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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
31話 ひとり去るとき/When you leave
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#8 永訣のクラウィス

【#8】



「──」


 誕生との宿業に終止符を打ち、立ち尽くすアクセルリスは、ただ銀色にだけ輝いていた。


「……!」


 とぷん、と赤い光がアクセルリスの手のひらに堕ちた。

 それはもはや自らの形を維持できずに、溶け出していた。

 その体は、少しずつ赤い粒となって空に昇っていく。


「トガネ……!」



 ひとつになったとき、アクセルリスはすべてを知った。トガネは彼女の身体でもあるがゆえに、知ってしまったのだ。

 本来、影に住まう使い魔であるシェイダー。それが影から飛び出し、活動を続けるということは──死に直結するということを。

 しかしトガネは、その代償を知ったうえで、アクセルリスを護るために、彼女と一つになった。


 彼女は自問する。その忠義に、その愛に──報えたのだろうか、と。




「早く魔力を……!」


 アクセルリスは焦り、彼を助けようと急ぐ。

 しかし。


〈主、いいんだ〉


 トガネはそれを、静かに制止した。


「…………でも」

〈わかってるんだ……自分のことは、自分がいちばん〉

「……ッ!」


 安らかなその声に、アクセルリスはトガネの覚悟を知る。


〈だから主……最期まで、一緒にいてくれ〉

「当たり前でしょ……あんたは私の相棒で、家族なんだから……!」

〈相棒、か……〉


 ふと、何かを思い出したようにつぶやく。


〈なぁ、主〉

「なにさ……」

〈俺は、主にとって、いい相棒でいられたか?〉

「……うん。あんたは、私の最高の相棒。胸を張って、誇りにできる」

〈へへ……うれしいなあ〉


 その声はどこか遠くを見つめているようで。


「トガネ、あんた……後悔とかは、ないの」

〈あるもんか、そんなもの! 実に……実に満ち足りた旅路だったさ〉


 穏やかな凪のような口ぶりで、これまでの道に清算をしていく。


〈アイヤツバスの手によって生み出されて、アクセルリスのもとに生れ落ちて……悔やむことなんて、これっぽっちも〉


 そこで、トガネの言葉は止まる。


「……トガネ?」

〈ああいや、気にしないでくれ……ひとつ、たったひとつだけ、やり残したことがあった気がしたが……俺には、少し高望みだ〉

「いいんだよ、何でも」

〈いいさ、いいさ。消える前に、こんな話は合いやしない〉

「トガネがそう言うなら……いいけど」


 アクセルリスはトガネの心を推し量った。彼の望みは、それはきっと、アクセルリス自身に関することだと、感じた。


 そのとき。


〈っ……〉


 トガネの様子が変わったことに、アクセルリスもすぐに気付いた。

 その体から昇る赤い粒が、増えている。


「トガネ」

〈ああ、限界が近いらしい……〉

「……これから死ぬっていうのに、なんでそんな冷静でいられるの」

〈なんでだろうなぁ。アクセルリスが傍にいるからかもな〉

「だったら、私も嬉しいよ」


 だが、そう言うアクセルリスは俯き、目をトガネへ見せない。


〈……主? どうした〉

「なんでも、ないよ」

〈…………泣いてるのか?〉

「っ」

〈図星、みたいだな〉

「泣いてない……!」


 静かに声は震える。


〈──主。顔を……見せてくれないか〉

「……分かった」


 顔を上げ、トガネを見るアクセルリス。

 銀の瞳は露に濡れたかのように潤み、口元も何かに耐えるようにしてぴっと噤まれていた。


〈……やっぱ、泣いてるじゃんか〉

「だって……だってしょうがないじゃん……! 私は……私はまた! 家族を、目の前で……!」


 肩を震わせてアクセルリスは言う。言うまでもなく、トガネは大切な家族の一員なのだ。それを失うことは、アクセルリスにとって、二度と繰り返したくないもの。


〈……ごめんな〉

「う……うぅっ…………!」


 そんなアクセルリスに、トガネはある願いを送る。


〈なぁ、アクセルリス。一つ、俺から最後の頼みがある〉

「何……?」

〈笑ってくれ〉

「──」


 その願いは、簡単なものだった。


〈主は……アクセルリスは、笑ってるときが一番輝いてた。俺は、その輝きが、大好きだった〉

「トガネ……」

〈だから、笑ってくれ。俺が消えるときも、俺が消えてからも〉

「……わかった、よ」


 そう言ってアクセルリスは、笑う。今にも零れそうな涙を押し殺し、必死に笑顔をトガネに見せる。


「あ、はは……こう、かな」

〈はは……なんて顔だよ〉


 トガネもまた、笑った。



 その身体は、もう半分も残っていない。


〈────そろそろ、さよならだな〉

「…………うん」


 しかしそれでも、二人は安らかなまま、言葉を交わす。


〈アクセルリス。最後にひとつ、聞いていいか?〉

「……なに」

〈…………俺のこと、好きか?〉


 最後の問い──予想だにしなかったその内容に、アクセルリスは一瞬空白になる。


「どういう意味よ、それ」

〈そのままだよ、そのまま〉

「そんなの……好きに決まってるじゃん。あんたは私の頼れる相棒で、仲の良い弟だった。好きじゃない理由が、どこにあるのさ」


 笑顔で。自然な笑顔を浮かべ、アクセルリスはまっすぐにそう答えた。

 トガネにとって、それは何物にも代えがたい、大切な笑顔だった。


〈相棒で、弟……そっか。そうだよな。変な質問だったよな〉


 トガネの言葉は、ゆっくりと、穏やかに。


〈ああ、それが聞けたなら……充分だ〉

「トガネ……?」

〈────アクセルリス──俺は──〉

「…………トガネ」

〈アクセルリス〉


 互いの名を、呼び合った。



 そして。  




〈──ありがとう、アクセルリス────大好きだ──────!〉




 トガネは、そう言って、笑った。

 目を閉じた。



 それがすべてだった。




「あ────」


 霧散する、赤い粒子。

 トガネが、アクセルリスの手のひらから、旅立ってゆく。


「──」


 アクセルリスはそれを、ずっとずっと忘れないように、強く、強く、強く、握りしめた。

 

 そして。



「────うわああああああああああああああああーーーーーーーーーーーっ!!!」



 泣いた。


 喉が潰れるほど、声が枯れ果てるほど、泣いた。


 静まり返った森に、アクセルリスの泣き声が、響き渡っていた。



【続く】

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