#5 転生ing→belle増えゴール
【#5】
「ははは! ははははは!」
転移を繰り返すゼットワン。会議室にはあちこちに抉り痕が残る。
「あいつ……!」
「私には、捉えられないわね……」
アクセルリスとシャーカッハは、身を固めながら、ゼットワンの放つ潰滅の力に備えるしかできない。
「ははははは! ははははははは! ──ハァッ!」
「ッ!」
放たれた。二人はそれを何とか躱す。不幸にも着弾地点に選ばれてしまった窓が抉れ、割れる。
〈やべえ……!〉
その様子をみて、トガネは慄くしかできない。
「ははは! 恐ろしいだろう、恐ろしいだろう! たまらないな、かつての宿敵の怯える顔を見られるなど!」
挑発するかのようにゼットワンが転移を止めた。
「ッ!」
無論、その一瞬のスキを逃すアクセルリスでもなく。
トガネの捕捉を乗せた槍が瞬間的に放たれる。
だが。
「無力、無力!」
その槍はゼットワンを刺し穿つ前に消滅してしまう。
「……あの力、守りにも使えるのが厄介すぎる……!」
焦燥のアクセルリス。激しく思考を巡らせる。
「なにか……なにか手は……!」
「……」
血走る銀の眼を見て、シャーカッハがおもむろに口を開いた。
「ひとつ、手段がないわけじゃないけど」
「本当ですか……?」
「ただ、確実性に欠けるわね。それに……」
「それに?」
「……いえ、これは些細な問題だから、貴女が知る必要はないわね。とにかく、ひとつだけ、打破できる可能性がある」
少し言い淀むような様子のシャーカッハに、アクセルリスは一瞬不安を抱いた──が、すぐにそれを振り払う。
「なら、試すしかない。少しでもチャンスがあるのなら、それを逃すわけにはいかない……!」
「そう言うと思ってたわ。流石アクセルリス」
シャーカッハは微笑み、そしてアクセルリスにこう語りかける。
「約束して、アクセルリス。『何があっても動じないこと』。『時には敗北を演じること』。そして『チャンスは絶対に逃さないこと』」
「……?」
アクセルリスは首を傾げた。
「具体的には、どういう」
「すぐにわかるわ。きっと」
「──」
問い返そうとした、そのとき。
「お喋りとは、よっぽど余裕なようだな! ならば消えろ!」
ゼットワンの声。同時に力が放たれる。
「ッ!」
アクセルリスが飛び退こうとした、そのとき。
「え」
銀の眼は捕えてしまった。抉られたシャーカッハの足元が崩れ、彼女が体勢を崩したのを。
「──」
「シャーカッハさ──」
全てを潰し滅ぼす力が、獲物を喰らう。
「あ──」
アクセルリスは見た。シャーカッハが、笑っていたのを。
そして、シャーカッハが消滅した。
その右腕だけが残り、ゼットワンの足元に転がる。
「ははははは! 逃げ遅れたようだな、無様にも!」
嗤うゼットワン。だがアクセルリスは冷たく言い放つ。
「……残念だったな。シャーカッハさんは《再生の魔女》だ。すぐに蘇って、お前を……」
「はははは。怖いな、無知というものは」
「……何?」
アクセルリスは眉をひそめる。シャーカッハの再生能力は、彼女も良く知っている。ではなぜ、ゼットワンは笑う?
「知らないのか? 私は知っている! 再生の魔女シャーカッハ、その能力の源は心臓に埋め込まれている《超再生の魔石》によるものだと!」
高らかに知識を語る。
「故に! その魔石を心臓もろともに吹き飛ばしてしまえば、再生は行われることはない!」
「…………!」
アクセルリスに衝撃が走る。再生が行われないというのならば、それは。
「そう! シャーカッハは! いま! 死んだのだ!」
「…………嘘……だ」
「ははは! 己の知らぬ真実を疑うことは、身を滅ぼすぞ!」
知識とはすなわち力。より多くの知識を得る者が、強き者となる。こと魔女においてはそれがより顕著なものとなる。
「嘘だッ!」
感情のままに放たれる槍は、鋭く速く。だがゼットワンは笑いながらにそれを躱す。
「無様、無様! もはや貴様を手に掛けるのも容易いな! ははははは!」
「……、……!」
アクセルリスは目を見開く。銀の瞳に映るのは、シャーカッハ。
だが、その膝は地に付いたまま、離れようとしない。
「ならば冥途の土産に、もう一つ知識を享受してやろう! 私が得た力について、だ!」
最早勝利は確実なもの。ゼットワンの雄弁はここに極まる。
「この二つの結晶。これはとある魔女たちの力を結晶化したものだ。これを用いることで、その魔女たちが宿していた魔法を行使することができる!」
「魔女の力だけを……!? そんな冒涜的なことが許されるわけ……」
「残念ながら、研究をしていたのはお前の師でもあるアイヤツバスだ。恨むのならその魔女を恨むことだな!」
「お師匠サマが何の目的もなしに、そんなことをするはずがない! なんの目的が……」
だがアクセルリスは首を振り、その疑問を振り払う。どうせ考えても答えは出ない。それよりも先に、考えなければいけないことがあるのだ。
「……そんな危険な魔法、一体誰の」
「教えてやろう。今の私はすこぶる機嫌が良いからな! この結晶の主は、《潰滅の魔女オブリテレイト》と《妖星の魔女ディザスター》!」
「それって……」
アクセルリスの記憶が呼び起こされる。オブリテレイトとディザスター。それは。
◇
「然りィ! 俺様が潰滅の魔女オブリテレイトだ! 特技はブッ壊すこと! よろしくな!」
「そして私がディザスター。オブリテレイトの保護者と見て貰って構わない」
◇
「メラキーと出会った、次の日の……!」
〈あのとき主がボコボコにしたやつらか!?〉
「でも、私が戦ったとき、あの二人はそんな魔法を使う素振りは見せなかった……」
「当人すら自覚していなかった、眠る本当の力を引き出したのだ! いやはや、アイヤツバスの手腕には全く脱帽する!」
「……お前がお師匠サマを語るな……!」
その目は憤怒に塗れながらも、けして己の使命を失わない。ただ『一点』を見つめたままで。
「そもそもお前の目的は何なんだ! 単なる復讐か? それとも誰かの差し金か!」
「両方の折衷、といったところだな! 私は恨みを晴らし、クライアントは私に仕事を課す! 一応傭兵なのでな、私は!」
「傭兵の癖に個人的な感情で動くのか。お前の仲間たち……スカーアイズやインペールが今のお前を見たらどう思う事か」
「──黙れェッ! その名を出すんじゃあない……!」
かつての友。ゼットワンはその名に過敏な反応を見せる。
「スカーアイズ……インペール……! あいつらがいれば、私は……私はきっと……!」
顔を覆い、項垂れるゼットワン。
「ああ……あああ…………!」
叫喚の咽びが聞こえたが、すぐに顔を上げて。
「…………少し取り乱したが、もうあいつらのことなどどうでもいいさ。いずれにせよ、私は魔都と共に消える身だからな」
「……どういうこと?」
「《妖星の魔女》の力。それは星を操る力だ。私はその力をもって、この都に星を落とす」
途方もない計画に、アクセルリスは面食らう。
「それ、正気で言ってるのか……!?」
「最早私に正気などない! この身が滅びようと……全ては些事なのだ」
そう謳うゼットワンの目に、光はない。
〈……主、あれって〉
「間違いなく、魔女枢軸の奴らに細工されてる。首輪を壊したいところだけど……」
だがまだ、機は熟さない。もう少し、あと少し、この場を凌がなければならない。
「……誰なんだ、そんなバカげたことを考えるクライアントって」
「言う訳がないだろう! クライアントの個人情報を秘匿するのは、傭兵の鉄則だ!」
「まあいいさ、だいたいの目星はついてる」
「…………なんなんだ、お前は」
ここで、ゼットワンが不機嫌そうな声を上げた。
「お前のその態度は……まるで、私と対等な状況に置かれているような、その態度は!」
「何が」
「分からないのか! お前の生殺与奪は私が握っているのだぞ! 私がその気になれば、お前もまたシャーカッハの様にこの世から消え去る! だのになぜ、お前は焦らない……!」
「……そう見える?」
「ふざけるな……! 後悔する時間が欲しいのならば、あまり私を怒らせない方が良い……!」
ゼットワンはアクセルリスへと手をかざす。赤い結晶が仄く光始める。
「……じゃあ」
アクセルリスが、立ち上がった。
「そろそろいいかな」
その声色には、絶望も恐怖も悲観もない。ただ宿る、残酷な希望。
「どうした! この期に及んで全て諦めたか! 利口といえば聞こえはいいが、所詮それは無様の極みなり! はははは! ははははははははは!」
結晶の光が満ち、力が放たれようとした。
その瞬間だった。
がしり、とゼットワンの首が掴まれ、強く締め上げられる。
「がっ!?」
意識外からの拘束に、魔力の流れを途切れさせるゼットワン。結晶の光が失われる。
「ぐ、が、な……なんだ……! 誰が……!?」
「誰かって。一人しかいないでしょ」
アクセルリスの言葉。
「────ッ!!」
一瞬の後、ゼットワンの背筋に電流が走った。それは恐怖の稲妻。
「バカな……そんなはずが……!」
「あるのよ。そういうことも、ね」
少し首を捻っただけで見えた。
揺れる長い桃色の髪。
それは、シャーカッハ・ヒュドランゲア。
【続く】