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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
31話 ひとり去るとき/When you leave
143/277

#5 咎の音

【#5】


「────アアアアアアアアーーーーーーーッ!!!」


 世界の終わりを告げるかのような絶叫。その圧で繭が弾け、『怪物』が誕生日を迎えた。


「オオオオォォォォォォ……ッ! ああ、あゝ、嗚呼! なんと……なんと清々しい! これが戦火の魔女の力!」


 新生に咽ぶバースデイ。その身は──形容を憚られるほどの、姿。

 有機的な竜の鎧は既に全身に纏わりつく。大量の竜を糧としたそれに覆われ、バースデイの肉体は一片たりとも露出せず。その鎧はもはや『装備』ではなく『融合』していた。

 夥しい命で生み出されたこの悍ましい異形は、アクセルリスを見下すほどの体格をも誇る。かつてバースデイが得物としていた太刀も、軽々と片腕で掴む。

 その声も恐ろしく曇り、到底生あるものの発するものには思えない。

 そして、その胸には赤黒の結晶が、その額には蜘蛛の巣の魔石が、それぞれ埋め込まれていた。



「──」


 絶句するアクセルリスの足元から影が編み上がり、トガネが彼女の傍に立つ。


「主……アレは、とんでもなくヤバい」

「……うん、わかるよ。見ればわかる……」


 二人は無意識のうちに槍を構えていた。それぞれの本能が、そうさせたのだ。

 以前、三体の竜を取り込んだバースデイは、たった二撃でアクセルリスを戦闘不能に追い込んだ。

 では今は? 数えきれないほどの竜を取り込んだ、今のバースデイでは? 想像もしたくない。


「ハハハハハ……では、そろそろエンディングへと導こうか?」


 深淵より響くような声、異形が二人を凝視する。


「お前たちのゲームオーバーを以て、ワタシの生はフィナーレを迎えることが出来る……! さあ、征くぞ」

 直後、バースデイの姿が消える。


「セイ──」

「ッ!」

 アクセルリスは風圧で、トガネは己の動体視力で、辛うじてその先制攻撃を見破る。

 だが、しかし。

「──ハッッッ!」

 猛々しい太刀の一閃。それは直接触れずして、獲物に牙を立てる。

「ぐうっ……!?」

 直撃を躱したはずの二人の手には、浅いが、確かな切り傷が。

「風圧で斬撃を飛ばしてきやがった……!」

「無茶苦茶だ……!」

 だが二人に狼狽えている暇など、無い。

 既に眼前には、脅威が迫る。

「オオオオオオオオッ!」

 惨憺たる叫び声と共に、バースデイはアクセルリスを狙い駆ける。

「く……!」

 鋼を纏い、防御姿勢を取る。

「無駄、だッ!」

 潰滅的な太刀の一撃。斬撃こそ鋼で阻む、が。

「ぐああああああーっ!」

 その衝撃は、アクセルリスを軽々と吹き飛ばすほどのものだった。

「主ッ!」

「次はお前だ」

 異形の牙が、トガネに向く。

「滅びるがいい、使い魔!」

 断頭台のように振り下ろされる太刀を、トガネは一重で躱す。元来の動体視力と、鍛え上げられた敏捷性で、喰らい付く。

「くたばってたまるか……!」

「ならば足掻いて見せろ!」

 一撃一撃が暴風のごとき、バースデイの太刀。トガネは自身を極限に据え、それを切り抜け続ける。


「……ッ!」

 彼はその最中、幾度も幾度も『死』を感じた。

 そのたびに、彼の中で一つの感情が構成されてゆき、そして決断の刻を予感させる。

「だがそれは……今じゃねえ!」


 決意の籠った一槍。バースデイの心臓を狙って走る──


 だが。

 それは刺さることすらなく、竜の鎧に一筋の小さな傷を残すだけに終わった。


「駄目か……ッ!?」

「まだ分からないか? お前のような使い魔では、ワタシのような魔女には、届かない」

 バースデイはトガネの首を掴み、締め上げる。

「ぐ……ッ! はな、せ……っ!」

 苦しみもがくが、何にもならない。何も。

 竜の呪縛が、影に戻ることすらも許さず、トガネを苦しめ続けてゆく。

「諦めろ。ゲームオーバー、だ」

 冷酷な宣告。それを下したバースデイの瞳の端に、アクセルリスが映る。

「なお立ち向かってくるか。善い……それでこそ残酷のアクセルリス!」

 嬉しそうにそう吠え、そしてバースデイは、わざとらしく隙を作りながら──トガネを強く、投げ飛ばした。

「ぐああっ!」

「トガネ──ッ!」

 アクセルリスは選択を迫られる。トガネを救うか、バースデイへ一太刀を浴びせるか。

「──くッ!」

 瞬間的な状況判断ののち、アクセルリスが選んだのは──迷うまでもなく、トガネだった。

 駆ける方向を曲げ、吹き飛ぶトガネを空で受け止める。

「大丈夫っ!?」

「あるじ……!」

 勢いを殺しながら、無事に二人は着地する。しかし、それぞれの眼は捉えてしまった。

 ──迫りくる異形の姿を。

「オオオオオオオオオオォォォッ!!」

 悍ましい咆哮が世界を揺らす。二人の身も、本能的恐怖に竦み、震えてしまう。

「く……!」

「ひ……」

 そしてバースデイは跳び上がり──太刀を大地に、叩き付けた。


「────」



 震撼。一瞬、世界が静寂の内に閉じ込められ──そして、解放される。



「ぐ──ああああああああぁぁぁーーーーっ!」


 砂嵐のごとく立つ土煙の内から、二つの絶叫が重なる。それは次第に小さくなり、消えた。


「ふ、ははは。ははははは! 流石に今のでは死なない、とは思うが」


 煙が収まる。太刀の痕が、地割れと見紛うほどの亀裂を、刻んでいた。


「はは……さて、どう出るか」


 笑うバースデイは太刀を地に突き立て、そしてその場に立ち続けていた。

 アクセルリスのエゴを、手に入れるために。





 森の奥。


「う、う…………っぐ」

「は、あ、あ、あぁぁ……」


 吹き飛んだ二人は、茂る木々の中にて、倒れ伏す。

 トガネの身が砕け、赤い光が影に戻る。

 アクセルリスは立ち上がろうと、木に縋るが、それですらも叶わず。

 もはや、満身創痍。


〈く……そ、からだ、が……〉

「痛い……痛い……! 動か、ない……!」


 全身に満ちる苦痛に呻く。だがいくら呻こうとも嘆こうとも、空転するのみ。


「はやく……はやく、しないと…………!」


 死の予感に極まった焦燥を見せるアクセルリス。


「ここで、終わる……? 私が……トガネが…………!?」


 血に濡れたその身を引き摺りながら、どこかへ行こうと藻掻く。だがその身は、一歩を進むことすらできない。


「…………く」


 苦虫を嚙み潰したような顔をして、アクセルリスは木に寄り掛かった。

 その表情には、ある達観が見えた。

 そして言った。


「……ト、ガネ」

〈なんだ……!〉

「あんたは、逃げて…………!」


 消え入りそうな、小さな声で、そう言った。


「まだ、動けるでしょ……? だから……逃げて」

〈え……?〉

「逃げて、助けを呼んで……! そうすれば、助かるから……!」

〈何言ってんだよ主……そしたら、主はどうなるんだ!?〉

「わからない……でも、あんたが生き延びるなら、それでいいよ……」

〈よくねえよ……! 生きたいんだろ、主は!〉

「もちろん、生きたいよ……! でも、それと同じくらい……ううん、それ以上に、トガネに生きてほしいんだ……!」

〈なんでそんなことを!〉


 声を荒げるトガネに対し、アクセルリスは予想外な質問を投げかける。


「…………あんたの名前の由来、覚えてる?」

〈急になんだよ……! 覚えてるさ、30秒で考えた意味もない名前だろ!? それがどうしたって〉

「あれ……嘘だったんだ。ごめん」

〈え……?〉

「本当は……ちゃんとした意味がある。それだけは……知って、ほしい」


 トガネは沈黙し、アクセルリスの言葉に耳を傾ける。


「《トガ》っていうのはね……極東の言葉で《生きること》って、意味なんだ」

〈生きること──〉

「私はあんたに、生きる意味を──そして、生まれた意味を知って欲しいんだ……だからトガネ、ここから逃げて……!」

〈──〉


 トガネは影の中で震えた。そして、迷いのない声で、言った。


〈──アクセルリス。お前は、バカだ〉

「え……?」

〈俺の生まれた意味は、もう──初めから、分かってた〉


 影を編み、同じ目線で、アクセルリスを見つめる。


「主を──アクセルリスを護ること。それが、俺の生まれた意味なんだ」

「────」


 命の籠ったまっすぐな赤い眼に、アクセルリスの驚いた顔が映る。そこに宿るは決意、理解、そして愛。


「だから主、行こう」

「…………」


 トガネは微笑む。その顔を、アクセルリスは信じた。



「何か、手はあるんだよね」

「ある」


 トガネの助けを借りて、アクセルリスは歩む。竜纏う異形の待つ、決戦場へ。


「心配はいらない。アクセルリスは、俺が必ず護り抜くから」

「……信じてるよ、相棒」


 互いに微笑みを交わす。二人の心は、重なり合い一つとなる。




 そして、至る。


「……フム」


 フラフラとした歩みで姿を見せたアクセルリスを、バースデイは見下ろした。


「その身で尚戻ってきたか。善い、善い。ワタシはまだ、生まれた意味を掴めてはいないからな」

「当たり前……だろ」

「何を?」

「今のお前に……そんなことが分かるわけ、ない」

「────はははははは! 何を言うかと思えば。やはりお前は面白い」


 バースデイはそうとだけ言うと、太刀を構えた。


「さあ来い。今こそ全てを決しよう」

「そうだな。誰が生き残るのか、定めるときだ」


 トガネがアクセルリスの手を握る。


「ほう? 何をするつもりか? 良いだろう、見届けてくれようとも!」


 バースデイは笑い、竜の鎧の奥で笑った。


「アクセルリス、準備はいいか」

「うん。私とトガネが揃えば敵なしだよ」

「……違いない!」


 二人は笑顔を浮かべ、繋げた手を水平にかざす。


「いくぜ、アクセルリス!」

「いくよ、トガネ!」


 二人の体から魔力が迸る。

 アクセルリスはトガネに、トガネはアクセルリスに、それぞれ己の持つ魔力を送り込んでゆく。


「はあああぁぁぁぁ……っ!」


 躊躇うことなく魔力を注いでゆき、二人の身体に二人分の魔力が循環し続け──ついに、溶け合う。


「来た……っ!」


 二人の目が輝きだす。特にトガネの赤い右目はより強く光を放ち──その影の肉体に、右目を中心としてヒビが入る。


「トガネ──!」

「──アクセルリス」


 小さく、互いの名を呼び合った。

 トガネの身体が音を立てて砕けた。


〈「今。やっと〉」


 赤い光が、トガネの目だけが宙に漂う。それはアクセルリスの周りを激しく飛び回り始める。

 その光に呼ばれるように、周囲の影が沸き立ち、また編み上がる。そしてそれらはみな、アクセルリスの身体に纏わり付く。


「私達は、今」


 凛と前を見るアクセルリス。影が段々と彼女の体を飲み込んでゆく。


〈俺達は、今〉


 影を喚ぶトガネ。それが十分に集ったのを見て、残酷に光るアクセルリスの右目に──飛び込んだ。



「〈今、ひとつに────!」〉



 影に覆われたアクセルリスから、赤と銀の光が眩く放たれる。それは残酷な世界をどこまでも照らす、しるべのように。




「────はあッ!」




 一際強い光と共に、影が弾けた。

 現れたアクセルリスは。


「これが……私と」

〈俺の! 想いの果て!〉


 銀色の左目と、残光を引く、赤い右目。

 影のように黒く染まった髪は、光を浴びると銀色に艶めく。

 魔装束は影と融合し、大きく異なった様相を見せる。

 そして、その腕や背、脚からは影が収束した不定形な巨大な刃が生え、敵を殺すべしと揺らめいている。


 これが、アクセルリスとトガネの、はたて。

 共に過ごし、共に戦い、共に生きた二人が、いま、一つになった。



「────」


 残酷で神秘的な光景を目の当たりにしたバースデイは、異形の中で、言葉を失っていた。


「……ハハハ。面白い、それでこそアクセルリスだ」

「私じゃない。これはトガネの願いの結晶だ」

〈アクセルリス──ありがとう〉

「……時間はない。悟得を与える気もない。バースデイ。お前を、殺す」


 両手に持つ槍に影が纏わり、巨大な刃へと鍛え上げる。


「これが──終わりだ」

〈行くぞ……バースデイ!〉


 全身に魔力を漲らせ、アクセルリスは駆け出した。


【続く】

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