表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
31話 ひとり去るとき/When you leave
139/277

#1 ハッピーバースデイ

【ひとり去るとき/When you leave】



 ある朝。


「──せーのっ」


 ここは死んだ妖精の森、アイヤツバス工房。

 今は何やらにぎやかなムードだが……?


「トガネ、誕生日おめでとーっ!」


 祝福を告げる鋼の声。優しく微笑む知識の眼。

 幸せに包まれた、ひと時の華。

 そう。それはトガネの誕生日パーティーだった。


「ありがとな! 主、創造主!」


 人間態のトガネは満面の笑顔で、料理に囲まれる。


「今日はたくさんごちそうを作ったからね、好きなだけ食べてね」

「私も作ったんだよ! トガネの好きなものはよーく知ってるからね!」

「やったー! いただきまーす!」


 トガネは言うも早く、手当たり次第に食べ始めた。


「あはは、トガネったら私に似てきたなぁ」

「喉、詰まらせないようにね」


 二人の魔女はそれを微笑みながら見守る。

 家族の一員の生誕を祝う宴。それは、二人にとって幸福に他ならない。


「……それにしても、もう一年経ったのね」

「そうですねー。トガネが生まれてから一年ってことは……私が環境部門長として働き始めてからも一年ってことですから」

「時が経つのは、本当に早いわ」

「思えばこの一年、長かった気もしますし、あっという間だったような気もします」

「色んなことがあったわね」


 アクセルリスは腕を組み、記憶を掘り出してゆく。


「殺して……殺されかけて……殺して……殺して……殺して……殺した」

「思い出が殺伐過ぎない? 他にもあるでしょう、平和なやつ」

「えー? そうだなぁ……お料理対決とか」

「あれは……大変だったわね……」


 瞳の奥、アイヤツバスは想起する。バシカルという暴走列車の存在を。


「他には……美味しいものいっぱい食べて……アディスハハとかイェーレリーと遊んで……仕事もして……」

「満喫してるじゃない」

「楽しめるうちに楽しまなきゃ。死んだら終わりですからね。私はそう簡単に死にませんけど」


 不敵に微笑み、そう言った。


「あとは、トガネに助けられてばっかりでした」

「ふふ。ばっちりお仕事してるみたいね、トガネも」

「ほんとに、トガネがいなかったらどうなっていたことか」


 己の使い魔を介在させ、さらに記憶を掘り進む。


「トガネにも色んなもの食べさせたなぁ」

「最初は……少し、失敗しちゃってたけどね……」

「まあその分、いっぱい食べてもらって、ぐんぐん育ってもらいましょう!」


 過去を悔やむことはしない。それがアクセルリスだ。


「あとは……あ、いっしょに海を見たり?」

「総督勅令のときね」

「そうですそうです。トガネったら海を見ておおはしゃぎして、船に乗ったらもううるさくてうるさくて」

「ふふっ、様子が目に浮かぶわね」

「まったくですよ。わかりやすいやつなんだから……」


 どの口が言うのだろうか。


「そういえば、雪も見たいって言ってました」

「雪ねぇ。この森には降らないからね」

「そうだ、そうだ。それで私そのとき思ったんですよ」

「何を?」

「もっとトガネに、色んなものを見せてあげたいな、って」

「へぇ、いいじゃない」

「ですよね!」


 明るい表情のアクセルリス。きっと、戦火に巻き込まれる前も、こうだったのだろう。


「生まれて一年がたったけど、トガネはまだまだ知らないものがたくさんある。だから、色んなことをさせて、色んなものを見せて、もっともっと成長してほしいんです」

「そうね。何事も、いい経験になるわ。トガネは学習が早いし、感受性も豊かだから」

「この世界には、面白いことがたくさんある。それを教えてあげたいと思って」


 アクセルリスは微笑む。それは優しい、姉の顔。


「それで、いつかトガネが、いろんなことを思い出して、笑えたらいいなって!」

「ふふ。きっと、そうね」

「私、楽しみです」


 そう言って、アクセルリスとアイヤツバスは笑った。




 そして、全ての皿が空になった。


〈ふうー……食った食ったぁー……〉


 トガネは既に影へと戻り、余韻を味わう。


「どうだった?」

〈最高だったぜ! ありがとな!〉

「うふふ、よかった」


 団欒とする三人。その様は誰から見ても『家族』そのものだろう。



 そして平和な一日が過ごされる──と思われていた、その矢先。



 こんこん、と工房の扉がノックされる。


「あら、客人かしら?」


 アイヤツバスが扉を開くと、そこには一羽のカラス。額に第三の目を持つ、三つ目のカラスだ。


「クリフエ?」


 それは魔女機関総督キュイラヌートの使い魔、クリフエである。彼がこの場にいるということは。


「手紙……伝令ね」


 アイヤツバスはクリフエから伝令を受け取り、その場で読む。

 すぐにその眼差しが鋭くなった。


「……アクセルリス、トガネ。すぐ出発するわよ」


 アイヤツバスの様子と声色で、二人もすぐに事を把握した。

 何らかの緊急事態だ、と。


「行こう、トガネ」

〈ああ〉


 己の影に赤い光を潜ませ、アクセルリスは工房を出た。


 その心に、言い難い不安を抱えたまま。





〈──よく来てくれた〉


 魔女機関本部クリファトレシカ最上階、氷に閉ざされた総督室にてキュイラヌートは一行を迎えた。


〈まずは突然の呼び出し、謝罪しよう〉

「いいえ、気にしないで。私たちは魔女機関に仕える身。非常事態にはすぐ駆けつけるわ」

〈感謝する〉


 二人のやり取りの中、アクセルリスはキュイラヌートの傍に立つ一人の魔女に気を取られていた。


「あの、シャーデンフロイデさん?」


 それは残酷魔女隊長シャーデンフロイデ。極寒の総督室にあってなお、彼女は普段と変わらぬ服装のまま。透明なペンダントは冷たい風に吹かれ、揺れる。


「私も少し関わらなければいけない事態なのでな」

〈では、今回の件に関して、説明を始める〉


 冷気を裂く、より冷たい声。アクセルリスは気を引き締める。


〈我が魔女機関において、呪術を担当する魔女がいることは知っているな〉

「アラクニーさん、ですね」


 アクセルリスのエゴを鍛えなおし、アディスハハ奪還の道を示した偉大な魔女だ。忘れるはずもない。


〈アラクニーは呪術のほかに、魔女機関での催事や占術においても重要な役割を担う魔女だ〉

「そんな彼女だが……昨日、消息を絶った」

「!」


 息を呑む。


〈ただ厳密にいえば、所在の目途は立っている。東部に《カーサースの森》という森林があるのだが、そこはアラクニーの出身地であり、私有地でもある〉

「アラクニーは度々その森に戻り、呪力を高める修行を行っているという」

〈そして今回も、消息を絶つ前日に、その森に戻る旨を我に伝えていた〉

「恐らくアラクニーはカーサースの森にいる可能性が高い。そして、そこで何らかのアクシデントに遭ったのだろう」


 アクセルリスは腕を組む。『何らかのアクシデント』。彼女はすぐに一つの可能性に思い当たる。


「魔女枢軸……?」

「そうだ。我々は魔女枢軸の介入を強く疑っている」

「このご時世、十分あり得る話ね。魔女機関の呪術師を狙うなんて、いよいよ手段を選ばなくなっている気もするけど」


 アイヤツバスは眼鏡を整え、さらにこう付け足した。


「……まあ、まだ確定したわけじゃない。余計な明言は避けるわ」


 暫し冷たい静寂に身を置いたのち、キュイラヌートが続けた。


〈そして本題に入る。アクセルリス〉

「はい」

〈アラクニーの捜索を任せたい〉

「私が……私一人が、ですか?」

「本来ならば多くの人員を割きたい。だが、そうもいかない事情がある」

「アラクニーは魔女機関において重要な役目を担っている魔女。そんな彼女が突如行方不明になったと知られれば、魔女機関はどうなると思う?」


 アイヤツバスの問い。アクセルリスはすぐに答えを出す。


「……ただ事では済まなそうですね」

〈その通りだ。この情報が流れれば、魔女機関の外部よりも内部が大きな混乱に陥るだろう〉

「だからこそ、このことは魔女機関でも一部の魔女しか知らされていない。そして、捜索もごく少人数での行動が避けられない」

〈故に、邪悪魔女でもあり残酷魔女でもあるアクセルリス、汝にこそ任せたいのだ〉


 絶対冷帝直々の任務。当然、アクセルリスが断る理由もなく。


「分かりました。このアクセルリス、任務を遂行します」

〈頼んだ。加えて、もう二人。共に捜索に協力する魔女を呼んである〉

「もう二人?」


 アクセルリスがそう言った時、背後の扉が開き、二人の魔女が姿を見せた。


「只今参りました。遅参、大変申し訳ありません」

〈来たか。丁度話をしていたところだ〉


 それは黒く冷たき姉妹。バシカルとカーネイルだ。


「バシカルさん、カーネイルさん!」

「話は伝わっております。私達はいつでも出立可能であります故」


 二人の眼差しは鋭い。既に、任務は始まっているかのようだ。


〈感謝を。では、事態は急を要する。アクセルリス、バシカル、カーネイルよ。カーサースの森へ行き、アラクニーを捜索せよ〉

「はいっ!」

「了解」

「了解しました」


 冷たき帝の号令とともに、黒き鋼は打って出る。



「……アクセルリス、トガネ」


 アイヤツバスは二人を呼び止めた。


「……気を付けてね」

「お師匠サマの自慢の弟子と使い魔です、心配はご無用ですよ!」

〈おう、オレと主が揃えば敵なしだ!〉

「では、行ってきます!」

「……行ってらっしゃい」


 微笑みながらも、心の靄を拭えぬまま、アイヤツバスは二人を見送った。



 同中、魔行列車にて。


「……ごめんね、トガネ」

〈ん、何がだ?〉

「せっかくお祝いの日だったのに、任務になっちゃって」

〈いいっていいって、気にすんな! オレとしてはこっちのほうが日常感あって落ち着くからさ〉

「……ごめんね。終わったら、またごちそうつくるから!」

〈おっ、それは楽しみだ! よし、今回もさっくり終わらしちまおう!〉

「……そうだね!」


 二人はそんなやり取りを交わした。



【続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ