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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
33話 死がふたりを分かつまで
157/277

#3 命なき者のカンツォーネ

【#3】


 ────その拳が大地を打ち砕くよりも先に、巨人は動きを止めた。


「……なんだ?」

 訝し気に目を細めるレキュイエム。タクトを振り直す。何度も何度も、振り直す。


 だが、巨人は微動だにしない。


「誰だ、今度の小細工は」

 一行を見渡す。しかし、アイヤツバスはおろか、バシカルもアディスハハもミクロマクロもロゼストルムも、『不自然』に沈黙を見せていた。


「どういうことだ……!」


 不審が苛立ちに変わり始めたその時、一行のさらに背後から、声が聞こえた。


「間に合った、か。それとも丁度か?」


 そう言って姿を見せたのは──骸骨の鎧を纏った、刺々しい影。

 《骸の魔女》イェーレリーだった。



「イェーレリー! どうしてここに」

「独断ながら、私がお連れさせて頂きました」


 アディスハハの疑問に答えたのはカーネイルだった。


「姉様……なるほど、有力な増援というのは」

「はい。イェーレリー様のことです。イェーレリー様の魔法ならば、この状況に最善かと」

「流石は噂に名高い環境部門の秘書だ。間違いなく、この場は私に相応しい」


 鎧骨の下で、イェーレリーは笑った。



「……」


 その会話を聞いていたレキュイエムが口を開いた。

「アレは誰だ、アクセルリス」

「邪悪魔女2i、骸の魔女イェーレリー。その魔法は、『骸を操る』」

「……なんだと?」


 レキュイエムの視線がイェーレリーと交錯する。


「その通りだ。死体や残骸、廃墟といった『打ち捨てられたもの』、『滅びたもの』を操る。それが私、イェーレリー・オストロスト」


 骨が巨人を、そして楽器を指さす。


「この瓦礫の岩人形や、その死体の楽団などだ。私が『骸』と思えば、それはなべてみな『骸』だ」


 その言葉を裏付けるように、狂ったように踊りながら演奏を続けていた楽器たちが、一斉に動きを止めた。


「ふざけた真似を!」

「これが専門だ。ほんの少しもふざけてなどはいないが」


 そしてイェーレリーの合図で楽器たちはかつての主に牙を向ける。レキュイエムは残されたアクセルリスとロストレンジを操り、それらを破壊した。


「……屈辱だ。私自身の手で、私の作品を壊さなければならないとは」


 俯き歯噛みする。しかしどこか、吹っ切れた様子で顔を上げた。

 そして左手にロストレンジを握り、その剣先をアクセルリスの首へと向けた。


「ア、アクセルリスっ!」

「……ッ!」

「動くなよ。人質だ。さっきも言った、私は人体の壊し方を知っている」

「人質なんて取ってどうするつもりですの? 依然貴女の不利に変わりはありませんわ」

「膠着して奇跡を待つつもりかい? 残念だけど、それよりも早くアクセルリスを取り返すよ。私達にはそれだけの力がある」


 ロゼストルムとミクロマクロの声を受けても、レキュイエムの表情は揺らがずに。


「よく喋る。残酷魔女は減らず口を叩くのが得意だと聞いていたが、ここまでとは」


 その様子を見て、アイヤツバスとバシカルは。


「……何かあるわね、あの口ぶり」

「ああ。この状況を打開する何かが、な」


 二人がそう言って目を合わせてから事態が動くまで、そう長くはなかった。



 レキュイエムのすぐそばの空間に、一瞬のノイズが走る。

 そして直後には、そこには一人の魔女の姿があった。


「我/到着」


 言うまでもなく、それはゲデヒトニスだ。


「来てくれたか、記憶の魔女さん」

「我/遅延←疑問」

「いや、丁度いい。君が来てくれたという事は、準備ができたという事で間違いあるまい」

「準備……? 何の……?」

「君にも手伝ってもらうよ、アクセルリス。とても、とても、大切なことなんだ」


 そう言うと、レキュイエムはアクセルリスとロストレンジを浮かせる。


「うわぁっ!」

「さぁ、案内してくれ! 気が急いてしょうがない」

「了解→我/案内:レキュイエム/追従」


 ゲデヒトニスは移動を始めた。レキュイエムもそれに従う。アクセルリスもまた、連行されてゆく。


「どこかへ行くようだ」

「アクセルリスが……!」

「追いましょう、迅速に」


 当然、一行も後を追い、駆けていく──





 再び。時は遡る。


 魔女枢軸の拠点。新たな魔装束に着替え、もてなしを受けていたレキュイエムが、声を荒げていた。


「バズゼッジを蘇らせる方法があるだと……!」

「可能性の話、だけどね」

「本当なんだろうな、それは!」

「嘘ではないよ。嘘は嫌いだろう、レキュイエム先生」

「なんだ、それは! なんだ!」


 飄々とするコフュンへと詰め寄るレキュイエム。その中には、異常なほどの熱が籠る。


「まず、落ち着いて。そして理解してくれ。私の魔法で死者を蘇らせるには、元の肉体が必要だ」

「……バズゼッジは体が原形を留めないほどに無残に死んだ。だから蘇生させることが出来ない。それはさっき聞いた話だ」

「しかし一つ、イレギュラーがある。この私の頭のように」


 コフュンは指を鳴らす。

 それに応じて、ゲデヒトニスが姿を現した。レキュイエムとは初対面となる。


「キーワードは『記憶』だ」

「記憶……? 彼女は?」

「我→ゲデヒトニス/記憶の魔女←称号」

「ゲデヒトニスはその称号の通り、『記憶を再現する魔法』を得意とする」

「いや、なに言ってるかあんまりわからなかったけど……」

「本来、ゲデヒトニスの魔法で再現される生物に元の自我は無い」


 レキュイエムを無視してコフュンは言葉を続けていく。


「しかし。肉体などを『媒体』として魔法を行使すれば、生前の記憶を持って蘇る! これは私自らが証明したことだ」

「媒体……それは何を使うんだ?」

「それは追々。今ここで理解してほしいのは、『バズゼッジの強い記憶』が必要なこと」

「それで、私の記憶を使うと」

「レキュイエム/明答」

「うん。バズゼッジに関して一番強い記憶を持つのは先生だからね。しかし足りないんだ」

「足りない、か。ならばどうやってそれを補う? 私以上にバズゼッジを記憶している者はいない」

「うん、うん。それは間違いない。だから、『場所』を使うのさ」


 コフュンは地図を広げる。一つ、目立つ印がつけられている。


「ここは……?」

「バズゼッジが斃れた地さ。彼女だったものが、ここに散らばっている」

「──惨い」


 レキュイエムは嫌そうに目を細めた。


「君の持つ強い記憶。この地に刻まれた肉体。私の魔法。ゲデヒトニスの魔法。そして媒体。それが揃えば、バズゼッジは蘇るだろう」

「……可能性がどれだけあるかは知らないけど。少しでもあるのなら、協力する」


 その答えを聞いて、コフュンは高らかに言った。


「そして、そして僥倖! その地は、偶然にも私たちが目的としている場所でもある!」

「で、どこなんだ」

「それは──」





「────竜骨洞」


 その洞窟を見上げ、バシカルは呟く。

 記憶に新しい。この地でバズゼッジと戦い、戦火の魔女が顕れ、彼女を葬ったこと。


「やっぱり、ここね」

 そんなバシカルの側、アイヤツバスは何かに納得するように頷いた。


「思い当たることがあったのか、何か」

「ええ。でも今それを説明している余裕はないわ」

「その通りだ。この洞窟の中から、おぞましい魔力の熱を感じる」

「行きましょう、すぐに!」


 まず駆けていったのはアディスハハ。アクセルリスの猛進さが、彼女にも伝播しつつある。

 そんな彼女を優しく見守り、あるいは心配し、アイヤツバスとバシカルも続く。


「さて、私たちも」


 そしてミクロマクロとロゼストルム、カーネイルとイェーレリーもまた竜骨洞へ足を踏み入れようとする──が。


「おっと、定員オーバーだ」

 その前に、ゲブラッヘが立ち塞がった。

「あまり大勢で来られても迷惑なんでね。キミたちはここでお待ち願いたい」

「お断りいたしますわ!」

「マナーの悪い客だ。なら当然、実力行使させてもらうよ」


 長刀を逆手に構える。その頭上には骸の飛竜が旋回している。


「数はこちらの方が有利ですわ。貴女一人で私たちを止められるとでも思っているのでして?」

「ボクならできる──けれど、面倒なことに変わりは無い。だから」


 その言葉の直後、ゲブラッヘの両脇に二つの影が下りた。


「増やした。キミたちにはなじみのない魔女かな? 紹介しよう。クラウンハンズとバースデイだ」


 それはゲデヒトニスによって生み出された再現態。鮮血の魔嬢クラウンハンズ、誕生の巡礼者バースデイ、その二人だ。両者とも相当の強者である。


「……相手にとって不足なし、だね」

「その大言がいつまで続くかな、虚栄のミクロマクロさん」

「言ってくれるじゃないか」


 敵意を秘めながら軽く言葉を交わし合い──彼女たちは身構えた。


「じゃ、往こうか」





 そして、侵入を果たした三人の前では、異様な光景が繰り広げられていた。


「ぐ……! 離せ……!」


 虚空で磔にされているアクセルリス。二本の触腕をレキュイエムとアクセルリスに挿し込むゲデヒトニス。両手を掲げるコフュン。そして彼女たちを包み込む瘴気に満ちた魔力。


「アクセルリス! 今助けるよ!」


 勢いのままに駆けようとするアディスハハ。その道を、骸となった飛竜が妨げる。


「邪魔をしないでくれ。もう少しで実験は済むからな、理解しろ!」

「そっちの事情なんて知らないし……!」


 そうは言うが、依然として無数の飛竜を対処するのに手一杯だ。それはアイヤツバスとバシカルも同じく。

 そして、その間に事態は進む。


「記憶/記憶/記憶」

「う……ああ……!」

「レキュイエムの記憶←バズゼッジ関連/強力←非常」

「当たり前だ……私がどれだけの時を、どれだけの季節をあいつと共に過ごしてきたと思う……!」

 アクセルリスの周囲にノイズが浮かび上がる。青白いそれは、段々と淀みない形を成す。


「上出来! これだけの『記憶』があれば十二分!」

 コフュンは魔力を滾らせる。竜骨洞の壁や地面から竜の骸が浮かび上がり──アクセルリスへと吸い寄せられる。

「やめろ! やめ────!」

「アクセルリスーっ!」

 叫びも空しく。一息の間にアクセルリスの身体が屍骸に包まれる。声は途切れ、アクセルリスは消える。

「仕上げだ! ゲデヒトニス、力を貸してくれ!」

「承認」

 ゲデヒトニスもコフュンと同じように魔法を構える。死体と記憶、二つの魔法が重なり──魔力の瘴気が、アクセルリスだったものを覆い尽くす。


 完成するは瘴気の塊。

 それは、一つ、二つと胎動した。



「…………」


 レキュイエムが、それを見守る。

 そして、三度目の胎動と共に──弾けた。



「う……わぁっ!」

 吹き荒ぶ魔力。アイヤツバスの魔法陣防壁が、たちまちの間に錆びつくほどの瘴気。


 それをもって、内より顕現したのは────



「────う……ん?」

「──バズゼッジ」

「あ──レキュイエム……か?」

「──!」


 剣の魔女バズゼッジ、だった。

 イレギュラーな手段による蘇生のため、生前と姿はやや異にするが、間違いなくバズゼッジ本人だ。

 世の理を欺いた復活の儀は、成し遂げられてしまったのだ。


「うぉ……っ。どうした、いきなり」


 永く昏い渾沌から目覚め、未だ夢うつつなるバズゼッジ。レキュイエムはその身体を強く強く抱きしめていた。


「……ていうかアタシ、なにしてたんだっけ」

「死んでたんだよ、お前は」

「死んで……え? そんなアホな話……」


 そこまで口にして、バズゼッジは口を閉じる。彼女の瞳は細かく、激しく、揺れる。レキュイエムにもあったような、記憶の揺り戻しが起こっているのだ。


「…………そうだ、アタシは魔女機関のヤツと戦って、殺されたんだ」

「そんなお前を私たちが蘇らせたんだ」

「蘇らせた? アタシを!? どうやって!?」

「魔女枢軸の方々の協力だ」


 レキュイエムは背後のコフュンとゲデヒトニスを示す。


「おぉっ、ゲデヒトニス中将! また懐かしい顔だ! それで、横のアンタは?」

「私はコフュン。死体の魔女さ」

「コフュン。少将だな。生き返らせてくれてありがとな!」

「どういたしまして。そして注意だ。その新しい体について、少し理解してほしいことがある」


 そう言いながらコフュンは目線をアイヤツバスたちに向けた。今だ骸の竜に手間取っている。余裕は此方にあり。


「まず、君のその身体は様々なファクターで織りなされている。特に重要なのは『素体』となっている魔女だ」

「『素体』……? アタシの中に、別な魔女がいるのか」

「そうだ。その『素体』に『設計図』を重ね、『肉体』を構成し、最後に『膜』で覆う。それが今の君の身体さ」

「…………?」


 首を傾げるバズゼッジ。その様子に、コフュンも言葉を改める。


「単純に言うのなら、『素体』が一番重要な部品ってこと」

「そうなのか?」

「『素体』が死んでしまえば、君は身体を維持するのが困難になる。だから、無暗に身体を傷つけないように──もちろん生前のような魔法は厳禁だ」


 バズゼッジの魔法。新しい傷口から剣を生成する魔法。


「おいおいおい、じゃあどうしろって言うんだ」

「一度死したことで君の魔法は変異を起こしているだろう。たとえば──体そのものを剣に変換できる、とか?」

「そんなコト起こるわけ──」


 そう言いながらバズゼッジは左手に魔法を籠めた。

 肉体を構成する骸が変形し、剣になった。


「あるのか……」

「そういうことだな」


 コフュンは空を見上げ、そして足元を見下ろした。


「さて、私とゲデヒトニスはいったん離脱する。あとは二人で話をするといい」


 言い終わると同時に、ノイズとなって消えた。


「……では、私たちの目的だ」


 レキュイエムが口を開く。


「それは復讐」

「復讐……アタシの、か?」

「そうだ。そして私のものでもある。恥ずかしい話だが、実は私ももう死んでいるんだ」

「…………そう、だったのか」

「だが蘇った。私もお前も。ならば成すべきは、己の仇討だけだろう」

「……まァ、そうだな。で、相手は誰なんだ?」

「あそこにいるだろう。アイヤツバス・ゴグムアゴグだ」


 レキュイエムが指し示すアイヤツバスは、既に飛竜を退け、熱く冷たい眼光で二人を見据えている。


「あの魔女、知識の魔女こそが私とお前、二人が復讐すべき相手なのだ」

「え? 二人って」

「そうだ。お前を殺したあの魔女は、私をも殺したのだ」

「そう──なのか? そうだった気もする…………」


 首を傾げるバズゼッジ。記憶の整合性がまだ完全ではないのか。


「……ま、レキュイエムが言うんならそうなんだろう!」


 吹っ切れたように笑い、顔を上げた。その眼には、アイヤツバスとバシカル。


「……ン。あの黒髪のヤツにも覚えがあるな。アタシを痛めつけた邪悪魔女だ」


 かつてこの地で対峙した(バシカル)を見つけ、バズゼッジの中に狂奔な殺意が走っていく。


「丁度いい! アタシはあいつにリベンジマッチ仕掛けるぜ!」

「まったく、相変わらず勝手だな。ふふっ」


 懐かしい感覚に、レキュイエムは心から笑った。


「ならば、アイヤツバスは私が引き受けよう」

「っしゃァ! じゃあ早速──」


 アディスハハは、バシカルは、アイヤツバスは、身構える。


「──闘いだァ! キーハハハハハハーーーーーッ!!!」


 剣と鎮魂が、駆けた。



【続く】

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