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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
30話 残酷スクランブル!
136/277

#7 堕在のラクリモサ

【#7】



「がっ……バ、カな……!? 貴様、なぜ……!?」

「うふふ。まんまとガセネタを掴んでくれたみたいで、嬉しいわ」


 不敵に笑うシャーカッハ。その姿は、まったく普段通りで。


「二人とも、今よ」

「……承った」

「かっしこまりぃー!」


 シャーカッハの合図に合わせ、カイトラとケムダフも再起動する。

 伸ばされた触手がゼットワンを締め上げ、帽子がその頭に噛みつく。完全な拘束が完成する。


「グ、グアアーッ!?」


 もはや形成は逆転。ゼットワンの手中から二色の結晶を奪い取り、シャーカッハは微笑む。


「これでよし、と。アイヤツバスに返却しないとね」

「……それにしても、驚きましたよ」


 アクセルリスはほっと息をつく。とりあえずの一安心。


 彼女には、腕一本から再生を始めるシャーカッハが見えていたのだ。

 しかし、ゼットワンの態度とシャーカッハの三つの言葉を思い出し、状況判断の末──あの行動を選んだ。

 だからこそ彼女は、再生が完了するまでの時間稼ぎを兼ねながら、ゼットワンから情報を引き出すことが出来たのだ。


「再生できないって聞いたときは、ほんとにヤバいと思いました」

「うふふ、それはゴメンね」

〈なんで大丈夫だったんだ? 心臓とか魔石とか、ほんとは全部ウソだったのか?〉

「んー、半分は本当……ね。折角だから教えちゃおうかしら。勝利宣言も兼ねて、ね」

「く、そ、オオーッ!」


 呻くゼットワンにわざと聞こえるように、言葉を紡いでゆく。


「彼女の言っていたこと、実はあれも正しかったのよ。数百年前まではね」

「すうひゃくねん」

「確かに、私の持つ再生の力の源は、心臓に埋め込まれた《超再生の魔石》だった。ある事故で私と同化したそれにより、私の称号は《再生》へと変貌した」


 遥か昔の出来事を、懐かしむ様子もなく、語る。


「──でも、それはとっくの昔に取り除かれているの」

「なん……だと……!?」

「でも、魔石を取り除いても、私の体は元に戻らなかった。魔力の構造は既に《超再生》に書き換えられていた。だから私は《再生の魔女》から変わることは、もうない」


 その言葉には、どこか悲し気な色が見え隠れする。


「だから私は、どこをどう失っても、細胞ひとつさえ残っていれば、再生する。残念だったわね」

「お、の、れぇぇぇぇぇ!」


 それは負け犬の遠吠え。既にゼットワンは敗北した。否、初めから彼女は負けていたのだ。




「それで、こいつどうします?」


 椅子に縛り付けられたゼットワン。彼女に抵抗の意思はもはやなく。


「訳アリみたいだし、事情を聴収したいけど……」

「は! それは無理だな! この首輪が見えるか? クライアントによって付けられたこれが私の生殺与奪を握っている! 不用意な事を話そうとすれば、即私は死ぬ! そういう仕組みになっているのだ!」


 そう吐き捨てるゼットワンの言葉には、どこか諦めの感情が宿っている。


「……だからあんなに破滅的だったのか」

「ああそうだ! 笑いたければ笑え! 傭兵が聞いて呆れる、所詮私は奴等の手足として、良いように操られていただけなのだからな……!」


 ゼットワンからも、只ならぬ事情が見え隠れする。だが、それを聞き出すためには。


「嗚呼、嗚呼……! いる筈もない、この呪いを解ける者など……!」

「いるわよ、ここに」

「なに……!?」


 直後、飛来した魔法陣が魔石を砕き、首輪を壊した。

 悠々と歩きながら現れたのは、言うまでもなく知識の魔女アイヤツバス。


「お師匠サマ!」

「おまたせ。ごめんね、いいとこだけ貰っちゃった」


 その知識があれば、枢軸の呪いなど、容易く打砕かれる。


「──」


 ゼットワンの眼が、見開かれる。


「あ……ああ……!」


 一筋の涙が流れる。それは安堵、そして後悔か。


「ありが……とう……!」

「さ、これでもう安心よ。話してもらいましょうか、色々」

「話す! 私の知っていること、洗いざらい話す!」


 一転、既にその目は恭順の色。


〈全く、調子いいな……〉

「ま、無理もないさ。誰しも死にたくないからね」


 そう言って、アクセルリスもゼットワンに耳を傾ける。



「まず、貴女はどういう経緯を経て今に至るの?」

「以前私は、ある者に雇われ、仲間たちと共にパーティーメイカーズを襲った。しかし……」

「しかし返り討ちに遭い、単身逃げ出した。だろう?」


 カイトラは触手を再生させながら、言葉を投げかける。


「……そうだ。だが、その先でそのクライアントに遭遇し、捕らえられた」

「連れていかれたんだよね。私は見てたよ」


 アクセルリスの記憶にも新しい。戦火燻ぶる炎の中、ゼットワンを抱えて消える一人の魔女の姿。


「気付けば私は監禁されていた。そしてそこでクライアントから、命を奪わない代わりにと、ひとつの条件が提示された」

「それは、何て?」

「単純だ。『従わなければ殺す』と」

「……めちゃくちゃだな」


 アクセルリスは苦い顔をする。


「そういう訳で、私はクライアントの傀儡となり、動いていたのだ」


 それが事の顛末だった。

 ふと、いつの間にか現れていたケムダフが問う。


「で、そのクライアントは結局誰なの?」

「それは……知らない。顔は常に隠されていたし、声にも魔力にも覚えは無かった」

「ま、それは追々分かること。今はひとまず一件落着、かしら」



 シャーカッハがそう言った直後、ゼットワンの様子が目に見えて変わる。


「ッ」

「どうした」

「まずい……星が……!」

「星? 何を言って」



 ここでアクセルリスは思い出した。先程、ゼットワンが語った計画を。



「──星を落とす魔法って、もう起動してるの……!?」

「……その、通りだ」

「────!」


 和らぎ始めていた空気が一気に凍り付く。


「止めて! 早く!」


 鬼気迫るアクセルリス、ゼットワンの肩を揺らし、必死に懇願する。

 だが。


「無理だ……私にはできない……!」


 ゼットワンの返答は、無常だった。しかしその程度で引き下がるアクセルリスでもなく。


「結晶がないから!? それなら貸すから、早く!」

「違う……! だが、私には……できないのだ……!」


 アクセルリスは歯噛みする。人間のセンチメントというものは、なぜここまでどうしようもないのか。


「考え直して、今ならまだ間に合うから……!」

「できない……できないのだ……!」

「……この分からず屋めー! だったら、私にも手はある」


 アクセルリスはゼットワンを掴み、そして。


「な、なにをする!?」


 アイヤツバスたちの制止も遅く。

 先ほどの入り口、割れた窓に向かって迷うことなく走り出し──



「少し頭冷やせーーーーーーっ!!!」

「うおおおおおおーーーーっ!?」


 諸共に、窓から跳び出した。 



 自由落下の中、冷え切った空気が二人を循環する。

 無駄な思考、余計な感情が透明になり、吹き抜けてゆく。

 そして至るのは完全なクリア。残った純粋な本能が、光よりも早く、駆ける。


「────」



 原初の風に煽られ、二人が何を見たのかは誰にも分からない。

 ただ一つ間違いないのは、地面はすぐ目の前であるということだ。



〈主ーーーーーーっ! 着地ーーーーーーーっ!!!〉


 トガネの悲鳴で我に返る。着地用の鋼を生み出そうとするが、それよりも先に二人を多重の魔法陣が包み込んだ。


「おっ」


 魔法陣は二人を抱擁し、そして優しくゆっくりと地面に下ろした。


「よっと。ありがとうございます、お師匠サマ!」

「なにをするかと思ったら、なんて無茶な……」


 アイヤツバスの魔法陣に乗って、残った4人もクリファトレシカの中庭に降り立つ。


「……それでこそ私の弟子よ、アクセルリス」

「やったー! 褒められた!」

「どういう教育してるんだ……!」


 これがアイヤツバスの教育方針であるが、巻き込まれたゼットワンからすればたまったものではないのは言うまでもない。


「それで、考えは変わった?」

「…………少し冷静にはなれた。だから改めて伝える。私にあれは止められない」


 見上げるゼットワンの眼には、魔製の月の横にかすかに光るもの。


「そしてそれは感情的なものではない。一度起動してしまったら、私でも止められないのだ」

「……そういうことなのー!?」


 アクセルリス、衝撃。しないのではなく、できないのであった。


「お師匠サマ、知って?」

「当然よ。あなたはそれを伝える前に身投げしたけど」

「逸ったか……」


 口ではそう言うが、当然彼女に反省の意思はない。


「……じゃあどうします? あの星、落ちてきたら間違いなく一たまりもありませんよ!?」

「壊すしかないわね。でも……」


 アイヤツバスはケムダフを見る。その表情は芳しくない。


「あの規模の物体を空中で破壊すれば、その破片があちらこちらに降り注ぎ、魔都は大きな被害を受ける。防衛部門としてそれは許可できない」

「裏を返せば、破片さえ対処できれば無力化は可能なんだな?」


 そう言ったのはカイトラだ。


「そうだけど……なにか手があるのさ?」

「ひとつ考えがある。ゼットワン、おまえだ」


 触手の一本がゼットワンを指す。


「私が?」

「おまえの力が必要だ。力を貸せ」

「……そりゃあ自分で蒔いた種だ、傭兵のプライドにかけて、落とし前は自分でつけたい。だが……」


 俯き自嘲的に笑う。


「無理だ。私はいつも仲間に頼って生きてきたんだ。ひとりじゃ、何も成し遂げられやしない」


 過去を見通す目は昏く、そして遠く。


「所詮私は永遠に半人前の、情けない傭兵だ」


 全てを諦め、目を閉じようとした。

 その時だった。



「それは違う!」


 決然とした声が快活に響く。その出所は、クリファトレシカの門。


「そうダ。お前ハいつも、リーダーとしてワタシ達ヲ引っ張ってきタだろう。胸を張レ」

「然りィ! この私たちが選んだリーダーだ! 何を恥じる必要があるか!」


 記憶にも新しい、その二つの声の主は。


「────スカーアイズ……インペール……!?」

「ハァーハハハ、ハ、ハァ! 久しぶりだな、ゼットワン!」

「元気そうデなによりダ。こちらモ上々だゾ」


 隻眼の魔女スカーアイズと貫徹の魔女インペールだ。かつてゼットワンとトリオを組み傭兵として戦った、彼女たちである。


【続く】

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