#2 不死鳥は灰の中に
【#2】
〈──よく来てくれた〉
魔女機関本部クリファトレシカ最上階、氷に閉ざされた総督室にてキュイラヌートはアクセルリスたちを迎えた。
それはまさに、先日と同じように。
異なるのは、使い魔がおらず、バシカルがいること。
〈まずは突然の呼び出し、謝罪しよう〉
「大丈夫です、任務も入っていなかったので」
「それで、今日は何? この前を思い出させる状況だけど」
アイヤツバスは目敏く、問いかけた。
「まさにその通り、似たような事態が起きた」
返すはシャーデンフロイデ。バシカルもまた、目を伏せながら頷く。
「いったい何が」
〈──邪悪魔女3i・威力部門担当、シェリルスが消息を絶った〉
「シェリルスさんが……!?」
アクセルリスはその事実に驚きながら、バシカルの態度にも納得がいった。
〈無論、魔女機関の最高幹部である邪悪魔女の一人が行方不明になったとなれば、内部は混乱に陥る。故に〉
「こうして極秘の任務として任せたい、ということになる」
「前のように……ですか。では、シェリルスさんの所在の目途は?」
アクセルリスは以前の記憶を辿り、そう訊ねた。
アラクニーの場合、彼女の工房が位置する森だった。ではシェリルスならば?
「立っている──というよりも、ほぼ間違いなく、把握している」
答えたのはバシカルだった。
「本当ですか」
「南東の《アーシュ地方》、そこに位置するシンデレリア王朝の旧王都。私にもそう伝えていた、間違いはない」
「旧王都? 古跡ですか……? なぜシェリルスさんはそんなところに?」
「それは彼女に直接聞きましょう。それが一番手っ取り早いわよ」
「……それもそうですね」
師の言葉に丸め込まれる。彼女にとって、アイヤツバスは確固たる指針である証明。
「では我々が捜索に向かう、というわけですね」
そのとき、バシカルが言った。
「──私は、同行できない」
「え……?」
バシカルのその言葉に、アクセルリスはぽかんとする。
彼女はシェリルスの師だ。弟子が消息を絶ったとなれば、居ても立っても居られないはず。
「どうしても外せない用事が、今、ある」
その言葉は、重く苦しそうに。
「弟子の行方不明よりも、大事な用事なのかしら?」
「……ああ、そうだ。薄情な魔女だと、笑い飛ばしてくれ」
「いいえ、そんなことはしないわ。貴女は優秀な執行官。背負わなければならないことも多いでしょう。それは誇っていいことよ」
アイヤツバスは優しく、そう言った。同じ師として、共感できる部分があるのだろう。
「私が貴女の代わりになるわ、バシカル。私も捜索に同行する」
「……すまない、アイヤツバス」
「気にしないで」
その微笑みが、バシカルにとっては温かいものだった。
「では、私は先に失礼する」
そして、足早に総督室を後にした。相当重要な用事なのだろう、アクセルリスには皆目見当もつかなかった。
〈では、アクセルリス、並びにアイヤツバス。アーシュ地方シンデレリア古跡へ向かい、シェリルスを捜索せよ。事態は急を要する、頼んだぞ〉
「はいっ!」
「了解、よ」
冷たき帝の号令と共に、鋼と知識の師弟は打って出る。
◆
南東アーシュ地方、旧シンデレリア王都跡。
「……ここが」
見渡すアクセルリス。
かつて栄華を誇った王朝の都だけあって、その広さは計り知れない。
──だが、その繁栄は全く思い出されないほどに、荒廃していた。
時の流れもさることだが、それ以上に破壊の痕が目まぐるしい。
(……暴政の結果クーデターで滅んだ王朝だとは聞いてたけど、この様子を見るとよっぽどだったみたい)
荒れ果てたその様子は、現在アクセルリスが復興の指揮を執っているニューエントラルを思い出させる。
(──どれだけの命が、死んでいったのかな)
アクセルリスは、その地に眠る魂の記憶が、自身を包むように感じていた。
思い描く、滅びの時。数多の命が、生き延びようと足掻いていた光景。
(きっと、最高に美しかったんだろうな──)
銀の瞳に虚ろな光を宿して、アクセルリスは考えていた。
「──アクセルリス」
そんな彼女を現世に引き戻すのはアイヤツバス。
「あ……すいません、ボーっとしてました」
「いいのよ、こんな見事な遺跡なんて、珍しいからね」
知識の魔女アイヤツバスがそう言うのだから、歴史上では相当貴重なものなのだろう。
「でも、任務はちゃんとこなさなきゃね。まずはシェリルスの魔力を探知しようと思うのだけれど」
「それなら任せてください。私には、この目がある」
そう言ってアクセルリスは右目に魔力を籠める。
灼銀色のその目が、赤みを増し、光る。
魔力を可視化する、その力。相棒が遺していったものに、他ならない。
「どう?」
「──見えます、灰色の魔力が」
「シェリルスのものとみて間違いはなさそうね。じゃあ、案内をお願いするわ」
「了解です!」
灰かぶりの魔力を辿って、二人は進み始めた。
◆
道中に障害はなく、順調なまま至ったのは、古都の中央に位置する巨大な宮殿だった。
「これは……シンデレリア王朝の宮殿ね」
「……すごいですね」
それは騒乱と時の流れに飲み込まれ、錆び古びてもなお、アクセルリスたちに栄華を思い出させるほどの荘厳さを誇る。
「シェリルスはここに?」
「はい、魔力はこの先に続いています。ただ……」
「何か、あるのね」
言い淀むアクセルリスの瞳の奥を、アイヤツバスは容易く見透かす。
「ここに至るまで、つい先ほど。シェリルスさんのものとは異なる、別の魔力を確認し始めました」
「それは、どんな?」
「何と言いますか……とても、臭い」
「臭い? 匂いを感じたの?」
「いえ。あくまでも私の力は、魔力を可視化するだけ。それでも、異臭を感じるような、そんな不可思議な魔力でした。バカみたいに臭い──そんな魔力です」
「……見当もつかないわね。急いだほうがいいかも」
「ですね」
二人は足早に、かつ警戒しながら、進み続けた。
◆
宮殿に足を踏み入れた。内装もまた、清廉さを見せる。
「……」
先導するアクセルリスは目を細める。
あの「バカみたいに臭い魔力」が、強まりつつある。
「お師匠サマ、そろそろ気を付けたほうがいいかもです」
「そうみたいね。私も、何か妙なものを感じ始めてきたわ」
アクセルリスは槍を。アイヤツバスは魔法陣を。それぞれの武器を構え、一歩ずつ、確実に。
そして。
「──お師匠サマ」
アクセルリスが足を止めたのは、広間の入口。その角で、身を潜める。
強い灰色の魔力。その一つだけが、満ちている。
「この先にシェリルスさんがいます」
「確かに、私も熱い気配を感じるわ」
二人は首を伸ばし、その先を見た。
目に映ったのは、倒れているシェリルス。
「シェリルスさん!」
「待って、アクセルリス。罠かもしれないわ。ここは慎重に──」
「──かつ、大胆にッ!」
アイヤツバスの言葉を待たずして、アクセルリスは飛び出した。
「罠だとしても、踏み潰せばいいだけの話ッ!」
「……やれやれ、流石は私の弟子」
すぐにシェリルスの側へと辿り着き、周囲を見渡すアクセルリス。
「お師匠サマ、介抱をお願いします。警戒は私がします」
「わかったわ」
優しく、シェリルスの肩を揺さぶる。
「シェリルス、大丈夫? しっかりして」
「う──」
アイヤツバスの胸の中で、ゆっくりと、シェリルスが目を開ける。
「シェリルスさん! ああ、良かった……」
「目が覚めたようね、無事で何よりよ」
「あ……? アタシは、何を……」
その青い眼は虚ろだったが、すぐに炎のような熱を取り戻す。
「ッ!」
弾かれるように跳び起き、辺りを警戒するシェリルス。
「どうしました!?」
「気をつけろッ! まだ周囲には、潜んでいるはず……!」
「潜んでいる……? なにも、何の魔力も、見えませ……」
その瞬間、アクセルリスの赤い右目が細められた。
「ッ……!」
「アクセルリス、これは」
「先程の妙な魔力が、急激に濃さを増しています! 何らかの魔法が行使されている……!」
「ああ、クッソ悪趣味な魔法だ! お前たちも構えろッ!」
シェリルスの言葉に呼応し、アクセルリスとアイヤツバスも臨戦態勢へと移る。
その直後。
「──ッ」
周囲の瓦礫が一斉にめくれ上がり、その中から、這い出る。
──無数の、骸骨たち。
「な──」
驚愕するアクセルリスの眼前を、炎が横切る。
それは一体の骸骨に着弾し、その身を焼き焦がす。
「驚いてるようなヒマはねェぞ! 全滅させる!」
「これ、どういう状況なんですかっ!?」
「余裕はねェ、蹴散らしながら話す、よく聞けッ!」
火炎、鋼、そして魔法陣が骸骨たちを退けるなか、シェリルスは二人に経緯を語り出す。
【続く】