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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
31話 ひとり去るとき/When you leave
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#9 さようなら、私の影

【#9】



 翌朝。


 工房リビングにて、アイヤツバスは神妙に紅茶を飲んでいた。

 彼女の意識は、階上の部屋に向けられている。


「……」


 ドクヤダミ紅茶の味がわからなくなるほどに、アイヤツバスは気を張っていた。

 そんな時だった。


「……!」


 ドアが開く。部屋の内より出でし存在は、ゆっくりと階段を下りてくる。


「……おはよう、アクセルリス」

「おはようございます、お師匠サマ」

「もう、大丈夫なの?」


 アイヤツバスは心配そうに、アクセルリスを見る。だがその鋼には、一抹の曇りもなく。


「はい、大丈夫です。今でもちょっと、心に穴は開いているような気もしますけど……大丈夫」


 笑顔を見せるアクセルリス。その様子を見て、アイヤツバスも安心する。


「私がいつまでもくよくよして悲しがってるのを、きっとトガネは望んでいない」


 そう言って自分の影を見る。その中に、頼れる相棒は、もういない。


「だから、私は笑って前を見続ける。それが私にできる、精一杯の手向けだから」

「──そうね、きっとそう」


 アクセルリスの笑顔に、過去に縋りつく頽廃の影はない。

 そのどこまでもまっすぐな眼を見て──ふとアイヤツバスが、気付いた。



「あれ、アクセルリス……目が赤いけど?」

「えっ、赤いですか? そりゃ一晩中泣いたとはいえ、そこまで酷くはないと思うんですけど……」

「違うのよ、見てみて」


 手渡される鏡。アクセルリスは己の目を見て、思わず息を呑んだ。


「これって……」


 その右目。かつてトガネが宿っていた瞳が、赤く染まっていた。

 それはまるで銀が熱されたような赤。二色が手を繋ぐように美しく混ざり合うその色は、言わば《灼銀》だろうか。


「あの子が残していったのかも、ね」

「トガネ……」


 アクセルリスの目から、一筋の涙が零れる。


「あ、あれ。もう、泣かないって、言ったのに」


 不器用に笑顔を作りながら、涙を拭く。


「これじゃ、またトガネに、笑われちゃうよ、あは、ははは」


 強がるように笑う。そんなアクセルリスを、アイヤツバスは優しく抱いた。


「あ……」

「……いいのよ。泣いても」

「……お師匠、サマ…………!」


 アクセルリスの背を、そっと撫でる。


「ぅ……ううう……! うああああ…………!」


 温かい胸の中、アクセルリスは泣いた。





 相棒にして家族、共に過ごした影の住人、トガネ。

 アクセルリスは、この出会いと別れを、永久に心に刻み続け、生きるだろう。


 彼の物語は、彼女のこの言葉にて締めくくられる。




「──さようなら、私の影」




【ひとり去るとき/When you leave おわり】

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