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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
29話 異形の旅路
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#6 残酷に影が差すとき

「ありがとう、主──!」



【#6】


 光が止む。アクセルリスは眼を開く。


「…………え?」


 そして、疑う。

 その眼前に、一つの人影が現れていた。

 彼女を護る様に立つその姿は、しかし──アクセルリスそのものだった。


「大丈夫か?」


 違うのは、色。

 その魔装束は色が抜けたように白黒で構成されている。

 艶やかな銀髪は、光の刺さない漆黒に。

 そして、その目──左目は前髪に隠され、右目は赤く光っている。それはまるで、影の中に灯る、一粒の明りのごとく。

 かの正体は──


「──トガネ……!?」

「正解! オレだぜ、主!」


 歯を見せて笑う。その様も、アクセルリスと等しく。


「立てるか?」

「あ……うん……なん、とか」


 トガネの手を借り、立ち上がるアクセルリス。彼女も、よもや物理的にトガネの助けを借りることになるとは、露にも思っていなかっただろう。


「これ、オレからのお返しだ」

「あ……あったかい」


 繋がれる手から、暖かな魔力が流れ込み、アクセルリスの体を僅かだが癒す。


「……どういうことなのさ」

「オレも成長したんだ。魔力を山ほど送ってもらえば、こうして影を編んで実体化できるように。ほんのちょっぴりだけどな」

「やるじゃん、流石は──」

「流石はアクセルリスの使い魔、だろ?」


 不敵に笑うトガネ。それが伝染するように、アクセルリスも笑い。


「ナマイキ言ってんじゃないよ」

「へへっ」


 感情を交わし合い、同じ眼で敵を見据える。


「ハハハ……こいつは驚いた! 流石はアイヤツバスの生んだ使い魔、私の想定を超えていくな……!」

「当たり前だろ! オレの主と創造主は、すっげーからな!」

「……トガネ」

「さあ主、さっきも言ったが時間はねぇ! オレと主で、とっととケリ付けようぜ!」

「うん! 行こう!」


 銀と影が駆ける。


「ハハハ! ハッハッハ! なんとユニークな奴らだ! 私も全力で受けて立とうじゃないか!」

 両手を広げ、バースデイは迎え撃つ。

「主っ!」

「わかった!」

 二人は目線を送り合い、合図を交わす。たったそれだけで、全てが通じるのだ。二人の築いてきた絆が成せる連携だ。

「さぁ。どう出る!」

 眼前に迫った二人に、バースデイは迷わず太刀を振り下ろす。

 当然二人がそれを受け入れるはずもなく。銀は右に、影は左に跳んだ。

「ほう? 挟み撃ちか!」

「数的有利があるなら!」

「この手段を使わない手はない、ってな!」

 同時に手をかざす。アクセルリスは鋼の槍を生成し構える。対してトガネは、周囲の影を編み上げ、影の槍を生み出す。

「合わせるぜ、主!」

「よし、発射!」

 激しい鋼と影の挟撃がバースデイに襲い掛かる。

「当然、私はそれを良しとしない!」

 両脇からの面制圧。バースデイが取るべき最善の行動は一つ。

 跳躍だ。そしてそれは、アクセルリスとトガネに誘導されたものでもある。

「行ったぞ主!」

「オッケートガネ!」

 また二人は、同時に手をかざした。

 宙舞うバースデイを包むように、全方位に二色の槍が生まれていく。

「これは……!」

 バースデイの額に汗が流れる。全方位。その言葉に偽りはなく。

「斉ッ!」

「射ッ!」

 全ての槍が同時に、バースデイを徹底的に刺し穿たんと走る。

「う、おおおおおおお……!」

 槍の爆心地から呻き声が響く。


 さしものバースデイも年貢の納め時か、と思われたが。


「──しゃあああアッ!」


 雄叫びと共に全ての槍が弾かれる。内より出ずるバースデイの身には一切の傷がなく、しかして強力なる竜の鎧もなく。


「鎧をパージして、もろとも弾き飛ばしたのか!」

「でもそれは好都合! 行くよ、トガネ!」

「おう! ここで決める!」


 降下するバースデイ。アクセルリスとトガネは、その着地点に向かって駆ける。


「く……流石にこのままではまずいか」

 竜の鎧で補っていたとはいえ、元々バースデイも相当な手負い。この状況は、彼女にとっても芳しくない。

 得意の使い魔も、虚空にあっては喚び出すことができない。何らかの『媒体』がなければ行使ができないのだ。アクセルリスが彼女を空に追い詰めたのも、それを知ってのことだろう。

「気張るしかない、な……!」

 墜落の中、己の下に駆ける銀と黒を見て、太刀持つ手に力が籠ってゆく。


 そして。


「来た!」

「準備はいいか、主!」

「当たり前でしょ!」


 バースデイの落下地点にて、アクセルリスとトガネは剣を構える。


「さあ、来い……!」


 互いの視線が、絡み合う。


「トガネ!」

「主!」


 鋼の剣と影の剣が、交差し。


「──」


 着地の直前、バースデイは大きく太刀を振り被り。


「──しゃああああああああッ!」

「はあああッ!」

「うおおおっ!」


 衝撃。振り下ろされた太刀と、銀影の双剣が、激しく競り合う。


「は、ああああああっ……!」

「ぐう、うううう!」

「う──うおおおおおッ!」


 アクセルリスに、バースデイの感情は分からない。

 彼女が何を求め、何を目指し、何を願って魔女枢軸にいるかなど、分らない。

 そしてそれを知る必要もないし、知りたいという気もない。 

 アクセルリスが抱くのは、ただ純粋な本能。生存と、否定の本能。

 他の誰が何を想おうと、もはや彼女の魂に根付く鋼の意思は、傷つくことも、曇ることも無い。

 だからこそ、アクセルリスは強いのだ。


「私は……私はッ!」

 信念を力に変え、剣を圧し込む。

「主……ッ!」

 トガネもまた、主の想いを感じ取り、力を込める。


 鋼と影の二つの想いは、今ここで重なり合い、新たな希望を織りなしてゆく。


「ぐ……なんだ……!? これは……!」

「はあッ!」

「ぐっ……ああっ!」


 そして競り負けたのはバースデイ。弾き飛ばされ、不格好に宙を舞う。

「今──!」

 アクセルリスがその好機を逃すはずもない。トガネが構えた剣を踏み台にし、バースデイを追うように跳ぶ。

「終わりだ、バースデイ!」

「ッ!」

 肌で感じる残酷な殺気に、バースデイは本能的に身構えた。

 だが、姿勢が崩れた中空で、充分な防御が取れるはずも、なく。

「はあああああああああああッ!」


 鋼纏う全力の掌底が、咎人を裁く鉄槌として、振るわれた。


「ぐああああああああああああ!」

 バースデイは絶叫と共に叩き伏せられ、大地を抉るように滑る。

 やがてその身は、小さく痙攣するだけ。


「っと!」

「流石だぜ、主! これならあいつも一溜りもないぜ!」

「……いや」


 トガネの側に降り立ったアクセルリスは、油断なくバースデイに視線を送り続ける。


「あのバースデイのことだ、まだ息があってもおかしくはない」

「それは……確かに」


 そして、アクセルリスのその言葉に呼応するように、バースデイがゆっくりと動きだした。


「…………う……」

「……!」


 緩慢と顔を上げ、二人の敵を瞳に写す。その眼差しに、敵意と殺意は未だに強く根付いている。


「ま……だ……だ……!」

「生きて……!?」

「ぐ……う……! あ…………!」


 呻きながら這い、再び立ち上がろうと、懸命に手を伸ばす。

 だが、その身は、地に臥すことを良しとした。


「く……!」

「……ここまでみたいだね」 


 倒れるバースデイに視線を向け、アクセルリスは槍を生み出す。


「だからこれで──トドメだ」


 槍を構え、大地が砕けるほどの殺意をもって駆け出すアクセルリス。




 だが。


「──ッ!」


 本能的に飛び退く。そしてトガネもまた、その理由にすぐ気付く。


「これは……この魔力は!」


 それは、アクセルリスの記憶に、深く深く残るもの。

 彼らが感じ取った魔力は、見る見るうちに可視化され、バースデイを中心として煙り始める。

 その魔力は、赤黒く、戦の火のように。


 そして。


「…………!」


 アクセルリスの銀の眼が、バースデイを、否、バースデイの傍らに現れた一つの影を強く強く睨む。


「あ……!」


 トガネがその存在に恐怖する中、『それ』はゆっくりとバースデイに手を伸ばした。


「……ぐ、どうも……まさかあんたが、ここで助けに来るとは……思ってなかったよ」


 その手を借りてバースデイは立ち上がり、アクセルリスたちを見る。


「う……流石に、今日はここまでだ。私の体も、限界が近い…………また会おう」

「──逃がすかッ!」


 瞬間的に二本の槍が走る。その中に難しい感情はない。『殺す』という意思だけだ。


 だが無情にも、その意思が届くよりも先に、二つの影は霧散した。



「────」




 アクセルリスは、沈黙のまま、叫んだ。





 そして、緊迫した静寂の中。


「……っと、オレも限界か」


 トガネが呟く。その身から黒い煙が立つ。


「うん、はじめてにしては結構うまく行ったな」

「……練習とか、してたの?」

「まあまあな。影を編んで実体化させる訓練を、こっそりやってたんだ。その成果がこの体って訳よ」


 トガネはにっかりと笑う。アクセルリスはしばしその姿を見つめたのち、少し気が休まったのか、言った。


「しかしこの再現度……モデルとなった身としては、気持ち悪さすら感じるね」

「えっ酷い!?」

「いや、褒めてるよ? 褒めてるけど……あんた、私のことこんなにじっくり見てたんだね」

「ま……まあそりゃ、基本的にいつも一緒にいるし、体にもたまに入ってるし」

「ふーん……?」

「な、なんだよその目! もう知らんぞ!」


 焦ってそう言うと、トガネの体が黒い霧と化し、瞳の赤い光だけがとぷんとアクセルリスの影に着水する。


「ありゃりゃ」

〈はい、この話は終わりだ! 逃げてったあいつらの話とかするべきだろ、フツー!〉

「それはそうだけど……ぶっちゃけ、言う事は一つしかないし」

〈なんだ?〉


 息を吸い、空を仰ぐ。その目にはただ純粋な感情だけが宿り。


「次会ったときは殺す。バースデイも、戦火の魔女も」


 残酷は、鋼の様に固く。


【続く】

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