#5 赤き眼が映すのは
【#5】
耳をつんざく音を立て、互いの刃がぶつかり合う。
「どうだ! 強いだろう!」
「……ッ黙れ!」
「お前ほどの魔女ならば! 本能的に分かっているんじゃないか!」
「黙れ、って言ってんだよ!」
「この頑固さんが!」
二度、三度、四度と繰り返される剣戟。圧されるのは、アクセルリス。
「ぐ……!」
弾かれ、間合いから押し出される。
「く……そ!」
〈主、落ち着け! オレも力を貸す!〉
「トガネ……」
彼女の使い魔は、主の事を深く深く信じている。
〈見せてやろうぜ、一方的に利用するのと、心通じ合わせて協力するのと、どっちが強いのかを!〉
「……わかった!」
決意の言葉とともに、アクセルリスの輪郭が赤く仄光る。
「仲良しこよしだな。だがそれで生きていけるほど世界は甘くないぞ?」
「それを決めるのはお前じゃない。私たちだッ!」
己の信じるものを力とし、アクセルリスは手を掲げる。
その背後に無数の槍が生まれていく。
「行けッ!」
鋼の号令と共に、槍たちが群れを成し獲物を襲う。その様はまるで狩りをする獣。
「ハハハ……遅いな」
対するバースデイは、軽々と振るった太刀の一閃で、全ての槍を斬り落とした。
『弾いた』のではない。確かに『斬った』のだ。
先程までとは比べるべくもない、その太刀振る舞い。新鮮な命を取り込んでいるのならば、十分に頷けるものだ。
「やるな……! なら!」
砂埃が立ち、アクセルリスの姿が霧散する。
「上か……つくづく高い所が好きらしいな。バカなのか?」
「バカで結構! 上から失礼、有利を取るのは私だからな!」
宙で手を広げるアクセルリスの周囲に、重厚な剣が生まれていく。
「ブッ潰れろ!」
重力に導かれて剣たちが降り注ぐ。
「丁重に、断らせてもらう」
バースデイの手の中で、太刀が高速で回転し始める。
そのまま天に翳せば、それは剣の雨に濡れぬ傘になる。
「ち……どうにも遠隔じゃ通用しないか」
そう言ってアクセルリスは足元に鋼の足場を生み出し、それを踏み再び跳躍する。
「何を企んでいるかは……どうでもいいか」
バースデイは飄々としたまま、身構える。
その姿勢は、『跳ぶ』ためのもの。
「私も少し。バカになってみるか!」
跳躍。それは、一瞬にして、アクセルリスに追い付く。
「マジか……!」
「セイハッ!」
一閃。両手に握る槍が、それを妨げる。
「空中戦、なかなか洒落ているだろう?」
「ほざけ! お前は落ちるだけだ!」
一切の自由を失う空中にて、二人の魔女はゼロの間合いで熾烈極まる剣戟を繰り広げる。
「しゃああああああっ!」
双の剣で激しく攻め立てるアクセルリス。対するバースデイは沈黙し落ち着きながら全ての攻撃を太刀にていなす。
(──何を企んでいる)
途端に静かになったバースデイに、アクセルリスは何かを感じ取る。
だが、彼女は深くは考えない。
(何かをさせる前に、殺せばいいだけの話──!)
アクセルリスの攻め手が速度を増す。目の前の獲物を狩る野獣の様に。
だが、しかし、バースデイは尚もそれを小手先で凌ぎ続け──
あっという間に、大地がすぐ傍まで迫る。空中戦も終幕が近い。
「ッ」
アクセルリスは着地態勢を整えようと、身を捩じらせる。
だがそれこそ、バースデイの目論見だった。
「────余所見ぃ!」
「な」
着地を気にした一瞬、その一瞬のスキを突き、バースデイの太刀が槍を弾き飛ばした。
不気味なほどの沈黙は、この瞬間を狙い撃つためのもの。力を手にしながらも、さりとて狡猾さも失わず。それこそがバースデイの脅威である。
そして、両者が同時に地に足を付ける。
その直後、バースデイは仕掛ける。
「これで終わりだ、丸腰のアクセルリス!」
鈍く輝く刃が、武器を失い無防備な首筋に喰らい付く──
しかし、その刃は阻まれる。
「ほう……?」
バースデイの眼は確かにアクセルリスが徒手なのを確認している。では何故か?
「……私の魔法。それによって生み出された鋼は、実のところ触れずして操ることができる」
浮く鋼の剣が太刀を押し返していく。
「一個くらいならまあ、不自由はしない。けど、数が増えると流石の私でも管理しきれなくなる」
しかしそう言うアクセルリスの背後には、もう五本の剣が自在に宙を舞っていた。
「でも」
〈オレがいれば!〉
「そう! トガネの眼があれば、複数でもコントロールしきることができる!」
右手を振り切る。三本の剣がそれに追従し、バースデイの腹部を斬る。
「ぐ──」
「もっかい!」
左手を振り切る。残りの三本がそれに従い、バースデイの胸部を裂く。
「ぐ……!」
「まだだっ!」
強烈な、杭打ちのようなドロップキックがバースデイを襲う。
「ぐああっ!」
吹き飛ぶバースデイ。辛うじて立ち上がるが、その身は血に塗れ満身創痍である。
「待ったなし!」
アクセルリスは攻めの手を休めない。怨敵と定めた相手、悉くまで滅ぼすのみ。
号令と共に、六本の剣が敵を刺し殺すべしと放たれる。
「──」
バースデイ、危機一髪。
剣が生命を刺し穿つ音が鳴る。
〈……!〉
だがそれは、バースデイではない。
彼女が生み出した盾──即ち、使い魔の飛竜。
「どこまでも、お前は……!」
「魔法の有効活用、だろ?」
飛竜の隙間から、バースデイの顔が垣間見える。その顔は、邪悪に微笑んでいる。
「《使い魔》なんだから。《使わない》と損だろ?」
「AGGGGHHH……!」
「CCYYYYHHH……!」
飛竜たちの肉体がバースデイに吸収されていく。
「私は《誕生の魔女》。誰よりも使い魔の扱いに長けた魔女。私が、私こそが、正しいんだよ」
立ち上がるその身。傷は塞がっていき、両足にも竜の鎧が纏わりつく。
「一撃で仕留めないとダメみたいだね」
〈だな。次は殺す、だろ?〉
「よく分かってんじゃん」
槍を低く構え、アクセルリスとトガネは銀と赤の目を光らせる。
「そう上手くはいかないぞ、次のステージは」
そう言う声だけが、そこに残る。
「早──」
〈後ろだ主!〉
「ッ!」
トガネの動体視力は確かにバースデイを逃さなかった。
背後に展開した鋼の障壁が、紙一重で太刀を妨げる。
「初手は凌いだか。流石だ!」
賞賛だけを残し、再びその姿が消える。
「トガネ、次は!?」
〈上だっ!〉
言うも遅く後方に飛び退く。直後、アクセルリスが立っていた地面が深く切り裂かれる。
「よく避ける! だが、次はそうは行くまい……!」
不審な言葉を残し、また消える。
「……奇遇だね。私もそろそろ、やられっぱなしが癪になってきた」
槍を手に持つ。狙うはカウンターの一撃。
「さぁ、来い……!」
感覚を鋭く研ぎ澄ます。トガネからの合図が来れば、瞬きの間に刃を放てるように。
〈────〉
トガネもまた、その眼に全霊を注ぎ、周囲全方位を監視する。
そして。
〈──後ろッ!〉
「──!」
その刹那、アクセルリスは身を逸らしながら。槍を伸ばした。
胸を太刀が掠める。太刀の一閃は躱した。
──だが、アクセルリスの槍もまた、空を切った。
「そんな」
銀の眼が開かれる。彼女が見たのは、徒手空拳で迫り来るバースデイ。
言うには及ばないだろう。バースデイはアクセルリスのカウンターへのカウンターとして、先に太刀だけを投擲し、捨て石としたのだ。
「う──」
「せりゃあっ!」
再度の攻撃を躱す余裕もなく、竜を宿す強烈な蹴りがアクセルリスに突き刺さる。
「ぐう──あああっ!」
苦痛の呻きと共に吹き飛ぶ。だがバースデイは、手を休めることなく。
「フッ──!」
その恐るべき脚力により、蹴り飛ばしたアクセルリスに追い付き、竜の拳を叩き込んだ。
「ぐっ──!?」
地面がひび割れるほどに強く叩き付けられ、そのまま転がり、樹に激突する。
〈あ──主! おい主!?〉
「ぐ……う……あ」
打撃を受けた部位は赤黒く滲み、体のあちこちが擦り切れている。辛うじて血塗れの身を起こすが、最早トガネの力を借りても立ち上がることすらままならない。
たった二撃で。三体の竜の力を取り込んだバースデイは、まさに災禍の化身である。
「ハハハ……言っただろう。正しいのは、私だと!」
「認め……ない……! わた、しは……私は……!」
その体が壊れかけようと、その心は鋼の様に、堅く、強く、正しく。
「強情な奴だ。いい加減楽になったらどうだ?」
ゆっくりと、だが確実に一歩ずつ歩み寄るバースデイ。その手に握られる太刀は、処刑人の剣。
「う……ぐ……くそ……」
〈主……!〉
残った力を振り絞るも、アクセルリスの体は僅かに震えるのみ。
「……死にたく……ない……!」
〈……〉
幽かな目。そこに宿るのは、魂の根底に根付く生存本能と、正しい『生』を信じる鋼の強さ。
〈……主、一つだけ手がある〉
「……え?」
〈オレに、魔力をくれ。できるだけ、なるべく多く〉
「あんた、なにを……」
〈話は後だ。オレを──信じてくれ〉
初めて見せる、トガネの真剣で真っ直ぐな姿。アクセルリスに迷いなど初めから無く。
「……信じてるよ。いつだって。あんたは私の、家族だから──!」
強い心。傷だらけの身でなお、希望ある笑みを浮かべ、アクセルリスはありったけの魔力をトガネに送り込む。
〈主、ありがとな……!〉
トガネの声にも力が籠っていき、次第に彼の眼、赤い光も強さを増していく。
「なんだ……?」
バースデイも異変に気付き、その場から離れる。
〈う──おおおお──!〉
トガネの光は今や眩いほどの輝きとなる。
その光に誘われれてか、トガネが潜むアクセルリスの影を中心に、周囲の影が皆沸き立ち、形を持ってトガネの元に集ってゆく。
「え、何?」
そして、影はドーム状に湧き上がり、アクセルリスを包み込んだ。
「え──!?」
真黒な空間の中。赤い灯火だけが明りとなる。
「トガネ……?」
〈なあ主。オレも……生きてるんだよな〉
「何言ってんのさ、当たり前じゃん」
〈いや、分かってる。分かってるんだけど……〉
赤い明りが揺れる。
〈オレは、闇の中にいたんだ。光の無い、無限の闇に〉
語るは、彼自身の起源。
〈それは死んでるわけじゃない。そもそも生きてすらいない。そんな状態だった〉
「……使い魔は、みんなそうなの?」
〈分からない……けどオレは、そんな状態だった。それが、オレだった〉
彼が彼を認識していなかった頃。漂白されたアイデンティティーの中、闇の中で泣いていた。
〈ある時、声に呼ばれたんだ。その声が聞こえて、オレはオレになった。命を知って、生まれることを知って、自分を知った〉
「それが、あの日のこと?」
〈そうだ。その時にオレは生きることの幸せを知った〉
想起するは血に刻まれた記憶。あの日彼を呼んだ声と血。
〈……だけど最近、分からなくなったんだ。生きてるって、何なんだろうって〉
蒙昧に揺らめく光。生への問いは、生あるものが必ず抱くもの。
〈なあ主、教えてくれ。オレは、なんで生きてるんだ?〉
「トガネは今ここに、私と一緒にいる。それだけで十分だよ」
〈──〉
アクセルリスの答えは、あまりに単純で、トガネは戸惑った。
〈それだけで……いいのか?〉
「いいんだよ。どんなことがあっても、トガネがここにいることは、紛れもない事実なんだから」
〈そう──か。そうなのか〉
赤い光は、揺らぎを止め、凛凛とアクセルリスを照らす。
〈……分かったぜ、主。オレはオレのまま、主の側にいればいいんだな〉
「そこまでは言ってないけど……まあ、それでいいと思うよ」
〈それさえ分かれば十分だ──!〉
光が消え、その空間は完全なる闇となる。
直後、ドームが崩れてゆく。外界の光が差し込む。
そして、ドームの中からは黒き光が放たれる。
「──!」
警戒を続けていたバースデイも、思わず太刀を構え後ずさる。
「う──!」
背反するモノクロームの光に、アクセルリスは眼を細める。
その中で、微かにトガネの声が聞こえた。
「ありがとう、主──!」
【続く】