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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
33話 死がふたりを分かつまで
156/277

#2 舞うは骸、奏でるは鎮魂の調べ

【#2】


「アイヤツバス・ゴグムアゴグ! お前を殺す! 私は私たちの復讐を成し遂げる!」


 レキュイエムはそう叫ぶ。だが、アクセルリスたちは静かに疑念を浮かべている。


「バズゼッジって……お師匠サマが……?」

「無論、否だ。私はその場にいたが……あの魔力、あの姿、そしてあの威圧感。バズゼッジを殺したのは、戦火の魔女だ。間違いない」

「アイヤツバスさんへの恨みを高めるために騙されてるってこと……? 許せない!」

「──とはいえ、交渉の余地は無いわね。あの子を殺したのは私、それはハッキリしてるから」


 アイヤツバスは諦めたように、あるいは呆れたように。感情の薄い言葉を繋げる。



「覚悟しろ……!」


 鎮魂の怒りが迸る──その眼前に、槍が迫った。それは先程と同じように消滅するが、そこに籠められていた強い感情を、レキュイエムは感じた。


「アクセルリス・アルジェント……君か」

「丁度いい、あのときのリベンジだ。負けっぱなしはイヤだからな!」

「さえずる。痛みで泣きじゃくり何もできなかった君が、どうすると?」

「殺す」


 二本、三本と槍が走る。その全てが例外なく消える。

「……だいたいわかった」

 それは無駄撃ちではない。アクセルリスは、かつての記憶と照らし合わせ、この魔法の種を解き明かす。


「鎮魂の魔女、レキュイエムの魔法。それは『最も得意とする魔法を封じる』性質がある」

「その魔法を周囲に防壁のように展開している、ってことかしらね」


 アイヤツバスもまた、同じ結論に至っていたようだ。二人の解が重なり、明確なる真実となる。


「相変わらず小賢しい師弟だな。そして誤魔化す道理もない」


 レキュイエムはそう言って指を鳴らした。

 すると次の瞬間には、黒い五線譜が輪を描き、レキュイエムを囲んでいた。


「《鎮魂の盾》、とでもしておくか。一度死んだことで、こんなこともできるようになったようだ。不思議なものだ」


 五線譜の上を音符が絶え間なく流れゆく。その奥で、レキュイエムは薄く微笑んだ。



「あれに触れると最も得意な魔法は無力化される。なら、答えは簡単だ」

 言い終わるよりも早くアクセルリスは駆け出した。

「直接ブン殴るッ!」

 両の拳を鋼のように固め、一瞬のうちに肉薄する。


「変わらないな、その愚かさは」

「しゃあああーッ!」


 五線譜を超え、レキュイエムの領域へと足を踏み入れる──その直後。


「あ────?」


 アクセルリスの身体から、急激に力が抜けていく。

 体勢を崩し、レキュイエムの目の前で、前のめりに倒れてゆく。その現状を、すぐには理解できない。


「私たち医者にも、どうにもできないものだ」


 アクセルリスを侮蔑を持って見下ろし、そして無防備なみぞおちに拳を叩き込む。


「医学的見地に基づく完璧な腹パンチさ。『直し方』を知っているからこそ、『壊し方』も知っている。それが医者だよ」

「うぐ……あッ……!」


 弾き飛ばされたアクセルリス、五線譜の外側へと出る。

 すると、その身体に再び力が漲っていく。


「ぐ……ぅ……!? これ、は……」


 逆流しかかる胃液を抑えながら、立ち上がる。

 幸いか、レキュイエムに追撃の意思は見えない。アクセルリスは状況判断し、迅速に身を退いた。



「アクセルリス! 大丈夫!? なんか、様子が変だったけど……」

「なんとか。だけど……あれは一体」

「──」


 アイヤツバスの眼が光る。僅か刹那の間合いで、知識の慧眼は真実を掴むか。


「アクセルリス、あの瞬間に何が起こったか、教えて」

「五線譜の中に入った途端、全身から力が抜けていきました。少なくとも、姿勢を崩すくらいには」

「今はどう?」

「なんともないです。いつも通りのコンディションで、不調もない」

「成程────」


 アイヤツバスが沈思黙考の海に身を投げようとする、だが。


「長々と」

 苛立ちを孕んだレキュイエムの声。同時に、彼女のもとから何かが飛来する。


「悪いな。しかし取り込み中だ」

 バシカルが造作もなく弾いたそれは、ナイフのように鋭く尖った「骨」だった。


「アイヤツバス、お前を殺す。それが私の生存証明だ」

 レキュイエムは両腕を大きく広げた。その右手には、一本の指揮棒が握られていた。


「これから奏でるのはお前の鎮魂歌だ。私の厚意に感謝しろ」


 静かに、指揮棒を振り上げた。

 それに反応するように、辺りの瓦礫がめくれ、亡者たちが這い出た。


「ゾンビを潜ませておいたのか……!」

 即座に槍を生成し、周囲へと備えるアクセルリス。

「……?」

 しかし彼らは、どこか様子がおかしく。


「拍手を。素晴らしき楽器たちの入場だ」


 レキュイエムがひときわ大きく指揮を執る。

 すると、亡者たちの身体が浮き上がり、指揮者のもとへと集い始めた。


「なに……あれ……!?」


 怯えるアディスハハの眼には、その身を砕き混ぜ合わせ、新たな姿へと変化を遂げている亡者の姿が映っていた。

 悍ましき進化。その果てに亡者たちは──幾つかの大きな楽器になった。

 トランペット、トロンボーン、ヴァイオリン、コントラバス、ティンパニ。それはまさに死の楽団。

 それぞれの楽器には、レキュイエムを象徴する《鎮魂の紋》が刻まれている。


「さぁ、さぁ、さぁ! コンサートの始まりだ。聴衆ども、厳粛に聴くがいい! 第一曲! 永遠の安息を!」


 振られるタクト。楽器たちはそれに合わせて独りでに動き、音を奏でる。それは非常に不気味で、この世のものではないようだ。



「う、ううぅ……この音……!」

「頭痛くなる……! でもこれ、魔法じゃない……!」

「ああ。これは純粋な『音』の攻撃だ。だからこそ、防ぎ方が限られる」

 呻く一同。そこへ、再び骨のナイフが飛来する。

「最もシンプルな対策は……そうだな」

 バシカルはそれを掴み、砕く。そしてその破片を耳へと挿し込んだ。

「こうだ」

「いやそんな無茶な!」

「お前たちも、早く対策したほうがいいぞ」

 もうバシカルに言葉は届かない。彼女は単身、次々と飛来する骨を防ぎ始めた。


「お、お師匠サマ大丈夫ですか……?」

「ええ。もう答えは導けたわ」

 死のメロディーに包まれながらも依然平静なるアイヤツバス。彼女の答えは。


「おそらくレキュイエムの魔法は『あらゆる魔力を封じる』ものへ変化している」

「『魔力』……『魔法』ではなく『魔力』……! なるほど、それなら……!」



 アイヤツバスの推察は正しいものだった。

 『魔法』の行使には『魔力』が不可欠だ。アクセルリスが鋼の元素で生成した形を維持するのにも魔力を要する。封じられれば、消滅してしまう。

 また、魔女の身体能力は身体に浸透した魔力によって支えられている。逆に言えば、魔力を失えば身体も弱る。アクセルリスが身を崩したのも当然なのだ。



「それなら説明がつきますね!」

「けど問題になるのはその次。魔力を封じるということは、私達魔女のあらゆる力が奪われることと同じ。それを相手にどう戦うか、よ」

「確かに……魔力を失った私たちは人間も同然。魔女相手にタイマン張って勝てる見込みは乏しいですね……」

「五線譜の中に入らず、かつ魔力も必要としない手段って……」


 三人が頭を悩ませていたその時。

 影が、この戦場に飛び込んできた。


「それはたぶん、これだろう!」

 そう叫びながら、鉄輪を投擲したのはミクロマクロだった。

「増援か? 賢しい真似を」

 レキュイエムは気怠そうに目を細め、タクトを振る。操られるように飛んできた死体が彼女を護った。


「ミクロマクロさん!」

「話は聞かせてもらったよ。私も、ロゼストルムも」

「その通りですわ!」

 ロゼストルムの声は頭上から。風に煽られ宙を舞う彼女は、そのままに魔法を放つ。

「私の魔法で起こされた風ならば、防げないはず!」

 それはつむじ風。空を切る激しい音と共に、レキュイエムを襲う。

「誰だか知らんが、面倒なことを──!」

 苛立ちを露わににしながら指揮を執る。楽器たちが集い、防壁となる。


 しかし、高貴なる風を阻むには、一歩及ばず。


「く……っ!」


 激しい風に煽られ、楽器の幾つかが破損する。音を奏でることが出来なくなったそれらは、即座に崩壊し、固まり合った死体へと変わる。


「腹が立つ……ああ、腹が立つ!」

 怒りのまま、レキュイエムはより激しくタクトを振った。残された楽器たちも呼応し、その動きを増大させる。

「第二曲だ。憐みの賛歌。お前たちの魂を鎮める旋律だ……!」

 合図と共に、曲調が変わる。


 その壮大かつ悲愴なる調べに、ある者は怖れ、ある者は猛り、そしてアクセルリスは。

「今度は一体何を……!」

 魂に宿る残酷さが鈍っていく感覚を味わいながらも、ひと時もレキュイエムから目を離さず、その動向を警戒し続ける。


「弾けろッ!」

 そしてまた、放たれたものがあった。

 それは黒色の『魔力』そのもの。


「魔弾──とも、違うか」

 バシカルは再び、それを弾き──すぐに、異変に気付く。

「これは」

 弾かれた魔力はその場で霧散し、それに触れたロストレンジに《鎮魂の紋》を刻み付けた。

「ッ」

 即座に状況判断を下したバシカルは、愛剣ロストレンジをレキュイエム目掛けて投げつけた。

 彼女の渾身で投擲されたそれは、そのままに飛べば魔女ひとりの首を刈るなど容易いであろう勢いだ。


 だが、しかし。


「刹那で勘づくか。名は知らないが、冴えた魔女だ」


 レキュイエムが振るタクトに合わせ、ロストレンジは止まった。そして、鎮魂歌のオーケストラへと加わった。


「やはり、か」

 バシカルは耳栓を引き抜き、アイヤツバスの元へと跳んだ。

「アイヤツバス、見たな」

「ええ。二つのことが分かったわ。一つ、レキュイエムはあの紋章を刻んで物体を操ること。二つ、レキュイエムが飛ばす魔力に触れると紋章を刻まれること」

「要するに、飛んでくる魔力に触るなってことですね」


 導かれた知啓、鎮魂の魔女の魔法の全容。それは彼女自身を辱める。


「それを知ったからとて、何になる!」

「うわっ!」

 ロストレンジが振り払われ、一行が散り散りとなる。

「この鎮魂歌と共にお前は終わる、それに変わりは無い」

 楽器たちが激しく舞う。メロディーの高揚に合わせ、全方位に黒色の魔力がばら撒かれ始めた。

「他の魔女に恨みはないが、私の手駒になってもらおうか」


 狂気と共に踊る魔力。

 対する一行はそれぞれが躱し、防ぎ、跳ね返す。


 そして、アクセルリスは。

「ち……無茶苦茶だ」

 魔と骨の弾幕を躱しながら、アディスハハを横目で見る。

(一緒に戦うとは言ったけど……アディスハハは場慣れしてない。私がサポートしないと)

 現状アディスハハは何とか凌いでいる、という状態だ。その均整はいつ崩れてもおかしくない。


 元より現在のアクセルリスには、楽器を破壊し弾幕を薄める以外に貢献できることはない。

(今の私にできることを、できるだけする! ただそれだけだ!)

 アディスハハとレキュイエムを交互に映しながら、そう自分に言い聞かせていた。


 そのときだった。


「まずいぞ! 後ろ、ゾンビが来てる!」

「ッ!」

 ミクロマクロの声。それが聞こえるのとほぼ同時に、アクセルリスは振り向いていた。

 灼銀の眼が輝く。背後から迫っていた亡者の群。その全ての頭部に、刹那で狙いを定める。

「邪魔ッ!」

 放たれる槍の群れ。それらは真っ直ぐに亡者の頭を穿つ。無駄撃ちは一槍もなく。

 僅か一息の間に、鎮魂歌に導かれし者共は黄泉へと送り返された。



 だがその一瞬こそが、レキュイエムにとっては格好の餌食だった。


「そう! 君ならそうすると、分かり切っていたさ!」

「な──」


 前を向くアクセルリス。その眼前に、黒き魔力があった。


「ぐぁ────!」


 灼銀の眼と残酷の肢体をもってしても、躱せなかった。

 魔力は右の首元に着弾する。

 滲む。アクセルリスの顔と胸を蝕し、鎮魂の紋を刻み付ける。


「アクセルリスっ!」

「ぐ……お、あぁ……っ!」

 全身を喰らう嫌悪感に顔を歪ませる。右目に宿る咎の熱が抗うが、しかし及ばず。


「ケッヒヒヒ、ハハハ! さしもの君でも、死を超えた私の魔法には敵わないだろ」

 レキュイエムは笑い、タクトを振り上げた。

 音色が変わる。魔と骨の雨が止む。アクセルリスの身体が、独りでに動く。


「ぐ……離、せ……!」

 彼女は操り人形のように、レキュイエムの元へと降り、そして跪いた。

「ぐ、ぁ……っ!」

「やはり善い体だ。楽器にすれば、どれだけのものになるかな」


 青白い指先が、舐めるようにアクセルリスの躰をなぞる。

 それを見たアディスハハは、悲鳴のように叫んだ。


「アクセルリスから離れて!」

「いい声だ。だけど断る」

「ならば力尽くにでも」


 バシカルが拳を構えて駆け出そうとする。しかし、レキュイエムはそれをわざとらしく制する。


「落ち着きな。どうして私が弾幕を止めたのか、分からないのか?」

「それは」

「下準備が済んだから、でしょう」

「……どこまでも、小賢しさだけは一流だな。流石は《知識の魔女》だ!」


 アイヤツバスへの皮肉を吐いて捨て、タクトを振り上げた。


 同時に、地響きが鳴り出した。


「な、なんですの……?」

「……そうか、あの黒色の魔力、何も無造作に撒いていたわけじゃなったのか」

「ミクロマクロ、これは一体……!?」

「触れた物体を操る魔力。それは初めから私たちが狙いじゃなかったんだ」

「じゃあ何を」

「『此処、全て』さ」


 ミクロマクロがそう言った。それと同時に、周囲の瓦礫や石畳が一斉に捲れ上がった。


「う、うわぁーーーーっ!」

 身を崩すアディスハハをバシカルが素早く受け止める。アイヤツバスは魔法陣で、ロゼストルムは風で身を護り、ミクロマクロはしなやかに着地した。


「これ、は……!」

 大地が重力に逆らい浮上し始める。そんな天変地異を、灼銀の眼はありありと映していた。



 彼女たちが躱し、弾いていた黒色の魔力。それの性質はアイヤツバスが言った通りのもの。

 なれば必然的に、躱された先の石畳や弾かれた先の瓦礫に鎮魂の紋を刻み、レキュイエムの支配下にする。ただそれだけの話。



「見よ。まさに終末! まさに黙示録! まさに天地鳴動! さぁ、私の手の中に、新たな世界の礎を!」

 鎮魂歌は最高潮を迎える。虚空に巌が集い、そして新たな形を産み落とす。


 ずしん、と。世界を揺らしながら降り立ったのは、巨人だった。



「なんて大きさですの……!」

 それを見上げるロゼストルム。そのうなじが背に付くほどの巨体を持って、敵対者は降臨した。


「忠告しておこう。死にたくなければ逃げろ。アイヤツバス以外はどうでもいいから」

「……まさか、だろう。このデカブツを倒して、アクセルリスも取り返すさ」


 そう言って構えるミクロマクロの表情は、決然と。


「その通りだ。よく言った、ミクロマクロ」

 バシカルもその横に並び立つ。

「残酷魔女の矜持は、私がいたころから変わっていないようだな。安心したぞ」

「おかげさまで」


 その熱に浮かされるように、アディスハハも叫んだ。

「私には、そういうのよくわからないけど! とにかくアクセルリスを返してもらうんだから!」

「アディ、スハハ……!」

 小さな勇気を奮い立たせ、彼女も巨人を睨んだ。


「まぁ、なら好きにすればいい。巻き込まれても、私は治療しないぞ」


 呆れか、諦めか。レキュイエムはそう呟き、指揮を構える。


「──さぁ、死ね! アイヤツバス!」


 巨人が高く腕を振り上げ、振り下ろす────



【続く】

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