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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
30話 残酷スクランブル!
137/277

#8 The Dynamics of an Asteroid

【#8】


「ハァーハハハ、ハ、ハァ! 久しぶりだな、ゼットワン!」

「元気そうデなによりダ。こちらモ上々だゾ」

 隻眼の魔女スカーアイズと貫徹の魔女インペールだ。かつてゼットワンとトリオを組み傭兵として戦った、彼女たちである。


「お前たち……!」


 ゼットワンは驚きと喜びがないまぜになった顔で駆け出し、強く強く抱きしめ合う。


「お前たちーッ!」

「ゼットワンーッ!」


 その様子をみて、アクセルリスもまた驚いていた。何せスカーアイズとインペールは以前の戦いの後、残酷魔女によって捕縛されたはず。

 その中、ふと二人の背後に立つ、見覚えのある顔に気付く。


「……シャーデンフロイデさん?」


 それは残酷魔女隊長のシャーデンフロイデだ。先程フルフォースを引き受け分かれたはずの彼女が、何故?


「どういうことですか? さっぱり状況が掴めないんですけど……」

「偶然だ。とても不思議な、偶然」

「詳しい解説を所望します」

「フルフォースは既に鎮圧し、アガルマトに捕縛させた。同様に他の四人も無事鎮圧を済ませたようだ」

「よかった! それで、あの二人は?」

「元々スカーアイズとインペールは今日、ヴェルペルギースからプリソンに護送される予定であったのだ。それを私が連れ出した」


 よく見れば二人の手首には見覚えのある鉄輪が装着されていた。本来はあれで身柄を拘束していたのだろう。


「ゼットワンに対する人質として連れてきたが、見たところ違うように作用したようだな」


 シャーデンフロイデの表情はどこか少し柔らかく。


「して、こちらだが……星を壊す、とか聞こえたが」

「はい。それを巡っては色々な事がありまして」


 時間もない。アクセルリスは手短に、要点だけを伝える。


「成程。よくわかった。私達も協力しよう」

「ありがとうございます!」




 残酷魔女へも話が伝わったところで、アイヤツバスがぱんぱんと手を鳴らした。


「みんな、いい? 時間がないわ」


 アクセルリスとトガネ、パーティーメイカーズ、三人の傭兵、シャーデンフロイデ。この場にいる全員が、真剣に耳を傾ける。


「ゼットワン、考えは変わったかしら?」

「ああ。こいつらと一緒なら、私は何でもできる。どんな作戦だろうと、傭兵として完璧にこなしてみせる」


 先程までの、臆病風に吹かれたゼットワンはもういない。輝かしい矜持を取り戻した、誇り高き傭兵の姿。


「それは良かった。じゃあ、貴女達三人が実動してくれるという事でいいかしら?」

「了解したァ! 事の顛末はゼットワンから聞いているぞ!」

「ワタシたち向ケの仕事ダ。話ヲ聞こウ」

「じゃあ、よく聞いてね。私とカイトラで考えた作戦」



 その作戦は、こうだ。


「あの星は、多量の魔力を放出しながら落下してきている。普通に壊そうとしても、その魔力に阻まれるわ」

「どうにかして魔力を弱めなきゃいけないわけですね」

「……成程! ならばこの『暴力』の出番という訳か!」

「ええ、その通り。貴女の魔法で魔力を吸収し、勢いを弱める。まずそれが第一手」


 アイヤツバスが二本目の指を上げる。


「そして、そのまま二つ目の仕事も貴女に任せる。それは星の中心に狙いを定めること」

「破片を考慮して、最小限の衝撃で星を砕きたい。そのためには、星の中心をしっかりと捕らえることが必要がある」

「だからスカーアイズの魔法で標的を定め、極めて鋭い一撃で星を穿つ。それが破壊の手順よ」

「その鋭い一撃ってのは……」

「成程。ワタシか」


 それはインペールだ。彼女もそれを理解していたのか、驚く様子は見せない。


「星を壊すとはナ。初めテ経験だ、心が躍ル」

「やる気満々なようでなにより。そして、ここが一番重要。破片の処理についてだけど」

「ここまで来れば分かるぞ。私の領域魔法による閉鎖空間だろう?」

「その通りだ。あれの頑丈さは、わたしがよく理解しているからな」


 カイトラはそう語る。以前囚われた経験が、このような形で生かされるとは。


「破片が飛び散る前に閉じ込めて、安全な場所に降ろす。タイミングがシビアだけど、よろしくね」

「必ず成功させよう。一流として、約束する」

「ふふ。味方になると心強いわね、その自信は」


 微笑むアイヤツバス。その言葉に一切合切の裏は無く。


「それで、言ってなかったけどもう一人協力者が必要なの。星の破壊は地上で行うと危険だから、高所あるいは空中で行うことが望ましい」

「そのポイントまで三人を運ぶ人員が必要なのだが……」

「……」


 言葉が止まる。


「……?」


 アクセルリスは怪訝に皆を見渡し、その目線がことごとく自らに向けられていることに気付き。


「あっ私、私ですか!」

「ええ。あなたの鋼で、みんなを乗せて飛んでほしい。できるわよね?」

「もちろんです! あなたの最高の弟子ですよ、胸を張って任せてください!」


 どん、と胸を叩くアクセルリス。張り切りすぎた、ちょっと痛い。



「伝えることは全て伝えたわ。時間の猶予はもう無い、迅速な行動をお願いしたいわ」

「我々の用意は既に万端だ」

「然り然りィ! 今回の標的は星ときた! 気分も漲るさ!」

「傭兵ハ常にエマージェンシーだ。いつでモ問題は無イ」

「私も! 私もです!」


 闘志に滾る実動部隊。彼女たちに成功以外の未来は見えていない。


「こちらからも良いか」


 シャーデンフロイデが言う。


「アーカシャによる最善破壊ポイントの演算が完了したようだ。その位置を伝えよう」

「ありがとう、助かるわ」


 事は、いよいよ大詰めへと向かう。



「──それじゃ、アクセルリス」

「分かりました! はあぁ……っ!」


 アクセルリスは両手を広げ、魔都に漂う鋼の元素を搔き集める。

 そして、生み出されるのは──


「よいしょーっ!」


 鋼の小舟だ。四人程度が乗れるほどの規模のそれは、常夜の都を救う箱舟となる。


「さあ乗った乗った! 乗り心地は保証できないけど、そこは勘弁な!」


 アクセルリスの音頭に合わせ、三人が乗り込む。その歩みは強く強く。


「頼んだわよ。魔都の存続は、貴女達に任された」

「そう何度も念を押すな。野暮だぞ。我々は最高の傭兵集団だ。与えられた任務は、遂行するまで」

「然りィ! 大船に乗ったつもりで待っていれば良いさ!」

「実際ハ小さな小さな船だがナ」

「悪かったな!」


 大仕事を前にしても、彼女たちの面立ちは変わる気配もなし。



「じゃあアクセルリス、お願い」

「よし! 出航! トガネ、バランス調整よろしく!」

〈あいわかったぜ!〉


 四人を乗せた鋼の船が浮かび上がり、宙へと漕ぎ出す。

 アクセルリスの魔法とトガネの制御を受けたそれは、苦を見せることなく、大空への航海を始めた。


「頑張ってね、みんな」


 アイヤツバスは微笑みのまま、それを見送った。





「不思議なもんだ。かつて敵として戦った奴らとこうしているなんて」


 シャーデンフロイデが提示したポイントに至るまでの道中、アクセルリスは傭兵たちに言う。


「分かってると思うけど、少しでも不穏な動きを見せたら即殺すからね」

「心配するな。成功しなければどのみち皆纏めてお陀仏だからな。三人揃って死ぬよりは、三人揃って生きるほうを選ぶさ」

「うんうん、そうだよね! 生きるのが一番だよ」


 笑顔で頷くアクセルリス。その様子に、怪訝そうな眼差しを送る三人。


「なァ、嬢ちゃんよ」


 切り出したのはスカーアイズ。


「お前とは何度か接触したが……なんか、不思議な奴だよな」

「どういうこと?」

「ああ、スカーアイズの気持ちモ分かル。アクセルリス、キミは常に生きるこトに希望を見出しテいながラ、どこカ恐ろしサを孕んでいル」

「そうそう! 私もそんな感じのことが言いたかった!」


 満足げに笑うスカーアイズの横、ゼットワンも納得したようにうなずく。


「成程。私にも二人の言いたいことが分かるぞ。生きることを最高の喜びとし、それを祝福する一方で、時には容赦なく命を奪うこともする。そういう矛盾のようなものがある」

「言うほど矛盾……かなぁ?」

「……どういうことだ?」

「私は、生きるために足掻くことこそが生の喜びだと思ってる。で、誰だって生きるためには何かを殺してる」


 そう語る銀の瞳に一切の曇りは無く。


「殺すために殺すんじゃなくて、生きるために殺す。私はそういうスタンスで生きてきたからさ」

「そういうものなのか?」

「そういうものだよ。少なくとも、私の中ではね」


 そう言ってアクセルリスは笑った。



〈到着だ! ここが指定の場所で間違いないぜ!〉

「ご苦労トガネ! もう少し頑張ってね!」

〈がんばる!〉


 船が停泊したのは、クリファトレシカ90階に相当する高さの空。見上げれば、空を覆う星がすぐ傍に見える。


「あれが……」

「時間はない。皆、やるぞ!」


 ゼットワンの号令。スカーアイズとインペールも頷き、立ち上がる。


「トガネ、星を見続けて! 壊れたらすぐに教えてね!」

〈了解だ!〉


 赤い瞳も凝視を始める。

 その側、赤い隻眼も力を貯め始めた。


「ハァーハハハ! この私の暴力が星を落とすときが来たようだな! 心が躍る……!」

 スカーアイズの周囲で赤い魔力が弾ける。最初から全開だ。

「滾る漲る迸る……! ハァーハハハ、ハハハハハ……!」

 その左目に、眩いほどの閃光が満ちていき──


「ハァーーーーーーーッ!!!」

 放たれる極太の赤色閃光柱。それは星を真っ向から受け止める。

「ハァーハハハハハハ! ハ! ハ! ハァーッ! なんて魔力の量だァ!」

 その声は狂気狂乱のものだ。

 だが、状況は芳しくない。


 暴力と星の競り合いの中、スカーアイズが苦し気な表情を見せた。

「スカーアイズ?」

「ハァーハッハッハッハハハァー! ハ、ハァ、ハ……グ……! ま、魔力が……吸い切れない……!」

 星が持つ膨大な魔力は、スカーアイズの身一つで受け止めるにはあまりに多すぎるのだ。

 このまま魔力の過剰供給によりスカーアイズが倒れてしまえば、作戦は根底から破綻する。


 故に、鋼の残酷がそれに異を唱えた。

「アクセルリス……!?」

 彼女はスカーアイズの肩に手を置いていた。

「吸収した分の魔力は私に回して」

「お前の身が持たなくなるぞ!」

「大丈夫」

「──」

 スカーアイズはほんの一瞬逡巡したが、アクセルリスの目を見て、すぐに行動へと移した。

「──頼んだぞォ!」

 星から吸収する魔力をすべてアクセルリスへと横流しする。

「ぐ!」

 そのあまりの衝撃に、アクセルリスも顔をしかめる。だが。

「なんの……これしき……! お師匠サマの修行に比べれば……全然……!」

 その表情が強さを得てゆき、銀の瞳が輝き出す。

 そして、到る。

「大したことないッ!」

 アクセルリスの体から翼のように魔力が噴き出し、その輪郭が銀色に淡く光る。それは膨大な魔力を我が物とした証明。

 それと時を同じくして、赤色の輝きも最高潮を迎えた。

「ハァーッハハハハハ、ハ、ハ、ハ、ハァーーーーーーーッ!」

 スカーアイズ、渾身の暴力。放たれた一撃は、星から完全に魔力を奪い去った。

 そして、間髪入れずに。

「『捕捉』ァ!」

 必中の隻眼が星の弱点を『見た』。それはスカーアイズと手を繋ぐインペールにも、見えた。

「充分ダ。感謝すルぞ、スカーアイズ!」


 既にマスクを展開し、精神を統一していたインペール。そこから放たれるのは、極限まで研ぎ澄まされた、正確で無比なる一撃。


「────シャッッッ!!!」


 音を切り裂くインペールの舌は、星の核を穿つ一撃になる。

 スカーアイズによって暴かれた弱点に、極限までに鋭い一撃を加えられた星が────砕ける。


〈壊れたぞっ!〉

「ハアッ!」


 影からの声と同時に、ゼットワンが手を伸ばす。

 虚空に線が引かれる。それは砕けた星の破片が散らばるよりも早く、彼女の領域へと収監した。


「良ォーしッ!」

「上手ク行っタようだナ」


 勝鬨を上げるスカーアイズとインペール。

 だがしかし、アクセルリスとゼットワンの表情は、成功を喜ぶそれではなかった。

 二人は見たのだ。ひとつの破片が、人間ほどの大きさがあるそれが、領域に収まらなかったのを。


「届か──」


 ゼットワンの思考が鈍化する。

 その破片は己の射程範囲の外。ほんのひとマス、逃れた。

 ひとつの破片でも、魔都に降れば被害は免れない。無辜の人物を巻き込んでしまうかもしれない。元を辿れば起因は自分なのだ。それは許せない。

 そして何より、傭兵としての誇りが囁く。今度こそ、完璧に成し遂げるのだと。


「ッ!」


 そしてゼットワンは結論を下した。

 言葉を残すことなく、鋼の船から身を乗り出し、跳び出した。

「ゼットワン!?」

「何ヲ!」

 二人の叫びを聞きながらも、宙へ躍り出る。そして直ぐに領域を展開する。

「仕方ない……プラン2だ」

 魔力を注ぎ込む。それは転移二回分の魔力。ゼットワンは己を中継地とし、破片を回収することを選んだ。

 破片は一度、ゼットワンの元へ転移する。そして合間を置かずに二度目の転移をする。至るのは、船上のゼットワンがいた位置だ。


 これで、全ての危機は去った。

 ゼットワンは揺らぎ崩れる。

「ゼットワン!」

 アクセルリスも、手を伸ばす。だがゼットワンの言葉は。

「──届かない。間に合わない──」

 悲し気に言葉を零して、その体が落ちていった。

「ゼットワンーーーッ!」



 自由落下の中、ゼットワンは極めて静かに。


「一日に二度もこんな目に遭うとはな。終わりの日には相応しいか」


 猥雑な感情は風に吹かれ凍り付く。残るのは純粋な本能と、冷静な目。


「最後に二人に会えて良かった。私の旅路、ずっと支えて貰いっぱなしだったからな」


 穏やかな穏やかな口調で、そう独り言を呟く。


「さて、そろそろか」


 後悔は、あんまりない。最後に成すべきことは成した。己の中で覚悟を済ませ、目を閉じた。




「────」




 だが、いつまで経とうが身体が弾ける気配はない。その代わりか、違和感が足首に少しある。


「……?」


 瞼を開け、己の状態を把握する。

 見えた光景。


「これは──」


 そこからは、『生えて』いた。

 一本の触手。それがゼットワンを宙吊りにし、墜落を止めたのだ。

 その触手の主は、当然カイトラだ。


「お前……!」


 目を見開き、見上げるカイトラに驚きの眼差しを向ける。

 そしてカイトラは表情一つ変えることなく、ゼットワンに言った。


「勝手に死ぬな。おまえたち三人は、纏めて投獄する。抜け駆けは決して許さない」

「……全く、クソ真面目なんだな」


 そう言って、ゼットワンは微笑した。



【続く】

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