#9 笑う月輪
【#9】
「お疲れ様。よくやってくれたわ。完璧よ」
アイヤツバスは賞賛の言葉で迎える。
「色々と想定外は起こったがな。それを乗り越えてこそ成功の美酒は映えるというものだ!」
「よく言うよ、死にかけたくせに」
「う、うるさいな」
ゼットワンはばつが悪い風に咳ばらいをし、そしてシャーデンフロイデへと向く。
「何れにせよ私たちの役目は終わりだろう?」
「物分かりが良くて助かる。私としてはもうひと悶着起こると予想していたからな」
静かに腕を組むシャーデンフロイデの背後には、グラバースニッチ、イヴィユ、ロゼストルム、ミクロマクロの四人。おそらくは、三人の逃走を想定して呼び寄せたのだろう。
「ハァーハ! いくら私達とてそこまで往生際は悪くないさ!」
「そうだナ。再び三人デ集えた以上、最早悔いハないだろウ」
「ああ。スカーアイズとインペールがいるのならば、私はどこでも往こうとも」
どこか風格すら漂わせるその様子に、トガネが余計な口を挟む。
〈投獄されるだけなのに偉そうだ……〉
「うるさいな! なんなんだお前たちは二人揃って! 姉弟か!?」
「まあ、大体そんなとこ!」
〈そうなの!?〉
平穏を感じさせる一幕。今度こそ、危機は去ったのだと。
「さて、そろそろ潮時だろう」
シャーデンフロイデが指を鳴らすと、どこからか人形がやってきて、三人の手首に錠をはめる。
「何か言い残すことは?」
「強いて言うのなら……すまなかった、と。謝罪の意を示したい」
「おまえみたいなやつでも反省はするのだな。その言葉だけは受け取っておこう」
「カイトラってば辛辣ぅー」
「私としては、貴女の驚いたあの顔に免じて、許してあげようかしらね」
パーティーメイカーズはゼットワンの言葉を、各々受け止めた。
「感謝ヲ。ゼットワンとノ再会、そしテ再び我ラの絆を確かめル機会をくれタ事へ。」
「特段感謝されることでもないが……まあ、受け取っておこう」
「汝ラの旅路ガ輝かしイことヲ祈っていル」
と、インペールは残酷魔女たちに一礼した。
そして。
「ンッンー、特には無いが……そこの嬢ちゃん」
スカーアイズが捉えたのはアクセルリスだった。
「私?」
「お前はすごいやつだ! がんばれよ!」
「……言われなくても、頑張るっての」
共に目を合わせ、笑った。
「では、任せたぞ」
「はいよー。しかし、流石に人使いが荒すぎやしないか? 私達は一仕事済ませた直後なんだけど……」
「人手が少ない以上仕方あるまい」
「やれやれ……そろそろ残酷魔女も求人票を張った方が良いと思うな」
ミクロマクロはそうぼやきながら、三人を連れ、消えた。
◆
「ん~、今日も一件落着ね。久々に再生したからお腹すいちゃった」
「あ、同感~。時間も時間だし、そろそろご飯にしよっか?」
「いいわねぇ。カイトラもどう?」
「……同行はする、が……」
カイトラは頭を抱える。
ここまで誰も一度も触れてこなかったが、シャーカッハは腕一本から再生し、ケムダフは魔力で新たな依り代を作った。だが、それ以上のことはしていない。つまり──
「いい加減、服を着ろ……」
素っ裸で何食わぬ顔をし続けた二人に、カイトラは呆れるばかりであった。
◆
「これで今回の任務は無事完了だな。皆、ご苦労だった」
シャーデンフロイデは集った残酷魔女にそう言う。
「突然の事態だったが、よく成し遂げてくれた」
「鍛えてるからな。余裕だぜ」
「ええ! わたくしたちが後れを取るなど、ありえませんわ!」
〈〈まったく、誰のおかげだと……〉〉
「要は進化、だな」
〈〈それはちょっと、分からないわぁァぁ……〉〉
それぞれが納得したような表情を浮かべている中、アクセルリスは心の中で何かに気付いた。
(……あれ? 今回私、特に何もしてなくない……?)
思えば残酷魔女として活躍したのは、お菓子を貪り食っていたことぐらいだ。その恐るべき事実にアクセルリスは恐怖する。
「アクセルリス」
「は、はいっ!?」
ゆえに、シャーデンフロイデからの呼びかけに、素っ頓狂な声で返事をしてしまうのだ。
「私達は戻るが、お前はどうする?」
「私は……もう少しお師匠サマたちといます」
「分かった。気を付けて、充分に休息を取るように」
「はい、了解です!」
◆
そうして残酷魔女たちも去り、残ったのはアクセルリスたち。
〈……なあ、主〉
ふと、トガネが切り出す。
「なんじゃらホイ」
「あいつらって……悪いやつなのか?」
「あんたも難しい質問するようになったね……」
苦笑いしながらも、トガネの成長を感じ喜ぶ。
「どうなんだろう。少なくとも、邪悪魔女を襲ったり、暴動を起こしたりしたのは悪いことだよ」
「でも、彼女たちは傭兵」
アイヤツバスが言葉を挟む。
「傭兵は雇い主の命令に従う。それがどんなものであれ、ね」
「と、考えると……善とか悪とかじゃないのかも」
〈……つまり?〉
「彼女たちは彼女たちのやるべきことをやっただけ。それが結果的に悪になっても、彼女たちは知らないし、関係ないのかも」
〈どっちにでも成りうる、ってことだな?〉
「そうね。だから、あなた達にも覚えておいてほしいわ」
二人はアイヤツバスに視線を向ける。
「尊敬する人、所属する組織。それらが常に正しいとは限らない。最終的に物事を判断するのは、自分しかいないこと」
いつになく真剣な様子のアイヤツバスに、二人は少し訝しむ。
「特に、私のような悪い魔女の言葉を信じすぎないようにね」
「何言ってるんですかお師匠サマ、私はお師匠サマの言う事なら全て従いますよ! それだけの恩がありますから!」
〈そうだぜ創造主! オレたちは家族だろ! 泣いても笑っても恨みっこなしだ!〉
「いや、それはちょっと違うと思う……」
〈そうなの!?〉
藹々とする二人、その真っ直ぐな眼差しを見て、アイヤツバスの表情も綻ぶ。
「……うふふ。ありがとう。そうね、私達は家族……」
「そうです。だから……いつまでも、これからも、皆で一緒にいましょうね!」
〈オレも、そう思う!〉
「ええ、きっと」
「約束です!」
輝かしい家族の愛。希望に包まれた夜の元、アクセルリスは魔製の月を見上げた。
月は、笑っていた。
それは、これからアクセルリスに訪れる試練を、知っているかのように。
【残酷スクランブル! おわり】