#2 Numer.on
【#2】
ヴェルペルギース、東部ケイトブルパツ地区。
「……見つけたぜ、テロリスト」
「ん……?」
開けた空間の多いケイトブルパツ地区。グラバースニッチが敵と邂逅したのも、また例に漏れず広場であった。
「俺は残酷魔女グラバースニッチ。魔女機関のお膝元で大暴れとは、良い度胸しちゃがるな?」
「それほどでもない」
「名乗れ」
「《幻惑の魔女ツープラトン》だ。以後、よろしく頼む」
ツープラトンは洒落た風に礼をする。その声は、僅かに、重なる様に、震える。
「聞いたことのない名だな。まあいい、お前たちの目的はなんだ?」
「己に問うが良い。知らないことを知ること、行き詰まりに行き着くこと、それこそが学びだ」
「悪いが俺は学はさっぱりでな! 言わないというのなら、力づくで聞きだすだけだ」
「全く、暴力的な魔女だな。いいだろう、私も腕っぷしには少し自信がある──!」
「行くぞッ!」
獣と幻惑。一つ目の戦いが始まる。
◆
ヴェルペルギース、西部パーガスッス地区。
イヴィユはすぐに目星を付ける。
「良き良き、良う燃えよるわ!」
「そこまでにしておけ、そこな魔女よ」
「うむ? 儂のことか?」
炎のように滾る橙色の髪を持つ魔女。その手から放たれる炎の球は、触れたものをすべて燃やす。
「お主は」
「残酷魔女だ。暴動を止めに来た」
「ほう、やはり現れたか! 良いだろう、お主もまた燃やすのみ!」
その魔女は大げさに見得を切り、名乗る。
「我が名は《炎天の魔女サンバーン》! いざ、尋常に!」
「断る。私の得意分野は騙し討ちだからな」
「なんとぉーっ!?」
進化と炎天。二つ目の戦いが始まる。
◆
ヴェルペルギース、南部カーバロソ地区。
降り立ってすぐ、ロゼストルムは異様なものを見つける。
「グラァァァ……グララアガアァァァ……」
「なんですの、あれは……!?」
それは半透明な巨人。騎士の鎧を纏う。
そしてロゼストルムは、心臓の部分に、一人の幼い魔女がいることに気付く。
「まだ子供じゃない……!」
〈誰カ、私ノコトヲ、子供ト言ッタカ!〉
「しかもちゃんと外の様子を確認できている……厄介ですわね」
巨人はゆっくりと身を動かし、ロゼストルムをしっかりと視認する。
〈何者ダ! 貴様!〉
「残酷魔女ロゼストルム! 貴女を止めに参上しましたわ! 貴女こそ、何者です!」
〈私ハ! 《剛体の魔女ゴリアス》ダ! 断ジテ子供デハ、無イィィィィィ!〉
咆哮。家々の屋根が剥がれる程の衝撃になる。
「これは相当骨が折れそうですわ……!」
ロゼストルムを風が包み、彼女を空に巻き上げる。
〈来イイイイイイイ!〉
薫風と剛体。三つ目の戦いが始まる。
◆
ヴェルペルギース、北部テテュノーク地区。
「やあ、きみが暴動の主だろう?」
ミクロマクロが気さくに話しかけるのは、妖しげなヴェールを纏った魔女。目元には布が巻かれ、目隠しとなる。その怪しい様は占い師のようでもあり。
「貴女が来ることは分かっていました。規格の魔女、ミクロマクロよ」
「へぇ? 私のファンなのか?」
「いえ。水晶の囁きです。未来を映し出すクリスタル、それが私の力であります」
「面白いね。きみ、名前は?」
「《天眼の魔女シックスセンス》。どうぞお見知りおきを」
「なんて丁寧な挨拶だ。これは一筋縄ではいかなそうだ」
「試してみますか? 私には貴女の全てが見えますが」
「それでもやるんだよ。仕事だからね」
ミクロマクロは肩を竦め、鉄輪を備える。
「では、どうぞ」
規格と天眼。四つ目の戦いが始まる。
◆
そしてヴェルペルギース、北部テテュノーク駅からクリファトレシカに繋がる、一本の大路にて。
「いた!」
「あそこか」
アクセルリスとシャーデンフロイデは、その進行を妨げるように降り立つ。
「そこまでだ」
「ここから先は行かせない!」
銀の眼が見据える、二人の魔女の片割れが、口を開く。
「ははははは! ははははははははは! 随分と早いお見えだな魔女機関諸君!」
開ききった眼で高笑いをするその姿、気が触れているというより他ならない。
そして、その顔に、アクセルリスは見覚えがあった。
「あれは、確か……ゼットワン……!?」
それは領域の魔女ゼットワン・レギオン。かつてアクセルリスと相対した魔女の一人だ。
「おやおやおやおや、私の名を知っている? ふむ、そういえばその銀の髪、確かに私にも覚えがある!」
かのゼットワンもまた、アクセルリスのことを覚えている……と、口では言うが、この様子では信憑性は怪しい。
「あれがゼットワン。パーティーメイカーズを襲撃したという、傭兵魔女か」
「はい。以前とは風貌も様子も違いますが、間違いないです。でも確か……」
想起する。ゼットワンは最後、魔女枢軸所属と思われる魔女に、攫われていったことを。
そして、その首。以前のアントホッパーに装着されていた首輪と酷似するものが、その首には嵌められていた。
「……もしかしたら、今回も魔女枢軸が関わってるかも」
「貴重な手がかりだな。僥倖だ」
シャーデンフロイデは一歩にじり寄る。アクセルリスもまた続く。
だが、ゼットワンはそれを大袈裟に手で制し。
「逸る、逸る! だが私には優先すべきことがあるのでな、悪いが相手はできん!」
そう言った直後、ゼットワンともう一人の魔女の姿が、一瞬にして消える。
「後ろです!」
アクセルリスは知っている。この魔法の原理を。
9かける9マスの領域を生み出し、その間を瞬間移動する魔法。自分を隅として領域を広げ、逆隅へ転移することで、連続的な移動を行うことができる。
振り返ると、既にこちらに背を向けて移動するゼットワンが見える。
二人もそれを追うべし、と身を乗り出したが、その前にもう一人の魔女が立ちはだかる。これは、アクセルリスも未だ知らぬ魔女。
「お前は?」
「《覚醒の魔女フルフォース》」
フルフォースと名乗るその魔女。目線はシャーデンフロイデと水平に並ぶほどの、大柄。
「悪いが通さん」
「成程。よく訓練された壁だ」
手を広げ、二人を圧する。そこから感じられる威圧感は、アクセルリスも少し気圧されるほどだ。
「……アクセルリス」
「何ですか?」
「ゼットワンを追え。交戦経験のある方が良い」
「了解です!」
伝達を手短に済ますと、シャーデンフロイデはアクセルリスを持ち上げ──放り投げた。
「頼んだぞ、アクセルリス」
それがアクセルリスの耳に届いた最後の一言だった。
「さて。次は」
そしてシャーデンフロイデはフルフォースを見据える。
「腰の据わった、良い魔女だ。流石は残酷魔女隊長、か」
フルフォースは手を広げたままに、拳を握る。
「だが私も、一筋縄ではいかないぞ?」
「試してみようか」
そう言って、シャーデンフロイデは構えを取る。
足を肩幅に開き、右の手は自然に開いた状態で前に出し、左の手は握り拳を作り腰に当てる。
まるで壁画のように、がっちりとした隙の無い厳かな構え。シャーデンフロイデの、基本姿勢。
「来い」
「悪いが、加減はできんぞ。我が覚醒されし肉体の前に、精々足掻いてみせろ──!」
全身に迸るマグマのように熱い魔力を滾らせ、フルフォースは駆ける。
一歩一歩踏み込むごとに、石畳を砕いてゆく。
「はぁ──!」
そして両腕を開き、シャーデンフロイデを挟み潰さん、と迫る──
「──」
シャーデンフロイデの瞳が、輪郭が、青白く光った。
「え」
次の瞬間だった。
フルフォースの天地が逆転し、脳天から地面に落下する。
「ぐ──ッ!?」
文字通り、頭が割れるような激痛。のたうち回り、その余波ですら周囲が破壊されるが、シャーデンフロイデは。
「……」
ただ無言のまま、構えるのみ。風に煽られ、透明なペンダントが揺れる。
「ぐ……何を……!」
呻きながら立ち上がるフルフォース。その額からは血が流れ落ちる。
だがシャーデンフロイデは答えない。殺伐な眼をもって、フルフォースを見下ろす。
「来い。何度でも、相手をしてやる」
「ふざけるな……その面、必ずや叩き潰してくれる!」
フルフォースは激昂を纏い、感情のままに駆けていく。
シャーデンフロイデの透明なペンダントが、揺れる──
【続く】