#6 残酷に影が差すとき
「ありがとう、主──!」
【#6】
光が止む。アクセルリスは眼を開く。
「…………え?」
そして、疑う。
その眼前に、一つの人影が現れていた。
彼女を護る様に立つその姿は、しかし──アクセルリスそのものだった。
「大丈夫か?」
違うのは、色。
その魔装束は色が抜けたように白黒で構成されている。
艶やかな銀髪は、光の刺さない漆黒に。
そして、その目──左目は前髪に隠され、右目は赤く光っている。それはまるで、影の中に灯る、一粒の明りのごとく。
かの正体は──
「──トガネ……!?」
「正解! オレだぜ、主!」
歯を見せて笑う。その様も、アクセルリスと等しく。
「立てるか?」
「あ……うん……なん、とか」
トガネの手を借り、立ち上がるアクセルリス。彼女も、よもや物理的にトガネの助けを借りることになるとは、露にも思っていなかっただろう。
「これ、オレからのお返しだ」
「あ……あったかい」
繋がれる手から、暖かな魔力が流れ込み、アクセルリスの体を僅かだが癒す。
「……どういうことなのさ」
「オレも成長したんだ。魔力を山ほど送ってもらえば、こうして影を編んで実体化できるように。ほんのちょっぴりだけどな」
「やるじゃん、流石は──」
「流石はアクセルリスの使い魔、だろ?」
不敵に笑うトガネ。それが伝染するように、アクセルリスも笑い。
「ナマイキ言ってんじゃないよ」
「へへっ」
感情を交わし合い、同じ眼で敵を見据える。
「ハハハ……こいつは驚いた! 流石はアイヤツバスの生んだ使い魔、私の想定を超えていくな……!」
「当たり前だろ! オレの主と創造主は、すっげーからな!」
「……トガネ」
「さあ主、さっきも言ったが時間はねぇ! オレと主で、とっととケリ付けようぜ!」
「うん! 行こう!」
銀と影が駆ける。
「ハハハ! ハッハッハ! なんとユニークな奴らだ! 私も全力で受けて立とうじゃないか!」
両手を広げ、バースデイは迎え撃つ。
「主っ!」
「わかった!」
二人は目線を送り合い、合図を交わす。たったそれだけで、全てが通じるのだ。二人の築いてきた絆が成せる連携だ。
「さぁ。どう出る!」
眼前に迫った二人に、バースデイは迷わず太刀を振り下ろす。
当然二人がそれを受け入れるはずもなく。銀は右に、影は左に跳んだ。
「ほう? 挟み撃ちか!」
「数的有利があるなら!」
「この手段を使わない手はない、ってな!」
同時に手をかざす。アクセルリスは鋼の槍を生成し構える。対してトガネは、周囲の影を編み上げ、影の槍を生み出す。
「合わせるぜ、主!」
「よし、発射!」
激しい鋼と影の挟撃がバースデイに襲い掛かる。
「当然、私はそれを良しとしない!」
両脇からの面制圧。バースデイが取るべき最善の行動は一つ。
跳躍だ。そしてそれは、アクセルリスとトガネに誘導されたものでもある。
「行ったぞ主!」
「オッケートガネ!」
また二人は、同時に手をかざした。
宙舞うバースデイを包むように、全方位に二色の槍が生まれていく。
「これは……!」
バースデイの額に汗が流れる。全方位。その言葉に偽りはなく。
「斉ッ!」
「射ッ!」
全ての槍が同時に、バースデイを徹底的に刺し穿たんと走る。
「う、おおおおおおお……!」
槍の爆心地から呻き声が響く。
さしものバースデイも年貢の納め時か、と思われたが。
「──しゃあああアッ!」
雄叫びと共に全ての槍が弾かれる。内より出ずるバースデイの身には一切の傷がなく、しかして強力なる竜の鎧もなく。
「鎧をパージして、もろとも弾き飛ばしたのか!」
「でもそれは好都合! 行くよ、トガネ!」
「おう! ここで決める!」
降下するバースデイ。アクセルリスとトガネは、その着地点に向かって駆ける。
「く……流石にこのままではまずいか」
竜の鎧で補っていたとはいえ、元々バースデイも相当な手負い。この状況は、彼女にとっても芳しくない。
得意の使い魔も、虚空にあっては喚び出すことができない。何らかの『媒体』がなければ行使ができないのだ。アクセルリスが彼女を空に追い詰めたのも、それを知ってのことだろう。
「気張るしかない、な……!」
墜落の中、己の下に駆ける銀と黒を見て、太刀持つ手に力が籠ってゆく。
そして。
「来た!」
「準備はいいか、主!」
「当たり前でしょ!」
バースデイの落下地点にて、アクセルリスとトガネは剣を構える。
「さあ、来い……!」
互いの視線が、絡み合う。
「トガネ!」
「主!」
鋼の剣と影の剣が、交差し。
「──」
着地の直前、バースデイは大きく太刀を振り被り。
「──しゃああああああああッ!」
「はあああッ!」
「うおおおっ!」
衝撃。振り下ろされた太刀と、銀影の双剣が、激しく競り合う。
「は、ああああああっ……!」
「ぐう、うううう!」
「う──うおおおおおッ!」
アクセルリスに、バースデイの感情は分からない。
彼女が何を求め、何を目指し、何を願って魔女枢軸にいるかなど、分らない。
そしてそれを知る必要もないし、知りたいという気もない。
アクセルリスが抱くのは、ただ純粋な本能。生存と、否定の本能。
他の誰が何を想おうと、もはや彼女の魂に根付く鋼の意思は、傷つくことも、曇ることも無い。
だからこそ、アクセルリスは強いのだ。
「私は……私はッ!」
信念を力に変え、剣を圧し込む。
「主……ッ!」
トガネもまた、主の想いを感じ取り、力を込める。
鋼と影の二つの想いは、今ここで重なり合い、新たな希望を織りなしてゆく。
「ぐ……なんだ……!? これは……!」
「はあッ!」
「ぐっ……ああっ!」
そして競り負けたのはバースデイ。弾き飛ばされ、不格好に宙を舞う。
「今──!」
アクセルリスがその好機を逃すはずもない。トガネが構えた剣を踏み台にし、バースデイを追うように跳ぶ。
「終わりだ、バースデイ!」
「ッ!」
肌で感じる残酷な殺気に、バースデイは本能的に身構えた。
だが、姿勢が崩れた中空で、充分な防御が取れるはずも、なく。
「はあああああああああああッ!」
鋼纏う全力の掌底が、咎人を裁く鉄槌として、振るわれた。
「ぐああああああああああああ!」
バースデイは絶叫と共に叩き伏せられ、大地を抉るように滑る。
やがてその身は、小さく痙攣するだけ。
「っと!」
「流石だぜ、主! これならあいつも一溜りもないぜ!」
「……いや」
トガネの側に降り立ったアクセルリスは、油断なくバースデイに視線を送り続ける。
「あのバースデイのことだ、まだ息があってもおかしくはない」
「それは……確かに」
そして、アクセルリスのその言葉に呼応するように、バースデイがゆっくりと動きだした。
「…………う……」
「……!」
緩慢と顔を上げ、二人の敵を瞳に写す。その眼差しに、敵意と殺意は未だに強く根付いている。
「ま……だ……だ……!」
「生きて……!?」
「ぐ……う……! あ…………!」
呻きながら這い、再び立ち上がろうと、懸命に手を伸ばす。
だが、その身は、地に臥すことを良しとした。
「く……!」
「……ここまでみたいだね」
倒れるバースデイに視線を向け、アクセルリスは槍を生み出す。
「だからこれで──トドメだ」
槍を構え、大地が砕けるほどの殺意をもって駆け出すアクセルリス。
だが。
「──ッ!」
本能的に飛び退く。そしてトガネもまた、その理由にすぐ気付く。
「これは……この魔力は!」
それは、アクセルリスの記憶に、深く深く残るもの。
彼らが感じ取った魔力は、見る見るうちに可視化され、バースデイを中心として煙り始める。
その魔力は、赤黒く、戦の火のように。
そして。
「…………!」
アクセルリスの銀の眼が、バースデイを、否、バースデイの傍らに現れた一つの影を強く強く睨む。
「あ……!」
トガネがその存在に恐怖する中、『それ』はゆっくりとバースデイに手を伸ばした。
「……ぐ、どうも……まさかあんたが、ここで助けに来るとは……思ってなかったよ」
その手を借りてバースデイは立ち上がり、アクセルリスたちを見る。
「う……流石に、今日はここまでだ。私の体も、限界が近い…………また会おう」
「──逃がすかッ!」
瞬間的に二本の槍が走る。その中に難しい感情はない。『殺す』という意思だけだ。
だが無情にも、その意思が届くよりも先に、二つの影は霧散した。
「────」
アクセルリスは、沈黙のまま、叫んだ。
そして、緊迫した静寂の中。
「……っと、オレも限界か」
トガネが呟く。その身から黒い煙が立つ。
「うん、はじめてにしては結構うまく行ったな」
「……練習とか、してたの?」
「まあまあな。影を編んで実体化させる訓練を、こっそりやってたんだ。その成果がこの体って訳よ」
トガネはにっかりと笑う。アクセルリスはしばしその姿を見つめたのち、少し気が休まったのか、言った。
「しかしこの再現度……モデルとなった身としては、気持ち悪さすら感じるね」
「えっ酷い!?」
「いや、褒めてるよ? 褒めてるけど……あんた、私のことこんなにじっくり見てたんだね」
「ま……まあそりゃ、基本的にいつも一緒にいるし、体にもたまに入ってるし」
「ふーん……?」
「な、なんだよその目! もう知らんぞ!」
焦ってそう言うと、トガネの体が黒い霧と化し、瞳の赤い光だけがとぷんとアクセルリスの影に着水する。
「ありゃりゃ」
〈はい、この話は終わりだ! 逃げてったあいつらの話とかするべきだろ、フツー!〉
「それはそうだけど……ぶっちゃけ、言う事は一つしかないし」
〈なんだ?〉
息を吸い、空を仰ぐ。その目にはただ純粋な感情だけが宿り。
「次会ったときは殺す。バースデイも、戦火の魔女も」
残酷は、鋼の様に固く。
【続く】