#3 縦横無尽.Akz
【#3】
──その頃。魔都の中心、クリファトレシカの正門に、アクセルリスは辿り着いた。
息を切らしながらも、門番に問う。
「ここに、魔女が来てませんか」
「……はい。ですが不甲斐ない事に、我々は侵入を許してしまいました……誠に、申し訳なく……!」
悔やむ門番に影からの声。
〈今はそういうのはいい、そいつは今どこに?〉
「この門を抜けた以上、中庭を通過しクリファトレシカに侵入するはずなのですが……クリファトレシカ入口の担当から魔女が現れたという報告は、一切成されておりません」
「中庭に隠れてる……ってのもありえなさそうだし、だとすると……」
考えを巡らせながら、アクセルリスはふと空を見上げ。
「──上?」
すぐに解へ至った。
「すいません、この辺りで失礼します!」
手短に別れを済まし、走り出すアクセルリス。
〈え、主、何を!?〉
「多分ゼットワンは、あの転移魔法を使って、クリファトレシカの外壁を登っていったんだと思う!」
〈そんなことできるのか!?〉
「私にはそれしか考えられない! 違ったらそのときはそのとき!」
〈相変わらず清々しいくらいの一直線だな!〉
「それ褒めてる!?」
〈褒めてる褒めてる! 流石主だぜ!〉
「ならよし! じゃ、飛ぶよ! ほら、早く人になって!」
〈えっ、なになになに!?〉
トガネは訳も分らないままに影を編み、人型へと変わる。アクセルリスはその手をがっしり掴む。
「なに!? なにすんの!?」
助走は十分。クリファトレシカの壁はすぐそこに。
アクセルリスはそこへ至り、壁目掛けて跳ぶ。そして。
「しゃああっ!」
「うわーっ!?」
壁を蹴り、トガネごと三角跳びを敢行。直後、真下の地上から飛来する鋼の槍を掴み、そのまま浮上してゆく。
「な……なんてめちゃくちゃだ」
「こうでもしないとこんな高い塔登っていけないからね!」
怯えきったトガネと不敵に笑うアクセルリスを連れ、槍は飛翔を続けていく。
その道中。
落下すれば確実に身が砕けるであろう程の高さ、具体的にはクリファトレシカの80階に差し当たったあたり。
「アクセルリス」
高速飛翔体と化したアクセルリスを、クリファトレシカから呼ぶ者がいた。
「お師匠サマ!? どうしたんですかこんなところで」
「ウワーッ!」
アイヤツバスだ。アクセルリスは急ブレーキをかけそちらを見る。その衝撃でトガネが悶える。
「どうしたの、はこっちの台詞だけど……まあ、そんなことを言ってる場合じゃないわ」
只ならぬ様子。砕かれた窓ガラスからも、それが伺える。
「ゼットワンを追っているのでしょう?」
「はい、外側から侵入を試みている、と推測しまして」
「彼女は今99階、邪悪魔女会議室にいるわ。そして、気を付けなさい」
その声色から、アクセルリスもトガネも、事の重さを悟る。
「研究部門に保管しておいた研究品がゼットワンに奪われたわ。それは彼女に強大な力を与えている」
「そんな!?」
「だから用心して、そして急ぎなさい。99階には今パーティーメイカーズの三人がいる」
「!」
アクセルリスの目の色が変わる。パーティーメイカーズは、以前ゼットワンたちに辛酸を舐めさせた。ゼットワンがその事を恨んでいる可能性も、ゼロではない。
「──わかりました」
「気を付けてね。私も後から向かうわ」
「お師匠サマもどうか気を付けて! では!」
上昇を再開する。トガネの悲鳴を魔都に響かせながら。
「誰かオレも気遣ってくれーッ!」
「……っと」
「も……もうダメ……」
そして至るは99階、見慣れた会議室。
トガネは目を回し、アクセルリスの影へと戻る。
「ここも、窓が……」
警戒しながら、割れた窓から入り込む。
そして、状況が一刻を争うものであることに、すぐ気付いた。
「──ッ」
銀の眼が捉えたもの。
触腕の過半数を失い、力なく壁に倒れ込むカイトラ。
血まみれになり、主を失い地に臥すケムダフの帽子。
肩で息をしながら、敵を睨むシャーカッハ。
そして、笑みを浮かべるゼットワン。
「シャーカッハさん!」
「アクセルリス……!」
「おやおやおやおや、意外と早かったな? 流石は残酷魔女の精鋭、といったところか。しかし」
ゼットワンの左手には、赤と青の結晶が握られている。そして、そのうちの一つ、赤い結晶が光を放つ。
「アクセルリス、避けて!」
「っ!?」
わけもわからず、しかし危険を察知し、アクセルリスはシャーカッハと共に飛びのいた。
その直後。
「フッ!」
ゼットワンの右手から、不可視の波動が放たれた。
空間を歪ませるような『圧』を感じ、アクセルリスはその存在に気付く。
そしてその波動は、床に触れると──抉る様に、その一部分を消滅させた。
「え──」
描写に偽りはない。『消滅した』のだ。
〈な……なんだ!?〉
「ははははは! ははははははは! 驚いたか? 無理もない!」
アクセルリスは思考を巡らせる。ゼットワンに、これほどの魔法を使役する力はない。では、この力は一体?
「──お師匠サマが言ってた、研究品が……!?」
「どうやらそうみたいね……全く、アイヤツバスもおっかないものを作る!」
軽くそう言ってのけるシャーカッハだが、その様子は明らかに追い詰められている。
「……カイトラさんと、ケムダフさんは」
「今は戦闘不能。でも心配しないで、無事だから」
「だがすぐに! 貴様ら纏めて消し去ってくれる!」
再び、赤い結晶が光り始めた。
アクセルリスとシャーカッハが、構える。
【続く】