う怒気を気にもせず、アイヤツバスは謎を紐解く。


「重要なのは、さっき聞こえた言葉。『素体』『設計図』『肉体』『膜』。これらが何を意味するのか」

「『素体』はきっと、アクセルリスのことですよね」

「ええ。だとすれば、『設計図』とはその上に広がり、バズゼッジとして存在させるものになる。それに該当するのは──ゲデヒトニスの魔法ね」

「アクセルリスを覆っていった、あのノイズ……!」


 段々と、棺の空白が埋まっていく。


「それさえ分かれば、あとの二つを知る必要はない。今の彼女の根幹を成すのはその二つ」

「『素体』を奪取するのが一番手っ取り早い、だけどそれは難しい──なら!」

「ええ、そう。『設計図』を破り捨てて、バズゼッジの存在を否定してしまえばいい」



 アクセルリスは『素体』。その上に、ゲデヒトニスが読み取った記憶を『設計図』として重ねる。

 それを基にコフュンは骸を『肉体』として張り付け、そしてこの地に眠るバズゼッジの怨念を『膜』として覆う。


 それが、バズゼッジ再臨のからくりである。



「それには魔力を封じる術が必要になるけれど」

「──そんなこと! 私がさせると思うか!」


 激しい音を立て、全ての魔法陣が砕かれた。


「思ったより早いわね」

「全てが貴様の思い通りになると思うなよ、悪しき魔女め」

「でもまあ、問題無い」


 アイヤツバスはアディスハハを振り向かせ、その背を押した。


「アディスハハ。カーネイルから、『魔救石』を受け取ってきてほしいの」

「魔救石、ですか……? それは……」

「話はあと。とにかく、早ければ早いほど良い」

「……分かりました! 私、がんばります!」


 難しいことは考えない。今できる最善をこなすことが、自分の使命なのだ。アディスハハはそう気付き、すぐに走り出した。



「何を企んでいるか知らないけど、あの娘がここに戻るよりも早く貴様を殺せばいい話だろ」

「一理あるわね。できるなら、の話だけど」


 温和にそう言ったアイヤツバスの体からは、残酷を凌ぐ冷たき熱が迸る。


「来なさい。貴女のことを、否定してあげるわ」

「……戯言を──!」





「──」


 アディスハハは竜骨洞の外へ飛び出した。


 ゲブラッヘとカーネイルとが睨み合っている。その奥では、ミクロマクロとロゼストルムが二つの再現態と戦い、イェーレリーがコフュンと制空権を争っている。

 一歩踏み出せば、自分もその戦いの渦に入ることになる。しかしアディスハハは怖れることなく、勇気と共に叫んだ。


「カーネイルさん!」


 声に反応したのはカーネイルとゲブラッヘだけだった。


「アディスハハ様。何故こちらに」

「魔救石を受け取るように、アイヤツバスさんから!」

「──承りました」


 冷静かつ敏腕な秘書は、その短い言葉で全てを理解する。

 五本のナイフをゲブラッヘに仕向ける。それが叩き落とされる一瞬の間に、アディスハハの側へと参じる。


「こちらに」


 手渡されたその石は、まるで存在しないように透き通っていた。


「アクセルリス様を救うのでしょう。秘書である私からも、どうかお願い申し上げます」

「はいっ! 必ず、私が、アクセルリスを助けます!」

「ご健闘を」


 手短に言葉を交わし合い、アディスハハは再び竜骨洞へ戻るべく走る──だが。


「行かせないさ」

「……っ!」


 そこにゲブラッヘが立ち塞がり、長刀を構えた。


 だが、それは降り注ぐ刃から身を防ぐために振るわれる。カーネイルが放ったナイフだ。


「何故邪魔をするんだい?」

「仕事です故」


 不敵に構えたカーネイル。苛立たしそうにそれを睨むゲブラッヘ。その背後をアディスハハは走り抜いて行った。



「あーあ、行っちゃった。まったく、君って人は」

「申し訳ございません。しかし繰り返しますが、仕事です故」

「仕事仕事、って生き辛そうだね、あなたは。いつでもそうだ」

「真摯なご意見として受け入れさせていただきます」


 どこまでも、恐ろしいほどに真っ直ぐなカーネイルに対して、ゲブラッヘの悪戯心が動く。


「……あなたは、少しでも『自分』の意思を持ったことがあるのかい?」

「常に」


 即答だった。


「私の意思は、『従うこと』。身を捧げると定めた方に、心血を注ぐこと。それが私自身の在り方です故」

「はは! あなたらしいよ。実にあなたらしい。」

「……不愉快よ、ゲブラッヘ」


 ゲブラッヘは笑った。嘲りの意を、カーネイルは悟った。





「アイヤツバスさん! 持ってきました!」

 叫ぶアディスハハ。彼女の眼には、依然激しい打ち合いを広げるバシカルとバズゼッジ、そしてアイヤツバスの前で片膝を付くレキュイエム。


「娘……ハァ……ッ!」

「流石よ、アディスハハ」

 激しく息を切らすレキュイエムに対して、アイヤツバスは全く動じずの姿でアディスハハを迎えた。


「これ、ですよね!」

 魔救石を受け取る。その微笑みが、確固たるものになる。

「ええ。これがあれば、上手くいく」

「次は何をすれば!」


 アディスハハがそう訊ねる、その横顔。

 愛する者のため、ただ真っ直ぐなその感情は──レキュイエムにとって、憎らしく、輝かしいものだった。

 ゆえに、彼女は。


「その愛、私にも覚えがある──だからこそ」


 放ったのは、黒色の魔力だ。触れたものをレキュイエムの支配下に置くそれは、ただ真っ直ぐな軌道を描き、アディスハハの横顔を穿つ──




 ──には、及ばなかった。


「な……」

「そちらから動いてくれるとは、思ってなかったわ。手間が省けたわ、ありがとう」


 皮肉を込めて礼を言うアイヤツバス。彼女はその手に持った魔救石で、黒色の魔力を受け止めた。

 鎮魂の紋は刻まれず、代わりに透明だったその色が深い黒色に変化していた。


「なんだ……それ」

「魔救石。触れた魔力を貯蓄し、放出することが出来る魔石。今これの中には、貴女の鎮魂の魔法が貯められた」

「私の魔法だと……!? それを何に────」


 ここで、レキュイエムは気付いてしまった。先程のアイヤツバスの言葉、そして彼女が導いた手段を。


「気付いたみたいね。貴女の『魔力を封じる魔法』、これを用いてゲデヒトニスの魔力を封じる。そうすれば、バズゼッジの存在は消える。そういうことよ」

「貴、様ァ……!」

「皮肉ね。貴女は貴女自身の魔法で、最愛の人に止めを刺すこととなる──」

「ふざけるなァーーーーーーーッ!!!」


 怒りが、迸る。

 魔力が黒い奔流となり、死んでいる躰の継ぎ目から溢れ出る。


「貴様は……貴様はァ! 一度私たちを殺して尚、尚、尚! 私たちを侮辱すると言うか、アイヤツバス!」


 その魔力は、まさに怒りの具現。

 真黒く染まった目から、魔力が流れる。血を失った死体の、血涙だろうか。


「私は間違っていた……アイヤツバスさえ殺せれば、復讐さえを成し遂げれば、それでいいなどと! 腑抜けていたのは、私だ! しかし違う!」


 その右腕が、根元から砕ける。巨大な奔流そのものが、彼女の新たな右腕となる。


「全てだ! 全て死に至らす! 私が! 私たちが復讐すべきなのは、この世の全てだ!」

「その通りだぜ、レキュイエム!」


 レキュイエムの怒りに呼応して、バズゼッジのボルテージも急激に上がっていく。


「結局のところ、つまりはだ! アタシたちは、そういうモノなんだ! この世界は、アタシたちがアタシたちであることを、受け入れない!」

「そうだ……そうだ! この世は常々、私たちの敵なんだ! なら、答えは一つだよな、バズゼッジ!」

「ああ、一つだな! 簡単な、クッソ簡単な答えだ!」

「全てを!」

「全てを!」

「「殺す!!!」」


 狂気の極限、鎮魂と剣の二重奏。

 異常な熱を孕んだ魔力が渦巻き、竜骨洞を覆い尽くしていく。



 その様子を、上空から見下ろしていたコフュンは。

「はは、はははは! これはこれは、想像以上だ! まったく、アイヤツバスさまには感服だな」

 妖しく微笑みながら、そう語った。



【続く】

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