#6 クローベリング・タイム!
【#6】
「さあ。蹂躙の時だ」
グラバースニッチに迫るツープラトンたち。
──ふと、彼女の背を踏み付けるツープラトンが、何かに気付いた。
「スゥーッ……フゥーッ……」
足元の獣が、異様な呼吸を併せて、脈動している。
「……なんだ? その呼吸は」
「スゥーッ……反省を兼ねた……フゥーッ……準備運動だ……」
「いい心がけだ。だがいまいち、一手遅れているな」
足を上げ、再度強く踏み蹴る──
だがその足は、大地を蹴った。
「……何?」
ツープラトンが訝しんだ直後。前方より迫っていたツープラトンが吹き飛んだ。
「グアアーッ!」
「ッ!?」
残り二人は驚きと共にそちらを見る。
そこに立っていたのは、熱の籠った呼気を出す獣、グラバースニッチだ。
「貴様、何を……」
「俺としたことが、まんまと油断させられちまったようだ」
妄念を振り払うように頭を振る。見上げる眼には、獣性が満ち満ちる。
「だが、もうその手は通じない。百獣の王は、一匹のウサギを狩るときだろうと、全力を出す」
そう言いながらグラバースニッチは、黒い鎧を外してゆく。
全ての鎧が解かれ、高機動スーツのみの姿となる。それはまさにしなやかなる黒豹。
「……今更何をしようとこけおどしだ、私の優位は変わらない」
「試してみるか」
「何を」
直後、後方のツープラトンが吹き飛んだ。
「グアアーッ!?」
「な──」
神速。絶句するツープラトンの眼には、黒い風にしか映らなかった。
「これでも、か?」
「き、さま……!」
怒りを見せるツープラトンに、グラバースニッチは追い討ちの言葉を投げる。
「何人にでも増えてみせろ。俺はその全てを、狩る」
「……ほざけーッ!」
ツープラトンは手を広げる。彼女とグラバースニッチを囲むように、数十──いや、数百にも上るほどのツープラトンが出現する。
「圧し殺してくれるッ!」
「やってみろ。やれるものなら──」
一挙して押し寄せるツープラトンたち。その渦中にて、グラバースニッチは黒き暴風へと変わる。
「────」
もはやそこに言葉はない。ただ聞こえるのは、獣の鼓動。
獣性を剥き出し、鋭き一撃で眼前に映った獲物を屠る。それは本能のままに走る獣──否、それをも超えた、『野生』そのもの。
「────」
大挙するツープラトンたちも、数の有利によって生み出される隙を見、グラバースニッチに攻撃を与えてゆく、が。
「何故だ──まるで効いていない──!?」
絶え間なく続けられる魔合神獣により、多少のダメージは帳消しになる。ツープラトンの攻めなど歯牙にかけることも無く。
無論、少しでもバランスを見誤れば己の首を絞める呼吸法。しかしグラバースニッチは理性ではなく、本能でその均衡を測っている。
「────」
黒い残像を残しながら、グラバースニッチの獣牙がツープラトンを一人ずつ喰らってゆく。斃されたツープラトンは倒れ伏したのち、消える。
「馬鹿な──馬鹿な馬鹿な馬鹿なーっ!」
「────」
一騎当千の狩りはやがて。
「────残り、1」
「く……!」
立ち竦むツープラトンの胸に、グラバースニッチは拳を置いた。
「まだやるか? 俺は構わないが」
「…………降参、だ……!」
ツープラトンは、深く歯を食いしばり、両手を上げた。
「賢い選択だ」
と、グラバースニッチは笑った。
◆
「さあ、辞世の句を詠むがよい」
ゆっくりとイヴィユへ歩み寄るサンバーン。向けられた掌が赤熱化していき、まさに今、火球が放たれようとしている。
「……」
当のイヴィユはうずくまったまま動かない。サンバーンは既にそのすぐ傍に。
「沈黙と心中するか。それもまた雅。静寂ごと焼き滅ぼしてやろう」
掌を構える。その瞳に、イヴィユの後頭部と、赤い輝きを増す魔石が見えた。
「ぬッ!?」
危険を察知し、反射的に飛び退く。
直後、魔石から熱風が放たれ、大気を焦がした。
「……危ないところであった、この期に及んで姑息な事を!」
サンバーンは間一髪の回避で焼却を免れた。そして睨む。辛うじて立ち上がったイヴィユの姿を。
「まだ立つか。根性だけは認めよう」
「仕事……だからな」
魔吸刀を杖代わりに、焼け焦げながらも立つ。その目からは闘志は潰えず。
「ならば何度でも。灰の味を喰らうがよい!」
イヴィユ目掛けて火球が飛ぶ。
「く……!」
震えながらも魔吸刀を振り、全ての火球を己に降りかかる前に吸収する。
「悪足掻き! どこまで持つか、見届けてやろう!」
炎天の火球は衰えることなく、降り注ぎ続ける。
「舞え! 暑苦しく舞ってみせい!」
怒涛の熱量。しかしイヴィユも、苦痛に悶えながらも、その全てを凌ぐ。
「ははははは! はははははは!」
矢継ぎ早に放たれる火球。その量は次第に増えてすらいる。
もはやイヴィユは一意専心。細い生の綱を必死で握り続ける。
そして、遂に火球が止まった。
「……まさか、凌ぎ切るとはな。いやはや、天晴という他ない」
感嘆するサンバーン。その言葉に一切の裏はない、本心からの賛辞だ。
「ならば……致し方ない」
サンバーンは、充分に赤熱する両掌を構える。
「儂に『これ』を二度も使わせたのはお主が初めてだ。光栄に思うとよい」
「──」
超新星の予兆だ。あの凄まじい爆発が、太陽が地上に落ちたかのような熱が、再び猛威を振るおうとしていた。
そして、それを見たイヴィユの行動は、限りなく迅速であった。
「はあッ!」
魔吸刀の魔石側を大地に突き立て、そして吸収した熱の魔力を解き放つ。
噴射された熱風は、イヴィユを軽々と舞い上げる。
「なにっ!?」
予想だにしていなった行動に、サンバーンの動きが一瞬固まった。
そして、その一瞬こそが、戦いにおいての命取りとなる。
「はああ──っ!」
空より強襲するイヴィユ。超新星が放たれるよりも早くサンバーンに飛び掛かり、マウントポジションを取った。
「ぬおおっ!?」
呻くサンバーン。そしてその眉間に、堅く冷たい感触が伝わる。
それは銃口。イヴィユが構える銃が、ゼロ距離でサンバーンを狙っていた。
「動くなよ。誤射するかも分からない」
引き金に指をかけ、イヴィユはそう言った。
「……全く。年寄りには、もう少し優しくするものだぞ」
「冗談を。因果応報だ」
サンバーンの体から熱が抜け、力も抜けた。
◆
「グララ……グララアガア……! 鎧ガナクナッタオカゲデ、身軽ニナッタワ!」
ロゼストルムを踏み潰し、勝利を確信したゴリアス。巨人の高笑いが常夜に響く。
──だが、風は止まない。ロゼストルムの鼓動は、鳴り続ける。
「…………ム」
ゴリアスが違和感を覚える。それは己の足の裏。
「何ダ……? コソバユイ……」
その違和感は、彼女が確信に至るよりも早く、咲く。
「グラア……!?」
ゴリアスは気付いた。踏み潰しているロゼストルムが、再びつむじ風を纏い始めていることに。
「何ヲ……!」
急ぎ逆転の芽を摘むべく、ゴリアスは力を籠めて踏み込む──が、既に一手、遅れていた。
「グララ……アガア……!?」
「咲き乱れよ……我が麗しき刃の華よ……!」
舞う花吹雪が刃へと変わる。旋風纏うロゼストルムは、ゴリアスを足裏から切り刻みながら、上昇していく。
「我ガ……剛体ガ……!」
呻き抗うゴリアスだが、時すでに遅く。
「成敗いたしますわ!」
巨人の腹部にまで達した。ゴリアスは己の体が内から切り刻まれる、嫌な感覚に顔を歪める。
「止、メ、ロ……!」
「当然、やめませんわ!」
ロゼストルムは旋風と共に回転を始め、花弁の刃を貯め──
「グララ……グララアガア……アガア!」
そして、解き放つ。
「咲き誇れ! 刃の薔薇よ!」
刃が四方八方に舞い、巨人の体を止め処なく切り刻む。
「グラアアアアアアァァァァァァァーーーー……!」
美しき華と風。風前の灯となった巨人の体が、瞬きの間に無数の欠片に変貌し、消滅した。
まさに、一網打尽。
「──おのれおのれおのれーーーーーっ!」
「よいしょ、ですわ!」
そして落下したゴリアスの真体、幼き少女をロゼストルムは抱き止める。
「捕まえましたわ、愛おしきお嬢さん?」
「だーかーらー! 子ども扱いするんじゃなーーーーーい!」
ゴリアスの叫びが常夜に響いた。
◆
「繰り返します。貴女に勝算はない。降伏してください」
まっすぐに歩むシックスセンス。彼女の言葉に偽りはなく、ミクロマクロは全てを掌握されている。
「……やだね」
「理解不能です」
「まだ諦めるには早いだろう。いま、きみに勝つ方法を考えているんだ」
「無駄な事です。貴女が私に勝つ方法は、ありません」
シックスセンスの打撃が大地を穿つ。ミクロマクロは間一髪で躱したが、その額には嫌な汗。
「警告です。降伏しなければ、次は貴女の鳩尾にこれを叩き込みます」
「……おっかないね、まったく」
追い詰められようと、飄々とした態度は崩さない。彼女の意地か、あるいはプライドか。
「まだ、がんばるさ!」
鉄輪を次々と投擲する。だがその抵抗は、シックスセンスには及ばず。
彼女は歩みを止めることなく、全てを受け流し、ミクロマクロの眼前に迫る。
「最終勧告です。降伏してください」
「……確かに、いくら考えても私じゃきみに勝てそうにない。まったく、ハズレくじを引かされたようだ」
「それは、降伏ということでよろしいですか?」
「まさか」
不意討ち。だが。
「それも見えていました」
「ぐっ……」
その拳は真っ向から受け止められ、届かない。
「これ以上の抵抗も面倒です」
そう言い、ミクロマクロのもう片手──そこに握られていた最後の鉄輪を蹴り飛ばす。
「ぐあっ!」
鉄輪が空しく宙を舞う。希望が潰えたような、虚しさを。
「猶予は終わりました。実力行使に移ります」
それが最後の合図だった。シックスセンスの動作から容赦が失われ、極めて的確かつ合理的にミクロマクロを排除にかかる。
「く……!」
ミクロマクロも防御を試みるが、シックスセンスはその全てを『把握』している。一切の防御も、抵抗も、無意味。
「時間の無駄です。大人しく斃れることを推奨します」
「まだ、だね……!」
「まだ、とは。理解不能です。貴女には逆転の一手などない」
「その通りさ……私には、ね……!」
掌底を受け続けながらも、ミクロマクロの瞳からは不敵な光が潰えぬまま。
その様子に、いつまでも希望を捨てないミクロマクロに、シックスセンスも遂に感情を露わにし出す。
「理解不能……!」
湧き上がる感情のまま、決着の一撃を放とうとした。
そのときだった。
「く!?」
シックスセンスの意識の外から、彼女に攻撃が加わる。
それはまるで、小動物がぶつかってきたような打撃。
「なんです……!?」
それは一度に収まらず。彼女を囲むように、次々と襲い掛かる。
「増援……いや、複数……? 使い魔か……!?」
狼狽しながらも、その正体を推理するシックスセンス。だが視覚を失っている今、明確な答えは掴めず。
「ならば……そちらを把握するのみです」
冷静に、魔法を構え直す。
彼女の魔法は、『対象とした生物一体の全ての行動を把握するもの』だ。一対一の戦闘では強力無比だが、相応の『代償』は有する。
想定外に対処するため、その対象をミクロマクロから自らの周囲の存在へと移し替える──
──だが、できない。
「……なぜ!?」
惑うシックスセンス。そんな彼女にも、攻め手は休まらず。
「そんな……ありえない話し……! 私の魔法は、如何なる生物だろうと掌握するもの……!」
「気になるかい。そんなに気になるのなら、『自分の目』で確かめてみたらどうだ?」
「ミクロマクロ、貴女は……!」
シックスセンスは屈辱に歯噛みする。
安い挑発に乗るものか、と見えぬ相手に懸命な反撃を試みるが、その全ては虚しく空を切る。
そして、いよいよ辛抱堪らなくなり──
「…………仕方ありません……!」
遂にシックスセンスは自らの目隠しを外した。青く艶めく瞳が、外界を映す。
「な──」
何故彼女の魔法が通じなかったのか。それは一目瞭然だった。
「人形……!?」
そう。彼女を包囲し攻撃を続けていたのは、人形だったのだ。
生物に影響を及ぼすシックスセンスの魔法が通用しないのも、当然のことなのだ。
そして、その主は言うまでもなく。
〈〈は、はじめましてぇェぇ。残酷魔女、アガルマトよぉォぉ〉〉
人形の魔女アガルマト。ミクロマクロの隠れた救難信号に気づいた彼女が、無数の人形を増援として引き連れてきたのだ。
「こんな……くだらない……!」
シックスセンスは打ち震えながらも、再び視界を遮ろうとする。
だがミクロマクロがそれを許さない。素早き蹴りが魔法を失ったシックスセンスを狙う。
「そうはさせないよ!」
「く!」
「私の勘通りだったよ。きみのその魔法は強力だ。だがしかし、代償として視覚を失わなければならないようだね!」
そう。それこそがシックスセンスの代償。天眼の魔法の光と影、その影の部分だ。
「……それがどうされました。いずれにせよ、このまま武力で貴女を叩きのめせば万事解決。それに変わりはない」
魔法を奪われたとて、その武に衰えはない。しなやかで強い掌底が止むことなく襲い掛かる。
「ガチンコ勝負のつもりかい?」
「正面衝突ならば、私の方が強い。それに変わりはありません──!」
「そうかもしれないな、だから──」
ミクロマクロは、今度こそ、その全てを正確に防ぎ、受け流してゆく。
そして、その最中。アガルマトの人形を掴んだ。
「今度は私が小細工する番だ」
「なにを」
シックスセンスが身構えるよりも先に、二倍の大きさになった人形が彼女に突進する。
「ぐーっ!?」
「ほら、まだまだ行くよ!」
次々と人形が巨大化し、シックスセンス目掛けて猛進する。
「こんな……こんな人形に……私が……!?」
絶え間ない人形の濁流に、抵抗することもできず飲まれてゆく。
「く……や、やめ──」
〈〈人形を笑うものは人形に泣く。お、覚えておくことねぇェぇ〉〉
「や──め──」
やがて、全ての人形が巨大化し、シックスセンスを包み込んだ。
「──────!!!」
そして完成した人形団子。その核から、声にならない悲鳴が聞こえていたが──やがて止んだ。
「そろそろいいだろう。放してあげてやってくれ」
人形たちが離散する。その内から出現したシックスセンス、既に失神していた。
「よっと」
そしてミクロマクロは彼女を拘束し、抱え上げた。
「これで良し、と」
一息つき、そして人形を見やる。
「よく来てくれたよ、アガルマト」
〈〈見覚えのある輪っかが飛んでたから、様子を見に来たんだけど……まさか、ピンチだったとはねェぇェ〉〉
「恥ずかしいところを見せてしまった。アイスを奢るから、みんなにはナイショにしててくれるかな?」
〈〈要相談、ね〉〉
「おっと、手厳しいな。ははは」
ミクロマクロは笑った。
【続く】