#1 前兆のプロフェティア
【#1】
ある日。
ここは魔女機関本部、クリファトレシカ。
その97階、残酷魔女本部である。
「しかしまあ、珍しいものだな」
隊長シャーデンフロイデは己の席に座り、そう言う。
「ん? 何がですか?」
残酷のアクセルリスは山積みの菓子を漁りながら、尋ねた。
「任務もないのに皆が集まっていることだろ?」
黒き獣グラバースニッチは部屋の隅でトレーニングをしながらそう返す。
「言われてみれば確かに、最近こんな事ありませんでしたわね」
絢爛令嬢ロゼストルムはソファでゆったりと。
「まァ、いいんじゃないかしらぁァぁァ? たまには……」
天才人形師アガルマトはソファの淵にしゃがみ込み、人形を愛でながら。
「休息も進化。安らかな時間も、また進化だな」
進化の使徒イヴィユは相も変わらぬ調子でいる。
「…………」
そして副隊長のミクロマクロは、いつもの様にソファで横になっている。
残酷魔女たちの、珍しい一面。
彼女たちも、こうやって皆で安らぐこともあるのだ。
命を懸けた戦いの多い職務だからこそ、このような時間を大切にするのだ。それは創立者であるバシカルの主義でもある。
「菓子は食べているか? 期限切れも近い、このような機会に消費してくれればありがたいが」
「問題ありませんわ、シャーデンフロイデ。アクセルリスが全部吸い込む勢いで食べてますから」
「え? ぜんぶたべていいんですよね?」
そういう最中にも、菓子が次々と消えていく。
「……期限が切れる前に食べきっては欲しいとは言ったが、一応8人分の量なのだが……」
「8人分ですか、道理で少ないと思いましたよ!」
「……」
シャーデンフロイデは目を細めて絶句する。あのシャーデンフロイデが、である。
「シャーデンフロイデ……」
そんな彼女を気遣うふうに、ロゼストルムが言う。
「アクセルリスはもう、私達が理解できる領域を超えていますわ……」
「かもしれないな」
そんな言葉も気にせず、アクセルリスは捕食を続けていた。
「ははは、豪快でいいじゃないか!」
「ああ。食事とはすなわち進化だ。私も負けていられない」
「げ、限度があると思うけどぉォ」
とまあ、いつになく平穏に、残酷魔女たちがくつろいでいた。
「まあ、今日は平和も平和ってことっぽいな。何よりだ」
「…………いや」
口を開いたのはミクロマクロだった。いつの間にか目を覚ましていた彼女は、窓際で常夜景を見下ろす。
「こういうときだからこそ、なのかな。何か嫌な予感がする」
「冗談はよせ、ミクロマクロ。せっかくの機会なんだ、雰囲気を壊す様なことはあまり──」
だが、そのグラバースニッチの言葉を妨げるようにして。
「やっぱり、ミクロマクロの勘はすごいね」
敏腕エンジニアのアーカシャは、真剣な眼差しで手元の伝気石を見下ろしている。
「え?」
「たった今、ヴェルペルギース内で同時多発暴動が起こった。その全てから魔女の反応が見られている、と」
たちどころに空気が凍り付く。
「続けろ、アーカシャ」
「魔女の反応は6つ。うち4つはそれぞれの地区で暴動を継続、2つが……クリファトレシカに向かってきてる?」
「アガルマト、確認を急げ」
「お、終わってるわよぉォぉ……それぞれの魔女の位置、掌握したわぁァぁ」
「良し──ならば」
シャーデンフロイデは素早く立ち上がり、一同を見渡す。
「緊急任務だ。ヴェルペルギース内に現れた、暴動を起こす6人の魔女。それらを鎮圧し、捕縛せよ」
彼女たちの目つきが変わる。
「グラバースニッチは東、イヴィユは西、ロゼストルムは南、ミクロマクロは北へ。私とアクセルリスは移動する2人の魔女を追う」
「了解だッ!」
「了解した」
「承りましてよ!」
「かしこまりー」
「了解です!」
「アーカシャ、敵対魔女の情報検索と魔女機関内での連絡を。アガルマト、道中の案内を頼んだ」
「任されたよ」
「わ、わかったわぁァぁ……」
残酷魔女たちが、起動していく。
「折角の機会だったが、我々の仕事は道を外れた魔女を処断すること。ヴェルペルギース内に多数出現したともなれば、街の、民の、ひいては魔女機関の危険が懸念される」
シャーデンフロイデは固く、強く、そう言う。
「だからこそ我々が動くのだ。残酷魔女としての矜持、ゆめゆめ忘れるな」
残酷魔女たちも皆、頷く。
「良し」
深く息を吸い、そして──叫ぶ。
「では──出動!」
【残酷スクランブル!】