#1 リターン・オブ・コープス
某所。
薄暗い『拠点』。だがその内装は閑散とし、広さもがらんどうとした虚無感が漂う。
理由は、言うまでもなく。
ソファに腰かけたゲブラッヘが、玉座の側に侍る側近に、言った。
「……バズゼッジが死に、クラウンハンズが死に、ソルトマーチが死に、メラキーが死に、バースデイも死んだ」
指折り数えるは散っていった外道の数。
「もう残っているのはボクとキミ、そしてゲデヒトニスだけだ。この事態、どう捕らえる?」
「どうにも。結局のところ、戦火の魔女様がいれば、それだけでいいのですから」
空の玉座を病的な眼差しで見つめながら、側近はそう返した。
「……狂信じゃないか、最早。一番弟子であるボクでも引く──っと、ボクは二番弟子だったか」
軽口を叩きながら、ゲブラッヘは呆れた様子を見せる。
「……まあ、貴女の気持ちもわかります、ゲブラッヘ。なので安心なさい。何も手を打たない私ではない」
「ほう? なにか用意しているのかい?」
「ええ。そろそろゲデヒトニスが、拵えてくる頃──」
その直後。まるで会話を盗み聞きしていたのではないかと疑うほどのタイミングで、ゲデヒトニスが入室した。
「我/帰還」
「おかえりなさい、ゲデヒトニス。それで、どうだった?」
「万全/万端/万事好調」
「そう! よかったわ」
「……それで? 用意していた手段っていうのは?」
「彼女よ」
訝しむゲブラッヘに対し、側近はゲデヒトニスの背後の影を指さした。
「──」
それを見て、ゲブラッヘは目を見開いた。あのゲブラッヘが、である。
「……は。ははは! まさか、こんなことがあるとは! 面白い、いや面白い!」
そして、手を打って笑った。
「────」
その影は、ただ無言のまま、唸っていた。
【彼方より来たるモノ】
【#1】
南東部アーシュ地方。
この地ではかつて、《シンデレリア王朝》という国家が栄誉を誇っていた。
一時は他の国家の追随を許さないほどに栄えたシンデレリア王朝だったが、盛者必衰の理の下、滅びが訪れる。
困窮する民には目を向けず、浪費だけを娯楽としていた王族。そんな状態が続けば、何が起こるかは想像に難くない。
クーデターである。
国王と王妃、後継ぎであった長男は崩れ行く宮廷と命を共にした。
長女は豪勢な生活で私腹を肥やし続けたことが祟って逃げ遅れ、瓦礫となった。
粗暴な次男は兵を連れクーデター隊に突貫した。帰ってくることは無かった。
聡明な三男はまだ幼かった次女を連れ逃げた。
なんとか逃げ伸びた三男は、次女を従者に預け、全ての責任を取り自刃した。
そして、シンデレリア王朝は滅びた。
「……」
そんな歴史を持つシンデレリア王朝の宮殿跡に、灰の魔女シェリルスは足を踏み入れていた。
なぜ彼女がこんな所に訪れているのか。それは彼女の過去を紐解けば、理解できる。
先程は、なにも関係のない歴史を書き連ねたわけではないのだ。
彼女、シェリルスの本名は《シェリルス・シンデレリア》。
そう。クーデターによって滅びたシンデレリア王朝、その王族の唯一の生き残りであった「次女」こそが、シェリルスなのだ。
「……」
ひとり遺されたシェリルスは、両親や兄弟の面影を探す旅に出た。
彼女は迷い込んだ里山で独り生活をしていたが、ある時二人の魔女に出遭った。
そのうちの一人に育てられ、魔女となった。
これがシェリルス・シンデレリアの出自である。
「変わらねェな、ここも」
これといった目的もなく、ただ何とはなしに古跡を進んでいくシェリルス。
崩れかけている墟城も、彼女の目にはかつての栄華が重なり合って見える。
「……」
だが、かといって、シェリルスは過去を悔やむような性格ではない。
ただ無心に風景を眺めるのと同じように、彼女はいた。
「……帰るか」
古跡を後にしようと、出口へと一歩を踏み出そうとした。
【続く】