#8 The Dynamics of an Asteroid
【#8】
「ハァーハハハ、ハ、ハァ! 久しぶりだな、ゼットワン!」
「元気そうデなによりダ。こちらモ上々だゾ」
隻眼の魔女スカーアイズと貫徹の魔女インペールだ。かつてゼットワンとトリオを組み傭兵として戦った、彼女たちである。
「お前たち……!」
ゼットワンは驚きと喜びがないまぜになった顔で駆け出し、強く強く抱きしめ合う。
「お前たちーッ!」
「ゼットワンーッ!」
その様子をみて、アクセルリスもまた驚いていた。何せスカーアイズとインペールは以前の戦いの後、残酷魔女によって捕縛されたはず。
その中、ふと二人の背後に立つ、見覚えのある顔に気付く。
「……シャーデンフロイデさん?」
それは残酷魔女隊長のシャーデンフロイデだ。先程フルフォースを引き受け分かれたはずの彼女が、何故?
「どういうことですか? さっぱり状況が掴めないんですけど……」
「偶然だ。とても不思議な、偶然」
「詳しい解説を所望します」
「フルフォースは既に鎮圧し、アガルマトに捕縛させた。同様に他の四人も無事鎮圧を済ませたようだ」
「よかった! それで、あの二人は?」
「元々スカーアイズとインペールは今日、ヴェルペルギースからプリソンに護送される予定であったのだ。それを私が連れ出した」
よく見れば二人の手首には見覚えのある鉄輪が装着されていた。本来はあれで身柄を拘束していたのだろう。
「ゼットワンに対する人質として連れてきたが、見たところ違うように作用したようだな」
シャーデンフロイデの表情はどこか少し柔らかく。
「して、こちらだが……星を壊す、とか聞こえたが」
「はい。それを巡っては色々な事がありまして」
時間もない。アクセルリスは手短に、要点だけを伝える。
「成程。よくわかった。私達も協力しよう」
「ありがとうございます!」
残酷魔女へも話が伝わったところで、アイヤツバスがぱんぱんと手を鳴らした。
「みんな、いい? 時間がないわ」
アクセルリスとトガネ、パーティーメイカーズ、三人の傭兵、シャーデンフロイデ。この場にいる全員が、真剣に耳を傾ける。
「ゼットワン、考えは変わったかしら?」
「ああ。こいつらと一緒なら、私は何でもできる。どんな作戦だろうと、傭兵として完璧にこなしてみせる」
先程までの、臆病風に吹かれたゼットワンはもういない。輝かしい矜持を取り戻した、誇り高き傭兵の姿。
「それは良かった。じゃあ、貴女達三人が実動してくれるという事でいいかしら?」
「了解したァ! 事の顛末はゼットワンから聞いているぞ!」
「ワタシたち向ケの仕事ダ。話ヲ聞こウ」
「じゃあ、よく聞いてね。私とカイトラで考えた作戦」
◆
その作戦は、こうだ。
「あの星は、多量の魔力を放出しながら落下してきている。普通に壊そうとしても、その魔力に阻まれるわ」
「どうにかして魔力を弱めなきゃいけないわけですね」
「……成程! ならばこの『暴力』の出番という訳か!」
「ええ、その通り。貴女の魔法で魔力を吸収し、勢いを弱める。まずそれが第一手」
アイヤツバスが二本目の指を上げる。
「そして、そのまま二つ目の仕事も貴女に任せる。それは星の中心に狙いを定めること」
「破片を考慮して、最小限の衝撃で星を砕きたい。そのためには、星の中心をしっかりと捕らえることが必要がある」
「だからスカーアイズの魔法で標的を定め、極めて鋭い一撃で星を穿つ。それが破壊の手順よ」
「その鋭い一撃ってのは……」
「成程。ワタシか」
それはインペールだ。彼女もそれを理解していたのか、驚く様子は見せない。
「星を壊すとはナ。初めテ経験だ、心が躍ル」
「やる気満々なようでなにより。そして、ここが一番重要。破片の処理についてだけど」
「ここまで来れば分かるぞ。私の領域魔法による閉鎖空間だろう?」
「その通りだ。あれの頑丈さは、わたしがよく理解しているからな」
カイトラはそう語る。以前囚われた経験が、このような形で生かされるとは。
「破片が飛び散る前に閉じ込めて、安全な場所に降ろす。タイミングがシビアだけど、よろしくね」
「必ず成功させよう。一流として、約束する」
「ふふ。味方になると心強いわね、その自信は」
微笑むアイヤツバス。その言葉に一切合切の裏は無く。
「それで、言ってなかったけどもう一人協力者が必要なの。星の破壊は地上で行うと危険だから、高所あるいは空中で行うことが望ましい」
「そのポイントまで三人を運ぶ人員が必要なのだが……」
「……」
言葉が止まる。
「……?」
アクセルリスは怪訝に皆を見渡し、その目線がことごとく自らに向けられていることに気付き。
「あっ私、私ですか!」
「ええ。あなたの鋼で、みんなを乗せて飛んでほしい。できるわよね?」
「もちろんです! あなたの最高の弟子ですよ、胸を張って任せてください!」
どん、と胸を叩くアクセルリス。張り切りすぎた、ちょっと痛い。
「伝えることは全て伝えたわ。時間の猶予はもう無い、迅速な行動をお願いしたいわ」
「我々の用意は既に万端だ」
「然り然りィ! 今回の標的は星ときた! 気分も漲るさ!」
「傭兵ハ常にエマージェンシーだ。いつでモ問題は無イ」
「私も! 私もです!」
闘志に滾る実動部隊。彼女たちに成功以外の未来は見えていない。
「こちらからも良いか」
シャーデンフロイデが言う。
「アーカシャによる最善破壊ポイントの演算が完了したようだ。その位置を伝えよう」
「ありがとう、助かるわ」
事は、いよいよ大詰めへと向かう。
「──それじゃ、アクセルリス」
「分かりました! はあぁ……っ!」
アクセルリスは両手を広げ、魔都に漂う鋼の元素を搔き集める。
そして、生み出されるのは──
「よいしょーっ!」
鋼の小舟だ。四人程度が乗れるほどの規模のそれは、常夜の都を救う箱舟となる。
「さあ乗った乗った! 乗り心地は保証できないけど、そこは勘弁な!」
アクセルリスの音頭に合わせ、三人が乗り込む。その歩みは強く強く。
「頼んだわよ。魔都の存続は、貴女達に任された」
「そう何度も念を押すな。野暮だぞ。我々は最高の傭兵集団だ。与えられた任務は、遂行するまで」
「然りィ! 大船に乗ったつもりで待っていれば良いさ!」
「実際ハ小さな小さな船だがナ」
「悪かったな!」
大仕事を前にしても、彼女たちの面立ちは変わる気配もなし。
「じゃあアクセルリス、お願い」
「よし! 出航! トガネ、バランス調整よろしく!」
〈あいわかったぜ!〉
四人を乗せた鋼の船が浮かび上がり、宙へと漕ぎ出す。
アクセルリスの魔法とトガネの制御を受けたそれは、苦を見せることなく、大空への航海を始めた。
「頑張ってね、みんな」
アイヤツバスは微笑みのまま、それを見送った。
◆
「不思議なもんだ。かつて敵として戦った奴らとこうしているなんて」
シャーデンフロイデが提示したポイントに至るまでの道中、アクセルリスは傭兵たちに言う。
「分かってると思うけど、少しでも不穏な動きを見せたら即殺すからね」
「心配するな。成功しなければどのみち皆纏めてお陀仏だからな。三人揃って死ぬよりは、三人揃って生きるほうを選ぶさ」
「うんうん、そうだよね! 生きるのが一番だよ」
笑顔で頷くアクセルリス。その様子に、怪訝そうな眼差しを送る三人。
「なァ、嬢ちゃんよ」
切り出したのはスカーアイズ。
「お前とは何度か接触したが……なんか、不思議な奴だよな」
「どういうこと?」
「ああ、スカーアイズの気持ちモ分かル。アクセルリス、キミは常に生きるこトに希望を見出しテいながラ、どこカ恐ろしサを孕んでいル」
「そうそう! 私もそんな感じのことが言いたかった!」
満足げに笑うスカーアイズの横、ゼットワンも納得したようにうなずく。
「成程。私にも二人の言いたいことが分かるぞ。生きることを最高の喜びとし、それを祝福する一方で、時には容赦なく命を奪うこともする。そういう矛盾のようなものがある」
「言うほど矛盾……かなぁ?」
「……どういうことだ?」
「私は、生きるために足掻くことこそが生の喜びだと思ってる。で、誰だって生きるためには何かを殺してる」
そう語る銀の瞳に一切の曇りは無く。
「殺すために殺すんじゃなくて、生きるために殺す。私はそういうスタンスで生きてきたからさ」
「そういうものなのか?」
「そういうものだよ。少なくとも、私の中ではね」
そう言ってアクセルリスは笑った。
〈到着だ! ここが指定の場所で間違いないぜ!〉
「ご苦労トガネ! もう少し頑張ってね!」
〈がんばる!〉
船が停泊したのは、クリファトレシカ90階に相当する高さの空。見上げれば、空を覆う星がすぐ傍に見える。
「あれが……」
「時間はない。皆、やるぞ!」
ゼットワンの号令。スカーアイズとインペールも頷き、立ち上がる。
「トガネ、星を見続けて! 壊れたらすぐに教えてね!」
〈了解だ!〉
赤い瞳も凝視を始める。
その側、赤い隻眼も力を貯め始めた。
「ハァーハハハ! この私の暴力が星を落とすときが来たようだな! 心が躍る……!」
スカーアイズの周囲で赤い魔力が弾ける。最初から全開だ。
「滾る漲る迸る……! ハァーハハハ、ハハハハハ……!」
その左目に、眩いほどの閃光が満ちていき──
「ハァーーーーーーーッ!!!」
放たれる極太の赤色閃光柱。それは星を真っ向から受け止める。
「ハァーハハハハハハ! ハ! ハ! ハァーッ! なんて魔力の量だァ!」
その声は狂気狂乱のものだ。
だが、状況は芳しくない。
暴力と星の競り合いの中、スカーアイズが苦し気な表情を見せた。
「スカーアイズ?」
「ハァーハッハッハッハハハァー! ハ、ハァ、ハ……グ……! ま、魔力が……吸い切れない……!」
星が持つ膨大な魔力は、スカーアイズの身一つで受け止めるにはあまりに多すぎるのだ。
このまま魔力の過剰供給によりスカーアイズが倒れてしまえば、作戦は根底から破綻する。
故に、鋼の残酷がそれに異を唱えた。
「アクセルリス……!?」
彼女はスカーアイズの肩に手を置いていた。
「吸収した分の魔力は私に回して」
「お前の身が持たなくなるぞ!」
「大丈夫」
「──」
スカーアイズはほんの一瞬逡巡したが、アクセルリスの目を見て、すぐに行動へと移した。
「──頼んだぞォ!」
星から吸収する魔力をすべてアクセルリスへと横流しする。
「ぐ!」
そのあまりの衝撃に、アクセルリスも顔をしかめる。だが。
「なんの……これしき……! お師匠サマの修行に比べれば……全然……!」
その表情が強さを得てゆき、銀の瞳が輝き出す。
そして、到る。
「大したことないッ!」
アクセルリスの体から翼のように魔力が噴き出し、その輪郭が銀色に淡く光る。それは膨大な魔力を我が物とした証明。
それと時を同じくして、赤色の輝きも最高潮を迎えた。
「ハァーッハハハハハ、ハ、ハ、ハ、ハァーーーーーーーッ!」
スカーアイズ、渾身の暴力。放たれた一撃は、星から完全に魔力を奪い去った。
そして、間髪入れずに。
「『捕捉』ァ!」
必中の隻眼が星の弱点を『見た』。それはスカーアイズと手を繋ぐインペールにも、見えた。
「充分ダ。感謝すルぞ、スカーアイズ!」
既にマスクを展開し、精神を統一していたインペール。そこから放たれるのは、極限まで研ぎ澄まされた、正確で無比なる一撃。
「────シャッッッ!!!」
音を切り裂くインペールの舌は、星の核を穿つ一撃になる。
スカーアイズによって暴かれた弱点に、極限までに鋭い一撃を加えられた星が────砕ける。
〈壊れたぞっ!〉
「ハアッ!」
影からの声と同時に、ゼットワンが手を伸ばす。
虚空に線が引かれる。それは砕けた星の破片が散らばるよりも早く、彼女の領域へと収監した。
「良ォーしッ!」
「上手ク行っタようだナ」
勝鬨を上げるスカーアイズとインペール。
だがしかし、アクセルリスとゼットワンの表情は、成功を喜ぶそれではなかった。
二人は見たのだ。ひとつの破片が、人間ほどの大きさがあるそれが、領域に収まらなかったのを。
「届か──」
ゼットワンの思考が鈍化する。
その破片は己の射程範囲の外。ほんのひとマス、逃れた。
ひとつの破片でも、魔都に降れば被害は免れない。無辜の人物を巻き込んでしまうかもしれない。元を辿れば起因は自分なのだ。それは許せない。
そして何より、傭兵としての誇りが囁く。今度こそ、完璧に成し遂げるのだと。
「ッ!」
そしてゼットワンは結論を下した。
言葉を残すことなく、鋼の船から身を乗り出し、跳び出した。
「ゼットワン!?」
「何ヲ!」
二人の叫びを聞きながらも、宙へ躍り出る。そして直ぐに領域を展開する。
「仕方ない……プラン2だ」
魔力を注ぎ込む。それは転移二回分の魔力。ゼットワンは己を中継地とし、破片を回収することを選んだ。
破片は一度、ゼットワンの元へ転移する。そして合間を置かずに二度目の転移をする。至るのは、船上のゼットワンがいた位置だ。
これで、全ての危機は去った。
ゼットワンは揺らぎ崩れる。
「ゼットワン!」
アクセルリスも、手を伸ばす。だがゼットワンの言葉は。
「──届かない。間に合わない──」
悲し気に言葉を零して、その体が落ちていった。
「ゼットワンーーーッ!」
自由落下の中、ゼットワンは極めて静かに。
「一日に二度もこんな目に遭うとはな。終わりの日には相応しいか」
猥雑な感情は風に吹かれ凍り付く。残るのは純粋な本能と、冷静な目。
「最後に二人に会えて良かった。私の旅路、ずっと支えて貰いっぱなしだったからな」
穏やかな穏やかな口調で、そう独り言を呟く。
「さて、そろそろか」
後悔は、あんまりない。最後に成すべきことは成した。己の中で覚悟を済ませ、目を閉じた。
「────」
だが、いつまで経とうが身体が弾ける気配はない。その代わりか、違和感が足首に少しある。
「……?」
瞼を開け、己の状態を把握する。
見えた光景。
「これは──」
そこからは、『生えて』いた。
一本の触手。それがゼットワンを宙吊りにし、墜落を止めたのだ。
その触手の主は、当然カイトラだ。
「お前……!」
目を見開き、見上げるカイトラに驚きの眼差しを向ける。
そしてカイトラは表情一つ変えることなく、ゼットワンに言った。
「勝手に死ぬな。おまえたち三人は、纏めて投獄する。抜け駆けは決して許さない」
「……全く、クソ真面目なんだな」
そう言って、ゼットワンは微笑した。
【続く】