#7 Akzeriyyuth:Another Avenger
【#7】
アクセルリスはゆっくりとロストレンジを構え、叫んだ。
「来いッ!」
「しゃあああアァアァアッ!!」
もはや魔女でも異形でもない、揺れ動く存在となったバースデイ。
彼女の太刀筋には、惑う暴力が満ち満ちる。
「せいはァアァッ!」
「はアアアッ!」
暴持つ刃同士が交わされ、鈍く重い剣戟の音が轟く。
「せアァアッ!」
一度、二度、三度。
「殺す……殺すッ!」
四度、五度、六度。
彼女たちの独善を乗せた刃が、幾度となく互いを噛み合う。
「ぐうお、アアアアア……!」
バースデイは呻く。既に森の支配権を失った彼女は今、トガネと融合したアクセルリスと互角以下の力量にまで収まってしまっている。
「及ばないというのか、力が……!」
太刀を握る手に、一瞬の疑念が宿る。
そうなれば、押し切られるのみ。
「は、あああああッ!」
「ぐ……強、い……!」
刃の均整が、アクセルリスによって歪められる。段々とバースデイの太刀が押し上げられ、隙を晒す。
「今ッ!」
そして、その体に、影の刃が喰らい付く。
「がっ……!」
「まだだッ!」
追い撃ちのサイドキック。巨躯を誇る異形の鎧も、今や軽々と蹴り飛ばされる。
「ぐああああっ!」
吹き飛び倒れるバースデイ。しかし太刀を支えにして、なお立ち上がる。
「あ……アア…………!」
〈まだ、やるのかよ……!〉
「言ったはずだ……ワタシは生まれた意味を知る……! それまでは、決して斃れない……!」
彼女の内に秘める信念が、狂信すら変貌したその祈りが、異形の内の身を奮い立たせている。
そしてまた、その時。
「くっ……!?」
逆に、アクセルリスが、膝を付いた。
「ハハ……お前もそろそろ、リミットが近いんじゃないか?」
「これ、は」
己の身体から──己の影から、力が失われつつあることを感じる。
〈う……ぐ……!〉
「トガネ……!」
赤く輝く右目はチカチカと点滅し、今にも光が消えてしまうかのよう。
「トガネ、無理しないで……! もう、限界でしょ……?」
〈…………嫌だ〉
「何で!」
〈言っただろ……俺は主を、護る……!〉
その言葉に秘められたのは、鋼のごとき決意。
〈アクセルリス…………アクセルリス……!〉
相棒、そして仕える主の名を何度も呼び、その魂を奮い立たせる。
影の中に燃ゆる命が、アクセルリスの鋼を、鍛え上げる────
〈はァーーーーーーッ!!!〉
影の鎧から赤い閃光が放たれ、鋼の魔女の身体に魔力を漲らせた。
「トガネ、あんた……!」
〈行け……主……! 行くんだ…………!〉
強くうなずき、そしてアクセルリスは立ち上がる。
それを目にしたバースデイは、理解不能に吠える。
「何故だ……何故立つ……! 既にお前たち二人とも! 心も体も限界だというのにッ!?」
「お前には分からないだろうな……! この力が! 私とトガネを結ぶ、この力が何なのか!」
「絆、とでもいうのか!? ふざけるな! 魔女と使い魔の間に、絆など生まれるはずがない!」
「だからお前はバカなんだッ!」
「なッ……!」
バースデイを見限ったのち、アクセルリスは呟く。
「……そして、私も、トガネも、バカだ」
〈……違いねぇな、ははっ〉
己の右目に手を当てる。
──熱い。
〈この熱はきっと、俺と主の、『トガ』なんだろうな〉
「かもね」
小さく言葉を投げ合って、そしてアクセルリスは、敵を剣の切っ先で捕らえた。
「時間がない……直ぐに、決める」
「……同感だ。ワタシの問いも、ようやく終わりそうだからな」
両者の言葉が、遂に、合致する。
生きるための、戦い。或いは、戦いこその生。
それを決するために──両者は、駆けた。
「はああああああッ!」
「オオオオオオオッ!」
魂を乗せた打ち合い。最早その剣を目で追うことは不可能だ。
二振りの刃同士が光の帯だけを残して激しく激しく衝突する。
ぶつかり合う度に常軌を逸した金音が轟き、二人を、森を、世界を揺らす。
だが最早、この二人は、それを気に留めることすらもなく。
「ああああああああ──ッ!!!」
極限に達した彼女たちには、『目の前の敵を討つ』以外の感覚は失われていた。
持てる権能のすべてが、無意識下の内に限界を超えて引き出され、発揮させられている。
「オオオオオオオオオーーーーーーーッ!!!」
命を削る、死闘。生のための戦いとしては、余りにも極上すぎる。
「はぁ────」
「セイ────」
両者同時に剣を振り被り──
「あッッッ!!!」
「ハッッッ!!!」
両者同時に斬り込んだ。
互いの刃が、真っ向からせめぎ合う。信念を乗せた火花が散る。
「生きる……私は……私はぁ……ッ!!!」
「知る……ワタシは知る! 知るのだァ……ッッッ!」
圧し込まれた刃が限界を迎え、両者を引き離すに至らせる。
「が…………ッあ!」
「ぐ、オォォォ……ッ!」
離れた間合い、漲り過ぎた力を抑えながら、互いに睥睨し合う。
「……キリがない」
「丁度、ワタシも同じことを考えていた」
「だから、こうする」
アクセルリスは刃を構えて、低く身構えた。
「一撃に賭けてくる、か! 面白い……!」
バースデイもまた、同じように構えた。
「────」
訪れた、地平を包む沈黙。
「────」
二人の魔女の死闘に騒めき続けていた森も、不思議と静まっていた。
〈────〉
そして、仕掛けた。
〈────行け主ッ!〉
「しゃああーーーッ!」
「セイハーーーーッ!」
トガネの叫びを合図に、疾走する。
「──」
それぞれの目には、己の信ずるものが、宿る。
「──────ッ!」
刃の軌跡が、交錯する。
「────」
立ち止まる両者。背を向け合う。
バースデイが振り返った。
「…………ぐ……く、く。ハハ、ハハハ……!」
呻きながらも笑うその胸には、赤い斬創傷。竜の血が迸る。
「ハハ……」
バースデイは、倒れた。
そして、対するアクセルリス。
「……く……う」
胸に纏っていた影が弾け消える。その下には、浅い袈裟懸けの切り傷。
影の鎧が無ければ、致命傷に至っていただろう。
「……ありがとね、トガネ」
〈────〉
トガネは言葉を返さない。アクセルリスは振り返り、バースデイを見た。
「ああ……ああ痛い……! まったく……痛い…………!」
笑い続けながらも、バースデイは立ち上がった。既にその身は見るも無残な体。しかしそれでも、彼女は己の『問い』のため、精神力で、立つ。
「ッ」
アクセルリスは歯噛みする。依然、優勢は此方に。刃を交わし続ければ、勝つ。
しかし、もう猶予はない。一刻も早く、バースデイを撃ち滅ぼさなければならない。
「まだだ……そこに辿り着くまで、ワタシは何度でも生まれ続けよう……!」
「…………」
肩で息をしながら、思考を巡らし、決断した。
(次の一撃で、殺す。でないと、もう、もたない──)
焦りを悟られまいと押し殺しながら、剣を構えた。
その時だった。
生誕を定める決戦場、その大地に、蜘蛛の巣の紋章が広がる。
そして、直後。
「────ッ!」
「ぐお────ッ!?」
ずしん、と二人の身に、突如として重圧が掛かった。
それはトガネと一体化したアクセルリスも、竜の鎧と融合したバースデイも、地に膝をつけてしまうほどのもの。
「これは──!?」
〈〈──手を加えた。少し──〉〉
声が響く。アラクニーの声。
〈〈──私の呪術だ。範囲内のものに、無差別に呪いを与えるもの──〉〉
「如何なる呪いだ、これは!」
〈〈──奪ってきた命の怨念が、枷となる呪術なり──〉〉
アラクニーはそう言った。成程この両者の様子を見るに、その言葉に偽りはない。そして、極めて有効的なものでもある。
「怨念だと……!? ふざけるな……! ワタシが糧としてきた命は、なべてワタシが産み出したもの……!」
呻きながら、立ち上がろうとするバースデイ。
「その生殺与奪はワタシにある! そのはずだッ! そこに怨みなどあるわけが……! ぐああっ!」
だが無念にも、その膝は地から離れようとはしない。固く重く、バースデイの体を呪縛する。
「バカな……バカな……! おのれ!」
そして、一方のアクセルリスは。
「命? 怨念? ……バカらしい」
平板な声色で、言葉を続けてゆく。
「私は生きるための殺ししかしない。だから、私が奪ってきた命は、生存競争に負けただけに過ぎない──」
ゆっくりと、しかし確実に、その身を起こし上げる。
「そう、生存競争。全ての命が、等しく生に縋る戦い。そこに善も悪も貴も賤もない。あるのは純粋な欲望だけだ」
〈欲望──〉
バースデイへ、トガネへ、己へ、そして世界へとアクセルリスは語りかける。
「だから──」
立ち上がる。体は震えているが、しかし強く前を向く。
「恨まれるような道理なんて────ないッ!」
銀と赤の光が弾けた。
身を起こすアクセルリスに、呪縛による枷は、もはや見られない。
その残酷性が、宿すエゴが。彼女の道を妨げる亡霊を、振り払った。
「────!!」
輝く命の閃光を目の当たりにしたバースデイは、声なき憤慨を上げるに留まるしかない。
「トガネ」
〈────ああ〉
二つの目がバースデイを見る。地に付す彼女に、その眼差しに抗う術など残されていない。
「やめろ……! ワタシはまだ、生まれた意味を見出していない……! それさえ、それさえ理解できれば、惨たらしい死でも受け入れる! だが、知らないままは……いやだ……!」
異形に包まれ、バースデイは涙を流す。
その体こそ、その力こそが彼女の探求を妨げていたことに、未だ気付くことは、できない。
「残念だったな」
〈ああ。残念だった。本当に残念だ〉
「──でも、仕方ない」
アクセルリスは手をかざす。
周囲の影から刃が生え、バースデイを次々と刺し穿つ。
「ぐあああああああっ!」
命を苛む苦痛。しかし多量の命を糧とした今のバースデイは、この程度では死なない。否、死ねない。
〈痛いか? でもな、お前が奪ってきた命の数に比べれば、安いもんだろ〉
「ふざけるなああああッ! ワタシは誕生の魔女バースデイなんだ! 生んだ使い魔を利用して、何が悪いッ!」
〈……これだけやっても、理解できなかったか〉
トガネは最後まで、希望を捨ててはいなかった。だが、わかり合えることはできなかった。
影の刃が伸び、串刺したバースデイの体を宙吊りに浮かせる。
「あああああああああーーーッ!」
蝕む影。そこには、ドロドロに熱された鋼の魔力も宿る。そしてそれが噛み砕くのは、当然、戦火の魔女。
パリン、と軽い音が鳴り、胸に埋め込まれていた戦火の結晶も、砕けた。
「……所詮は使い捨ての廉価品。本物の力には、到底及ばない」
最後の綱であった戦火の魔力さえ途絶え、遂に異形なる竜の鎧は、その全てがバースデイの身より剥離する。
「が……あ…………!? あああ、ああああああああああッ!」
生身の姿へと戻ったバースデイ。彼女を貫く刃が、より一層深く喰らい付く。
「ワタシは…………ワタシはあああああッ! アアアアアアアアア!」
絶えることのない惨苦に叫喚を続けるバースデイ。最早、道は一つ。
「トガネ、いこう」
〈ああ。終わらせよう──全部〉
銀と赤の目が光る。
アクセルリスはロストレンジを掲げた。さらに影が集い、命を刈る凶刃へと変わる。
そしてそれを手に、構えた。
「長い──戦いだった」
〈でも──これで──終わる〉
アクセルリスは駆け出した。一歩ごとに影がその足を包み、加速する。
死を手に、影が迫る。バースデイは苦痛と血肉に塗れた眼で、それをまざまざと見る。
「待て、やめろ、やめろ──!」
最後の懇願。だが、届く由縁もなく。
「まだ……まだ!!」
影を纏う残酷が跳び上がった。
それは、死を構えて──
「────ッ」
振り抜いた。
静寂のまま、死がバースデイの身体を、通り抜けた。
「あ──ア────!」
彼女は直ぐに全てを知った。それからは、もう、どうしようもない。
「ワタシは────私は、まだ──────!」
悲痛なる、悲壮なる、悲惨なる、叫び声。
バースデイの体に、闇黒の亀裂が瞬きとともに走り──
「まだああああああああああああーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
弾けた。
その身体が硝子のように砕け散り、その存在は影に飲まれ、消え逝く。
「────────」
彼女は、誕生の魔女は、バースデイは。己の生まれた意味を、知ることは、できなかった。
【続く】