#2 森のお宝をめざして
【#2】
「急がば急げ! アクセルリス、準備できた?」
「うん。まあ準備も何もないけどね私は」
「それもそうか」
「……一応聞いておきけど、場所分かってる?」
「もちろんだよ、すぐ近くだからね!」
「ならよかった……」
◆
「はい着いた!」
「ホントに近かったな」
「信じてなかったの!?」
「いや、信じてたけど?」
「ふーん? ま、いっか」
アクセルリスは視線をまどろみの森に移す。
見たところ、何の変哲もないただの森だ。
「アディスハハはここには何回くらい来てるの?」
「んー……二、三回……」
「そんなもんか」
「そんなもんよ」
「何かアテはあるの?」
「いや、特にないけど」
「出たとこ勝負か……」
「……なんか今日のアクセルリスはやけに用心深いね」
「いやぁ、ちょっとこの前色々あってね……」
「大変なんだねー。んじゃじゃ行きますか」
「そうだね、とりあえず森の真ん中を目指そうか」
「いいね! 名案だ」
二人は意気揚々と森に足を踏み入れた。
◆
「迷ったー!!」
「嘘でしょ……早すぎる……」
叫ぶアディスハハとうなだれるアクセルリス。
「なんでだろうね」
「わからない」
「とりあえず引き返してみる?」
「もうどこから来たかもわからないよ……」
「むむぅ。パンくずを目印にしていれば……」
「多分野生動物に食べられて終わりじゃないかな」
「……確かに」
耳を澄ませる。アクセルリスの言う通り、動物たちの声がにわかに聞こえてくる。
「どうしよっか」
「もうとにかく、進むしかない」
「そうだね、歩いてればどこかしらには着くよね!」
気を取り直してアディスハハが歩き始めようとした。その時。
「──ん?」
不意に木陰から姿を現したものがいた。動物ではなかった。
「……誰だ、あんたたち」
それはエルフの少年。その顔つきにアクセルリスは既視感を覚えた。
「ファルフォビア?」
「何……? あんた、姉さんの事を知ってるのか?」
「うん、友達だよ。大親友!」
「……じゃあまあ、悪者じゃなさそうだ。オレは《フィアフィリア》。姉さん──ファルフォビアの双子の弟で、ここ《まどろみの森》を警備している」
「私はアクセルリス。それでこっちが」
「いじけアディスハハ」
少し目を離した隙にしゃがんで土をいじっていた。これがいじけアディスハハだ。
「なにいじけてんのさ」
「私以外に大親友がいるなんて……」
「そこ!?」
二人の様子には気にも留めずフィアフィリアは言葉を続ける。
「姉さんはまだ死んだ妖精の森に住んでるのか?」
「あっ、うん。元気に真面目に毎日働いてるよ」
「ならよかった。オレも元気だと伝えてくれ」
「あいわかったよ」
「んじゃじゃ! 森にあるなんらかのお宝について何か知ってる!?」
飛び上がるアディスハハ。その高さ約2m。
「うわっびっくりした、情緒不安定なの?」
「宝、か。心当たりがないでもないが」
「ぜひぜひ! ぜひ情報提供を!」
フィアフィリアに急接近するアディスハハ。思わず彼もたじろぐ。
「わ、分かった、案内するから、離れてくれ」
「おっと? 私の美貌に見惚れちゃったかな?」
「あらー? 意外と純情なんだね? かーわいっ」
「かーわいっ」
「えへへっ」
「にひひっ」
「う、うるさいな」
フィアフィリアは茶化す二人に背を向け、早足で歩きだした。
「ついてこい」
「「はーいっ」」
「ここだ」
フィアフィリアが二人を連れてきたのは洞穴。位置的には丁度森の中央。
「ここかあ」
「この中にお宝があるんだね!?」
飛び込もうとするアディスハハを必死で止めるフィアフィリア。
「待て待て! 話を聞け!」
「えー、もったいぶるなあ」
「ここは《王の洞穴》と言われている」
「この森の王?」
「ああそうだ、その王の宝がここに隠されていると噂されているんだ」
「それはさぞかし豪勢なものでしょうね!」
アディスハハの勢いは止まらない。
「……はぁ」
フィアフィリアも観念し、彼女を離す。
「アクセルリス! 行くよ!」
「うん!」
◆
その洞穴は想像よりもはるかに浅かった。
三人はすぐに行き止まりに面した。
そして、古びた置物を見つけた。
「……これが」
「これが財宝!? ウソでしょ!?」
アディスハハの叫びが反響する。
「普通にショックだ……」
色を失いつつあるアディスハハを横目に、アクセルリスはフィアフィリアの方を見る。
彼は洞穴の壁をじっと見つめていた。
その壁に何かが刻まれていることにアクセルリスもすぐ気づいた。
「それは?」
「古代妖精文字だな。遠い昔妖精たちの間で使われていた文字だ」
「読めるの?」
「多少な。今解読してるからしばらく待っていてくれ」
「だってさ。アディスハハ聞いてた?」
「…………」
アディスハハは土をいじっている。いじけアディスハハだ。
「まーたいじけてるし……」
「いじけアディスハハでも話は聞いてるもん」
「ならいいんだけどさ」
アディスハハは立ち上がり、置物を眺めまわす。
アクセルリスは腕を回しストレッチ。ここ最近肩こりが目立ってきていた。
二人揃って手持ち無沙汰。置物鑑賞にも飽きたのか、アディスハハが切り込んだ。
「……そういえばさ」
「ん?」
「アクセルリスにも弟とかいるの?」
「…………妹が二人と、弟が一人」
「へぇ、お姉ちゃんなんだね。道理で寛容性があるわけだ」
「……ありがとう」
アクセルリスは多くを語らない。今ここで真実を語っても、アディスハハの気遣いを打ち落とすようなものだ。
「アディスハハは?」
「私? 私はねー…………正直、覚えてないや」
「覚えてない?」
「うん、色々あったんだ、魔女になってから」
「……そうなんだ」
「色々ね、本当に、色々……」
そう繰り返すアディスハハの横顔はどこかもの悲しく、影を落としていた。
いつか、そう遠くない未来。
私たちはお互いの全てを語り明かすだろう。
二人は心のどこかでそう感じた。
「よし、終わったぞ」
黙考に入りかかっていた二人を引き留めたのはフィアフィリア。
「どうやらその置物は財宝ではないらしい」
「ほんと? じゃあ何なのコレ」
「『鍵』だ」
「鍵……というと?」
「今からそれを含めた全てを教える。ご丁寧に細かく記されてあったんでな」
◆
「まずさっきも言った通り、その置物は鍵となる。だが、鍵といっても実際に鍵としての働きをする訳ではない。似たような役目を担っているだけだ」
どこからか取り出した木の棒で壁の文字を指しながら、二人に解説を行う。
「じゃあ何の鍵なのか。単刀直入に言う。《森の王の試練》の鍵だ」
「……」
息を飲む。思ってた以上に大事になりそうだぞ、これ。
「《森の王の試練》。それを達成したものは、森の王より大いなる財宝を得る権利を授けられる」
「大いなる財宝……!」
アディスハハの目が輝く。
「だがもちろん、試練は非常に難易度が高く、これまでに達成したものは現れていない」
「そんなに」
「で、その肝心の内容は」
「それが、書いてないんだ」
「ほへ」
「試練の内容は書いていない。ただ、ここの壁にはこう書いてあった。『試練は王より直々に与えられる』と」
「つまり……森の王が教えてくれるってことなのかな」
「十中八九そうだろう」
「じゃあ、チャレンジする為にはどうしたら?」
「やる気マンマンなんだね……」
「もっちろん! そのために来たんだからね」
「それこそこの鍵の出番なんだ。試練に挑むものがこの鍵を手にし、洞穴を出る」
「ほうほう。そしたら森の王さんが教えてくださるって感じなのね」
「そうだ。先に言っとくが、挑戦できるのは一人だけだ」
「だってさ。アディスハハどうする?」
「もちろん、私が行くよ。言いだしっぺは私なんだし」
「分かった。アディスハハがそう言うんなら任せるよ」
「任されたよ!」
アディスハハは鍵を手にし、出口へ悠々と歩きだした。
「あまり無礼な行いはするなよ!」
「だいじょーぶだいじょーぶ!」
「大丈夫じゃなさそう」
「心配だ……」
洞穴から出た三人。アディスハハは早速鍵を掲げて叫んだ。
「おーい、森の王さんやーい、出ておいでー」
「…………」
聞こえてくるのは鳥のさえずりをはじめとした環境音だけ。
「あれー」
「出てこないね」
「手順は問題ないはずなんだが……」
三人が怪訝に思っていると、突然地響きが森に響いた。
「うおおおおおおお!? おおおおおおお!?」
「うわあああ! 揺れてるうううう!」
「な、なんだなんなんだ!」
三人は見た。周囲の木々がざわめき始めたのを。
三人は聞いた。彼らが立つ大地がきしみ始めたのを。
そして、三人は感じた。おおいなるものの鼓動を。
爆発。そうとしか形容できない現象。
大地がめくれ上がり、土煙が森を包む。
「う……!?」
アクセルリスは煙の中にわずかに見えたものに目を疑った。
鱗。蛇のものだろうか。いやしかし──巨大すぎる。
あたり一面が土色に染まったころ、彼らは何か巨大なものに囲まれていることを感じ取った。
やがてその何かは動きを止め、天を覆っていた土煙もゆっくりと収まっていく。
だんだんと姿を晒すそれは、信じがたいが、やはり蛇であった。
大きさは規格外。その一言に尽きる。
「こ、これが……」
「森の……王……!?」
巨大蛇は三人を取り囲み、洞穴の上に頭を乗せ鋭い眼で見据える。
「Srrrrrrrrrr…………」
舌を出し入れしながら王は訪問者の様子を見ていたが、やがて口を開いた。
「Srrrr……Hmm……Yoorsschhhrngggggg?」
「……え?」
「……へ?」
「何?」
三人には呻き声にしか聞こえない。
何を伝えようとしているかが誰にも分からない。
「Hmm。Well……ザヤタシ、ヒオヱチ、サホヨユノキ」
続いて今度は文字の羅列。言葉として聞き取れはするが、これも意味は分からない。
「……分からない」
「……私も」
「これは……古代妖精語だ」
「ホント?」
「じゃあ何言ってるか分かるの?」
「いや……読解はまだ未修得で……」
「サエナヨネヱソ。ハワマ……これならどうだ」
「あっわかる!」
「わかるわかる!」
三回目にしてやっと王は三人にも伝わる言葉を発した。三度目の正直。
「やっとつうじたか。まったく、ことばというものはふべんなものだ」
「あなたが……森の王ですか」
「いかにも。よがこのもりをすべるものである」
「あの、私試練を受けに……」
「わかっている。よをよんだのはきさまであろう。なのるがよい」
「蕾の魔女アディスハハ」
「まじょか。よかろう。しれんへのちょうせん、うけたまわった」
「では王、彼女らに試練の内容を」
「もりのおうのしれん。それすなわち、かぎをもりのそとへもちだすこと」
「……それだけ?」
出し渋った割にはあっけない内容にアクセルリスは拍子抜け。
「ただし、じょうけんがある。それは『もりのものをきずつけてはならない』こと」
「……それでも、簡単すぎるような」
「そうおもうか、ならばそれでよい」
森の王は何か含んだような言い方でそう言った。
「森の王、質問です。この試練は協力して挑んでもよろしいのですか」
「かまわぬ。みたところ、こたびのきゃくじんはふたりのまじょ。ちからをあわせ、しれんのたっせいをめざせ」
「だって。私も手伝えるね」
「うん! アクセルリスと私ならだれにも負けないよ」
「そうだね!」
互いを見据え、強くうなずく二人。
「ではよいか」
「もちろん!」
「いつでも!」
「よろしい……では」
森の王は首をもたげ、天を仰ぐ。そして──
「……SSYYYRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!!」
咆哮が森に轟いた。
そして、それに続いて、森の各地で甲高い絶叫が上がった。
「こ……これは!?」
突然の事態に混乱する三人。いち早く気づいたのはフィアフィリアだった。
「《サケビタケ》だ!」
「サケビタケ……って、動物を興奮状態にさせるっていうあの!?」
「そうだ! なるほど、確かにこれは一筋縄ではいかない……!」
「さあ、しれんははじまった。ゆくがよい、ちょうせんしゃよ!」
「アクセルリス、行こう! こうなったら短期決戦だ!」
「わかった! フィアフィリア、ありがとうね!」
「ああ、幸運を祈る!」
「ばいばい!」
案内人と手短に別れを済まし、二人の魔女──挑戦者は森の出口目指して駆け出した。
【続く】