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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
29話 異形の旅路
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#5 赤き眼が映すのは

【#5】


 耳をつんざく音を立て、互いの刃がぶつかり合う。

「どうだ! 強いだろう!」

「……ッ黙れ!」

「お前ほどの魔女ならば! 本能的に分かっているんじゃないか!」

「黙れ、って言ってんだよ!」

「この頑固さんが!」

 二度、三度、四度と繰り返される剣戟。圧されるのは、アクセルリス。


「ぐ……!」

 弾かれ、間合いから押し出される。

「く……そ!」

〈主、落ち着け! オレも力を貸す!〉

「トガネ……」


 彼女の使い魔は、主の事を深く深く信じている。


〈見せてやろうぜ、一方的に利用するのと、心通じ合わせて協力するのと、どっちが強いのかを!〉

「……わかった!」


 決意の言葉とともに、アクセルリスの輪郭が赤く仄光る。


「仲良しこよしだな。だがそれで生きていけるほど世界は甘くないぞ?」

「それを決めるのはお前じゃない。私たちだッ!」


 己の信じるものを力とし、アクセルリスは手を掲げる。

 その背後に無数の槍が生まれていく。

「行けッ!」

 鋼の号令と共に、槍たちが群れを成し獲物を襲う。その様はまるで狩りをする獣。

「ハハハ……遅いな」

 対するバースデイは、軽々と振るった太刀の一閃で、全ての槍を斬り落とした。

 『弾いた』のではない。確かに『斬った』のだ。

 先程までとは比べるべくもない、その太刀振る舞い。新鮮な命を取り込んでいるのならば、十分に頷けるものだ。

「やるな……! なら!」

 砂埃が立ち、アクセルリスの姿が霧散する。

「上か……つくづく高い所が好きらしいな。バカなのか?」

「バカで結構! 上から失礼、有利を取るのは私だからな!」

 宙で手を広げるアクセルリスの周囲に、重厚な剣が生まれていく。

「ブッ潰れろ!」

 重力に導かれて剣たちが降り注ぐ。

「丁重に、断らせてもらう」

 バースデイの手の中で、太刀が高速で回転し始める。

 そのまま天に翳せば、それは剣の雨に濡れぬ傘になる。

「ち……どうにも遠隔じゃ通用しないか」

 そう言ってアクセルリスは足元に鋼の足場を生み出し、それを踏み再び跳躍する。

「何を企んでいるかは……どうでもいいか」

 バースデイは飄々としたまま、身構える。

 その姿勢は、『跳ぶ』ためのもの。

「私も少し。バカになってみるか!」

 跳躍。それは、一瞬にして、アクセルリスに追い付く。

「マジか……!」

「セイハッ!」

 一閃。両手に握る槍が、それを妨げる。

「空中戦、なかなか洒落ているだろう?」

「ほざけ! お前は落ちるだけだ!」

 一切の自由を失う空中にて、二人の魔女はゼロの間合いで熾烈極まる剣戟を繰り広げる。

「しゃああああああっ!」

 双の剣で激しく攻め立てるアクセルリス。対するバースデイは沈黙し落ち着きながら全ての攻撃を太刀にていなす。

(──何を企んでいる)

 途端に静かになったバースデイに、アクセルリスは何かを感じ取る。

 だが、彼女は深くは考えない。

(何かをさせる前に、殺せばいいだけの話──!)

 アクセルリスの攻め手が速度を増す。目の前の獲物を狩る野獣の様に。

 だが、しかし、バースデイは尚もそれを小手先で凌ぎ続け──



 あっという間に、大地がすぐ傍まで迫る。空中戦も終幕が近い。

「ッ」

 アクセルリスは着地態勢を整えようと、身を捩じらせる。


 だがそれこそ、バースデイの目論見だった。

「────余所見ぃ!」

「な」

 着地を気にした一瞬、その一瞬のスキを突き、バースデイの太刀が槍を弾き飛ばした。

 不気味なほどの沈黙は、この瞬間を狙い撃つためのもの。力を手にしながらも、さりとて狡猾さも失わず。それこそがバースデイの脅威である。


 そして、両者が同時に地に足を付ける。

 その直後、バースデイは仕掛ける。

「これで終わりだ、丸腰のアクセルリス!」

 鈍く輝く刃が、武器を失い無防備な首筋に喰らい付く──



 しかし、その刃は阻まれる。

「ほう……?」

 バースデイの眼は確かにアクセルリスが徒手なのを確認している。では何故か?

「……私の魔法。それによって生み出された鋼は、実のところ触れずして操ることができる」

 浮く鋼の剣が太刀を押し返していく。

「一個くらいならまあ、不自由はしない。けど、数が増えると流石の私でも管理しきれなくなる」

 しかしそう言うアクセルリスの背後には、もう五本の剣が自在に宙を舞っていた。

「でも」

〈オレがいれば!〉

「そう! トガネの眼があれば、複数でもコントロールしきることができる!」

 右手を振り切る。三本の剣がそれに追従し、バースデイの腹部を斬る。

「ぐ──」

「もっかい!」

 左手を振り切る。残りの三本がそれに従い、バースデイの胸部を裂く。

「ぐ……!」

「まだだっ!」

 強烈な、杭打ちのようなドロップキックがバースデイを襲う。

「ぐああっ!」

 吹き飛ぶバースデイ。辛うじて立ち上がるが、その身は血に塗れ満身創痍である。

「待ったなし!」

 アクセルリスは攻めの手を休めない。怨敵と定めた相手、悉くまで滅ぼすのみ。

 号令と共に、六本の剣が敵を刺し殺すべしと放たれる。

「──」

 バースデイ、危機一髪。



 剣が生命を刺し穿つ音が鳴る。



〈……!〉


 だがそれは、バースデイではない。

 彼女が生み出した盾──即ち、使い魔の飛竜。


「どこまでも、お前は……!」

「魔法の有効活用、だろ?」


 飛竜の隙間から、バースデイの顔が垣間見える。その顔は、邪悪に微笑んでいる。


「《使い魔》なんだから。《使わない》と損だろ?」

「AGGGGHHH……!」

「CCYYYYHHH……!」


 飛竜たちの肉体がバースデイに吸収されていく。


「私は《誕生の魔女》。誰よりも使い魔の扱いに長けた魔女。私が、私こそが、正しいんだよ」


 立ち上がるその身。傷は塞がっていき、両足にも竜の鎧が纏わりつく。


「一撃で仕留めないとダメみたいだね」

〈だな。次は殺す、だろ?〉

「よく分かってんじゃん」


 槍を低く構え、アクセルリスとトガネは銀と赤の目を光らせる。


「そう上手くはいかないぞ、次のステージは」

 そう言う声だけが、そこに残る。

「早──」

〈後ろだ主!〉

「ッ!」

 トガネの動体視力は確かにバースデイを逃さなかった。

 背後に展開した鋼の障壁が、紙一重で太刀を妨げる。

「初手は凌いだか。流石だ!」

 賞賛だけを残し、再びその姿が消える。

「トガネ、次は!?」

〈上だっ!〉

 言うも遅く後方に飛び退く。直後、アクセルリスが立っていた地面が深く切り裂かれる。

「よく避ける! だが、次はそうは行くまい……!」

 不審な言葉を残し、また消える。

「……奇遇だね。私もそろそろ、やられっぱなしが癪になってきた」

 槍を手に持つ。狙うはカウンターの一撃。

「さぁ、来い……!」

 感覚を鋭く研ぎ澄ます。トガネからの合図が来れば、瞬きの間に刃を放てるように。

〈────〉

 トガネもまた、その眼に全霊を注ぎ、周囲全方位を監視する。


 そして。

〈──後ろッ!〉

「──!」

 その刹那、アクセルリスは身を逸らしながら。槍を伸ばした。

 胸を太刀が掠める。太刀の一閃は躱した。


 ──だが、アクセルリスの槍もまた、空を切った。

「そんな」

 銀の眼が開かれる。彼女が見たのは、徒手空拳で迫り来るバースデイ。


 言うには及ばないだろう。バースデイはアクセルリスのカウンターへのカウンターとして、先に太刀だけを投擲し、捨て石としたのだ。


「う──」

「せりゃあっ!」

 再度の攻撃を躱す余裕もなく、竜を宿す強烈な蹴りがアクセルリスに突き刺さる。

「ぐう──あああっ!」

 苦痛の呻きと共に吹き飛ぶ。だがバースデイは、手を休めることなく。

「フッ──!」

 その恐るべき脚力により、蹴り飛ばしたアクセルリスに追い付き、竜の拳を叩き込んだ。

「ぐっ──!?」

 地面がひび割れるほどに強く叩き付けられ、そのまま転がり、樹に激突する。

〈あ──主! おい主!?〉

「ぐ……う……あ」

 打撃を受けた部位は赤黒く滲み、体のあちこちが擦り切れている。辛うじて血塗れの身を起こすが、最早トガネの力を借りても立ち上がることすらままならない。

 たった二撃で。三体の竜の力を取り込んだバースデイは、まさに災禍の化身である。


「ハハハ……言っただろう。正しいのは、私だと!」

「認め……ない……! わた、しは……私は……!」


 その体が壊れかけようと、その心は鋼の様に、堅く、強く、正しく。


「強情な奴だ。いい加減楽になったらどうだ?」


 ゆっくりと、だが確実に一歩ずつ歩み寄るバースデイ。その手に握られる太刀は、処刑人の剣。


「う……ぐ……くそ……」

〈主……!〉


 残った力を振り絞るも、アクセルリスの体は僅かに震えるのみ。


「……死にたく……ない……!」

〈……〉


 幽かな目。そこに宿るのは、魂の根底に根付く生存本能と、正しい『生』を信じる鋼の強さ。


〈……主、一つだけ手がある〉

「……え?」

〈オレに、魔力をくれ。できるだけ、なるべく多く〉

「あんた、なにを……」

〈話は後だ。オレを──信じてくれ〉


 初めて見せる、トガネの真剣で真っ直ぐな姿。アクセルリスに迷いなど初めから無く。


「……信じてるよ。いつだって。あんたは私の、家族だから──!」


 強い心。傷だらけの身でなお、希望ある笑みを浮かべ、アクセルリスはありったけの魔力をトガネに送り込む。


〈主、ありがとな……!〉


 トガネの声にも力が籠っていき、次第に彼の眼、赤い光も強さを増していく。


「なんだ……?」

 バースデイも異変に気付き、その場から離れる。


〈う──おおおお──!〉


 トガネの光は今や眩いほどの輝きとなる。

 その光に誘われれてか、トガネが潜むアクセルリスの影を中心に、周囲の影が皆沸き立ち、形を持ってトガネの元に集ってゆく。


「え、何?」


 そして、影はドーム状に湧き上がり、アクセルリスを包み込んだ。


「え──!?」




 真黒な空間の中。赤い灯火だけが明りとなる。


「トガネ……?」

〈なあ主。オレも……生きてるんだよな〉

「何言ってんのさ、当たり前じゃん」

〈いや、分かってる。分かってるんだけど……〉


 赤い明りが揺れる。


〈オレは、闇の中にいたんだ。光の無い、無限の闇に〉


 語るは、彼自身の起源。


〈それは死んでるわけじゃない。そもそも生きてすらいない。そんな状態だった〉

「……使い魔は、みんなそうなの?」

〈分からない……けどオレは、そんな状態だった。それが、オレだった〉


 彼が彼を認識していなかった頃。漂白されたアイデンティティーの中、闇の中で泣いていた。


〈ある時、声に呼ばれたんだ。その声が聞こえて、オレはオレになった。命を知って、生まれることを知って、自分を知った〉

「それが、あの日のこと?」

〈そうだ。その時にオレは生きることの幸せを知った〉


 想起するは血に刻まれた記憶。あの日彼を呼んだ声と血。


〈……だけど最近、分からなくなったんだ。生きてるって、何なんだろうって〉


 蒙昧に揺らめく光。生への問いは、生あるものが必ず抱くもの。


〈なあ主、教えてくれ。オレは、なんで生きてるんだ?〉

「トガネは今ここに、私と一緒にいる。それだけで十分だよ」

〈──〉


 アクセルリスの答えは、あまりに単純で、トガネは戸惑った。


〈それだけで……いいのか?〉

「いいんだよ。どんなことがあっても、トガネがここにいることは、紛れもない事実なんだから」

〈そう──か。そうなのか〉


 赤い光は、揺らぎを止め、凛凛とアクセルリスを照らす。


〈……分かったぜ、主。オレはオレのまま、主の側にいればいいんだな〉

「そこまでは言ってないけど……まあ、それでいいと思うよ」

〈それさえ分かれば十分だ──!〉


 光が消え、その空間は完全なる闇となる。




 直後、ドームが崩れてゆく。外界の光が差し込む。

 そして、ドームの中からは黒き光が放たれる。


「──!」


 警戒を続けていたバースデイも、思わず太刀を構え後ずさる。


「う──!」


 背反するモノクロームの光に、アクセルリスは眼を細める。

 その中で、微かにトガネの声が聞こえた。




「ありがとう、主──!」



【続く】

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