#6 誕生を叫ぶ者
【#6】
「これが──終わりだ」
〈行くぞ……バースデイ!〉
全身に魔力を漲らせ、アクセルリスは駆け出した。
「オオオオオオオオオオッ! 来いッ!」
「はぁ、アアアアァァァッ!」
振り下ろされる太刀。アクセルリスはそれを、両手に構えた槍で、受け止める。
──拮抗する。
「ほう……! 思っていた以上に頑丈じゃないか!」
「当たり前だろ……! これは私とッ! トガネの二人の力なんだからッ!」
剣戟。重い刃がぶつかり合い、互いに一歩も譲らず。
アクセルリスは今や、異形の巨人バースデイと互角に果たし合う。
二人分の魔力が、一つの体に満ちているのだ。そこからは、想像もつかないほどの力が、放たれる。
「だから私は、生きるッ!」
「善い、善い善い善いぞ! その奔流だ! お前のその残酷なほどの生存本能! それをこうして浴びることで、ワタシは答えへと辿り着ける! さあ、さあ、さあ!」
「はああああああッ!」
「セイハアアアアア!」
共に極まった両者。力が互角にぶつかり合うのならば、それを決するのはエゴの強さに他ならない。
「もう少し……あと少しッ!」
「殺す……殺すッ!」
「ハハ、ハハハハハハハーーーーッ!」
「うおおおおおおああああッ!」
激しくぶつかり合う互いの剣。鈍い金属音が止むことなく鳴り響き、静寂を殺す。
二つの刃が真っ向から打ち合い──衝撃が走る。
「く……ッ!」
「ハ、ハハハ……!」
両者後方へ飛び退き、息を整える。間合いがリセットされる。
そのときだった。
「……っ」
アクセルリスは胸の奥が、ざわついているのを感じた。
赤い光が、苦しそうに呻くその感覚に、目を細めた。
「────トガネ、これって」
〈聞かないでくれ〉
「…………分かったよ」
トガネの意思は、守り抜く。
その疑念を黙殺し、再び剣を構える。
「────ッ!」
距離を一気に詰め、全霊を乗せた突きを放つ。
「セイハッ!」
バースデイはそれを漫然と斬り払い、防ぐ。
しかしそれは、アクセルリスの計略の内にあった。
──彼女は、両方の手に、刃を備えている。
「しまっ」
「隙ッ! 見えたりッ!」
防御が空いた逆サイド。がら空きとなったそこに、アクセルリスは全力の斬り上げを叩き込んだ。
「ぐ────ぬ──!」
深い一撃。竜の鎧に、確かな傷が、刻まれる。
だがバースデイは、凌いだ。
「オ、オオ……」
狂った理性を剥き出しにし、反撃を構える。
「オオオオオオオオッ!」
暴威の太刀が振るわれる──だがそれよりも早く、アクセルリスは動く。
「はあッ!」
彼女の全身から伸びた無数の影が、刃となりバースデイを裂く。
「く、ァァ……ッ!」
「与えない……隙も、間も!」
さらに影鋼の槍で切り刻む。
分厚かった竜の鎧も、無尽蔵たる斬撃の嵐に呑まれ、少しずつ欠け落ちてゆく。
〈やれ、主ッ!〉
「貫く!」
アクセルリスはバースデイに手を当てる。巨大な槍が、零距離で生成される。
「これ、は……!?」
「お前自身が! 槍と化せ!」
そしてそのまま、バースデイごと、槍を撃ち出した。
「グアアーーーーーッ!」
諸共に吹き飛ばされるバースデイ。樹に激突し、その身を磔にされた。
「オ、オオオ……!」
全身の鎧から赤黒く濁った血が流れる。それは使い潰されていった竜たちの怨念のようにも。
「痛い……痛い……! だが、この痛み……違いない……! もう……もう! ワタシは、掴める……!」
鋭利な一撃を食らってなお、呪いめいた欲望は一切の衰えを見せず。
「あとほんの少し……もうすぐに、手は届く……ッ!」
槍を引き抜き、ゆっくりと進む。
「まだ言うか……私とトガネの前に、その鎧すら打ち破られているのに」
「確かに、この鎧……この力にすら追い縋ってくるとは、想定外だった」
胸の魔石に手を置くバースデイ。鎧の内には、どのような感情が渦巻いているか。
「────だがッ! 知っているはずッ! 無意味だとッ! ワタシはアラクニーを、この森を、手中に収めているッ!」
異形が吠える。額の魔石が輝く。
〈またさっきのか……!〉
森がざわめく。それに呼応するように、竜の鎧が修復されてゆく。
「ワタシを滅ぼすならば、この森を滅ぼすことと同じ! お前にそれができるというのか、アクセルリスッ!」
「できるよ。私とトガネなら、なんだってできる。この世界だって、滅ぼせる」
バースデイの言葉に、アクセルリスはそう返した。その言葉に飾り気は無い。彼女は本気で、そう思っているから。
「大言を……! ならばやってみろ! ワタシに、その力を、証明してみよ!」
「断る」
「ハハハ! 怖気づいたか、らしくないぞ!?」
「その必要がないからだ」
「……何を?」
バースデイが一瞬、訝しみの感情を覚えた──その直後。
「────があっ」
蜘蛛の魔石に、亀裂が走った。
「な……な、あ?」
異形は額を抑える。何が起こったのか、判断に遅れる。
「バ……バカな、この魔石が……森の力が!? そんなこと、アラクニーが直接森への魔力を絶った以外、あり得な──」
〈〈──絶ったのだよ、実際に──〉〉
狼狽の中、森に声が響き渡る。その声の主は──アラクニーだった。
「アラクニー!? なぜ、お前が……!?」
〈〈私がやった、それだけだ〉〉
答えたのはまた別の声、それは冷徹なるバシカルのもの。
「バシカルさん!」
〈〈聞こえているようだな。アラクニーは私とカーネイルで救出し、保護した。無事だ、安心しろ〉〉
〈〈──助けられてしまった、すまない──〉〉
「あの呪縛から、どうやって……!」
〈〈力尽くだが、何か〉〉
「く……!」
その言葉に偽りはない。
カーネイルによって魔力供給を妨害された工房を、バシカルは剣と己の身で元の姿に叩き直したのだ。
空間拡張魔法さえなければ、何の変哲もない工房だ。アラクニーはすぐに見つかり、そしてバシカルは彼女を縛る呪いをも力任せに引き千切った。
魔女機関執行官の力は、万象を押し通す力である。
〈〈それともう一つ、力を貸そう〉〉
その言葉の直後、バースデイの直上で光るものがあった。
それは一振りの剣。バシカルの愛剣、ロストレンジ。
バースデイがそれに気づいた時には、もう遅かった。
「グ────!?」
ロストレンジはまっすぐに、蜘蛛の魔石を穿つ。
ついに、魔石は、粉々に砕けた。
「──アアアああっ!」
そして異形の兜も同時に砕け、バースデイの素顔が露わになる。
竜の首を落としたロストレンジは、導かれるようにアクセルリスの足元へ刺さった。
〈〈これを使え。多少乱暴に扱っても、毀れはしないだろう〉〉
「はい! お借りします!」
アクセルリスがロストレンジを構える。影がその刀身に集い、さらに大振りな刃へと変貌させる。
〈〈さあ、やれ〉〉
そこで声が途切れる。
アクセルリスは小さく息を吐き、そして銀と赤の両眼で、バースデイを強く睥睨した。
「良かった。これで心置きなく」
〈お前を殺すのに専念できる〉
バースデイの素顔は、憤怒に塗れる。だがしかし、焦りの色は見られない。
「戯言を……! たとえ森の支配権を失ったとて、ワタシにはまだ戦火の魔女の力がある……!」
「戦火の魔女の力、ね。丁度いい。私はいずれ、そいつも殺すから」
アクセルリスはゆっくりとロストレンジを構え、叫んだ。
「来いッ!」
【続く】